108 / 138
五章 動乱
十八話 依存性はないわ
しおりを挟む
純白の翼とハエの翼を侍らすベルゼブブは、挑発的に嗤う杏とイザベラを無表情に見やる。
ポツリと呟く。
「ここまで未来が外れるとは。祈力を奪うために野放しにしたのが間違えでしたか」
ベルゼブブは未来が見える。
本来は作物の収穫量や天候を知るための力なのだが、それを自分が得たい物と仮定すれば、その未来が見える。
今回は祈力の未来。自分が祈力を得るために必要なピースが揃った未来。
そしてその未来では、下僕の老シスターを使い、杏を覚醒。その後、バエルとの戦闘でそれなりに力を消耗させ、杏の身に宿る祈力の一葉を奪う手はずだった。
ただ、その未来ではイザベラが不確定要素だった。イザベラの動きだけは正確な未来を見ることができず、それ故に地球に攻め込ませる天使の一部を割いてでもイザベラを殺そうとした。
赤蛇すらも出動させたのに、それすら意味がなかった。ほぼ無傷でイザベラはここまで来てしまった。
まぁ、実際のところは、イザベラは回復しただけで、赤蛇相手にかなりの痛手を負ったのだが……
どっちにしろ、些細な事。
未来視がまともに発動しないことから、ベルゼブブはイザベラが自分に匹敵する力を持っていると踏んだ。
だからその前に杏を殺し、祈力の一葉を奪い、圧倒的な力で迎え撃つはずだった。
なのに、杏の未来すら不確定となっていた。
燃え盛る炎はもちろん、金茶色の光が邪魔をしているのだ。イザベラと同じだ。
「はぁ」
ベルゼブブは溜息を吐く。
あのバカが死んだのを感じ取ったからだ。どうやら向こうも失敗したらしい。まぁ、あのバカは考えなしだったので、失敗した理由も分かるが。
ベルゼブブは己の力を上げていく。抑え込んでいた霊力を、飢餓による食を望む苦しみを解放させていく。
食があれば飢えがある。飢えがなければ、食への渇望は生まれない。
「あの眼鏡の男との戦いもあったので消耗もできなかったのですが、仕方ありません。出し惜しみは――」
「ぶつぶつと五月蠅いわねッ!」
「こっちはさっさと褒美を貰いたいんだッ! くたばれッ!」
イザベラと杏が迫る。
杏の〝聖焔解放〟も、イザベラの“天元突破[氷楔解放]”もそう長くは続かない。限界を超えて自身の全てを強化するその力は、肉体はもちろん、魂魄にも多大なダメージを与える。
タイムリミットは後、一分程度か。
だが、一分もあれば問題ない。
杏は未来視にも到達する≪直観≫で、イザベラは極限にまで強化した片眼鏡による解析能力で、ベルゼブブの全容を詳らかにした。
つまり、ベルゼブブが今更本気を出そうが、杏たちは止まらない。もう、その力は知っているから。対処方法も知っているから。
それはつゆ知らず、相手を待つこともしない杏とイザベラにキレたベルゼブブは、己の本質を覚醒させる。
「共に食をッ! 満たされた世界をッ!」
ウジ虫やハエはもちろん、杏やイザベラによって死んだはずの天使たちがベルゼブブの足元からあふれ出てる。
全てが、ベルゼブブの力を宿していた。
ベルゼブブの本質は共食。世界中の全ての生き物が飢えを知らず、一緒に食を取ること。
しかし、それは不可能にほど近い。食が物理的な量で限られているからだ。無限に食を与えられなければ無理なのだ。
だからこそ、食を求める。暴食となる。
逆を返せば、ベルゼブブは自身の力を共に分け与えることもできる。一緒に一つの食を食べるのだ。
ベルゼブブの化身ともいうべきか。
暴風と雷を纏い、喰らう力を纏い、数百の天使たちと、数百万を超えるハエとウジ虫が杏とイザベラに殺到する。
「血一滴、零すなよッ!」
「私の血は凍っているから大丈夫だわッ!」
「後で溶かしてやるよッ!」
血一滴喰われれば、その分だけベルゼブブに力が渡る。特に祈力をもつ杏は、下手すれば祈力の一葉すら喰われる可能性がある。
だが、軽口を叩きあう二人は、己の権能を振るう。残りの力のほとんどを放出する。
「〝焔炎煉華〟ッ!!」
「〝凍結狂華〟ッ!!」
炎の華が狂い咲く。氷の華が狂い咲く。
喰らう力すらも燃やし尽くし、凍り付かせ、ベルゼブブの足元から這い出た全てが燃えて、凍り付いた。
そして、同時に互いの力が干渉しあう。
消滅の閃光が生まれ、ベルゼブブに迫る。
「その力喰らわせてもらうぞッッッ!!!」
ベルゼブブは迫る消滅の閃光に両手をかざす。ウジ虫の顎を創り出し、消滅の閃光を喰らおうとする。
「ぬぅぅぅぅぅぅぅッッッ!!」
ベルゼブブは唸る。消滅の閃光を喰らうことすらままならず、今は相殺しかできていない。動けない。
「シッ!!」
「フッ!!」
その隙を逃す杏とイザベラではない。
杏とイザベラはベルゼブブの左右に現れる。挟撃する。
杏は魂魄だけを切り裂く白炎の大剣、〝必裁之焔剣〟を、イザベラは時を凍らせる二振りのレイピア、〝極凍之双突〟を、振るう。
「舐めるなッッッ!! 全ての食は我が腹にッッッ!!!」
ベルゼブブは激昂の叫びを上げ、自分の左右にハエの渦を創り出す。無限の胃袋に全てを収めようとする。
〝必裁之焔剣〟と〝極凍之双突〟が、ハエの渦とぶつかり合う。
そのハエの渦に宿った喰らうの力は莫大で、あらゆる食への怨みが籠っていた。
「チッ!」
「ッ!」
だから、弾かれる。
〝必裁之焔剣〟と〝極凍之双突〟が宙を舞う。
同時に、
「大変美味であったッッッ!!!」
ベルゼブブが消滅の閃光を喰らった。その胃袋に収め、そして自身の力に変換する。
消滅の光を纏ったハエの双剣を手元に創り出し、杏とイザベラに振るう。
「クッ」
「ウグッ」
杏は炎を、イザベラは氷を放出してどうにか消滅の力を減衰させたが、それでも斬られる。吹き飛ばされる。
運よく体は消滅しなかったが、二人に宿っていた力の大部分が消滅。
〝聖焔解放〟と“天元突破[氷楔解放]”のタイムリミットが五秒となる。
だが、だから、
「帰ったら話し合いするわよッッ!!」
「もちろんだっ! だが、あともう一人いるんだッ!」
パシリッッッ!!!
宙に舞った〝必裁之焔剣〟と〝極凍之双突〟が、それぞれ互いの頭上へ。
つまるところ、イザベラは〝必裁之焔剣〟を、杏は〝極凍之双突〟を握りしめた。
そして互いの武器に、自分の力を注ぎ込む。
「あら、そうなのねッッ! 歓迎しなくてはいけないわねっ!!」
「親友だからお手柔らかになッッ!!」
イザベラは消滅の大剣。
杏は消滅のレイピア。
ベルゼブブが握る双剣よりも煌々と輝くそれを、二人なニィッと嗤いながら、振り下ろす。
「滅しよッッ!!」
ベルゼブブが消滅の双剣を振るう。消滅の大剣と消滅のレイピアと鍔迫り合いをする。
タイムリミットは、後二秒。
「ぬぅぅぅぅぅぅぅぅッッッッ!!!」
「「ハァァァァァァァッッッッ!!!」」
裂帛の叫びが木霊する。
杏の体は白炎にプラズマを発生させ、イザベラの体は凍結に凍っていいく。
そして、二人の間にもう一つの消滅の閃光が生みだされる。
「放てッッ」
「穿ちなさいッッ」
杏とイザベラがそう叫べば、二人の間に生みだされた消滅の閃光がベルゼブブに向かって射出される。
放たれた消滅の閃光を、ベルゼブブは防げない。杏とイザベラに対処するのに精一杯。
だから、
「喰らえぇぇぇぇぇッッッッッッッ――」
飲み込まれ、逆に飲み込もうとして、けれどやっぱり消滅には敵わず、
「――」
ベルゼブブは消え去った。
痛いほどの静寂が響き渡ったのと同時に、
「カハッ」
「クッ」
〝聖焔解放〟と“天元突破[氷楔解放]”が解けて、純白の地に杏とイザベラが倒れ込む。
血反吐を吐く。力が尽きた。
「ハァ、ハァ、ハァ……これを飲みなさい」
イザベラは僅かに残る魔力をふり絞り、虚空から一本の試験管を召喚する。それを杏に渡す。
「お前が先に飲め」
「いいえ、貴女が先よ。魂魄が不安定になれば、その思念のエネルギーに飲み込まれるわよ」
「……感謝する」
魔力は尽きようとも、祈力は未だに尽きず。しかも、途方もない虚脱感に襲われており、祈力を制御することすら難しい。
故に、祈力に飲み込まれそうになっていた杏はイザベラに礼を言い、試験管を受け取る。中の液体を飲み干す。
すれば、
「凄いな」
ほぼ皆無だった魔力が半分くらいまで回復した。虚脱感は消え失せ、活力が戻る。それに目をまん丸に見開いた杏は、けれど直ぐにイザベラに駆け寄る。
「魔力を注げばいけるか?」
「ほんのちょっとでいいわ。貴女の魔力は私と相性が悪いのよ」
「分かった」
杏は回復した魔力を少しだけイザベラに譲渡する。
性質的に反する魔力を受け取ったイザベラは、どうにかその魔力を制御して再び虚空を光らせ、試験管を取り出す。
それを呷る。
「……ふぅ。これで虎の子は最後ね」
「虎の子だと?」
「ええ。“天元突破”の反動をなくすこともできる回復薬よ。原材料が手に入らないから、これで最後ってわけよ」
「そうか。ありがとう」
「どういたしまして」
優雅に杏に微笑んだイザベラは、それから数本の試験管やスティック状の白い食べ物を杏に渡す。自分もそれらを手元に置く。一本だけ、杏よりも試験管の数が多い。
「これは?」
「こっちは、普通の回復薬ね。体力、魔力、精神。万全とはいかないけれども、ある程度回復するわ。それでこっちは強化剤ね」
「強化剤?」
「そうよ。依存性はないわ」
「……おい、凄い不安なんだが」
渡されたスティック状の白い食べ物を見やって、杏は思わず引く。危ないお薬が頭に浮かんでしまった。
「そう警戒しなくていいわよ。貴女、そのエネルギーによる強化、使いこなせてないでしょ。肉体と魂魄の下地がまだ整ってないのよ。だから、時々振り回されてた。それは、無理やりその下地を作る食べ物よ。……そう何度も使わない限り問題ないわ」
「その何度もって、二回とか言わないよな。二回使ったらもう手放せないとか」
「大丈夫よ。今日で三回目だけれども問題ないわ。まぁ解毒剤も飲まなければならないけれども」
「ヤバい薬ではないかッ!」
杏は思わずツッコむ。それはイザベラを心配してからの事だが、イザベラは目を細める。
直ぐ隣を見やる。
「四の五の言ってられない状況なのでしょ?」
「……まぁ」
イザベラと杏の視線の先には、神聖な魔というべき門があった。どうやら招かれているらしい。
「中ボス、大ボスときたから、ラスボスなのかしら」
「裏ボスかも知れないぞ」
「裏ボス……そういえば、ダイスケもそんなことを言っていたわね。早く地球に行って、色々と知りたいわ」
そう呟きながら、イザベラは立ち上がる。杏も立ち上がる。
「だが、その前に目の前のことを片づけなければな」
「そうね」
そして、二人は神聖な魔というべき門の奥に消えた。
======================================
公開可能情報
〝極凍之双突〟:“天元突破[氷楔解放]”による生みだした二振りの氷のレイピア。あらゆるものを凍り付かせることができ、空間や時すらも凍り付かせる力を持つ。ただし、その効果は自分にも及ぶため、握っている手は常に時が止まり、止まっていない他の体との矛盾に激痛が走っている。
ポツリと呟く。
「ここまで未来が外れるとは。祈力を奪うために野放しにしたのが間違えでしたか」
ベルゼブブは未来が見える。
本来は作物の収穫量や天候を知るための力なのだが、それを自分が得たい物と仮定すれば、その未来が見える。
今回は祈力の未来。自分が祈力を得るために必要なピースが揃った未来。
そしてその未来では、下僕の老シスターを使い、杏を覚醒。その後、バエルとの戦闘でそれなりに力を消耗させ、杏の身に宿る祈力の一葉を奪う手はずだった。
ただ、その未来ではイザベラが不確定要素だった。イザベラの動きだけは正確な未来を見ることができず、それ故に地球に攻め込ませる天使の一部を割いてでもイザベラを殺そうとした。
赤蛇すらも出動させたのに、それすら意味がなかった。ほぼ無傷でイザベラはここまで来てしまった。
まぁ、実際のところは、イザベラは回復しただけで、赤蛇相手にかなりの痛手を負ったのだが……
どっちにしろ、些細な事。
未来視がまともに発動しないことから、ベルゼブブはイザベラが自分に匹敵する力を持っていると踏んだ。
だからその前に杏を殺し、祈力の一葉を奪い、圧倒的な力で迎え撃つはずだった。
なのに、杏の未来すら不確定となっていた。
燃え盛る炎はもちろん、金茶色の光が邪魔をしているのだ。イザベラと同じだ。
「はぁ」
ベルゼブブは溜息を吐く。
あのバカが死んだのを感じ取ったからだ。どうやら向こうも失敗したらしい。まぁ、あのバカは考えなしだったので、失敗した理由も分かるが。
ベルゼブブは己の力を上げていく。抑え込んでいた霊力を、飢餓による食を望む苦しみを解放させていく。
食があれば飢えがある。飢えがなければ、食への渇望は生まれない。
「あの眼鏡の男との戦いもあったので消耗もできなかったのですが、仕方ありません。出し惜しみは――」
「ぶつぶつと五月蠅いわねッ!」
「こっちはさっさと褒美を貰いたいんだッ! くたばれッ!」
イザベラと杏が迫る。
杏の〝聖焔解放〟も、イザベラの“天元突破[氷楔解放]”もそう長くは続かない。限界を超えて自身の全てを強化するその力は、肉体はもちろん、魂魄にも多大なダメージを与える。
タイムリミットは後、一分程度か。
だが、一分もあれば問題ない。
杏は未来視にも到達する≪直観≫で、イザベラは極限にまで強化した片眼鏡による解析能力で、ベルゼブブの全容を詳らかにした。
つまり、ベルゼブブが今更本気を出そうが、杏たちは止まらない。もう、その力は知っているから。対処方法も知っているから。
それはつゆ知らず、相手を待つこともしない杏とイザベラにキレたベルゼブブは、己の本質を覚醒させる。
「共に食をッ! 満たされた世界をッ!」
ウジ虫やハエはもちろん、杏やイザベラによって死んだはずの天使たちがベルゼブブの足元からあふれ出てる。
全てが、ベルゼブブの力を宿していた。
ベルゼブブの本質は共食。世界中の全ての生き物が飢えを知らず、一緒に食を取ること。
しかし、それは不可能にほど近い。食が物理的な量で限られているからだ。無限に食を与えられなければ無理なのだ。
だからこそ、食を求める。暴食となる。
逆を返せば、ベルゼブブは自身の力を共に分け与えることもできる。一緒に一つの食を食べるのだ。
ベルゼブブの化身ともいうべきか。
暴風と雷を纏い、喰らう力を纏い、数百の天使たちと、数百万を超えるハエとウジ虫が杏とイザベラに殺到する。
「血一滴、零すなよッ!」
「私の血は凍っているから大丈夫だわッ!」
「後で溶かしてやるよッ!」
血一滴喰われれば、その分だけベルゼブブに力が渡る。特に祈力をもつ杏は、下手すれば祈力の一葉すら喰われる可能性がある。
だが、軽口を叩きあう二人は、己の権能を振るう。残りの力のほとんどを放出する。
「〝焔炎煉華〟ッ!!」
「〝凍結狂華〟ッ!!」
炎の華が狂い咲く。氷の華が狂い咲く。
喰らう力すらも燃やし尽くし、凍り付かせ、ベルゼブブの足元から這い出た全てが燃えて、凍り付いた。
そして、同時に互いの力が干渉しあう。
消滅の閃光が生まれ、ベルゼブブに迫る。
「その力喰らわせてもらうぞッッッ!!!」
ベルゼブブは迫る消滅の閃光に両手をかざす。ウジ虫の顎を創り出し、消滅の閃光を喰らおうとする。
「ぬぅぅぅぅぅぅぅッッッ!!」
ベルゼブブは唸る。消滅の閃光を喰らうことすらままならず、今は相殺しかできていない。動けない。
「シッ!!」
「フッ!!」
その隙を逃す杏とイザベラではない。
杏とイザベラはベルゼブブの左右に現れる。挟撃する。
杏は魂魄だけを切り裂く白炎の大剣、〝必裁之焔剣〟を、イザベラは時を凍らせる二振りのレイピア、〝極凍之双突〟を、振るう。
「舐めるなッッッ!! 全ての食は我が腹にッッッ!!!」
ベルゼブブは激昂の叫びを上げ、自分の左右にハエの渦を創り出す。無限の胃袋に全てを収めようとする。
〝必裁之焔剣〟と〝極凍之双突〟が、ハエの渦とぶつかり合う。
そのハエの渦に宿った喰らうの力は莫大で、あらゆる食への怨みが籠っていた。
「チッ!」
「ッ!」
だから、弾かれる。
〝必裁之焔剣〟と〝極凍之双突〟が宙を舞う。
同時に、
「大変美味であったッッッ!!!」
ベルゼブブが消滅の閃光を喰らった。その胃袋に収め、そして自身の力に変換する。
消滅の光を纏ったハエの双剣を手元に創り出し、杏とイザベラに振るう。
「クッ」
「ウグッ」
杏は炎を、イザベラは氷を放出してどうにか消滅の力を減衰させたが、それでも斬られる。吹き飛ばされる。
運よく体は消滅しなかったが、二人に宿っていた力の大部分が消滅。
〝聖焔解放〟と“天元突破[氷楔解放]”のタイムリミットが五秒となる。
だが、だから、
「帰ったら話し合いするわよッッ!!」
「もちろんだっ! だが、あともう一人いるんだッ!」
パシリッッッ!!!
宙に舞った〝必裁之焔剣〟と〝極凍之双突〟が、それぞれ互いの頭上へ。
つまるところ、イザベラは〝必裁之焔剣〟を、杏は〝極凍之双突〟を握りしめた。
そして互いの武器に、自分の力を注ぎ込む。
「あら、そうなのねッッ! 歓迎しなくてはいけないわねっ!!」
「親友だからお手柔らかになッッ!!」
イザベラは消滅の大剣。
杏は消滅のレイピア。
ベルゼブブが握る双剣よりも煌々と輝くそれを、二人なニィッと嗤いながら、振り下ろす。
「滅しよッッ!!」
ベルゼブブが消滅の双剣を振るう。消滅の大剣と消滅のレイピアと鍔迫り合いをする。
タイムリミットは、後二秒。
「ぬぅぅぅぅぅぅぅぅッッッッ!!!」
「「ハァァァァァァァッッッッ!!!」」
裂帛の叫びが木霊する。
杏の体は白炎にプラズマを発生させ、イザベラの体は凍結に凍っていいく。
そして、二人の間にもう一つの消滅の閃光が生みだされる。
「放てッッ」
「穿ちなさいッッ」
杏とイザベラがそう叫べば、二人の間に生みだされた消滅の閃光がベルゼブブに向かって射出される。
放たれた消滅の閃光を、ベルゼブブは防げない。杏とイザベラに対処するのに精一杯。
だから、
「喰らえぇぇぇぇぇッッッッッッッ――」
飲み込まれ、逆に飲み込もうとして、けれどやっぱり消滅には敵わず、
「――」
ベルゼブブは消え去った。
痛いほどの静寂が響き渡ったのと同時に、
「カハッ」
「クッ」
〝聖焔解放〟と“天元突破[氷楔解放]”が解けて、純白の地に杏とイザベラが倒れ込む。
血反吐を吐く。力が尽きた。
「ハァ、ハァ、ハァ……これを飲みなさい」
イザベラは僅かに残る魔力をふり絞り、虚空から一本の試験管を召喚する。それを杏に渡す。
「お前が先に飲め」
「いいえ、貴女が先よ。魂魄が不安定になれば、その思念のエネルギーに飲み込まれるわよ」
「……感謝する」
魔力は尽きようとも、祈力は未だに尽きず。しかも、途方もない虚脱感に襲われており、祈力を制御することすら難しい。
故に、祈力に飲み込まれそうになっていた杏はイザベラに礼を言い、試験管を受け取る。中の液体を飲み干す。
すれば、
「凄いな」
ほぼ皆無だった魔力が半分くらいまで回復した。虚脱感は消え失せ、活力が戻る。それに目をまん丸に見開いた杏は、けれど直ぐにイザベラに駆け寄る。
「魔力を注げばいけるか?」
「ほんのちょっとでいいわ。貴女の魔力は私と相性が悪いのよ」
「分かった」
杏は回復した魔力を少しだけイザベラに譲渡する。
性質的に反する魔力を受け取ったイザベラは、どうにかその魔力を制御して再び虚空を光らせ、試験管を取り出す。
それを呷る。
「……ふぅ。これで虎の子は最後ね」
「虎の子だと?」
「ええ。“天元突破”の反動をなくすこともできる回復薬よ。原材料が手に入らないから、これで最後ってわけよ」
「そうか。ありがとう」
「どういたしまして」
優雅に杏に微笑んだイザベラは、それから数本の試験管やスティック状の白い食べ物を杏に渡す。自分もそれらを手元に置く。一本だけ、杏よりも試験管の数が多い。
「これは?」
「こっちは、普通の回復薬ね。体力、魔力、精神。万全とはいかないけれども、ある程度回復するわ。それでこっちは強化剤ね」
「強化剤?」
「そうよ。依存性はないわ」
「……おい、凄い不安なんだが」
渡されたスティック状の白い食べ物を見やって、杏は思わず引く。危ないお薬が頭に浮かんでしまった。
「そう警戒しなくていいわよ。貴女、そのエネルギーによる強化、使いこなせてないでしょ。肉体と魂魄の下地がまだ整ってないのよ。だから、時々振り回されてた。それは、無理やりその下地を作る食べ物よ。……そう何度も使わない限り問題ないわ」
「その何度もって、二回とか言わないよな。二回使ったらもう手放せないとか」
「大丈夫よ。今日で三回目だけれども問題ないわ。まぁ解毒剤も飲まなければならないけれども」
「ヤバい薬ではないかッ!」
杏は思わずツッコむ。それはイザベラを心配してからの事だが、イザベラは目を細める。
直ぐ隣を見やる。
「四の五の言ってられない状況なのでしょ?」
「……まぁ」
イザベラと杏の視線の先には、神聖な魔というべき門があった。どうやら招かれているらしい。
「中ボス、大ボスときたから、ラスボスなのかしら」
「裏ボスかも知れないぞ」
「裏ボス……そういえば、ダイスケもそんなことを言っていたわね。早く地球に行って、色々と知りたいわ」
そう呟きながら、イザベラは立ち上がる。杏も立ち上がる。
「だが、その前に目の前のことを片づけなければな」
「そうね」
そして、二人は神聖な魔というべき門の奥に消えた。
======================================
公開可能情報
〝極凍之双突〟:“天元突破[氷楔解放]”による生みだした二振りの氷のレイピア。あらゆるものを凍り付かせることができ、空間や時すらも凍り付かせる力を持つ。ただし、その効果は自分にも及ぶため、握っている手は常に時が止まり、止まっていない他の体との矛盾に激痛が走っている。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
150
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる