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五章 動乱

二十一話 なら、もっと速くですッ!!

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「ッッッッッ!!!???」

 命が危機感をかき鳴らす。

 思考する間も許されず、呼吸も許されない一瞬。

 それでも吸血鬼ヴァンパイアとの戦いで培った経験がウィオリナを動かした。

「シッッ!!」
「ッア!!」

 ウィオリナは自らの舌を咄嗟に噛み千切り血を噴き上げる。それは血糸となり、眼前に迫る死之怨巨鬼神しのおんおおきがみの巨大な拳をからめとり、停滞。

 もちろん直ぐに血糸は千切られるが、その稼いだ一瞬で血のヴァイオリンを眼前に移動。

「クッッッッァァァアアッッッ!!!」

 死之怨巨鬼神しのおんおおきがみの拳を防ぐ。百メートル吹き飛ばされ、自分たちを囲う空間断絶の結界にぶつかる。

 血反吐を吐くが、吐いた血は全てウィオリナの周囲に漂う。血糸となる。少しばかり回復する。

 が、状況判断する暇は与えられない。

 死の瘴気を爆発させ、弾丸のように迫る死之怨巨鬼神しのおんおおきがみ

「すまぬ。加減はきかん」
「ッ、ウィ流血糸闘術、<血糸妖斬>ッッ!!」

 本能が死に恐怖する。

 それを気合でねじ伏せ、ウィオリナは血のヴァイオリンを奏でた。血のシスターワンピースから無数の血糸を放出し、死之怨巨鬼神しのおんおおきがみを切り刻もうとする。

「ぬるい。死にゆくぞ」
「ウィ流血糸闘術、<血糸盾編>ッッ!!」

 忠告とは裏腹に、死之怨巨鬼神しのおんおおきがみの攻撃に容赦はない。

 死之怨巨鬼神しのおんおおきがみは<血糸妖斬>の全てを塵のごとく消し飛ばし、グッと踏み込み回し蹴りを放った。

 ウィオリナは血糸を編み硬化させて創り出した血の盾でそれを受け止め、自らは低く沈み込むように前に倒れながら、その蹴りを上に逸らしていく。血という流体の特性も利用して、マッハすら超える衝撃を受け流す。

 そして三メートルを超える巨体だ。

 回し蹴りが上に逸らされたことにより、死之怨巨鬼神しのおんおおきがみは大きく外に回り、体勢を崩す。

 そこに低く沈み込むように前に倒れた勢いを利用して、ウィオリナは死之怨巨鬼神しのおんおおきがみの足元に入り込む。

「ウィ流血糸闘術、<血糸捕縛>ッッ!!」

 そのまま血のヴァイオリンから血糸を放出し、死之怨巨鬼神しのおんおおきがみの両足を拘束。そのまま血糸を巨躯きょくに這わせ、全身を拘束。

 同時に針のように鋭くした血糸で死之怨巨鬼神しのおんおおきがみの体を刺し、そのまま血糸を死之怨巨鬼神しのおんおおきがみの体内に侵入させようとして、

「だからぬるいと言っているのだ」
「ッ!?」

 ただの言葉。言霊。

 だがしかし、死之怨巨鬼神しのおんおおきがみが纏っていた死の瘴気が大鎌となり、ウィオリナの身体を両断しようとする。

 咄嗟にウィオリナは血のシスターワンピースを硬化させ、その死の瘴気の大鎌を防ぐが、吹き飛ばされる。死の瘴気により、血のシスターワンピースがにごる。鮮血の輝きを失い、防御力が低下する。

 その状態で何度も地面に叩きつけられ、ウィオリナは衝撃でうずくまる。

「言葉を発するでない。その間を全て戦いに注げ」
「ッッッッッ!!??」

 死の瘴気が無数のつぶてかたちを取り、ウィオリナに向かって掃射される。まるでガトリング。

 詠唱する間もない。

 無意識にウィオリナは言葉すら発することなく、血力を操り、血糸を放出。<血糸盾編>を行使し、死の瘴気のガトリングを防ぐ。

 血の盾は死の瘴気により、ホロホロと崩れ去る。

「もっと意識を研ぎ澄ますのだ。血一滴に全神経を集中させよ。でなければ、死があるのみぞ」
「ッ、ァァアアッッ!!」

 横たわるウィオリナに向かって隕石の如く死之怨巨鬼神しのおんおおきがみの踵落としが繰り出される。

 裂帛の叫びを上げながら、ウィオリナはきしみ痛む体にむちを打ち、横に飛びのき、回避する。同時に死之怨巨鬼神しのおんおおきがみの踵落としが大地を打ち、死の瘴気の衝撃波と共にクレーターができる。

 ウィオリナは衝撃波によって吹き飛ぶ。

 だが、今度は空中で体勢を整え、滑るように着地した。

「その『眼』は飾りか? 日を総べる大皇日女の瞳を宿しておるのだぞ?」
「うるさいです!!」

 視えてきた。速すぎた死之怨巨鬼神しのおんおおきがみの動きを捉えられてきた。

 赤錆色から鮮血……いや、陽色へ。瞳は炯々けいけいと輝く。命の輝きを鋭く光らせる。

 死之怨巨鬼神しのおんおおきがみが左拳を握りしめた。放つ。

「ハッ!!」
「む?」

 ウィオリナに与えられた天眼てんげんは、<血識>と合わさり<天血識>ともいうべき眼となった。

 それは生命に特化しており、目の前にいる死之怨巨鬼神しのおんおおきがみも神という生命だ。

 体内に宿る生命力のうねりから、ウィオリナは死之怨巨鬼神しのおんおおきがみの動きを読む。死の瘴気という力の流れも読み取っていく。

 だから一歩先へ。

 死之怨巨鬼神しのおんおおきがみの動きの先へ踏み込んだウィオリナは、血のヴァイオリンを振り上げた。

 死之怨巨鬼神しのおんおおきがみの左拳をその体の内側に弾き上げた。血糸で左拳と右手を拘束。死之怨巨鬼神しのおんおおきがみの体が右に傾く。

 死之怨巨鬼神しのおんおおきがみの左半身、心臓が無防備になる。

「そこですッ!!」

 同時に血のヴァイオリンの弓を鋭く尖らせ、レイピアのように死之怨巨鬼神しのおんおおきがみの心臓に向かって突く。

 しかし、ウィオリナの<天血識>による先読みはあくまで生命力の動きから一連の動きの先を読むだけ。未来予知ではない。

 反射神経を考慮しているわけでもない。

「のろい」

 驚異的な反射神経により、死之怨巨鬼神しのおんおおきがみは右に傾いた身体を無理やり左に捻じり、血の弓の突きを回避する。

 身体を左に捻じった勢いを利用して、血糸を千切り、右拳のフックをウィオリナの横顔に打ち込もうとする。

 強化され、神の速度すら認識できる視えるその瞳でウィオリナは、その正確に捉える。掠るギリギリで顔をのけ反らせ、かわす。

「なら、もっと速くですッ!!」

 血のシスターワンピースが蠢く。

 血のシスターワンピースは、己の身体能力を一時的に獣のように強化する<糸儡楽獣装しぐつがくじゅうそう>だ。だから、ウィオリナの場合は狼の尻尾と耳がある。

 けれど、まだ遅い。死之怨巨鬼神しのおんおおきがみには届かない。

 だから、もっと身体を作り変える。もっと速く。

 ここが勝負時だ。全てをせ。

「ウィ流血糸闘術、<天血獣てんけつじゅう>ッッ!!」
「よいぞ。うぬにもようやく見込みが現れた」

 血管なんていらない。血は全て自力で操作できる。必要な場所に必要な量だけ。速く速く送り込む。

 だから、心臓もいらない。

 いらないから、その心臓をにえにする。消費し、人間としての制限を解除する。覚醒する。

 まるで狼を纏っているかのようだ。

 美しく鮮血に輝く毛並みを纏い、ウィオリナは死之怨巨鬼神しのおんおおきがみと同等の速さで駆ける。

死之怨巨鬼神しのおんおおきがみ――ウィ流血糸闘術、<血糸封楔>ッッッ!!」

 死之怨巨鬼神しのおんおおきがみの眼前に迫ったウィオリナは、<血糸封楔>を発動。ミリ秒にも満たない時の狭間で、髪の毛よりも細い血糸が死之怨巨鬼神しのおんおおきがみを覆いつくす。

 縛り上げ、そして血の繭となって封印――

「だが、まだ届かぬ。そのちっぽけな力で我を封印できると思うておろうか?」
「ッッッッ!!??」

 死の瘴気が封印を殺す。

 目にも止まらぬ速さで封印を解いた死之怨巨鬼神しのおんおおきがみはウィオリナの鳩尾を殴る。同時に死の瘴気がウィオリナの体内に注ぎ込まれる。

「……ぁ」

 死にはしなかった。

 けれど、意識は遠のき、手足の感覚はない。<天血獣てんけつじゅう>は解け、虚ろな瞳でウィオリナは地面に横たわる。

「はぁ」

 死之怨巨鬼神しのおんおおきがみは残念そうに顔を歪めながら、死の瘴気を拳に集め、確実に死へ至らしめる死の瘴気の衝撃波をウィオリナに放つ。

 そしてウィオリナは飲み込まれた。


 
 Φ



 暗き闇。覆う影。

「……さん。ウィオリナさん!」
「ッ!」

 ウィオリナは飛び起きた。

 目の前にはカガミヒメがいて、その周りには多くの化生がいた。妖魔界にいた戦えない化生たちだ。

 ここはウィオリナの影の中の異空間だった。

「これは……」
「ウィオリナさんの魂魄を一時的に呼び寄せたんです。今は、私がウィオリナさんの身体をお借りしています」
「……どういうことです?」

 自分はあの時、死の瘴気に飲まれたのではなかったのか? 身体を借りているとはどういうことか?

 ウィオリナはとても困惑する。

 そんなウィオリナの手をカガミヒメが握りしめる。

「ウィオリナさんは私と同等に大皇おおすめ日女ひめ様をその身に宿しています。私との親和性が高いため、ウィオリナさんの意識が弱い時……瀕死に近い時だけ、その身体を一時的に操作できます。非常に嫌かもしれませんが、少しだけ辛抱ください」
「あ、いえ、ええっと……」

 深々と頭を下げるカガミヒメにウィオリナは慌てる。

「助けてくれたんです?」
「はい」
「なら、ありがとうです!」

 結局のところ、理解できていることは少ないが、だからこそウィオリナはカガミヒメに頭を下げる。

 カガミヒメが安堵するように頬を緩ませる。

「よかったです」
「なにがです?」
「いえ、天眼てんげんについて話したとき、どうにも元気がなさそうでしたので」
「ッ」

 ウィオリナは息を飲む。それと同時に、どす黒い感情が思い起こされる。ただ、ウィオリナは下唇を噛みしめ、それを抑え込む。

 カガミヒメは一瞬だけ目を見開き、それから気づかないふりをする。意識の半分以上をウィオリナの体の操作に割きつつ、話す。

「ウィオリナさんの身体を媒介に少しばかり回復した力を使い、死之怨巨鬼神しのおんおおきがみを抑えています。酒呑童子たちも戦っています。けれど長く持ちません。祈力も尽きてしまい、また祈力を集める力も皆無になってしまいました」

 カガミヒメとは、神映し神降ろしの巫女であり、また妖魔界の化生たちの統治者でもある。そして祈力の素である祈素を生みだし、祈力を集約させやすくする祈力一葉を宿している。

 つまるところ、京都の祈力熾所はカガミヒメなのだ。

 雪たちに与えられた祈力一葉は新鮮だ。なんせ大皇おおすめ日女ひめが数週間前に摘んだばかりなのだからだ。

 だが、カガミヒメに与えられているそれは、代々だいだい神和ぎ社の『カガミヒメ』に受け継がれているもの。

 雪たちの祈力一葉よりも、祈素精製能力と集約能力は自然の一部になれるほど圧倒的に高いものの、既に老いた一葉であり、急激に使いすぎると機能が落ちてしまう。

「ウィオリナさんの祈力一葉は私には使えません。あれはウィオリナさんだけのものですから」
「ええっと……」

 話の流れが分からず、ウィオリナは困惑する。けれど、死之怨巨鬼神しのおんおおきがみに勝つための話をしているのは分かるので、直ぐに口をつぐみ、カガミヒメに続きを促す。

 カガミヒメは頷き、自分たちを囲む化生たちを愛し気に見渡す。その眼差しはまるで慈しみと親愛に満ちていた。

「彼らの祈りをあなたに移します。姫たる私を信じるそれをあなたに移します」
「……それは、いいんです? だって祈りってカガミヒメさんを尊敬して信頼している大切な想いなんですよね。それを知らない私に……」
「大丈夫です」

 カガミヒメは頷き、化生たちも頷く。

 と、

「ッ。てて」
「さすがに長くはもちませんでしたか」

 虚空から酷い傷を負っている酒呑童子とウカが現れた。死之怨巨鬼神しのおんおおきがみと戦っていたが、傷つき過ぎたためカガミヒメが呼び戻したのだ。

「今すぐ回復を――」

 ウィオリナが息を飲み、慌てて回復させようとする。

「いや、いいんだ」
「はい。力も尽きていますし、傷を癒したところで意味はありません」

 酒呑童子とウカが首を振る。そして、深々とウィオリナに頭を下げた。

「どうか、あの方を救ってくれ」
「お願いします」
「え?」

 ウィオリナは目を見開く。その救う相手は言うまでもなく死之怨巨鬼神しのおんおおきがみだったから。どうして? と困惑する。

「時間がないから話せないが、あの方は優しいお方だ。だが、その身に宿る力に縛られてもいる」
「……神性です?」

 ウィオリナは大輔から少しばかり聞いた話と、ガシャドクロと戦っている最中に少しばかり聞こえてきた大輔と死之怨巨鬼神しのおんおおきがみを思い出す。

「そうだ」
「ですから、アナタに宿る“封印の力”で、あの方を封印していただけないでしょうか?」
「けど、<血糸封楔>では意味が――」

 真祖の吸血鬼ヴァンパイアすら封印したその力が意味を為さなかった。ウィオリナはそう言おうとしてカガミヒメが首を振る。

「それはウィオリナさんが死之怨巨鬼神しのおんおおきがみの“名”を知らなかったからです」
「それはないです。確かに<天血識>で……」

 カガミヒメは強いまなざしで否定する。

「神の名ではなく、死之怨巨鬼神しのおんおおきがみの本来の名です。死之怨巨鬼神しのおんおおきがみは生まれながらの神ではありません。祖から名づけられた真名があるはずなのです」
「じゃあ、その名前は……」
「分かりません。大皇おおすめ日女ひめですら、分からなかったそうです。いえ、神同士であるからこそ、分からなかった。神は神を神性でしか判別できないんです」

 つまり、人間であるウィオリナなら可能性があるということだ。

 日本にいる存在全てに対して優位に立つ天眼てんげんと名をることに特化した<血識>。それが合わさった<天血識>さえあれば。

 それを祈力で昇華させれば。
 
「ッ」

 ウィオリナは息を飲む。

 戦えるのか。<天血獣てんけつじゅう>を使っても負けたのに。

(私はアンさんみたいに強くもないのに……)

 だが、そんな悩む時間など与えらえられない。

「ッ、カハ」
「ッ!」

 ウィオリナの目の前にいるカガミヒメが血反吐を吐いた。ウィオリナが驚愕し、慌てて回復しようとして、

「ごめんさい。あまり時間を稼ぐことはできませんでした。お借りしていた体を返します。祈力は徐々にあなたに集まっています。使い方は体に叩き込んでありますので、どうかッ!」

 有無を言わさずカガミヒメは祈り手を組み、ウィオリナを淡い日の光で包んだ。

 そしてウィオリナの意識は自分の体に戻った。
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