私を裏切った運命の婚約者、戻って来いと言われても戻りません

迷い人

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12.逃亡

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 雨は止んでいた。

 それでも足元を濡らす水にも土にも、大気中にも、未だ濃いマナを帯びている。 そして、その中には……感情を乱すような歪みが含まれたままだった。

 私は、何から考えれば良いの?
 何をすればいいの?

 呆然とした。

 だって……嫌な事ばかりが強風のように押し寄せてきて、私を混乱させるのだから。

[ねぇ、何処に行くの?]

「保護をする。 肉体があれば、世界樹への干渉を書き換える事ができるんだろう?」

[うん……でも、私は何処に行くのか聞いているの!]

「王都外にある貴族達の別荘地がいいでしょう」

[ぁ……でも、ま、待って!! 待って!! このままだと、ヨハンに気付かれちゃう]

「そりゃぁ、棺桶がなきゃ奪われたって気づかれるだろう。 中身だけならともかく、棺桶が歩く訳がないからな」

 黒クマが少しばかり馬鹿にするように言ってくる。

 ちょっとその言い方にムッとした。

[別に、棺桶を走らせる事は出来るわ!]

「それは、面白い、是非やってもらおうじゃないか」

「じゃれ合いは後にして下さい。 とりあえず……何処かで落ち着きたい……」

「軟弱者が」

「そう言うなら、巨大化して運んで下さいよ」

「あのな、俺だってしんどいんだよ!! マナの干渉が酷くて……体の維持が難しいのは俺も同じなんだよ」

[移動する前にやらなければいけない事があるのよ。 そうしないと何処に行くかヨハンには分かるのよ。 ヨハンは婚約者だから、そう言う繋がりがあるの]

「あの男とそう言う関係なんですか?」

[婚約者よ。 お母様が、彼を私の側におくとき傷つける事が出来ないようにって、そういう縛りをさせたって聞いたわ。 私は世界樹を復活させるための道具だから、何かあったら大変だからって]

「婚約者等と言う言葉の括り程度で、繋がりや、制約等できませんよ」

[出来るわ。 やっているもの]

「……白、ちょっと待て、認識の差があるのかもしれない。 魔術と魔法には大きな差があると聞いた事がある。 だから、俺達がどんなに膨大な魔力を持っていようと世界樹を起こすことが出来なかった」

 私はそう語る黒を見た。

 認識の差? が、言葉の端々にあるのを知った。 なんだか奇妙な感じがした……なんで、私はこんなにも人を疑わなければいけないの?!

 訳が分かんない。

[とにかく、少しでいいの。 棺桶をおろして!]

「する事があるなら、その上でやってろ!!」

[もう!! 棺桶の上で移動しながら、術を発動させるなんて思わなかったわよ!!]

 私は棺桶の上で正座をして、板越しに私は私の肉体に毎日のように混ざり合ったヨハンのマナを排除しなければいけない。

 普通なら出来るはずの無い、けど、今は世界樹とつながっている。 世界樹のマナを私の肉体のマナを入れ替えればいい。

 世界樹の繋がりを探って……探って……探れば、すぐ近くにも道があった。 肉体ではなく、魂の方により強い繋がりが……。

 術を解消した時点で、肉体に繋がっていた世界樹への道は徐々に狭まり始め、それと共に、今まで見えなかった魂の方の繋がりが広がり始めたのだ。

 コレで、私は、ヨハンが私にしていたように、肉体の中のマナを塗り替える事が出来る。 とはいっても一度には無理……それでも、ヨハンが知っている色と香りと違ったものになってしまうだろうから、時間は出来る。

 だけど……膨大なマナのふくらみで気づかれてしまうだろう。

[やっぱり、ダメだわ。 色や香りは変える事が出来るけれど、マナの大きさで気づかれてしまう!]

 走る黒白クマが仲良く、打ち合わせでもしたように、足を止め笑い出した。

「安心するがいい。 オマエの肉体が発するマナよりも大きな存在が、この国には大勢存在する。 それこそ貴族の大半がそうだ!」

「ですね……となれば、王宮に隠れるのが一番でしょう。 あそこに常駐しているようなのは、竜になれるほどのマナを持つものばかり、そんな肉体に宿るマナなんて、かすんで見えなくなるさ」

[王宮って……そんなに簡単に入れるものじゃないでしょう]

「どんなものにも抜け道ってのが存在するが……今日の所は、少し休もう」

「そうですね……日が上がって来ては目立ち過ぎます。 今の季節は使われていない建物があるので、そこに隠れましょう」

[でも、ヨハンが……]

「降り続いた雨は、オマエのマナと似ているから、問題はないだろう。 とりあえず休もう。 流石にちょっと疲れた」

[それもそうね……]

 私もなんだか疲れた気分だわ……。

 そう思えば……いつの間にか眠りについていた。



 目が覚めた。

 私の側には二匹のクマ。
 妙にフカフカしている……。
 クマもだけど、布団もふかふかだった。

 そっと、両サイドにいるクマを起こさないように、柔らか過ぎるベッドの上をそろそろと移動しベッドから離れる。 触れるべき床はふわりと毛並みが深い絨毯で足音を吸収してくれた。

 ここが何処か調べようと歩き出せば、棺桶に躓いて転びそうになって、慌ててベッドの上のクマを振り返った。

 クマはもぞもぞといなくなった私を寝ぼけながら探してはいるが、お互いに触れホッとしたらしくまた寝息をたてはじめた。

 部屋には本棚と、お酒の入った棚。
 テーブルには2つの酒瓶と、ハムとチーズが固まりのまま、齧り付かれただろうあとが……。

 ワイルドだ……。
 だが、クマだし……。

 私はそっと部屋を後にする。
 寝室が幾つか、客間、応接室、色んな部屋があるが……どこも私が育った場所よりも豪華で立派だった。 立派過ぎて物に触れる勇気がなかなかでなくて……色んな部屋をコッソリと見て回れば、やがて書斎っぽい場所に行きついた。

 豪華なテーブル。
 美しいガラスのインク入れ。
 立派なペン。

 私は紙を探す……。
 貴族達は、家紋の入った便箋を使うから。

 ……。

 ぁ、でも、私は家紋を知らなかった。 と、思ったけれど……そこにあった家紋は最近みたばかりのもので宰相閣下の物だった。

 恐ろしい印象だった。
 だけど……今だけは、その恐ろしい気配に守られている気がして安心した。

 安心して、また、探検を続ける事にした。

 貴族の屋敷だけど、ここは別荘地だから、私の想像を超えるほど広い訳でなかったからそれは丁度良くて……キッチンにある食材でご飯を作る事にした。

 何か食べたい訳じゃない。

 日常に戻りたかった。
 ただ、それだけ。





 私が、そんなささやかな日常に落ち着こうとしていた頃。

 ヨハン達は私を追いかけようとしていたが……彼等は逆に追いかけられる側になっていた。
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