鉄の女と銀の犬。貧乏令嬢はドSメイドに飼われる。

山本条太郎

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第43話 「戦場の中心で愛を叫ぶ(アリアが一方的に)」

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【王都中央広場:夜明け】

巨大なベヒモスを消滅させた爆心地。  

土煙が晴れ、東の空から差し込む朝日が、クレーターの中心を照らした。  

そこに、私は膝をついていた。  

勝利の歓声はない。  

世界から音が消えたかのような静寂の中、私は腕の中の主人を見つめていた。

……嘘だ。  

ローズマリーさんの身体は、氷のように冷たかった。  

肌は透き通るように白く、胸の上下動は……もう、感じられない。

「……嘘、ですよね?」

声が震える。  

泥だらけの手で、彼女の頬を撫でる。

いつもなら「汚い手で触るな」と怒られるのに。  

怒ってよ。いつものように、憎まれ口を叩いてよ。

「目を開けてください。……ほら、勝ちましたよ? 帝国軍、追い払いましたよ? 貴女の作戦通り、完勝ですよ?」

返事はない。  

長い睫毛は閉じられたまま。  

私の指先から、冷たい絶望が心臓へと這い上がってくる。

「……嫌だ」

勝利なんていらない。  

国なんてどうでもいい。  

世界が救われたって、貴女がいなきゃ、意味がない!  

ただ、この人がいれば。  

明日もまた、「馬鹿な犬ですね」と笑ってくれれば、それだけで良かったのに。

「……約束したじゃないですか。私がいる限り、死なないって……!」

私の目から、大粒の涙が溢れ出した。  

それは彼女の白い頬に落ち、弾ける。

でも、彼女は拭ってくれない。

「嘘つき! 大嘘つき! ……起きてよぉぉぉッ!!」

私の慟哭が、朝焼けの空に響き渡る。  

それは、言葉にならない魂の叫びだった。

「ご主人様がいなきゃ、私、どうすればいいんですか! 自由なんていらない! ご飯もいらない! ……ご主人様がいない世界なんて、生きている意味がないんだよぉぉッ!!」

私は泣き叫び、ローズマリーさんの動かない身体を、骨が軋むほど強く抱きしめた。  

置いていかないで。

私を一人にしないで。    

その時。  

私の纏う『銀の戦闘服バトルドレス』が、ドクンと微かに脈動した。

……え?

……まだ、残ってる。  

私は感じた。  

このスーツの中に、ローズマリーさんから託された「命」の残滓が。  

そして何より、私自身の内側から溢れ出す、尽きることのない膨大な生命エネルギーが、行き場を求めて渦巻いている。

「……返します」

私は顔を上げ、決意の瞳で彼女を見つめた。  

私の命なんて、いくら削っても構わない。

全部持っていって。

「ご主人様がくれたもの、全部……倍にして返しますから……!」

私は、ローズマリーさんの蒼白な唇に、自身の唇を押し付けた。

ドクンッ!!

重なった唇を通して、光が奔流となって逆流した。  

私の有り余る「生命力」と、戦闘服に残っていた魔力が、枯渇した彼女の身体へと注ぎ込まれていく。  

それは、理屈を超えた奇跡。  

私の持つ、規格外の生命力が、空っぽになったローズマリーさん器を満たしていく。  

飲んで。

私の全てを飲み干して!

カァァァァァッ……

二人の身体が、黄金色の光に包まれた。  

変化は劇的だった。  

ローズマリーさんの頬に、みるみる赤みが差していく。  

冷たかった肌に熱が戻る。  

止まりかけていた心臓が、トクン、トクンと力強いリズムを刻み始める。

そして、何よりも目を奪う光景。  

雪のように白かった髪の根元から、黒インクを流したように色が戻っていく。  

光の粒子を纏いながら、本来の「濡羽色」の艶やかな黒髪へと再生していった。

「……ん……ぁ……」

彼女の喉が微かに動き、熱い息が漏れる。  

生きてる。

息をしてる。

私は唇を離した。  

光が収まる。  

そこには、いつもの美しい、少し不機嫌そうな顔をした私の主人がいた。

「……ローズマリー、さん……?」

長い睫毛が震え、ゆっくりと瞳が開かれる。  

ルージュ色の瞳が、涙でぐしゃぐしゃになった私の顔を捉えた。

「……重い、です……」

第一声は、掠れた文句だった。  

あぁ、この声だ。

私が一番聞きたかった声だ。

「……それに、顔が汚い。鼻水がついていますよ、駄犬」

その憎まれ口を聞いた瞬間、私の感情が再び決壊した。

「う、うわぁぁぁぁぁぁんッ!! ご主人様ぁぁぁぁッ!!」

私はローズマリーさんに覆いかかり、首にしがみついて子供のように号泣した。

「生きてる! 生きてるぅぅぅ! よかったぁぁぁ!」 

「ぐっ、苦しい! 首が折れます! 離しなさい!」

ご主人様は抗議するが、その手は優しく私の背中を撫でていた。  

温かい手。

脈打つ鼓動。  

夢じゃない。

「……まったく。貴女という犬は、本当に……」

ローズマリーさんは、胸元に顔を埋める私を見下ろし、呆れたように、けれど愛おしそうに微笑んだ。

「主人に口づけをして、無理やり生き返らせるなんて。……童話の王子様気取りですか?」

 「うぐっ……だって、死ぬなって言ったのに……!」 

「はいはい。分かりました。……生きてますよ。貴女がいる限り、死にたくても死ねそうにありませんから」

朝日が完全に昇り、二人を照らす。  

私は泣き止み、鼻をすすりながら身体を起こした。  

胸いっぱいの安堵と、爆発しそうな幸福感。  

言わなきゃ。

今、この瞬間に言わなきゃ。

私は改めてご主人様の手を握りしめ、満面の笑みで叫んだ。

「愛してます! 世界で一番、ご主人様が大好きです!!」

戦場の中心で、恥ずかしげもなく叫ばれた愛の告白。  

周囲の兵士たちが驚いてこちらを見ている。

知ったことか!  

私の主人はこの人だけだ。

世界中に知らしめてやる!

ローズマリーさんは顔を真っ赤にして、私の頬を強くつねった。

「声が大きいです! ……恥を知りなさい、このバカ犬!」 

「いたあああい! でも、気持ちいいです」

私は痛がるふりをしながら、ローズマリーさんを軽々と抱き上げた。  

お姫様抱っこ。  

軽い。

でも、今度はちゃんと命の重さがある。

「さあ、帰りましょう、ご主人様」 

「……帰るって、どこへ? 屋敷はもう……」 

「ありますよ。『家』が」

私は真っ直ぐに歩き出した。  

向かう先は、王都の一角。

瓦礫の山と化したアシュトン公爵邸の跡地。

「約束したんです。……カミーラさんと」

                    ◇

【アシュトン公爵邸】

豪雨と戦闘で無惨に崩れ落ちた邸宅の前に、一人のメイドが立っていた。  

カミーラさんだ。  

彼女はボロボロのメイド服を整え、瓦礫の中から奇跡的に無事だったティーセットを、歪んだテーブルの上に並べていた。  

あの姿が見えた瞬間、涙がまた滲んだ。

「……カミーラさーん!」 

「……お嬢様……アリア様……」

カミーラさんの目から涙が溢れる。  

私はカミーラさんの前で、ローズマリーさんをそっと下ろした。  

彼女はふらつきながらも自分の足で立ち、カミーラさんに微笑みかけた。

「……ただいま、カミーラ」 

「約束通り、連れて帰ってきましたよ!」

 カミーラさんは深く、深く頭を下げた。

「……おかえりなさいませ。お嬢様、アリア様」

屋敷はボロボロ。

財産もない。  

あるのは瓦礫の山と、湯気を立てる三杯の紅茶だけ。  

けれど、そこには確かな「家族」の温もりがあった。  

ここが、私たちの帰る場所だ。

三人は廃墟の中で、勝利の紅茶を飲んだ。  

煤と埃の混じった香り。  

でも、それはどんな高級な茶葉よりも、甘く、温かい味がした。
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