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五章 動乱

一話 私は最強だっ!

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 神。様々な世界においてその概念は多種多様である。全知全能であったり、人を創ったり、先祖であったり。

 ただ、一つ言えるのは、どの世界にも神という自然的法則があるという事。

 神性。

 それは不滅にして永遠を生きる存在。この世とは違う次元に意識を正す者。どの世界においても上位存在として普遍的に在れる者。世界が創り出した意志の一つ。

 色々と存在理由があり、彼ら自身にもその全容は把握できていないが、それでも生まれながらに神性を持つ者もいれば、後天的に神性を持つ者もいる。

 ただ、ごくわずかな例外を除いて、彼らは皆、精神が神なのである。永遠の時を生きるために必要な精神。不滅であるための精神。上位的存在であるための精神。

 人のような感覚を多少持ち合わせながらも、それでも神たらんとする精神性も持ち合わせている。

 そういう生き物。

 では、どこにでもいる人間の女性が、人間というちっぽけな心を持ったまま神性を獲得したのなら。構造が違う生き物の身体に無理やり意識だけ押し込められたのだとしたら。

 不滅ゆえに、『死』を何度も味わうことになったとしたら。僅か数十年の命のはずだったのに『永遠』を生きているとしたら。人間という精神こころのままであったら。

 そして壊れることさえ許されないのだとしたら。

 それは筆舌に尽くしがたい。


 
 Φ



 そして、ヘレナはウトウトと舟を漕ぐミラとノアを抱きかかえ、イザベラに背を向けた。

 左手側にある自室のバルコニーへ跳んだイザベラも少しだけ思案した後、バルコニーのガラス扉に手を掛けた。

 その瞬間、

「ッ!? ミラ! ノア!」
「転移門っ!?」

 ヘレナとイザベラのそれぞれの前にあなが空いた。

 全てを飲み込む。

 バルコニーの大理石の手すりは、紙屑のように粉々になり、その孔に吸い込まれていく。繊細で弱いガラス扉もだ。足場はどうにか形を保っている。

 強力な重力場が発生しているのだ。

「ッ、不味いわっ!」

 必死に踏ん張るイザベラは、虚空から幾つもの宝石を取り出すと、それをばらまく。自分と、特にヘレナの周りに何重もの結界を張り、強力な空間の歪みの孔とそれによって発生した重力場を防ごうとする。

 一瞬、その孔から隔離されたヘレナは、ギュッと庇うように抱きしめていたミラとノアを気遣う余裕もなく、部屋へ放り投げる。首に下げていた影のネックレスが少しだけ揺れる。

「かかっ!」
「ママッ!」

 ミラとノアは身体を床に打ち付けながらも、直ぐに立ち上がってヘレナへと駆け寄ろうとする。

「来るな!」

 ビリリっと響いたその声は壮絶で、ミラとノアは思わず身を竦ませてしまう。

 その一瞬を狙い、ぎゅっと下唇を噛んだヘレナは、けれど一転して人の意識を刈り取るほどの殺気をミラとノアにぶつける。

「マ……マ」
「か……か」

 二人はその場で尻もちを突き、ガタガタと身体を震わせた。虚ろな視線を虚空にさまよわせる。

 ヘレナはごめんね、と微笑むと、どうにかその孔を消そうと試行錯誤しているイザベラに向き直る。

「イザベラ、無理よ。これは世界のあな!」
「ッ。そうなのね。でも、ヘレナさんのだけでも防いで見せますわ!」

 ハッと息を飲んだイザベラは、それでも闘志を燃やす。自らに回していた結界の宝石をヘレナの方へ移す。

 自分は白衣などに仕込まれている重力中和で、その世界のあなの重力を一時的に相殺。

「ハァァァァァァアッッッ!!!」

 裂帛れっぱくの叫びと共に青白い魔力を迸らせる。手元に小さな小さな氷の粒を創り出していく。

 それはまるで人間どころか、世界の限界を超えた存在感があって。本当に世界の理すらも覆すほどの力を感じて。

 けれど、だからこそイザベラの身体は無事ではない。

 血反吐を吐き、血涙を流す。全身から血を吹き出す。手がパキパキとてついていく。

 顔を歪め白い息を吐くイザベラに、ヘレナは微笑んだ。

 そして、自らを重力場から守っている結界に触れる。

「ごめん、イザベラ。お前がそれ・・るのは許容できない」
「ヘレナさん、まさか――」

 ガラスが割れたような甲高い音が響いたかと思うと、何重にも張られた結界が一瞬で消え去った。

 同時にヘレナは目を見開くイザベラへ片手を向ける。

 すると、再びガラスが割れたような甲高い音が響いたかと思うと、イザベラが創り出していた世界の理すらも覆しそうな氷の粒が消え去った。

「ごめん、イザベラ。巻き込んだ。これは私のだ」
「ッ、わたくしはいいわっ! それより――」
「魔力は自分に回せ。アカリたちが来るまで耐えろ」

 そう強く言ったヘレナは、ふっと頬を緩ませ自らその世界のあなに飛び込んだ。まるで、夢はもう終わりだと言わんばかりの表情だった。

 同時に、

「ッ、アナタたちッッッ!!!」

 二つの影がヘレナを追うように閉じかけた世界のあなに飛び込んだ。

 イザベラは思わず自身の重力中和すら解いて、その二つの影を引き戻そうとしたが、ヘレナの方の世界のあなが閉じてしまった。

「ッ、不味いわっ!」

 自らの重力中和を解いてしまったせいで、イザベラも自身の世界のあなに吸い込まれてしまった。




 そして、イザベラを吸い込んだ世界のあなが閉じた瞬間。

「このくそぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

 灯が転移で現れた。

 賢者のローブをはためかせ、清楚なその美しい顔を歪めた灯が翡翠の魔力をほとばしらせる。

 イザベラが消えた方へ左手を向け、イザベラの世界のあなへ翡翠の極光をはしらせる。一瞬閉じた世界のあなを無理やりこじ開ける。上空に強力な重力場を持つ球体を創り出し、重力を中和。

「どっせいぃぃぃぃぃぃっっっ!!!」

 そんな掛け声とともに、さらに翡翠の魔力を噴き上げた灯は、ヘレナを吸い込んで閉じてしまった世界の孔へ右手を向けると、翡翠の極光をはしらせる。

「私に不可能はないっ! どんな魔法だって創り出せるっ! 私は最強だっ! 直樹くんたちにできて私にできないことは、ない!!」

 ふんならばっ! と自身を鼓舞した灯は、

「“天元突破[極越]”ッッッッ!!!!」

 スッと極限に意識を研ぎ澄ませる。無表情で、冷酷無比なその瞳は澄んでいた。

 それはまるで、世界の深淵に潜む化け物の如き静謐さと不気味さで。

 故に、

「開け、ゴマっ!!!」

 ニィッと嗤った灯は閉じたはずの世界の孔を再び開いた。重力球を創り出し、重力を中和する。

 同時に。

「遅れたっ!」
「どちらに飛び込めばよいっ!」
「イザベラたんはどっちっ!」

 完全武装をした麗華とグランミュールとレースノワエが灯の隣に飛び降りる。

 また、一拍遅れて。

「すまねぇっ!」
「悪いっ」
「本当にごめんなさいっ!」

 ツヴァイと、シスター服の黒髪美少女――慎太郎。そして神聖な白絹の服に身を包んだ虹色の髪と瞳を持った女性――女神クルトゥーアデアが飛び降りる。

「クルトゥーアデア様。帰ってきてたの!?」
「灯、それはあと。代わるわ!」
「分かった。頼むよっ!」
「ええ、任せて!」

 女神クルトゥーアデアは、虹色の光を迸らせ、灯が維持していた二つの世界の孔を代わりに維持する。

 そして灯が現状を手短に述べる。

「右手側がヘレナたち。左手側がイザベラ」
「分かったわ。なら、ツヴァイとシンタロウはイザベラたんを。わたくしたちはヘレナたちを追うわ!」

 灯の二言だけで最大限の情報を引き出し、理解し、今後の全てを考えたレースノワエは、冷徹に結論付ける。

 黒髪美少女シスターの慎太郎が目を細める。

「いいのか」
「それが確実よ」
「そうか」

 慎太郎はツヴァイをちらりと見やる。ツヴァイは確かに頷くと、慎太郎と共にイザベラが消えた世界の孔へ飛び込んだ。

 それを確認したレースノワエは灯たちを見やり、そしてヘレナたちが消えた世界の孔へ飛び込んだ。灯たちもそれに続いた。

 そして全員が消えた後、女神クルトゥーアデアは迸らせていた虹色の光を消し、世界の孔の維持を止めた。

 溜息を吐いた。

「イヴィルのが一段落ついたと思ったら……怠っていたわ。まさか界孔かいこうが空いてしまうだなんて」
「じゃあ、力を戻せ。上手くやるぞ」

 女神クルトゥーアデアは振り返る。そこには、少女のような容をした何かがいた。それでも人間のようだった。

 女神クルトゥーアデアは呆れたような視線を向けた。

「冗談はいやよ。イヴィル」
「……へいへい、分かってますよ。命の恩人さん」

 そして女神と元邪神は突如起こった英雄たちの失踪の収拾へと動き始めたのだった。



 Φ



 鮮血の風が吹き荒れ、硫黄の雨が降り注ぎ、死の灰が舞い散る。

 光はなく、蛇のように邪悪に地面を這う炎と、空気を沸騰させてはしる雷だけが辺りを照らす。

 影が蠢き、永遠の氷と焦熱が擦り切れ、プラズマが全てをき尽くし、光無き天はあえぐ。

 どんなに邪悪な獣であっても、等しく苦痛を与えられ、死を選ぶそこに石材の儀式場があった。

 円状で、三十三のエンタシスに囲まれたその中央に一つの孔が空いた。

 それはおどろおどろしく唸り、いびつな闇を反響させ、呼応する。

 そして、一分か、数分か。

 孔から神々ですら見惚れて言葉を発せないほどの美しい女性が出てきた。

「……久しぶりだな。こういった場所は」

 その女性――ヘレナは取り乱した様子もなく辺りを見渡し、ポツリと呟く。

 ともすれば呆然としたように言葉を発することが無かったヘレナは、けれど一筋の雫を流す。

 ゆっくりと溜息を吐き、襟元に隠れていた影のネックレスを僅かばかりに撫でた。それは酷く物寂しく感じた。

「これでおしまい。おわった――」

 そう言って、感情を押し殺した表情で歩き出そうとしたとき、

「かかっ!」
「ママッ!」
「ッ!?」

 閉じ切っていなかったその孔から、二人の子供、ミラとノアが飛び出してきて、ヘレナに抱きついた。

「お前たち、どうして――」

 ヘレナは唖然とし、それから直ぐにミラとノアの怒鳴ろうとする。

 けど、純粋で力強い空色と緋色の瞳がヘレナを射貫いた。

「約束。一人にしない」
「ぼく、みんな一緒って約束した」

 ミラもノアも震えていた。カチカチと歯を鳴らしていた。ヘレナが放った殺気もだが、危険な場所に飛び込んだとキチンと理解しているのだ。聡い子たちなのだ。

 けれど、それでも二人は勇気をふり絞ってここに来た。ここでヘレナを一人にしたら、もう会えないと思ったから。ヘレナが悲しそうに顔を歪めていたから。

 だから、実の両親を非業な運命によって失ったミラもノアも静かに言う。

「もう、失いたくない」
「パパもママもいないのは嫌だ」
「ッ、お前たち……」

 ヘレナは息を飲んだ。それから膝を突き、謝る様にミラとノアをぎゅっと抱きしめる。

「ごめん。すまない。ありがとう」
「ん。かか、泣かない」
「大丈夫。ぼくたちが守る」

 ミラとノアはヘレナの頭をポンポンと撫でて、

「かふっ」
「こへっ」

 血を吐いた。顔は死人のように蒼白に染まっていたのだった。

 ここは地獄。

 そして、

「ふむ。ゴミが混じったか」

 地獄の王の一人が現れた。
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