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08.弟
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「コチラの部屋は、お嬢様のお部屋です。 ご自由に利用してください。 必要なものがあれば、メモを頂ければ準備いたします」
そうニウスは言う。
広く綺麗な部屋。
私の……離れにある部屋の何倍もあった。
本棚には多くの本。
お茶用の道具が置かれた棚。
広い柔らかなベッドにはヌイグルミ。
まるで、透明な私がいるかのように、ドレスがソファに座っている。
この気持ちを示す言葉が、良く思いつかない。
ただ、部屋に立ち入ることが出来なかった。
ニウスには、どの程度、私が見えているかは分からない。
でも、彼はやがて扉の外に立ちすくんでいる私を置いて去って行った。
次に、声が聞こえるまでどれだけの時間が経過したか分からない。 この姿は時間の感覚が凄く曖昧だから。
「お嬢様!! お嬢様!!」
そう声高に呼ぶニウスの声が聞こえ、私は声の方に歩き出した。
良かった……。
もし、呼ばれなければ、私はずっと部屋の前に立ち尽くしていたでしょうから……。
何かしら?
私は、私を呼んだニウスの前に立った。
ニウスはある部屋の前に、侍女と共にいる。
キッチンワゴンの上には、お茶のカップが4つとクッキーが並んでいた。
「お嬢様どうぞ」
先に入るように言われ、中に入り……どうやって告げようかと悩み、トントンと足で床を打ち鳴らした。
ニッコリとニウスは笑い、そして……現トロワ公爵で、私の父親違いの完全な竜である弟ローマン……あと、知らない人。
誰?
私は首を傾げるが、伝える手段はない。
それでも、膨大なマナを持つ彼等は……、外部マナに頼り魔術を使う父達と違って、笑死と言うものを理解しやすいらしい。
「お嬢様、こちらをお使い下さい」
ニウスに紙とペンを渡された。
「その方は、どちらですの?」
「コチラは、バーナード・エリソン閣下ですよ。 姉上。 我が国の宰相の座にある方です」
頭脳労働を仕事とする宰相と言うには、少しばかり体格が良すぎると言うか、物事をぶん殴って解決しそうなタイプに見えるのだけど……。 ここで、ローマンが真面目な顔で話を勧めた。
話の内容は、閣下が二人の王子の代理として訪れたと言う事。
そして、雨をやませて欲しいと頼まれた。
私は、ペンを動かす。
[私には何も出来ないわ]
そして少し考えこんだ。
抵抗があったから……。
私を育ててくれた、私を騙し……偽りでも幸福だと思わせてくれた……父達の所業を言えば、裏切りになるのでは? と言う罪悪感があったのだ。
肉体がない私にとって、彼等の言葉は……余りにも現実から遠いものだったのだから。
「では、どうしてこのようなことが起こったのですか?!」
[私が、分かる訳ないわ]
罪悪感に胸が痛い。
でも、これもまた明日には夢だと感じるかもしれない。
「だが、この事態は世界樹の復活と共に発生したではないか!! 何十年もまともな雨が降っていないのに、このタイミングで、こんな異常な出来事をどう説明できると言うんだ!!」
大きな声と共に、大きな力を持つ竜に内包されたマナが震え……私は怯えた。
「お待ちください閣下。 姉は、竜との交流に慣れていないのです。 もう少し時間を頂けないでしょうか?」
「もう十分過ぎるほどに時間は経過した!! これ以上時が過ぎればどれほどの事態が起こるか、貴殿には説明したはずだぞ!!」
「ですが、姉はそれを知りません」
「知らない訳がないじゃないか、コイツのせいで、この雨が続いているんだぞ!!」
「姉に、何が出来ると言うんですか……。 あの姿を、貴方は見ていなかったのですか!!」
私より1年遅く生まれただけの弟が、妙に頼もしく思えた。
私のために叱ってくれた……。
だからと言って、今の私はソレに感動して、貴方こそ本当の家族だわ!! なんて思えるはずがない……。
困惑しながら、私はただ……ヒッソリと存在を隠すしかできない。
弟と宰相閣下の言い合いはしばらく続いたものの、やがて閣下は弟に負け帰って行った。 まぁ、存在しない情報を出せと言われても出せるものではありませんからね……。
「お姉様……まずは、少しお休みください。 もし……よろしければ……ですが……いえ……気が向いた時にでも、この母の日記を見て下さい」
困惑した中で、私は……テーブルの上に置かれた日記……言いなおそう、うず高く山積みにされた日記を見上げた。
「……きっと困惑されている事でしょう」
えぇ、困惑しているわ……何よ、コレ……。
「ですので、何時かで良いのです。 お姉様のお部屋に……いえ……資料室の分かりやすい場所に置いておきます。 流石にこの量では圧が強すぎますもんね」
弟のローマンは控えめに言い笑って見せ、侍女を呼びその日記を運ばせた。
良い人……っぽく見えるけど、私はまだ受け入れられない。
信用するほどの心の広さは私にはない。
だけど、悪い人になるのはとても辛い。
だから、私はペンを手に取った。
[ありがとう]
「部屋に戻って、お休みください」
戻る……なんて、気持ちになれば場所だけど……。
私は与えらえた部屋に戻った。
扉を素通り入れば、雨が降っていた。
窓が開き、雨が部屋に入り込んでいた。
床が濡れている。
雨が降り注ぎ……冷えた風が部屋に巡っている。
きっと、寒いんだろうなぁ……。
「くちゅん!」
「がう」
雨の降る音に微かに聞こえた。
うす暗い部屋の中を私は視線を巡らせれば……ヌイグルミに混ざり……妙に生物っぽい子熊が2匹ペタンと座っていた。
くま?
なんだか、色々な感情が吹っ飛んだ。
そうニウスは言う。
広く綺麗な部屋。
私の……離れにある部屋の何倍もあった。
本棚には多くの本。
お茶用の道具が置かれた棚。
広い柔らかなベッドにはヌイグルミ。
まるで、透明な私がいるかのように、ドレスがソファに座っている。
この気持ちを示す言葉が、良く思いつかない。
ただ、部屋に立ち入ることが出来なかった。
ニウスには、どの程度、私が見えているかは分からない。
でも、彼はやがて扉の外に立ちすくんでいる私を置いて去って行った。
次に、声が聞こえるまでどれだけの時間が経過したか分からない。 この姿は時間の感覚が凄く曖昧だから。
「お嬢様!! お嬢様!!」
そう声高に呼ぶニウスの声が聞こえ、私は声の方に歩き出した。
良かった……。
もし、呼ばれなければ、私はずっと部屋の前に立ち尽くしていたでしょうから……。
何かしら?
私は、私を呼んだニウスの前に立った。
ニウスはある部屋の前に、侍女と共にいる。
キッチンワゴンの上には、お茶のカップが4つとクッキーが並んでいた。
「お嬢様どうぞ」
先に入るように言われ、中に入り……どうやって告げようかと悩み、トントンと足で床を打ち鳴らした。
ニッコリとニウスは笑い、そして……現トロワ公爵で、私の父親違いの完全な竜である弟ローマン……あと、知らない人。
誰?
私は首を傾げるが、伝える手段はない。
それでも、膨大なマナを持つ彼等は……、外部マナに頼り魔術を使う父達と違って、笑死と言うものを理解しやすいらしい。
「お嬢様、こちらをお使い下さい」
ニウスに紙とペンを渡された。
「その方は、どちらですの?」
「コチラは、バーナード・エリソン閣下ですよ。 姉上。 我が国の宰相の座にある方です」
頭脳労働を仕事とする宰相と言うには、少しばかり体格が良すぎると言うか、物事をぶん殴って解決しそうなタイプに見えるのだけど……。 ここで、ローマンが真面目な顔で話を勧めた。
話の内容は、閣下が二人の王子の代理として訪れたと言う事。
そして、雨をやませて欲しいと頼まれた。
私は、ペンを動かす。
[私には何も出来ないわ]
そして少し考えこんだ。
抵抗があったから……。
私を育ててくれた、私を騙し……偽りでも幸福だと思わせてくれた……父達の所業を言えば、裏切りになるのでは? と言う罪悪感があったのだ。
肉体がない私にとって、彼等の言葉は……余りにも現実から遠いものだったのだから。
「では、どうしてこのようなことが起こったのですか?!」
[私が、分かる訳ないわ]
罪悪感に胸が痛い。
でも、これもまた明日には夢だと感じるかもしれない。
「だが、この事態は世界樹の復活と共に発生したではないか!! 何十年もまともな雨が降っていないのに、このタイミングで、こんな異常な出来事をどう説明できると言うんだ!!」
大きな声と共に、大きな力を持つ竜に内包されたマナが震え……私は怯えた。
「お待ちください閣下。 姉は、竜との交流に慣れていないのです。 もう少し時間を頂けないでしょうか?」
「もう十分過ぎるほどに時間は経過した!! これ以上時が過ぎればどれほどの事態が起こるか、貴殿には説明したはずだぞ!!」
「ですが、姉はそれを知りません」
「知らない訳がないじゃないか、コイツのせいで、この雨が続いているんだぞ!!」
「姉に、何が出来ると言うんですか……。 あの姿を、貴方は見ていなかったのですか!!」
私より1年遅く生まれただけの弟が、妙に頼もしく思えた。
私のために叱ってくれた……。
だからと言って、今の私はソレに感動して、貴方こそ本当の家族だわ!! なんて思えるはずがない……。
困惑しながら、私はただ……ヒッソリと存在を隠すしかできない。
弟と宰相閣下の言い合いはしばらく続いたものの、やがて閣下は弟に負け帰って行った。 まぁ、存在しない情報を出せと言われても出せるものではありませんからね……。
「お姉様……まずは、少しお休みください。 もし……よろしければ……ですが……いえ……気が向いた時にでも、この母の日記を見て下さい」
困惑した中で、私は……テーブルの上に置かれた日記……言いなおそう、うず高く山積みにされた日記を見上げた。
「……きっと困惑されている事でしょう」
えぇ、困惑しているわ……何よ、コレ……。
「ですので、何時かで良いのです。 お姉様のお部屋に……いえ……資料室の分かりやすい場所に置いておきます。 流石にこの量では圧が強すぎますもんね」
弟のローマンは控えめに言い笑って見せ、侍女を呼びその日記を運ばせた。
良い人……っぽく見えるけど、私はまだ受け入れられない。
信用するほどの心の広さは私にはない。
だけど、悪い人になるのはとても辛い。
だから、私はペンを手に取った。
[ありがとう]
「部屋に戻って、お休みください」
戻る……なんて、気持ちになれば場所だけど……。
私は与えらえた部屋に戻った。
扉を素通り入れば、雨が降っていた。
窓が開き、雨が部屋に入り込んでいた。
床が濡れている。
雨が降り注ぎ……冷えた風が部屋に巡っている。
きっと、寒いんだろうなぁ……。
「くちゅん!」
「がう」
雨の降る音に微かに聞こえた。
うす暗い部屋の中を私は視線を巡らせれば……ヌイグルミに混ざり……妙に生物っぽい子熊が2匹ペタンと座っていた。
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