私を裏切った運命の婚約者、戻って来いと言われても戻りません

迷い人

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10.術式は刻まれる

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「雨……」

 私は性別不詳のだけど妙に落ち着いた男の子の声に顔を上げた。

 そこにいたのは白クマで……、白クマはジッと私を見つめていた。

[お話が出来るの?]

「できますよ。 私はとても賢いですから」

 奇妙なほどに丁寧な口調。

[貴方は、何者?]

「クマですよ」

[そっちの黒い子は、お話しないの?]

「不器用な奴なんです」

 ぷっと笑うように白クマが言えば、黒クマはポスポスと白クマを殴りつければ、白クマが応戦しはじめた。

[喧嘩はや~め~て!! クマって言うのはお話する生物なの? それとも貴方達が特別なの? クマの形をした精霊か何かとか? どうして、ここにいるの?? 何がしたいの?]

 ポスポスしていた両手を停止させ、2匹はお互い見つめあった。

 長い沈黙。

 そして白クマは話し出す。

「雨を止めて欲しくて来た」

 そして白クマは語りだす。

 その内容は、宰相閣下がおっしゃっていたのとは少し違っていた。



 川や湖の水が増え、溢れ出している。
 川の生物が、数日の間に巨大化。
 巨大化した魚や、甲殻類は食い合いをしている。
 水の範囲が増える事で、動物に群がり襲い掛かっている。

 木々や植物も急激に成長し始めて、その枝や根が攻撃的な行動をおこしている。 動物も巨大化し始め、その動物の性質に関わらず攻撃的な態度を取っているらしい。 このまま雨が降り続ければ、自然界のルールが変わるかもしれない。
 
「世界樹の主が決まったって、その世界樹の主が雨を降らせているんだって言う噂が、森の中で広まった。 で、その噂の主を調べて、雨をやませて欲しいってお願いしに来たんです。 私達が来たのは、私達の方が殺される可能性が低くかるからです。 だって、食べても美味しいとは思えませんからね」

[美味しいか美味しくないかは分かりませんけど、食べるところは少なそうよね。 雨はね止めてあげたいけど……私には難しいわ。 だって、この雨の原因は、私ではなくて肉体の方……だと、思う……から……??]

「随分と自信なさげですね」

「ぐ、ぐぁう、がう……がぅ? む、ぁあ」

 黒いクマが呻きだした。

[えっと、大丈夫?? お茶を淹れるわ]

「違いますよ。 上手く声が出せないだけ、だって不器用ですから」

 ぷっと笑って見せる白クマ。

「うるせぇ!!」

 2匹は、黙って見つめあい……そして、白クマはポンポンと肩を叩いた。

「やれば出来るじゃありませんか」

[お茶、淹れたんだけど]

「頂きます。 私達はじっくりと語り合う必要があるかもしれませんからね……」

 そう言ったかと思うと、私の両脇を黒白クマが囲んだ。

「どうして、アンタは肉体に戻らない?」

[戻ろうとしたけど、戻れないの。 何度も試そうとはしたのよ]

「自分の身体なのに?」

[それを言うのだったら、最初から、訳が分かんないわ!! 世界樹を生き返らせるに小さな頃から、訓練を積んできたわ。 でも、あの日、世界樹を生き返らせるためにあの場に行ったのだって事も知らなかったんだもの]

「知らないのに、何もしていないのに、世界樹は生き返ったのか?」

 黒クマが凄い疑心暗鬼って感じで聞いて来た。

 何もしていないと言うと嘘になる。

 私自身は何もしていなくても、私の身体を通し私として魔術を使う事をヨハンは出来るから……。 それに、あの日は……あの日の前の日は……

 私は必死に思い出そうとした。

 ヨハンが私に魔術を教えるために、魔術の形を刻む事は良くあることで別に珍しい事じゃない。 あれも当たり前の日常でしかなかった。 違うとすれば、魔術を発動することなく……不完全なまま刻み込み、しまい込まれた事。

 だけど、それだって、私にとってはそう珍しい事ではない。

 魔術は、魔法と違って発動まで時間がかかる。

 竜人は自分達が完璧な存在だと思っていて、自分達以外を見下しているから、攻撃に対する対処が必要だと言われ、魔術を作り込み発動前で止めてしまいこむと言う方法をとっている。

[そう言えば、何時もとは違っていたかもしれない……]

 私は、先に考えていた事を黒白クマに伝え、そして……何時もとの違いを語りだす。

[私達は、すぐに発動できる術を幾つか身のうちに蓄えておくの。 物理用、マナ用の結界、それに攻撃用の術に転移用の術。 最低でも4つの術を抱えているんだけど、あの日は、一度全部を解除するように言われたわ。 それで、ヨハンがそれを書き換えたの……]

 思い出せば、私は少しだけ……ほんの少しの恥ずかしさと、信頼し身を預けた相手に、身体をかき回される切なくも気持ちよい感覚を思い出すのだった。

『好きだよシーラ。 愛している』

 あの日、甘い声でヨハンは囁きながら、私の中に術式を幾つも刻んでいったのだ。
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