鉄の女と銀の犬。貧乏令嬢はドSメイドに飼われる。

山本条太郎

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第48話 「スクラップ・マーチ。鉄屑の山に眠る宝」

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【アシュトン・モーターズ(仮):スラムの廃ガレージ】

ガァァァァンッ!!

ドワーフのガンテツ姉さんが、自分の背丈ほどもある巨大ハンマーを金床に叩きつけた。  

飛び散る火花。

立ち込める熱気。  

しかし、彼女は不満げに舌打ちをした。

「ダメだ! 全然足りねえ!」

作りかけのシリンダーが放り投げられる。  

カラン、と乾いた音がガレージに虚しく響いた。

その音は、私たちの現状そのものだ。

「社長! 設計図は完璧だ。だが材料がゴミすぎる! こんな安い鉄じゃ、魔導エンジンの高熱に耐えきれずに溶けちまうぞ!」

ローズマリーさんは、ボロボロの椅子(社長席)で眉間を押さえた。

その美しい顔に、焦燥の色が浮かんでいる。  

「……分かっています。ですが、ミスリル合金や耐熱鋼板は、ベアトリス商会が市場を独占していて、私たちには売ってくれないのです」

経済封鎖。  

金があっても物が買えない。

兵糧攻めだ。  

アシュトン・モーターズは、試作車を作るスタートラインに立つ前に、靴紐を結ばれて転ばされたようなものだ。  

卑怯な女め。

いつかその赤毛をむしり取ってやる。

ガンテツ姉さんが咥えタバコを揺らして、私を睨む。

「おいアリア。お前の飼い主様、天才って割には詰みかけじゃないか? どうすんだよ」

お茶を淹れていた私は、ふと手を止めて首を傾げた。  

技術的な難しいことは分からない。

合金の比率? 

耐熱温度? 

そんなの私の専門外だ。  

でも、ご主人様が困っている。  

「……うーん。要は、熱に強くて頑丈な『金属』があればいいんですよね?」 

「ああ。だがそんなモン、軍か闇市場にしか……」 

「じゃあ、ありますよ!山ほど!」

私がニカっと笑うと、二人が怪訝な顔をした。  

灯台下暗しとはこのことだ。

「どこにですか? 王都中の問屋は回りましたよ」 

「問屋じゃありません。……私が『作った』山が、あそこにあるじゃないですか!」

                   ◇

【王都南区画、旧市街跡地】

王都南区画、旧市街跡地。  

そこは、先日の帝国軍との決戦で最も激しく破壊されたエリアであり、今も放置された戦車の残骸が墓標のように並んでいた。  

鉄の死体置き場。

あの激闘の爪痕。

「……なるほど。『都市鉱山』ならぬ『戦場鉱山』ですか」

ローズマリーさんは、黒いスーツの裾を汚さないように瓦礫を踏みしめ、感嘆の声を上げた。  

目の前には、半分溶けた魔導戦車や、へし折れた装甲板が山積みになっている。

「これらは帝国製の最新兵器。使われているのは最高純度の軍用鋼鉄と、希少金属の塊です」

ローズマリーさんが壊れた戦車の装甲を杖で叩く。  

カーン、と高く澄んだ音が秋空に響いた。  

「素晴らしい。これなら正規ルートで買えば金貨数万枚はする素材が、取り放題です。……皮肉なものですね。破壊のために作られた兵器が、私たちの『創造』の礎になるとは」

 「でしょ? 私が殴って壊したやつだから、どこに何が埋まってるか覚えてます!」

私はリヤカーを引きながら、得意げに胸を張った。  

あの時の私の拳が、まさかご主人様の助けになるなんて。

「アリア、あの砲身を引き抜きなさい。ドライブシャフトに使えます」

 「ラジャー! ……ふんぬッ!」

ギギギギ……バキッ!

素手で戦車の主砲を引きちぎる。  

秘書スーツが少し窮屈だけど、私の本領発揮だ。  

リヤカーはあっという間に高価なスクラップで埋まっていく。  

楽しい。

ゴミ拾いがこんなに楽しいなんて。  

ご主人様が笑っている。

それだけで、鉄屑が宝石に見えてくる。

でも、宝の山に群がるのは、私たちだけではなかった。

「おいおい、どこのドブネズミだぁ? 俺たちのシマで勝手なマネしてるのは」

下品な口笛と共に、瓦礫の陰から男たちが現れた。  

作業着に金属バットやチェーンソーを持った、柄の悪い集団。

およそ30人。  

彼らの背中には、見覚えのある赤いサソリの紋章――「ベアトリス商会・解体部門」のロゴが入っていた。  

またあの女の手下か。

「ここはベアトリス様が買い上げた管理区域だ。貧乏人が入ってきていい場所じゃねえんだよ」

リーダーの男がチェーンソーを空吹かしして威嚇する。  

ローズマリーさんは眼鏡の位置を直し、冷静に言い返した。

「ここは公道です。そして、放置された軍事ゴミの所有権は、回収者に帰属するという戦時法があります」 

「あぁ? 法律? 知らねえな。……ここでは俺たちがルールだ」

リーダーの男がねめつけるようにローズマリーさんを見る。  

その視線が、ご主人様の身体を、上から下へとねっとりと舐めるように動いた。    

プツン。  

私の中で、何かが切れる音がした。

「へえ、いい女じゃねえか。……そのスーツの下、随分と美味そうな身体してやがる。鉄屑の代わりに、アンタを置いていきな」

下卑た笑い声を上げる男たち。  

その汚い目で、私の神聖なご主人様を見るな。  

殺意で視界が赤く染まる。

ローズマリーさんは深いため息をついた。

「……やれやれ。ベアトリスは、部下の教育までは手が回らないようですね」

彼女は一歩下がった。  

私の出番だ。

「アリア」 

「はい、社長」

リヤカーを置いた私が、ローズマリーさんの前に立つ。  

黒いタイトスカートに、白のブラウス。  

戦場には似つかわしくないオフィスレディ姿。  

だが、その手には、先ほど拾った長さ1メートルの太い鉄パイプが握られていた。

「業務命令です。……産業廃棄物を処理しなさい」

その言葉を待っていた。  

「イエス、マム。……特別手当、弾んでくださいね?」 

「ハッ! 小娘ごときが何出来るってんだ! やっちまえ!」

リーダーの男の号令で、男たちが襲いかかる。  

私は、伊達眼鏡を外し、胸ポケットに丁寧にしまった。 

「このスーツ、動きにくいんですよね……」

私は不満そうに呟くと、思い切りスカートの裾を両手で掴み――

ビリッ!!

ためらいもなく、サイドに入っていたスリットを太ももの上まで強引に引き裂いた。  

露わになる白い太ももと、黒いストッキング。  

涼しい。

これで足が上がる。  

今の私は秘書じゃない。

ご主人様の「剣」だ。

「……よし、これで蹴れる!」

ドガァッ!!

私は踏み込んだ。  

先頭の男がバットを振るより早く、私の鉄パイプが男の鳩尾に突き刺さった。

「ごふっ!?」

男がくの字に折れて吹き飛ぶ。  

私は回転し、遠心力を乗せて鉄パイプを薙ぎ払う。

ゴシャァァァンッ!!

「ぎゃあああ!」
「足が! 足がぁ!」

三人がまとめて吹き飛び、戦車の残骸に叩きつけられる。  

チェーンソーを振り回す男の攻撃を、紙一重で回避し、その隙に鉄パイプでチェーンソーの刃をカチ上げる。  

遅い。

止まって見える。

「なっ!?」 

「お仕事の邪魔ですよ!」

私は鉄パイプを捨て、無防備になった男の顎に、ハイキックを叩き込んだ。

パァァァンッ!

小気味よい音が響き、巨漢のリーダーが白目を剥いて宙を舞った。  

ストッキング越しでも、骨を砕く感触は最高だ。  

ご主人様を侮辱した罪、その身体で償ってもらう。

                   ◇

数分後。  

そこには、積み上げられた男たちの山があった。  

鉄屑の山より、こっちの方が片付けるのが面倒そうだ。

「……ふぅ。運動不足解消にはちょうどいいですね」

私は乱れたブラウスを直し、破れたスカートの裾を気にした。  

「あーあ。社長、これ経費で落ちますか?」 

「……検討しておきます」

ローズマリーさんは苦笑しながら、男たちの荷車に積まれていた高級素材を見つけた。  

ベアトリス商会が独占していた、最高級のミスリル鋼板だ。

「アリア、彼らの荷車ごといただきましょう」 

「えっ、泥棒じゃ……」

 「『慰謝料』です。彼らは私たちに暴行を働こうとした。その示談金として、このスクラップと荷車を徴収します。……文句があるなら、裁判所でも王宮でも訴えればいい」

ローズマリーさんは、気絶している男のポケットに、名刺をねじ込んだ。  『

株式会社アシュトン 代表取締役 ローズマリー』。  

「さあ、帰りますよ。……ガンテツが待ちくたびれています」

                 ◇

その夜、ガレージには再び活気あるハンマーの音が響いた。

「ひョーっ! こいつは上玉のミスリルだ! これならエンジンの心臓部が作れるぞ!」

ガンテツ姉さんが狂喜乱舞する。  

彼女はミスリルの塊を愛おしそうに撫で回し、それから私の破れたスカートを見てニヤリと笑った。

「へっ、また派手に暴れてきたみたいだねぇ。……アリア、あとで繕ってやるから脱ぎな」 

「えへへ、ありがとう姉さん!」

ローズマリーさんは、ドラム缶の焚き火で沸かしたコーヒーを飲みながら、その光景を眺めていた。  

そのルージュの瞳に、炎が映っている。  

そして、その奥には、確かな未来が見えているのだ。

「……破壊のための鉄が、夢のための翼に変わる。悪くない気分です」

私たちの車は、スクラップから生まれる。  

泥だらけで、傷だらけで、でも誰よりも強くて速い車になるはずだ。  

まるで、私とご主人様みたいに。  

どんなガラクタだって、宝物に変わるんだ。
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