鉄の女と銀の犬。貧乏令嬢はドSメイドに飼われる。

山本条太郎

文字の大きさ
9 / 53

第9話 「甘い朝、鬼の授業、そして王子の急接近」

しおりを挟む
【早朝:アシュトン公爵邸・主寝室】
小鳥のさえずりと、カーテンの隙間から差し込む柔らかい朝日。 
 
最高級の羽毛布団に包まれ、私はまどろみの中で意識を取り戻した。

「ん……ぅ……」

身体が鉛のように重い。

だが、それは決して不快な重さではなかった。 
 
全身の筋肉と魔力回路が、昨夜のローズマリーさんによる徹底的な「施術(愛撫)」によって、心地よい倦怠感と充足感に満たされている。

あったかい……。いい匂い……。

ふと横を見ると、そこにはまだ眠っているローズマリーさんの顔があった。 
 
普段の、冷徹な眼鏡姿と違う。  

黒髪を枕に散らし、無防備に寝息を立てるその顔は、どこか少女のように幼く、そして美しかった。  

長い睫毛が震え、透き通るような白い肌には、昨夜の情事の余韻である紅潮が微かに残っている。

黙ってると、本当にお姫様みたいに可愛いなぁ……。性格は最悪だけど。

私は悪戯心を起こし、彼女の頬にかかった髪をそっと指先で払った。 
 
その瞬間。

「……人の寝顔を盗み見るとは、いい度胸ですね」

パチリ。  

ローズマリーさんの目が開き、鮮やかな深紅の瞳が私を捉えた。

「ひゃっ! お、起きてたんですか?」
 
「貴女の寝相が悪すぎて目が覚めました。……私の腕を枕代わりにするなんて、飼い犬の分際で随分と偉くなったものです」

ローズマリーさんは呆れたように溜息をついたが、その声にはいつもの氷のような冷たさがない。 
 
彼女は身を起こすと、シルクのシーツが滑り落ちるのも構わず、私の鎖骨や首筋に残る赤い痕を、愛おしそうに指でなぞった。

「……ふむ。魔力の定着具合は良好ですね。昨夜あれだけ泣かされて、『もう無理』と懇願していたのに、朝にはケロッとしているとは。やはり駄犬の耐久力は異常です」 

「誰のせいだと思ってるんですか……」 

「あら、後半は自分から『もっと奥まで』とねだっていたのは誰でしたか?」 

「~~っ! そ、それは言わない約束!」

私が顔を真っ赤にして布団を頭まで被ろうとすると、ローズマリーさんがふっと笑い、背後から抱きすくめてきた。
  
耳元に、甘く湿った吐息がかかる。

「……おはようございます、アリア。私の可愛い駄犬」 

「……うぅ。おはようございます、ご主人様」

ほんの数分間の、甘い時間ピロートーク
  
契約上の主従関係を超え、孤独を分け合う者同士の体温が重なる。  

ああ、このまま時が止まればいいのに。

しかし、その安らぎは、ベッドを出た瞬間に霧散した。

                ◇

【通学中:魔導馬車内】
「遅い! 着替えに三分もかかっています!」

一時間後。  

完璧な侍女服に着替えたローズマリーさんは、鬼教官モードへと変貌していた。
  
揺れる馬車の中で、私は分厚い参考書と格闘させられている。

「あ、あれ? さっきまでのデレは? 幻覚?」 

「寝言は寝て言いなさい。学園に着くまでに、この『王国の派閥相関図』と『基礎魔導理論』を暗記するのです」

ピシッ!  

ローズマリーさんの指示棒が、私の手の甲を叩く。

「い、痛いっ!」 

「貴女は魔力操作が雑すぎます。昨日の噴水破壊も、出力調整ができていない証拠。理論を頭に叩き込みなさい」 

「えぇ……揺れる車内で本を読むと酔っちゃう……」 

「酔ったら窓から吐きなさい。止まりませんよ」
 
「鬼! 悪魔! ドSメイド!」 

「褒め言葉ですね。さぁ、次! ローゼン侯爵家の主要な資金源は?」 

「えっと、えっと……小麦の専売?」 

「ブブー。昨年度から魔導具の輸入に切り替えています。情報が古い! 罰として今日のランチのデザートは没収です」 

「いやぁぁぁ! 私のプリンがぁぁぁ!」

私は涙目で教科書にかじりついた。  

甘い朝の余韻など微塵もない。  

この飴と鞭の落差こそが、ローズマリーさんによる調教……もとい、教育の真髄なのだった。

                  ◇

【王立学園・回廊】
登校した私を待ち受けていたのは、生徒たちの奇異と畏怖の視線だった。  

昨日の「暗殺者撃退(ドジっ子偽装)」の噂は、尾ひれがついて広まっているらしい。

「あの方が、素手で暗殺者を空の彼方まで吹き飛ばしたという……」
 
「アシュトン家の人間兵器……」 

「目が合っただけで呪われるらしいぞ」

うぅ、居心地悪い。早く教室に行こう。

私が俯いて歩いていると、前方から女子生徒たちの黄色い歓声が上がった。  

人波が割れ、輝くオーラを纏った青年が歩いてくる。  

第一王子、アルベルト。  

彼は私を見つけると、親衛隊のような令嬢たちを手で制し、一直線に歩み寄ってきた。

「やあ、マリア嬢。おはよう」

王子は爽やかな笑顔で、私の前に立ち塞がった。

「あ……! お、おはようございます、アルベルト殿下!」

私は反射的に身構え、直立不動になった。  

舞踏会での「握手事件(握力ゴリラ)」の失態が脳裏をよぎる。  

怒られる!?それとも不敬罪で退学?

しかし、アルベルトは楽しそうに自身の右手袋を外し、その手を私に見せた。  

白魚のような美しい手だが、よく見ると微かに湿布の匂いが残っている。

「先日の舞踏会では、熱烈な挨拶をありがとう。……おかげで、二日ほどペンが持てなくてね。公務をサボるいい口実になったよ」 

「ひぃっ!? も、申し訳ございません! あれは……その、緊張と、魔道具の誤作動で……!」

私が真っ青になって弁解すると、アルベルトはくすりと笑い、私との距離を一歩詰めた。 

周囲の令嬢たちが「きゃあ!」と悲鳴を上げるほどの至近距離。

「嘘をつかなくていい。……君だろう? あのシャンデリアを破壊したのは?」 

「え?」 

「魔道具の暴走にしては、随分と都合よくシャンデリアが壊れたものだ。それに、昨日の暗殺者騒ぎも聞いたよ。『転んで』撃退したそうだね?」

王子の蒼穹そうきゅうの瞳が、私の瞳を射抜く。
  
そこにあるのは、断罪の色ではない。

共犯者を求める、悪戯っぽい光だ。

「僕はね、退屈していたんだ。この学園も、宮廷も、誰も彼もが腹の底を隠して、人形のように振る舞う。……だが君は違う」

アルベルトは私の手を取り、今度は優しく、紳士的に指先に口づけを落とした。 
 
背筋がゾクリとする。

「君のような『強くて』『嘘が下手な』女性を、僕は好ましく思うよ」 

「は、はぁ……(強くて嘘が下手って、褒め言葉?)」 

「保守派の連中はうるさいが、気にするな。僕が盾になろう。……その代わり、これからも僕を楽しませてくれよ? 僕の可愛い婚約者殿」

王子はウィンクを残し、呆然とする私を残して優雅に去っていった。 
 
その背中からは、「面白そうな玩具を見つけた」という子供のような無邪気さが滲み出ていた。

残された私の周囲には、嫉妬の炎を燃やす令嬢たちの視線が突き刺さる。 
 
特に、柱の陰から見ていたイザベラ様が、ハンカチを噛みちぎりそうな顔をしているのが見えた。

「……なんか、気に入られちゃった? これ、余計に立場が悪くなったんじゃ……」

私が呟くと、背後で侍女として控えていたローズマリーさんが、ボソリと、絶対零度の声で呟いた。

「……チッ」 

「えっ? 今、舌打ちしました?」 

「していません。……それにしても、王子があそこまで貴女に執着するとは計算外です。アリア、貴女まさか、私以外に尻尾を振ったんじゃありませんよね?」 

「ふってない! 振ってないです!」

ローズマリーさんの眼鏡がキラリと光る。  

そのルージュの瞳には、政治的な懸念だけでなく、独占欲という名の暗い炎が揺らめいていた。

「いいでしょう。貴女が無駄にフェロモンを振りまくせいで、また問題が増えました。……今夜は『飼い主は誰か』を、骨の髄まで教え込む必要がありますね」 

「えっ……」 

「罰として、今日の夕食は野菜スティックのみ。その後、夜通し『忠誠心強化』のための拘束プレイを行います」

 「やだぁぁぁ! お肉食べたぁぁぁい! あと眠らせてぇぇぇ!」

私の悲痛な悲鳴が、朝の学園に虚しく響いた。  

王子の寵愛、令嬢たちの殺意、そして嫉妬深いご主人様のスパルタ教育。 
 
私の学園生活は、詰み(ハードモード)の一途を辿っていた。
_____________________________________
次回予告: 私は絶望の淵に立っていた。「魔法理論」の小テストが0点。そんな中、「実技対抗戦」が迫る。 「魔法戦で決着をつけましょう、泥棒猫!」 イザベラ様からの決闘状。しかし私は魔法が使えない(物理オンリー)。 どうする私!? 
次回、「決闘! 影武者令嬢は魔法を使わない(物理で殴るから)」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

お兄ちゃんはお兄ちゃんだけど、お兄ちゃんなのにお兄ちゃんじゃない!?

すずなり。
恋愛
幼いころ、母に施設に預けられた鈴(すず)。 お母さん「病気を治して迎えにくるから待ってて?」 その母は・・迎えにくることは無かった。 代わりに迎えに来た『父』と『兄』。 私の引き取り先は『本当の家』だった。 お父さん「鈴の家だよ?」 鈴「私・・一緒に暮らしていいんでしょうか・・。」 新しい家で始まる生活。 でも私は・・・お母さんの病気の遺伝子を受け継いでる・・・。 鈴「うぁ・・・・。」 兄「鈴!?」 倒れることが多くなっていく日々・・・。 そんな中でも『恋』は私の都合なんて考えてくれない。 『もう・・妹にみれない・・・。』 『お兄ちゃん・・・。』 「お前のこと、施設にいたころから好きだった・・・!」 「ーーーーっ!」 ※本編には病名や治療法、薬などいろいろ出てきますが、全て想像の世界のお話です。現実世界とは一切関係ありません。 ※コメントや感想などは受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 ※孤児、脱字などチェックはしてますが漏れもあります。ご容赦ください。 ※表現不足なども重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけたら幸いです。(それはもう『へぇー・・』ぐらいに。)

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

クラスのマドンナがなぜか俺のメイドになっていた件について

沢田美
恋愛
名家の御曹司として何不自由ない生活を送りながらも、内気で陰気な性格のせいで孤独に生きてきた裕貴真一郎(ゆうき しんいちろう)。 かつてのいじめが原因で、彼は1年間も学校から遠ざかっていた。 しかし、久しぶりに登校したその日――彼は運命の出会いを果たす。 現れたのは、まるで絵から飛び出してきたかのような美少女。 その瞳にはどこかミステリアスな輝きが宿り、真一郎の心をかき乱していく。 「今日から私、あなたのメイドになります!」 なんと彼女は、突然メイドとして彼の家で働くことに!? 謎めいた美少女と陰キャ御曹司の、予測不能な主従ラブコメが幕を開ける! カクヨム、小説家になろうの方でも連載しています!

人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている

井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。 それはもう深く愛していた。 変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。 これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。 全3章、1日1章更新、完結済 ※特に物語と言う物語はありません ※オチもありません ※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。 ※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。

英雄の番が名乗るまで

長野 雪
恋愛
突然発生した魔物の大侵攻。西の果てから始まったそれは、いくつもの集落どころか国すら飲みこみ、世界中の国々が人種・宗教を越えて協力し、とうとう終息を迎えた。魔物の駆逐・殲滅に目覚ましい活躍を見せた5人は吟遊詩人によって「五英傑」と謳われ、これから彼らの活躍は英雄譚として広く知られていくのであろう。 大侵攻の終息を祝う宴の最中、己の番《つがい》の気配を感じた五英傑の一人、竜人フィルは見つけ出した途端、気を失ってしまった彼女に対し、番の誓約を行おうとするが失敗に終わる。番と己の寿命を等しくするため、何より番を手元に置き続けるためにフィルにとっては重要な誓約がどうして失敗したのか分からないものの、とにかく庇護したいフィルと、ぐいぐい溺愛モードに入ろうとする彼に一歩距離を置いてしまう番の女性との一進一退のおはなし。 ※小説家になろうにも投稿

男女比1:15の貞操逆転世界で高校生活(婚活)

大寒波
恋愛
日本で生活していた前世の記憶を持つ主人公、七瀬達也が日本によく似た貞操逆転世界に転生し、高校生活を楽しみながら婚活を頑張るお話。 この世界の法律では、男性は二十歳までに5人と結婚をしなければならない。(高校卒業時点は3人) そんな法律があるなら、もういっそのこと高校在学中に5人と結婚しよう!となるのが今作の主人公である達也だ! この世界の経済は基本的に女性のみで回っており、男性に求められることといえば子種、遺伝子だ。 前世の影響かはわからないが、日本屈指のHENTAIである達也は運よく遺伝子も最高ランクになった。 顔もイケメン!遺伝子も優秀!貴重な男!…と、驕らずに自分と関わった女性には少しでも幸せな気持ちを分かち合えるように努力しようと決意する。 どうせなら、WIN-WINの関係でありたいよね! そうして、別居婚が主流なこの世界では珍しいみんなと同居することを、いや。ハーレムを目標に個性豊かなヒロイン達と織り成す学園ラブコメディがいま始まる! 主人公の通う学校では、少し貞操逆転の要素薄いかもです。男女比に寄っています。 外はその限りではありません。 カクヨムでも投稿しております。

処理中です...