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最終章 神殺し

十一話 どちらにせよ、帰さぬが

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 ティーガンとウィオリナと別れ、転移門の奥へと消えた直樹と大輔が見たのは、サタンによって無残にやられた雪たちの姿だった。

 特に、杏とイザベラは悲惨だった。

「殺す」
「ちょ」

 直樹は憤怒の表情を浮かべようと冷静だった。

 しかし、大輔は違うようだった。

 血に沈む杏とイザベラを見て、我を失ったかのように魔力を噴き上げた大輔は、インセクタの引き金を神速で引いた。

 音速の五倍は優に超えている速度で射出された弾丸は、サタンの眼前に迫っていた。

「よい。一層、余に怒れ」

 綽然しゃくぜんとサタンはその弾丸を左手の人差し指だけで受け止めた。弾丸を弄ぶ。

 無表情に金茶色の魔力を噴き荒らす大輔は、ギロリとサタンを見下ろす。

 瞬間、

「ハッ!」
「中々に良いな」

 サタンが弄んでいた弾丸と大輔が入れ替わり、大輔が超至近距離で回し蹴りをサタンに放った。

 ご丁寧に黒ブーツのかかとから飛び出ていた小さな銃口から、空間遮断結界すらも貫ける効果が付与された貫通弾、空穿くうせん弾が射出されていた。

 サタンは片手で回し蹴りを受け止め、もう片方の手で〝空穿くうせん弾〟を受け止める。しかし、威力を押し殺すことはできず、吹き飛ばされた。

 それでもサタンは大した様子もなく着地し、嬉しそうに笑う。

「死ね」

 大輔はそんなサタンに感情が浮かばない瞳を向けると同時に、“収納庫”から二メートル近いガトリング、ドナーレーゲンを召喚。

 銃口は計二十八。毎秒百の弾丸を放つドナーレーゲンの弾倉は小さな異空間と化しており、また弾丸はイーラ・グロブスやインセクタと同様の薬莢がない仕様だ。

 大輔はそんなドナーレーゲンに金茶色の魔力を注ぎ、空間すら揺らしそうな重厚な轟音と共に、ガトリング掃射をする。

 サタンは数千発の弾丸の猛威に襲われる。

 その後ろで、雪たちの治療をしていた直樹が大輔に叫ぶ。

「大輔、俺だけじゃ回復が間に合わない! 回復薬くれ!」
「……僕がやる」
「……はぁ」

 移動型聖星要塞ステラアルカを召喚し、自分たちを囲う様に何重にも空間遮断結界と転移妨害の八点結界を張る。

 能面の表情でありながら、大輔は“収納庫”から回復薬や回復を補助する幻想具アイテムを次々に取り出し、息つく間もなく死にかけている杏とイザベラを回復させていく。

 その献身的な様子に直樹は少しだけ溜息を吐きながらも、焦る心を抑えながら雪とヘレナの治療をする。

「……チッ」

 雪はまだいい。

 何故か回復魔法や回復薬が効きづらく意識が戻らないが、それでも着実に回復している。

 だが、ヘレナだ。

 ヘレナに幻力を用いた治療は効かない。ヘレナの神性キャンセルが弾いてしまうからだ。

 いや、そもそも、ヘレナは神だ。しかも、不変の存在だ。治療の必要もない。

 そのはずなのに、視線が虚ろとしていて呼吸も不規則。一向にもとに戻る様子もない。

 直樹は焦る。大輔もだ。

 と、

「もっと我を失え」
「クソッ!」
「ッ!」

 おどろおどろしい声音が響いたかと思えば、雪たち全員が血反吐を口から零した。瀕死状態へと逆戻りしてしまう。

 直樹と大輔がギロリと膨大な殺意が籠った視線を、声がした方へ向ける。

 結界の外でサタンが笑っていた。大輔のガトリング掃射では傷一つつけられなかったようだ。

「よい。よい。もっと怒れ。そうでなければ余の怒りがおさま――」
「うるせぇよ」
「黙れ」
「グッ」

 冷たく恐ろしい呟きが二つ。

 殺意という殺意を凝縮した呟きと共に、怒りという怒りを凝縮したような衝撃波がサタンを襲う。

 直樹と大輔が魔力を放出して、それを衝撃波に変換したのだ。

 サタンはその衝撃波の圧に思わず顔を歪める。

「消えろ」
「失せろ」
「ッ」

 [影魔]が五万。戦術補助多蜂支インパレーディドゥス援機・アピスが七万。移動型聖星要塞ステラアルカが五百。
 
 サタンを襲う。意識を雪たちから逸らさせる。

「大輔」
「直樹」

 大輔はサタンによる治癒妨害を妨害する幻想具アイテムを創り出し、直樹は雪とヘレナの治療に加え、杏とイザベラの治療も施していく。また、自分たちの代わりに治療を施す専用の[影魔]も創り出していく。

 怒りに冷静さを失いかけても、焦りに心がはやろうとも、大輔も直樹もそれでも冷徹に思考する。

 今、すべきことを。今、できることを。

 直樹と大輔には呪いが掛かっている。神に傷をつけられない呪いが。

 だから、できるのは足止めだけ。

 [影魔]や戦術補助多蜂支インパレーディドゥス援機・アピス移動型聖星要塞ステラアルカの物量で攻撃したとしても、一分も持たないだろう。

 けれど、一分もあれば、十分だ。

「創り終えた」
「こっちも、最低限の回復を終えた」

 治癒妨害どころか、サタンの干渉すらも弾き、回復を促進する幻想具アイテムの創造が完了。雪たちが最悪の危機を脱した。直樹たちの代わりに治癒を施す影の木――[影魔]モード・シャドートレントを四体創造した。

 なら、次にやるべきことは地球へと帰還すること。

 感情で直樹と大輔は動かない。

 戦いは冷徹だ。冷静で現実的な判断ができる者だけが生き残り、勝ち残る。

 サタンは脅威だ。たおすのは絶対だ。

 けれど、呪いの影響でサタンに傷一つ付けれられない今の直樹たちでは、不可能だ。

 だから、地球に戻り、翔たちと合流し、サタンが地球へ干渉できない人質をとれないようにして、家族などの安全を確保し、戦力を整えてたおす。

 苦渋に顔を歪めながらも、直樹と大輔は視線だけで方針を固めた。直樹は異世界転移門を開く。大輔はそれまでの時間を稼ぐ。

 だが、

「よいのか?」

 [影魔]や戦術補助多蜂支インパレーディドゥス援機・アピス移動型聖星要塞ステラアルカが全滅。

 汚れ一つないサタンが、悪意という悪意を凝縮したような声を響かせたの同時に、大輔と直樹の前にとある映像が浮かぶ。

「「ッ」」

 そこには、リヴァイアサンに喰われたティーガンと、茫然としているウィオリナが映っていた。

 サタンは笑う。

 いつでもこいつらを殺せるぞ? それでもいいなら、逃げる準備をしろ、と。

 直樹と大輔は一瞬だけ息を飲んだ。

「む?」

 しかし、直樹と大輔は直ぐに平静を取り戻し、それぞれがやるべきことをしようとする。

 直樹も大輔もティーガンとウィオリナを信じているから。託したから。ここで躊躇うのは二人を裏切ることになる。

 サタンは直樹と大輔のその思考を読んだのか。したり顔で頷く。

「なら、これならどうだ?」
「「ッッ!!」」

 今度は、直樹と大輔の目の前にそれぞれの家族が心配そうにテーブルを囲っている姿が映し出された。

 直樹と大輔は歯噛みする。

 そう。直樹と大輔が地球に帰還してから、サタンが地球へ干渉できない人質をとれないようにするまでには、数分近い時間がある。

 その間に、家族を人質に取られないとは言い切れない。

 いや、それどころか、今この時点で一瞬で家族をこの場に呼び寄せられる危険性もある。

 だが、数秒近く逡巡した後、直樹と大輔は覚悟を決めた。

「俺が残る」
「分かった」

 それでも一度地球へ帰還する事が最善だと。帰還するの大輔だけで、直樹はこの場に残りサタンの足止めをすると。

 しかし、その判断をするのは僅かばかり遅かった。

「どちらにせよ、帰さぬが」
「ッ、クソ!」
「チィッ!」

 サタンが直樹たちの前から……いや、正確にいえば、直樹たちがサタンの前から消えた。

 大輔が張った八点結界の外へ直樹たちは強制的に転移させられのだ。

 同時に二つのあかい巨大な拳が、空中に放り出された直樹と大輔の上から振り落とされる。それぞれの周囲の空間が一瞬だけ乱れ、転移と空間遮断結界を妨害される。

「舐めんなッッッ!!!」
「ハァァァッッッ!!!」

 転移で逃げられず空間遮断結界も張れない状況に顔をしかめながらも、直樹も大輔も裂帛の叫びを上げる。

 直樹は[影魔]モード・ダークハンドを召喚。魔力を注ぎ、巨大化させてあかい拳にぶつける。

 大輔は右手の進化する黒盾フェンダゴンをスライド。巨大な金属の腕を右手で纏い、あかい拳と打ち合う。

 一瞬だけ拮抗したが、あかい拳はそれぞれを粉砕。

「ガッ」
「カハッ」

 直樹と大輔は地面に叩きつけられた。

 一瞬だけあかい拳と拮抗したため、威力は減衰。また、受け身を取ったため、大きなダメージはないが、直樹も大輔も血反吐を少しだけ吐く。

 だが、そんな暇はない。

「余の怒りがこんなことで収まると思うか?」
「ッ、ッるっせぇッッッ!!」
「ッ、知らないよッッッ!!」

 あかい光がまたたいた刹那、直樹と大輔は再び転移させられた。

 空中で背中合わせになった直樹と大輔の左右から、あかい巨大な拳が挟みこむように放たれた。

 今度は空間妨害がなかっため、直樹は“空転眼”で、大輔は神速で射出した弾丸で、転移して回避。

 だが、転移ができたこと自体、罠。

「堕ちろ」
「ッッ!?」

 空中に転移した直樹の頭上に、サタンの踵落としが迫っていた。転移先を予知していたのだ。

 今までの戦闘経験のおかげか、意識する前に直樹は血斬と幻斬を抜き去り、クロスして防御。

 また、重力反転ができる影のヤモリ、[影魔]モード・シャドーゲッコを召喚して、サタンを上に落とす・・・

「ッッアアアア!!!」

 血斬と幻斬で防御して、重力反転で威力を減衰したおかげで、どうにか全身の骨が粉砕される・・・・・・・・・・だけで済んだ。

 地面に叩きつけられた直樹は全身に走る激痛を裂帛の叫びでねじ伏せながら、和洋折衷の黒ローブに組み込まれている時戻しで再生。 

「ッ、邪魔だッ!」
「酷いッ!」

 直樹は、サタンに殴り落とされてきた大輔を空間衝撃波で吹き飛ばす。

 もちろん、その空間衝撃波は大輔を攻撃するために放たれたものではなく、大輔の落下速度を減衰させるものであり、また回復魔法も施していた。

 大輔が直樹の隣に着地した。

 だが、息つく暇が与えられたかと言えばそういうわけでもない。

「避雷針ねぇのかよッッ!!」
「創ってないねッッ!!」

 あかい雷雲が直樹たちの上空を多い、雨の如く降り注いだ。

 奇しくもあかい雷が落ちた数は、大輔がサタンに放ったドナーレーゲンと同じく毎秒百だった。

 直樹も大輔も頬を引きつらせながら、あかい雷を回避するが、それでも千以上も降り注いだあかい雷を完璧に躱すことなど不可能。

 十発以上もろにくらい、大きなダメージを負う。
 
 むしろ、十発近くで済んだ事に驚愕だ。

「ハァ、ハァ、ハァ」
「ハァ、ハァ、ハァ」

 直樹も大輔も肩で息をする。

 そしてまた、二人は苛立つ。

 今の直樹たちとサタンの間には隔絶した力の差があったからだ。直樹と大輔を自由自在に転移したということは、いつでも二人を殺せるということと同義。

 今、直樹と大輔がこう生きていて、雪たちが攻撃されていないのも、地球にいる家族に危害が及んでいないのも、全部はサタンがあえてそれをしていないからだ。

 その現状にどうしようもなく苛立ち、直樹と大輔は舌打ちした。






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公開可能情報
ドナーレーゲン:二メートル強のガトリング砲。銃口は計二十八で、毎秒百弾以上放つ。使用する弾丸はイーラ・グロブスやインセクタと同様、薬莢がない弾丸。ガトリング砲内にちょっとした大きさの異空間型弾倉があり、魔力を注ぐことにより中のハンドルが自動で回って給弾、装填、発射を行う。

空穿くうせん弾:幻想具アイテム化された弾丸の一つ。空間遮断結界すら貫くほどの貫通性能を持っている。

[影魔]モード・シャドートレント:影の木。ある程度移動することができ、また回復やバフなどといった戦闘支援補助に優れている。影の木ではあるが、光エネルギーを吸収してそれをそのまま癒しの力に変換することができる。

[影魔]モード・シャドーゲッコ:影のヤモリ。任意の対象や場所に対してかかる重量を反転することができる。

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