鉄の女と銀の犬。貧乏令嬢はドSメイドに飼われる。

山本条太郎

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第38話 「始動。銀色の閃光」

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【王宮地下・崩壊する通路】

ズゴゴゴゴゴゴ……ッ!!

地鳴りが響き、天井から巨大な岩塊が雨のように降り注ぐ。  

私がクリスタルを粉砕したことで、この古代遺跡を支えていた魔力フィールドが消失し、地下空間全体が崩壊を始めていた。  

世界が崩れ落ちる音。

でも、怖くない。

「走りなさい、駄犬! 止まったら生き埋めです!」

背中から、ローズマリーさんの悲鳴に近い指示が飛ぶ。  

私は彼女を背負ったまま、瓦礫の雨を縫うように疾走していた。

「分かってますよ! これ以上スピード出したら、ご主人様がゲロ吐くでしょ!」 

「失礼な! 私は三半規管も鍛えています! それより右、岩が来ます!」

「邪魔だぁっ!」

私は走りながら裏拳で岩を砕く。

拳が痛いなんて感じない。  

それよりも、背中の感覚が私を苦しめる。  

……軽い。

あまりにも軽すぎる。  

命を削りすぎて、あんなに艶やかだった黒髪まで真っ白になってしまって。

骨と皮だけになったみたいに華奢な身体。  

この軽さは、貴女が私を守ろうとして支払った代償だ。  

胸が張り裂けそうだ。  

絶対に、この人を死なせない。  

地上へ連れ戻して、美味しいものを一杯食べさせて、生意気な口が利けなくなるくらい甘やかして、元の重さに戻してやるんだから!

だが、行く手には絶望が待っていた。  

地上へと続く螺旋階段が、目の前で崩落し、底なしの奈落へと消えていったのだ。

「……あ」

急ブレーキをかける。  

目の前にあるのは、遥か頭上の「天井」まで続く、巨大な吹き抜けの縦穴だけ。  

階段はない。

登る手段がない。

道が消えた。

「行き止まりですね。……どうします? 掘りますか?」 

「そんな時間はありません。……上を見なさい、アリア」

ローズマリーさんが指差す先。  

縦穴の遥か上空、数百メートル先に、微かな光――地上の明かりが見える。  

遠い。

星みたいに遠い。

「あそこまで、一気に登りなさい」 

「はい? ……ご主人様、頭打ちました? あそこ壁ですよ?」 

「私の作った『銀の戦闘服バトルドレス』を舐めないでください」

ローズマリーさんは、私の首に回した腕にギュッと力を込めた。  

その指先が、微かに震えているのが分かる。  

怖いのだ。

本当は、震えるほど怖いのだ。  

それでも、彼女の声は凛としていた。

私のために、最強のご主人様の仮面を被ってくれている。

「手足に魔力を集中させなさい。吸着術式を展開します。……重力など、気合でねじ伏せるのです」 

「気合って……、やっぱりご主人様、頭が!?」

私は呆れつつも、ニカッと笑った。  

無茶ぶりだ。

常識外れだ。  

でも、そういうところが大好きだ。  

ご主人様が飛べと言うなら、私は空だって飛んでみせる。

「舌、噛まないでくださいね! ……行きますッ!」

ダンッ!!

私が壁を蹴った。  

垂直な壁面に、銀色のブーツが魔力で吸着する。  

いける。

この靴、地面に噛み付いて離さない!  

そのまま、私は重力に逆らって壁を駆け上がった。  

一歩踏み出すたびに、壁が爆ぜる。  

とてつもない加速Gが二人に襲いかかるが、ローズマリーさんが展開した防護結界がそれを相殺する。

「うぉぉぉぉぉッ!!」

私は白銀の流星となって、縦穴を垂直に駆け登る。  

風を切る音、心臓の音、そして背中の温もり。

それだけが私の世界だ。  

だが、遺跡の防衛システムはまだ死んでいなかった。

ギィィィィン……!

壁面のハッチが開き、飛行型の小型ゴーレム「ガーゴイル」の群れが飛び出してきた。  

数百の石像が、侵入者を排除すべく殺到する。

「迎撃ッ! アリア、右腕!」 

「邪魔だぁぁぁッ!!」

私は壁を走りながら、右手を振るった。  

スーツから魔力の刃が伸び、迫りくるガーゴイルを一刀両断にする。  

「左、魔導弾幕!」 

「見えてます!」

私はジグザグに壁を跳躍し、弾幕を回避する。  

避けた弾が壁に着弾し、爆発する。

その爆風すらも加速に変えて、私はさらに上昇する。  

背中から伝わる、ローズマリーさんの心臓の音。  

彼女は、魔力が枯渇しているはずなのに、的確に指示を出し、私を守る結界を維持している。  

私の背中を守るために、また命を削っている。  

馬鹿な人。

愛しい人。  

この背中の温もりがある限り、私は神様にだって負ける気がしない。

「上、瓦礫落下!」 

「砕きますッ!」

頭上から落ちてくる巨大な岩盤。  

私は減速することなく突っ込み、銀色の拳を突き出した。

ズガァァァァァンッ!!

岩盤が粉砕され、砂礫となって降り注ぐ。  

砂煙を突き抜け、二人はさらに高く、光の方へ。

「ハァ……ハァ……! まだですか、ご主人様!」 

「あと五十メートル! ……アリア、最大出力です! 天井を突き破りなさい!」

 「イエス、マム!!」

私の全身が、まばゆい銀色の光に包まれる。  

ローズマリーさんの残り少ない魔力が、私の魂と共鳴し、臨界点を超えたエネルギーを生み出す。  

地上の床――王宮の大理石のフロアが、頭上に迫る。  

「ただいまぁぁぁぁぁッ!!」

私は右拳を天に突き上げ、渾身の一撃を放った。

ドゴォォォォォォォォンッ!!

王宮の一角が、内側からの衝撃で噴火したように吹き飛んだ。  

瓦礫と土煙が高く舞い上がり、その中から、一筋の銀色の閃光が空へと躍り出る。  

私は空中で回転し、瓦礫の上に華麗に着地した。

「……ッ、ふぅ!」

着地の衝撃を逃し、私は顔を上げた。  

そこは、王宮の中庭だった。  

しかし――私の知っている景色ではなかった。  

かつての美しい庭園の面影はない。  

空は黒煙で覆われ、あちこちで爆発音が響いている。  

眼下に広がる王都は、紅蓮の炎に包まれていた。  

悲鳴、怒号、そして魔導戦車の砲撃音。  

地上は、地下以上の地獄と化していた。

「……酷い」

絶句する。  

背中のローズマリーさんが、静かに息を吐いた。

「これが戦争です。……随分と派手にやってくれましたね」

ご主人様の声は冷徹だったが、その奥には煮えたぎるような怒りが潜んでいた。  

背中越しに、彼女の震えが伝わってくる。

彼女は私の背中で、白髪を風になびかせながら、戦場を見下ろした。

「アリア。……疲れていますか?」

私は自分の手を見た。泥と血と、銀色の輝き。  

疲労? 

そんなもの、どこかに置き忘れてきた。  

今、私の身体を満たしているのは、破壊への衝動と、ご主人様のために戦えるという歓喜だけだ。

「まさか。準備運動が終わったところですよ」

私はニカッと笑い、拳を鳴らした。

闘志の炎が宿る。  

大切な場所を壊された怒りが、力の源になる。  

全員、ぶっ飛ばす。

「行きましょう、ご主人様。……アシュトン家の庭で騒いでいる不届き者たちに、教育的指導が必要です」

 「ええ。徹底的に、やりなさい」

ローズマリーさんが、私の首に回した腕に力を込める。  

私のスーツが駆動音を上げ、銀色の粒子を撒き散らす。  

最強の矛と盾。  

二人は一つになり、燃え盛る戦場の中心へと飛び出した。
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