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二章 吸血鬼

十話 寝んねの時間だよ、全員集合

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「なッ」

 そんな声を上げたのは誰だろうか? そんな事が分からないほど一瞬で緑髪の女吸血鬼ヴァンパイアの首と体が泣き別れる。

 万雷の拍手で褒めたたえてくれ。そう言わんばかりにニィッと口角を上げた直樹は血飛沫を上げる緑髪の女吸血鬼ヴァンパイアの首を掴み、地面に叩きつける。また、ヤクザキックで体を遠くに飛ばす。

 酷い追い打ちだ。

 けど、それは愉悦のためではなかった。

「やっぱりかッ」

 直樹は逆手に持つ幻斬と血斬を独楽の様に回転させ、緑髪の女吸血鬼ヴァンパイアが上げた血飛沫、否、血の針の槍衾やりぶすまを防ぐ。

 そのまま空中を蹴って雪の隣に着地した。

「うっ」
「……大丈夫か?」
「……ええ、はい。問題はありません」

 雪は今まで異形と戦ってきた。生死を賭ける戦いをしてきたとはいえ、血が流れる生物を相手にしたことはなかった。

 けど、蝙蝠の翼が生えているとはいえ、先ほど首が跳んだ緑髪の女吸血鬼ヴァンパイアは人間の形をとっていた。しかも飛散ひさんさせる血は人みたいに温かさがかよっていた。
 
 お腹の底から湧きあがる吐き気と嫌悪感、忌避感。顔を青白くし、雪は荒い呼吸でそれを抑える。

「……抑える必要はねぇ。俺はもうそれを感じることはねぇが、お前は感じることができる。大事にしろ」
「……ありがとうございます」

 そんな事をいった直樹に雪は礼を言いながら≪強化≫を直樹にかける。薄桃色の桜の花が直樹の周囲をまわる。

 それと同時に全方位から血の斧が降り注ぐ。直樹は雪の周囲に結界魔法で結界を張ってそれを防ぎ、ゆらりと姿を消す。

「再生か」
「不死よ、バカね」
「そうか」

 直樹が現れたのは緑髪の女・・・・吸血鬼・・・の背後。血斬で斬り飛ばしたはずの首は綺麗に繋がっていて、蠱惑的に直樹を見下す。

 見下された直樹はその場で反転。背中を向ける。

「ゴミが」
「語彙力のない奴はまとめて潰れろ」

 急降下で襲い掛かってきた赤髪の男吸血鬼ヴァンパイアの腹に手を添え、背負い投げをする。このまま緑髪の女吸血鬼ヴァンパイアに叩きつけようとしたが。

「語彙力? ゴミムシでしかないアナタにそれが言えるのかしら?」
「少なくともそんなゴミムシ相手に五人がかりで挑む奴はそれ以下だなッ」

 金髪の女吸血鬼ヴァンパイアと紫髪の女吸血鬼ヴァンパイアが直樹の左右に転移で現れ、手に持つ血のレイピアで串刺しにしようとする。

 直樹はすかさず背負い投げようとした赤髪の男吸血鬼ヴァンパイアを金髪の女吸血鬼ヴァンパイアの方へと投げる。

「重いわよ!」
「うるせえ!」

 金髪の女吸血鬼ヴァンパイアと赤髪の男吸血鬼ヴァンパイアは遠くにぶっ飛ばされ、西洋風の家に激突する。

 と、同時に、直樹はクルリとバク転して紫髪の女吸血鬼ヴァンパイアの刺突を避ける。直樹の上方から血の斧を振り下ろす緑髪の女吸血鬼ヴァンパイアの両手首を、靴に仕込んだ刃で斬り飛ばす。

「吹き飛べ」
「カッ」

 指向性を持った風圧を放つ〝風砲〟で緑髪の女吸血鬼ヴァンパイアを吹き飛ばしながら、直樹は血の斧を奪い取り下を通り過ぎた紫髪の女吸血鬼ヴァンパイアに向かって振り下ろす。

 紫髪の女吸血鬼ヴァンパイアの首が跳ぶ。悲鳴はない。血飛沫は上がらない。

 直樹はギョロギョロと鮮血の瞳を動かす紫髪の女吸血鬼ヴァンパイアの首を見ながら呟く。

「やっぱりか。血の凝固……いや固定だな。吸血鬼ヴァンパイアとか言ってたし、血を無駄にまき散らして食事が減るのが嫌なのか」
「ご名答」
「なら褒美に死でくれるか?」
「無理ね」

 だろうな、と心の中で呟きながら直樹は“収納庫”から十センチ程の封杭を八本取り出し、二本を紫髪の女吸血鬼ヴァンパイアのそれぞれの目に、残り六本を手足と胸元、下腹部に向かって投げ刺す。

 それぞれが空中に固定され、ピクリとも動かなかくなる。

「なっ」
「再生できねぇだろ。大人しく無様に喚いてろ」
「貴様ッ!」

 封杭で両目を潰され泡を飛ばし怒鳴る紫髪の女吸血鬼ヴァンパイアから目を離し、直樹は後ろを見た。

「最近の血闘封術師ヴァンパイアハンターは下品だなッ」
「そりゃどうも」
「なっ」

 パンッと空気を割りながら後ろから殴りかかってきた赤髪の男吸血鬼ヴァンパイアにニヤリと嗤い、直樹は消えた。代わりに小石が落ちる。

 つまり。

「ふむ。先ほどの転移をずらしたのはティーガンではなく、貴方様ですか」
「そうだな。そしてお前を殺せばこの空間は解除されると」
「さようでございます」

 爆発音と赤髪の男吸血鬼ヴァンパイアの悲鳴をバックサウンドに、直樹は白髪の初老吸血鬼ヴァンパイアの拳を受け止める。後ろにはティーガンを治療している雪がいる。

 白髪の初老吸血鬼ヴァンパイアは直樹が緑髪の女吸血鬼ヴァンパイアたちによって離れている隙に、雪を守っていた結界を壊し、ティーガンを奪い取ろうとしたのだ。

 直樹は、雪の傍に置いた使い捨て型の爆発小石幻想具アイテムと“空転眼[替転]”で入れ替わり転移をし、それを防いだ。

「にしても虫けら相手に随分と卑怯な手を使うじゃねぇか」
「虫けらと呼んだのは彼女たち。私は正当な評価をし、正当に戦っているまででございます。顔すら認識できない白仮面の青年」
「そう、かッ!」

 直樹は空いている右手に持つ幻斬で目の前の白髪の初老吸血鬼ヴァンパイアを斬ろうとする。鋭く目を光らせた白髪の初老吸血鬼ヴァンパイアは、ゴキリと音を鳴らしながら直樹が掴む自らの手首を反対側に折り、そのまま空中に踊りでる。

 再生を当てにした人外の行動だ。けれど直樹はそれに驚くことはない。

「体を労われよ」
「労わってますとも」

 直樹はすかさず幻斬を至近距離で投擲とうてきし、白髪の初老吸血鬼ヴァンパイアはそれをガリっと口で受け止める。少しだけ歯が欠けるが直ぐに再生する。

 だが、それは罠。

「燃えろ!」
「ッ!」

 白髪の初老吸血鬼ヴァンパイアの口に挟まれた幻斬は火を纏い、燃え上がる。慌てて吐き出すが、直樹を見失う。

「あぁん、嫌がった? アイツは弱いのに、お前は単に嫌がっただけだと?」
「ッ」

 爆発の炎が体に燃え移り再生に手間取っている赤髪の男吸血鬼ヴァンパイアと白髪の初老吸血鬼ヴァンパイアの違いに首を傾げながら、直樹は炎を纏わせた血斬を振り下ろす。

 白髪の初老吸血鬼ヴァンパイアは目を見張りつつも、背中に生やした蝙蝠の翼でそれを防ぐ。翼が冗談のように切断される。断面には炎が纏わりつく。

 翼を斬り落とした直樹はそのまま白髪の初吸血鬼ヴァンパイア老を地面に蹴りつける。石畳の地面にクレーターができる。

 一瞬だけ白髪の初老は血飛沫を上げるが、直ぐに再生する。舞い上がった血飛沫は全て逆再生するように吸い込まれていく。

 周りを気にせずティーガンの回復に専念している雪を見ながら、直樹は地面に這いつくばる白髪の初老吸血鬼ヴァンパイアの頭を踏みつける。

「グッ」
「で、俺たちはここから出たいだけだ。殺すつもりはない」
「殺せるほどの余裕がないからでしょう?」
「さぁどうだか?」

 飄々ひょうひょうとした表情を浮かべる直樹だが、内心苦々し気だ。封杭である程度再生等々を阻害できるとはいえ、紫髪の女吸血鬼ヴァンパイアも本当にゆっくりとだが再生してきている。

 “空転眼”を使って他の吸血鬼ヴァンパイアとやらにも封杭を打ち込んではいるが、それでもいつまで持つか。

 そもそもこの異空間そのものが直樹たちに不利なのだ。幾分かの力の減退をさせられているし、吸血鬼ヴァンパイアたちはこの異空間から無限にも近いエネルギーを受け取っている感じ。全てを塵と化せば再生しないかもしれないが、けど分からない。

 そしてこの異空間に孔を空けるのは難しい。圧倒的に魔力が足りないのだ。同空間内の転移ならば一割を切った魔力量でもギリギリ可能だが、解析すらままならない異空間移動は難しい。

 つまるところ、逃げるのが難しいのだ。

(一か八かでこいつの魂魄を斬るか? だが、想定以上に強固だとすると逆にこの空間そのものの不安定化に繋がりかねないしな)

 そう考えながら直樹はチラリと気絶しているティーガンを見た。この空間を抜けるには彼女の力が必要だ。

 雪が精一杯回復しているが、それでも意識を取り戻す様子はなし。呼吸は安定しているし、気配も落ち着いているが……

(精神か魂魄に影響を受けたか? そういえば、コイツ以外術らしき術を使ってないしな)

 ここまでの分析で基本的に吸血鬼ヴァンパイアとやらは人外の膂力りょりょくと再生、痛覚の操作、血の創造と操作。それらの能力を持っていると分かった。

 けど、白髪の初老はそれにプラスして異空間の創造や転移を発動していた。

 それがこの白髪の初老固有の力と考えたいところだが、そう楽観視はできない。何より六年間過酷な異世界で戦ってきた直樹の勘がそれを否定する。

 つまり、何らかの術を行使している最中で、術を床う余力がないと考えるのが妥当。行使していないのであれば、術を使うはずだし。

「ということは、あの四匹の意識を一瞬でも飛ばせば大丈夫か」
「カッ」

 そう結論付け、直樹は雪の傍に幻斬と小石を投擲し、“収納庫”から召喚した二メートルの封杭を白髪の初老に突き刺す。天狗よりも速く軽く跳ぶ。

 向かう先は誰もいない開けた場所。

 けど。

「寝んねの時間だよ、全員集合」
「え」
「んなッ」
「ッ」
「貴様ッ!」
 
 直樹がふざけたようにそう呟いた瞬間、封杭でそれぞれ固定されていた吸血鬼ヴァンパイアたちが転移で一斉に集められる。

 そして。

「放て」

 大輔から幾つか譲り受けていた既に魔力が注入されているの震風宝ヴェントを壊す。

 灼熱の暴風が吹き荒れ、プラズマが走り、轟音が響く。地面どころか直樹の前方全てがえぐり取られ、赤熱と化している。

 召喚された吸血鬼ヴァンパイアたちは、体の一部を残して塵となっている。が、頭は全て破壊できた。再生にも少しだけ時間がかかるだろう。

「っと」
「直樹さんっ!」

 それを確認することもなく、雪の傍に“空転眼[替転]”で小石と入れ替わった直樹は幻斬を蹴り飛ばす。つまり、ティーガンを襲っていた精神攻撃を斬りさいた。

 と、同時に。

「血界浸食ッ!」

 カッと鮮血の瞳を見開いたティーガンが矢継ぎ早にそう叫ぶ。体から血で作られた糸が溢れ出て、それらが直樹たちの周囲を囲い込む。うごめきニュルニュルと周囲を埋め尽くしてく。

「……すまないが、これで可能かのう?」
「ああ、問題ない」

 この空間と孔の情報を受け取った直樹は全ての魔力を“空転眼”に注ぎ込む。黒の繭が三人を包み込み、またティーガンが放出した血の糸が世界を食い荒らしていく。

 そして。

「しっかり掴まっていろっ!」
「はい」
「うむ」

 白髪の初老が異空間の制御権を取り戻そうとした瞬間を狙って、直樹はティーガンが開けた孔を広げ、そこに飛び込んだ。

 魔力が少なすぎて転移先すら選べず、また安定的な転移ができなかったため、直樹たちはぐわんぐわんと揺られる。

 そうして、数秒。

 直樹たちの耳に雑音が入ってきた。

「……ここは裏路地でしょうか?」
「だな。っつか、また気絶しやがった」

 ほぼ魔力を使い切り、物凄い倦怠感に襲われながらも直樹は気絶したティーガンを背負おうとしたが、雪がその前に背負った。雪は心配そうに直樹の顔を覗く。

「大丈夫ですか?」
「ああ、問題ない。それより……」

 当たりを見渡した直樹は、狭い裏路地から覗く空を見上げ顔を顰める。

「嫌な予感がする。白桃さん、これ」
「眼鏡ですか?」
「ああ、流石に町中で仮面はな。阻害能力は劣るが、それでも一般人相手なら問題なく機能するはずだ」
「……そうですか」

 丸眼鏡を受け取った雪は頭に着けていた桜ピンク仮面を外す。何故眼鏡よりもダサい仮面の方が能力が高いのか疑問に思いつつ、丸眼鏡を着ける。ついでに、桜が舞うステッキを消す。桜の髪飾りは万が一の時のためにそのままにしておく。

 直樹は和洋折衷の黒ローブで顔などに飛び散っていた血を洗浄した後、黒ローブだけを消しておく。黒装束は一応そのまま外に出歩いても問題ないため。

 回収していた幻斬と血斬を懐にしまいつつ、自らも懐から取り出した眼鏡を着けた直樹は足を進めた。

 そして裏路地を出て目にした光景に呆然とする。

「おいおい、マジかよ」
「……外国、ですか?」

 朝の青空の下、日本人ではない人々が行き交い、外国の車が道路を走り、英語で溢れていた。

 直樹たちは日本ではなく、海外に転移してしまったのだ。





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公開可能情報

〝風砲〟:中級の風魔法。指向性をもった風圧を一定方向に放つ。敵を吹き飛ばしたりするのはもちろん、矢や投げナイフといった攻撃を防いだり、着地にも使ったりする。使い勝手がいい。
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