私を裏切った運命の婚約者、戻って来いと言われても戻りません

迷い人

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27.突然の申し出

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「いえ、結構です。 大丈夫ですから」

 私は後退る。
 私が関わるたびに人は変わる。
 この子だって……そう思ったから。

「まさか、私の事が怖いんですか?」

 少年はクスッと小さく笑った。

 下から望みこむように私を見上げて面白い物を見るかのように。 子供に見えるけれど……その瞳の奥は大人びているように思えた。

「怖いです!!」

 胸を張り堂々と言ってみれば、一瞬きょとんとされて今度は声をあげて笑われた。

「怖いなら仕方がないですね。 そう……ですね……少し待っていてください」

 近場の衣料品店へと入って行ったかと思えば、温かそうな白く可愛らしい襟とボタンが印象的なコートが手渡された。

「せめて温かな恰好をしてください。 風邪をひいてしまいます」

「えっと、それを購入するお金は……」

「私は風邪をひいて欲しくないだけ、上着ぐらいで私の懐は痛みませんよ。 それでも気になると言うなら、そのパンと交換しましょう」

「交換に等しくないわ」

「ですが、私は貴方が心配なんですよ。 迷子の子供のような顔をしているのですから放ってはおけません。 私の手を拒むなら、貴方の安全を私に示してください」

「誰にでもそんな事を言っていたら大変だと思いますが?」

「誰にでもはいいませんよ。 それだけ弱っているように見えるだけです。 あと、そうやって誤魔化そうとしても無理ですから」

 相手はまだ幼さの残る少年で……そんな少年に小さな子供をなだめるようにされているのだから情けないかも……。

 こんな会話の間中、私は目の前の少年よりも今後どうするかをずっと考えていた。 世界樹との繋がりから寒さも空腹も死に繋がる事はないだろうけど、それでも寒さも空腹も感じない訳ではなくツライ。

 新しい勤め先を探そうにも、パン屋の店主に見つからない場所に行きつくまでのお金も無かった。 いわゆる絶対絶命と言う奴だ。 そんな気持ちが顔に出ているのだと思う。

 そっと私の指先に細い指先が触れた。
 ひんやりとしていた。

 私を心配している間に、目の前の少年も冷え切ってしまったのだと。

「そんなに私が怖いですか?」

 少年らしい薄い両手が、私に伸ばされ頬に触れる。 寒い日にひんやりとした手は寒いだけなのに、どうしてか私は安心してしまっていた。

 クスクスと笑いながら綺麗な顔立ちで見つめ・……微笑む様子に私は息を飲む。

 どうしよう……そんな風に悩んでいる時間は長くはなかった。 遠くから自分を探す声が聞こえたから。

「あの……助けていただいて本当に良いのですか? 私……何も持ってないのに……」

 必死だったのに笑われてしまい、恥ずかしかった……。

「貴方を捨てておく方が、心配で仕事が手につきません。 コッチです」

 そう言った彼は、私の手をとって速足で歩きだす。 進先に行けば馬車が待っていた。

 少年の高そうな衣服から考えると、地味な馬車だった。

「早く」

 何かを考える暇もなく手を取り引っ張り上げられた馬車の中は、外と比べて豪華だった。

「隠れて隠れて」

 姿勢を低くするようにと言われ、言われるがままになれば……膝枕??

「えっと、これはちょっと……」

「でも、見つかっちゃうよ? まぁ、見つかっても問題はないけど」

 ニッコリと笑う顔は不敵で……、少しだけ狂暴な光が瞳に宿っていたから、私は大人しく横になる事にした。

 乱暴は良くない。 痛いのは嫌いだし……。

 奇妙な安心感に包まれながら、馬車の揺れに身を任せ……気づけば眠ってしまっていた。 静かな声でおかえりと夢に落ちる中でそんな声を聞いた気がした。



 目を覚ましたのは、森の中の屋敷。

 ふわふわの埋もれるようなベッドは、宰相さん家にも負けない。

「ここは?」

「おもちゃ箱」

 横に寝ていた少年が言う言葉に私は疑問を感じるけれど、それよりも私は立ち上がり、軽く数回ジャンプを繰り返し、置かれていた鏡の前でクルリと回る。

「何をしているんですか?」

 えへっと笑いながら私は首を横に振った。 ここ暫く、当たり前のように鎖で繋がれる日々を送っていて、目の前の少年も同じようにするのでは? そんな風に考えてしまっていたのだ。

「お茶の時間にしませんか?」

「ぁ、すみません。 眠ってしまって」

 トンッと大きなベッドから身軽におりた少年は私を見て微笑み手を差し出した。 その手をとった私は、部屋にあるソファに座るようエスコートされる。

 目の前には、パンの籠。

 綺麗なポットを差し出し、少年は私に言うのだ。

「お湯を沸かしてもらえるかな?」

 私は少年を見る。

 少年には疑いはなくて、私はポットを両手で受け取り、魔術で中の水を湯にした。 ほんの数秒の出来事。

「ありがとうございます」

「パンは甘い?」

「えぇ、それは特別甘いの」

 私の言葉を聞いて1つの缶が選ばれポットに葉がいれられた。 パラパラと落ちる葉は、良くあるサイズのもの。

「これは香りが良くて苦味もほどほど。 だけど、甘いパンなら丁度いいはず」

 熱いお湯が注がれれば、茶葉はほどけてポットの中でゆらゆらと踊った。

 窓の外は深い木々。
 木々の向こうに見えるのも木々。

 ここは何処か分からない。

 人の気配は……2.3人?

 少年はキラキラと果物が光るパンを皿に取り、2人で分けるために切り分けた。

「折角なので、二人で食べましょう。 それよりも聞きたい事があるって顔をしていますね」

「えっと……聞いたら終わり……とかないですよね?」

「ありませんが、聞けば私のお願いを一つ聞いてもらう事になりますよ?」

「それは……どんな?」

「聞けば、拒否権は与えません。 お茶が良い感じです。 お茶の時間にしましょう」

 私達は無言でお茶を口にする。
 口内に甘い香りが広がった。
 甘い果物を口にすれば、紅茶の香りと程よく混ざる。

 キラキラとした果物の乗ったパンが、我ながら美味しい。 美味しくてホッと息をつく。

「もし、何も知らず、全てが嫌って言ったら?」

「ここの管理をお任せしますから、好きなようにお過ごしください」

 それはとても嬉しいけれど、余りにも都合が良くて怖い気がする。 そう考えれば私は黙り込んでしまった。

「ただ与えられるだけも、与えるだけも嫌……」

 真面目な様子で俯いてしまう。

「私の名前は、セザール、セザール・アクロマティリ」

 自分の狭い世界しか知らない私にも分かった。 それはこの国の王子の名前だと。 ただ……私が知っている王子は、こんな少年ではなかったのだけど。

「そんな方が、どのような事を私に?」

「私と結婚してください」

「……む、無理です……。 王子様の妻なんて仕事が務まるとは思えません」

「大丈夫ですよ。 貴方が妻となってくれるなら。 私は王族としての業務から解放されるのですから。 貴方も同様ですよ。 貴方との婚姻は私にとってメリットが大きいんです。 例えソレが契約であっても構いません。 貴方の願いを条件付けしてくださるなら、私はそれを守ると誓いましょう」

 これ以上無い条件のように思えた……けれど、私はすぐに返事が出来なかった。 余りにも突然過ぎて。
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