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最終章 神殺し

七話 大丈夫だよ

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 数時間前までは、連綿と続く歴史的建物立ち並び、多種多様で活気に満ちた観光客が練り歩いていた京都。

 しかし、今はその欠片すらも見ることができず、地獄のような光景だった。

『燃え尽きろ』

 灼熱の地獄。通常の人間がそこに足を踏み入れれば、いや、そもそも近付いただけで発火し燃え尽きてしまうほどの熱波とプラズマがほとばしっている。

 真っ赤なドラゴンや狼、人の形をした精霊に炎のかたちをした妖精。その他錚錚そうそうたる炎の化身が蔓延はびこり、暴れていた。

 そんな中を、一筋の黒が駆ける。

 一閃がはしった思えば、ドラゴンが放ったブレスが真っ二つに切り裂かれる。

 プラズマすら引き起こす灼熱の劫火ごうかが地上を走れば、されど黒の一閃が一瞬だけ光れば、劫火すらも切り刻んれて霧散する。

「〝過速〟。抜刀一閃――〝騎豪黒斬〟」

 月城麗華。

 姫騎士にして、武芸の達人。全てを切り刻む剣の使い手。

 駆ける速度は、時間すらも置き去りにするほど速く、地球でも指折りの化生ですら目で追えないほど速い。

 いや、速いさという時の次元にすら、彼女はいない。

 時間と時間の狭間。進まぬ時止まった時の世界に潜入し、移動。その後、その止まった時の世界から出てくる。
 
 まるで、それは瞬間移動の極地。

 しかも今は、

「助かるわ、クロノアさん」
「ん」

 時を司る吸血姫ヴァンパイアのクロノアが、麗華の補助をしている。そのおかげで、時止めを利用した瞬間移動の魔力消費はほぼなく、麗華は無尽蔵に瞬間移動を繰り返している。

 もちろん、地球の化生の中にはその時止めの世界に対応する者もいる。

 例えば、

『人間如きがが高い』

 とある宗教で太陽神と崇められる化生。煌々こうこうと燃え盛るハヤブサの頭を持ち、時止めの世界で麗華と会敵する。

 神性は宿してはいないが、それでも砂漠の大地にて数千年以上権威を振るったその炎の化生は、寿命を燃やす爆炎を放つ。

 それに触れれば、麗華が持つ寿命が燃え尽きてしまう。

 だがしかし、

「どこに向かって放っているのかしら?」
『ぬなッ!?』

 時が止まった世界においても麗華は速い。光にすら迫る速さで駆ける。

 それにクロノアの補助により、麗華は数秒先の未来を見ている。

 戦う者同士のレベルが高ければ高いほど、たった数秒でも大きさ違いが生まれる。

 しかもだ。

 クロノアは灼熱の地獄一帯に、特別な時の結界を張っている。その結界は因果律による偶然の排除。つまるところ、本来は無数に枝分かれしている未来が、その結界内でははたった一つに決定されるのだ。

 そして麗華に見せている未来はその確定した絶対の未来であり、その絶対の未来を変えられるのはクロノアとその影響下にいる麗華だけ。

 故に、麗華が傷を負うことはなく、化生たちだけが切り刻まれるだけ。

 最も、殺される事はなく化生たちは刀背打みねうちによって気絶させられているが。不殺を貫けるほど、圧倒しているのだ。

「さて。次に斬られたいのはだれかしら?」

 そして麗華は次々と化生を切り刻んでいく。

 少し遠くに視線を転じれば、獣の地獄。

 あらゆる獣が猛威を振るい、地上を空気を世界すらも喰らいつくそうとしている。そこに理性はなく、暴虐だけが支配していた。

 そんな獣の地獄に、巨大な黒の亀がいた。

 天すらも突き破るほど大きく、そもそも京都の半分近くをその巨体で占拠している。

 黒の鱗や甲羅はこの世界のどんな金属よりも堅く、例え神ですらそれを砕くのは容易ではないだろう。

 そんな巨大な亀――グランミュールに獣たちが暴虐を振るっていた……

 そのはずだった。

『痒いのぅ』

 蚊にさされたと言わんばかりに暢気のんきな声が響く。

 空間を切り裂く爪撃も、牙撃も、意味を為さない。ブレスや空間粉砕や超重力に腐食攻撃。火炎に暴風、氷、水、土攻撃。彩弾。

 全てが簡単に弾かれる。

――オォォォォォッォォォォォッォッォッォッッ!!!!
『おお、そこ。い振動だの』

 ならばと、一つ目の巨人が数百メートルほどの棍棒でグランミュールの甲羅をたたき割ろうとするが、逆に棍棒が粉砕されてしまう。

 グランミュールは気持ちよさそうな声を漏らす。

 獣たちは無力を思い知らされる。

『暇だのぅ』

 反撃してしまえば、獣たちは肉片すら残らず消し飛んでしまうだろう。だから、グランミュールは反撃もしない。

 ただただ、ぼけっとそこにいるだけ。

『む、そうだ』

 段々と、つまらなくなってきたグランミュールはいいことを思い付いたと言わんばかりに喜々とした声を上げる。

 それと同時に体を清らかな黒色に光らせたかと思うと、元の高身長で豊満な女性姿に戻る。

「ふぅ……さてと」

 獣たちは警戒する。

 しかし、グランミュールは気にせず、両手を広げる。

「我は一歩も動かず片手だけで相手してやろう。我に両手を使わせる、もしくは我をこの場から動かせば其方そなたたちの勝ちになる。さぁ、きたまえッ!!」

 全身を堅い金属の甲羅からで覆ったグランミュールは縛りプレイを宣言する。右手を腰にあて左手だけ構える。

 先ほどの巨大な亀ならば兎も角、今は人型の女。

 しかもだ。

 ハンデ、ハンデをしてやると言われたのだ。舐められたのだ。

 そのことに頭に血が上った獣たちは先ほど以上の殺意を燃やし、グランミュールに襲い掛かる。

「ほれほれ、どうしたッ!」
――ギャッ!?
――グギャッ!!
――ピギャー!!

 そして、なぎ倒される。千切っては投げ、千切っては投げ。獣たちの痛々しい鳴き声だけが響き渡る。

 グランミュールは確かにダメージを負っているものの、それでも巨人の攻撃すらも片手でいなし、気絶させている。

 獣たちに絶望が訪れていた。

 そこから遠くに視点を転じれば、そこは死傷の地獄。清浄な巨大な結界領域――“聖療域”内の地獄。

「た、助けてくれぇ!」
「痛い、痛いッッッ!!!」
「おい、しっかりしろッ! 誰か、誰か、早く。もう息すらしていないぞ!」

 既に数は万を優に超えている。

 人間だけではない。敵である悪魔に天使はもちろん、様々な姿形の化生も“聖療域”にいた。ここは敵味方関係なく、傷ついた者全てを受け入れている場所なのだ。

 しかし、だからこそ、多くのものは傷つき、死の淵に瀕していた。中には肉体が死んでしまった者もいる。

 死臭と血と慟哭どうこくと泥……野戦病院さながらの場所でもあった。

 そんな中を黒髪の聖女と、餓狼の女性が闊歩する。

「はいはい、そこどいて」
「おい、お前ッ!! さっさと、俺を治療しろッ!!」
「え、君? 君は大丈夫だって。そんなに叫べるだし、まだまだ元気。ほら、これ飲んだら、他の子たちにも飲ませなさい」
「なんだとッッッ」

 阿修羅のような化生が燃え続ける片腕を抱えながら、透明な薬を渡してきた黒髪の聖女――慎太郎に怒鳴る。激痛が走っているし、大丈夫なわけがない。

 阿修羅の化生は殺気を周囲に振りまく。それは高重力となって、顕現するほど恐ろしいものだった。

 阿修羅の化生はそれほどの力を持っているのだ。

 しかし、

「おい、シンタロウの言葉が聞けねぇのか?」
「ッッッ!!!」

 慎太郎の後ろにいたツヴァイが、悪鬼羅刹もかくやと言わんばかりに阿修羅の化生を睨めば、彼は意気消沈してしまう。

 阿修羅の化生ほどの存在でも、ツヴァイには敵わない。睨まれただけで、恐怖してしまう。

「こら、ツヴァイ。患者を怖がらせてどうするんだ? ……ごめんね、君。怖がらせて悪かったよ。けど、君なら大丈夫。だから、皆の助けになって?」
「ッ……分かった」
「ありがとう」

 睨むツヴァイを優しくいさめた慎太郎は、阿修羅の化生をぎゅっと抱きしめ、柔らかく囁く。
 
 すれば、阿修羅の化生の張りつめていた心が消え失せて、素直になる。

 慎太郎は阿修羅の化生に微笑んだ後、直ぐに移動する。次々に重傷者を癒し、死者を蘇らせていく。

 また、慎太郎だけでなく、慎太郎にお願いされた化生や、純白のシスター服で純白の翼を持った手のひらサイズの妖精も癒しを施し、懸命な看病をしている。

 特に純白の妖精は数千以上もおり、せわしなくその野戦病院を行き交っている。

 〝救護妖精〟。慎太郎が創り出した妖精であり、慎太郎聖女の代行者でもある妖精なのだ。

 と、一人の〝救護妖精〟が慎太郎の肩に座り、耳元でコショコショと話す。

「分かった。今行く」

 慎太郎は〝救護妖精〟の言葉に頷き、“聖療域”の中心へと急ぐ。急ぎながらも、道中にいた傷病者を癒しの魔法で手当てしていく。ツヴァイは反抗的な態度を見せたりしている者をけん制していた。

 そして“聖療域”の中心には大輔が作った幻想具アイテムのインカムを使って、指示を出していたレースノワエがいた。

「シンタロウさん、彼女、意識を取り戻したわよ」
「……ぁ……ぁぉぅ」

 慎太郎に気が付いたレースノワエは、清潔なベッドで寝かされているカガミヒメを見やった。

 カガミヒメは薄く開けた目で慎太郎を見て掠れた声を出す。感謝を告げる。

「どういたしまして。けど、まだ口は空けない方がいいよ。君は酷い重傷だったんだ。魂魄が輪廻の輪に還りかけていたんだ。もう少し寝ていなさい」

 カガミヒメの感謝に優しく頷いた慎太郎は、それから、カガミヒメを安心させるように瞼に優しく触れる。温かな魔力を注ぐ。

 カガミヒメは安らかな寝息をたてはじめた。

 それを確認した後、慎太郎はレースノワエを見やる。

「それで、用事って何だ?」
「A―8区の人たちは大丈夫かしら?」
「治療は終わっている。が、彼らが了承していないのであれば、駄目だ」

 慎太郎は強い光をたたえた瞳をレースノワエにぶつける。

 つまるところ、レースノワエは戦力補給をしたいのだ。

 今、チート級の力を持った敵の主力は翔たちが抑えているが、天使や悪魔も含めてそうでない化生たちも暴れている。というか、そうでない化生の数が多すぎて困っているのだ。

 レースノワエは、陰陽師や異界制定派の魔術師、後は教皇が連れてきたエクソシストや血闘封術師ヴァンパイアハンターを手中に収め、彼らを使ってその雑多な化生たちを抑えているのだ。

 また“王権”という能力スキルにより、化生に施されていたルシフェルの精神支配も解いていた。

 とはいえ、それでも多くの化生が敵に回ったままだが。

 しかしそれでもレースノワエは、たった十分近くで掌握した陰陽師や魔術師といった地球の組織と、仲間になってくれた化生に的確な指示をだし、戦況を支配していた。

 そのため、敵味方共々負傷者は出ているものの、死者は誰一人としていない。いたとしても直ぐにこの“聖療域”に移送され、慎太郎によって蘇生させられている。

 ただ、それでも負傷者が多く、戦力が不足している。だから“聖療域”内で戦えそうな人を見繕うとしているのだ。

「……」
「……」

 慎太郎としては、治療が終わったからといって、直ぐに戦闘に向かわせるのは控えたい。

 レースノワエは人員を補充して、戦力を安定させたい。

 互いの視線がぶつかり合っていた。

「……病魔の患者でも見に行くか」

 ツヴァイは長くなりそうだなと思い、慎太郎の代わりに必要な薬などを患者に届けようとその場を離れた。

 その瞬間、

「お前さえ死ねばッッッ!!!」
「死にさらせッッッ」
「死なせろッッッ!!」
「何故、敵を生かしているッッッ!!!」
 
 天使と悪魔、あと大陸の鬼の化生、そして魔術師の一人が慎太郎に向かって攻撃をした。

 天使と悪魔は虎視眈々と慎太郎を殺す機会を伺っていて、鬼は生き恥を晒されたことに憤り、魔術師は怨敵である悪魔や天使すらも治療している慎太郎に深く憤懣ふんまんしていたのだ。

 彼らは野戦病院と化している“聖療域”の雰囲気にあてられ、心が荒み、正常な判断ができていなかった。

 しかし、それでもツヴァイが近くにいたおかげで、彼らは慎太郎を殺そうとはしなかった。

 なんせ、見てしまったから。ツヴァイが、アフリカの地で一番力を持つ化生を子供のように片手でいなし、気絶させた所を。

 天使と悪魔が数万の束になっても勝てないと分かるほどの実力を持っているから。

 だが、ツヴァイが慎太郎から離れた今、好機だ。

 そう思い、天使と悪魔、鬼の化生、魔術師は慎太郎を殺そうとした。

 実際、慎太郎は天使と悪魔が振り下ろした光の剣と闇の剣に両腕を切り落とされ、鬼の化生の拳に心臓を貫かれ、魔術師によって放たれた風の刃によって首をはねねられた。

 だがしかし、

「ぬなッ!?」
「はァッ!?」
「なっ!」
「……あり……えん」

 一瞬だけ優しい光が輝いたかと思うと、天使たちの前には無傷の慎太郎がいた。

「大丈夫だよ」

 そして慎太郎は怒るでもなく、恐怖するでもなく、優しく穏やかな微笑みを浮かべていた。

 一歩、驚愕する天使たちへ近付く。

「ひっ、ああああッッッッ!!!!」
「くるなぁっっっっ!!!」
「死ねッッッッっ」
「ああああああっっっっっ!!」

 天使たちは思わず後ずさり、それから恐怖やら何やらで自暴自棄になったのか、慎太郎に突撃する。

 それぞれが光の剣、闇の剣、妖力の剣、風の剣で慎太郎を突く。慎太郎から血が流れる。

 しかし、

「怖かったね。苦しかったね」

 慎太郎は穏やかにそう囁き、天使たち全員を優しく抱きとめる。全身から血を流しているのにも関わらず。

「大丈夫。大丈夫だよ。俺を殺さなくて、君たちは生きていいんだよ。優しくしていいんだよ」

 天使と悪魔の殺意が薄れ、恐怖以上の何かに染まる。

「大丈夫、大丈夫だよ。生きていたっていいんだよ。苦しいなら、俺にぶつけなさい」

 鬼の化生の怒りが薄れ、恐怖以上の何かに染まる。

「ごめんね。確かに嫌だよね。けれど、例え怨敵でも死なせてはいけないんだよ。大丈夫。君の憎しみは俺が受け止めるから。何度でも代わりに俺を殺していいから」

 魔術師の怨みが薄れ、恐怖以上の何かに染まる。

 狂気といっても過言ではない。

 しかし、これが通常なのだ。慎太郎の通常なのだ。

 異世界で攻撃も反撃もすることなく、ただただ治療をすることだけに邁進していたのだ。

 それこそ、邪神との戦いですら、敵味方関係なく回復しまわっていた。

 助けを求められれば、必ず癒す。たとえ、癒した相手が邪悪の限りを尽くした邪神であっても。

 慎太郎はそういう存在なのだ。癒す対象に善悪すらも問わない、一種の機械のような存在でもあるのだ。

 それから慎太郎は天使たちが無抵抗になるまで何度も何度も殺された。殺されては生き返り、殺されては生き返り、彼らを抱きしめた。

 抱きしめ続けた。

 そして、

「それでレースノワエさん。さっきの話の続きだが」
「……それなら既に了承を頂きましたわ」
「……なら、仕方ない」

 その様子を見ていた陰陽師たち人間側や敵であったはずの化生たち全員が、レースノワエに協力を申し出ていたのだった。

 何か、感化されたような様子だった。中には、神と崇めているものさえいた。





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公開可能情報
〝過速〟:時に関する魔法であり、自分に流れる時間を短縮、もしくは時と時の狭間に潜入して移動する魔法。簡単に言えば、ザ・ワー〇ド。止まった時の中を動ける。

〝騎豪黒斬〟:大きなエネルギーや非実体的な存在を斬る魔法。正確には、能力スキルと剣技の組み合わせだが、麗華がそれを極めすぎたせいで一種の魔法系統法則と化している。もともとは、自分よりも早く動く馬の速度を利用して放つ技なのだが、〝過速〟を馬の代替として放っている。

〝救護妖精〟:聖女だけが使える魔法。癒すことに特化した自分の使途である妖精を創造し、使役する魔法。慎太郎を医者だとすれば、〝救護妖精〟は看護師といったところだろう。
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