鉄の女と銀の犬。貧乏令嬢はドSメイドに飼われる。

山本条太郎

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第49話 「法廷闘争。イザベラは激怒する」

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【アシュトン・モーターズ(仮):スラムの廃ガレージ】
ガガガガガッ……!!

スラムの夕暮れに、魔導ドリルの回転音が響き渡る。  

廃油と鉄錆の匂いが充満するガレージの中央。  

作業台の上には、私たちが血と汗と魔力を注ぎ込んだ結晶、「魔導エンジン・試作一号機」が鎮座していた。

「よしっ、バルブ調整完了! アリア、魔力パイプを繋げ!」

「はい、姉さん!」

私は油まみれのつなぎを着て、スパナ片手にエンジンの下に潜り込んだ。  

頬に冷たいオイルが垂れる。

でも、嫌じゃない。

これは努力の証だ。  

ローズマリーさんは、ホワイトボードの前で工程表を睨んでいた。

「予定より三日遅れです。……ですが、これなら今夜には火が入りますね」

廃材から拾い集めた部品と、ガンテツ姉さんの職人芸、そして私の馬鹿力が生み出した奇跡の鉄塊。  

世界初の「大衆車」の心臓部が、今まさに産声を上げようとしていた。  

ご主人様のルージュの瞳が、期待で輝いている。

その顔を見るだけで、連日の徹夜作業の疲れなんて吹き飛んでしまう。

――その時だった。

バンバンバンッ!!

入り口のドアが、破壊されんばかりに乱暴に叩かれた。

「開けろ! 王都保安局だ!」

ドアを開けると、そこには揃いの制服を着た役人たちが立っていた。
  
先頭に立つ小太りの男――保安局のネズミ顔の査察官が、鼻をつまみながらズカズカとガレージに入ってくる。

「臭いな。油と……貧乏人の臭いだ」

その一言で、私の頭の中で何かが切れる音がした。  

彼はガンテツ姉さんと私を一瞥し、あろうことかご主人様の前に一枚の羊皮紙を突きつけた。

「アシュトン・モーターズだな? 近隣住民からの通報があった。王都建築法および騒音規制法、さらに危険物取扱法違反の疑いがある」

査察官は、赤いインクで大きく『操業停止命令』と書かれた紙を、ペタリとエンジンの上に貼り付けた。 
 
私たちの魂に、泥を塗るように。

「工場は即時封鎖だ。全員、直ちに退去しろ」 

「なっ……!?」

ガンテツ姉さんが激昂し、持っていたモンキーレンチを振り上げた。

「ふざけんじゃねえ! ここは正規の操業の認可を受けてるはずだ! それに今夜が山場なんだよ!」 

「暴力か? 公務執行妨害で逮捕してもいいんだぞ?」

査察官がニヤリと笑う。  

こいつ、最初から私たちを潰す気だ。

許せない。

ご主人様の夢を、私たちの努力を、こんな薄汚いやり方で踏みにじるなんて。

……殴る。

私は拳を握りしめた。  

手加減はしない。

このニヤけた顔を、王宮まで吹き飛ばしてやる。 
 
私が一歩踏み出そうとした、その時。

「待ちなさい」

ローズマリーさんの冷たい手が、私の腕を掴んだ。

「……手を出せば、それこそ相手の思う壺です」

ローズマリーさんは冷静だった。

でも、唇を噛み締め、屈辱に耐えている。  

それが余計に、私の胸を締め付けた。

「……査察官殿。改善命令もなしに、いきなり停止命令とは乱暴すぎませんか?」

「うるさい! 我々は市民の安全を守る義務がある! こんな違法魔道具が爆発でも起きたらどうする!」

査察官は聞く耳を持たない。  

背後の部下たちが、工具や部品を没収しようと動き出す。

「おい、そのエンジンも証拠品として押収しろ! スクラップにする!」 

「やめろ! それはアタシたちの魂だ!」

ガンテツ姉さんが突き飛ばされ、床に転がる。

もう、我慢できない……!

ご主人様が止めても、これだけは譲れない。  

私は全身に闘気を漲らせ、査察官に向かって踏み出した。

「――待ちなさい」

ガレージの入り口から、氷のように透き通った、凜とした声が響いた。  

逆光の中、そこに立っていたのは、王立学園の制服を着た金髪の少女。  

イザベラさんだった。  

彼女は分厚い本を片手に、コツコツとヒールを鳴らして歩み寄ってきた。  

修羅場に、一輪の白百合が咲いたように見えた。

「イザベラさん!?」

私は驚きの声を上げる。  

イザベラさんの実家は、アシュトン家と対立する「保守派」の筆頭貴族だ。 
 
本来なら、私たちに安易に肩入れすれば立場が悪くなるはず。  

だが、イザベラさんは査察官の前に立ちはだかり、彼の手首をガシリと掴み上げた。

「……何の真似だ、学生風情が」 

「王立学園高等部生徒会長、イザベラ・フォン・ローゼンです。……ローズマリー社長の『法律顧問』として参りました」

イザベラさんは眼鏡を押し上げ、査察官を冷徹に見下ろした。  

その瞳は、戦場で見た時と同じくらい、強く、美しかった。

「貴官の発言には、重大な法的瑕疵かしがあります」 

「はぁ? ローゼン侯爵家のご令嬢が、なぜこんな場所で没落貴族の肩を持つ?」 

「個人の自由です。……それに、わたくしは法の番人を目指す者として、貴官のような職権濫用を見過ごせません」

イザベラさんは法律全書のページを開き、矢継ぎ早に言葉を紡いだ。

「まず、建築法違反について。ここは登記上『工場』ではなく『研究施設』として申請されています。スラム特別再開発法第4条により、建築基準は緩和されているはずですが?」 

「ぐっ……」 

「次に騒音規制法。現在時刻は午後4時。スラム地域における騒音許容デシベル数は80まで認められています。先ほどのドリルの音は75デシベル。……測定もせずに『うるさい』という主観だけで停止命令を出すのは、違法です」

査察官が後ずさる。 
 
言葉の弾丸。

知識の刃。  

私が拳で解決しようとしたことを、彼女は「言葉」だけでなぎ倒していく。  

すごい。

なんて格好いいんだろう。

「さらに、貴官は令状を持っていますか? 緊急性を要する場合を除き、私有地への立ち入りと物品の押収には、裁判所の令状が必要です」

イザベラさんは、エンジンに貼られた『停止命令書』を剥がし、査察官の胸ポケットにねじ込んだ。

「令状もなしに、私有財産を強奪しようとする行為……。これは『強盗未遂』および『特別公務員暴行陵虐罪』に該当します。……保安局長に、わたくしの父であるローゼン侯爵家から直接抗議させてもよろしいのですよ?」

「ローゼン侯爵家」の名が出た瞬間、査察官の顔色が土気色に変わった。  

保守派の大物には逆らえない。

権力を笠に着る者は、より大きな権力に弱いのだ。

「……ち、チッ! 覚えてろ! 今日は見逃してやる!」

査察官は捨て台詞を吐き、部下たちと共に逃げるように去っていった。  

ガレージに静寂が戻る。  

イザベラさんは分厚い本を閉じ、ふぅっと息を吐いた。

「……あの、イザベラさん」

イザベラさんは振り返り、私の前まで歩み寄ると、突然、深く頭を下げた。

「えっ!?」 

「……先日の戦いでは、本当にありがとうございました」

イザベラさんは顔を上げ、真剣な瞳で私を見つめた。

「マリアさんが空から降ってきて、戦車を投げ飛ばしてくれなければ……わたくしと生徒たちは、あそこで死んでいましたわ」

帝国との戦い。

あの時、本当に間に合って良かった。

そして今、こうしてここに立ってくれている。

「わたくしの父は保守派です。アシュトン家のやり方を嫌っています。……ですが、命を救われた恩を返さずにいては、貴族の名折れですわ」

イザベラさんは、少し恥ずかしそうに頬を染めながら、私の手を取った。

「わたくしは剣では貴女に敵いません。魔法ではアルベルト王子に及びません。……ですが、『法律の知識』でなら、マリアさんたちの力になれます」

彼女はローズマリーさんに向き直り、きっぱりと言い放った。

「ローズマリー社長。わたくしを雇ってください。……この国の腐ったシステムを、貴女たちと共に変えたいのです」

ローズマリーさんは、ボロボロのパイプ椅子から立ち上がり、イザベラさんに手を差し出した。

「……いいでしょう。ただし、うちはブラック企業ですよ? 給料も出世払いです」 

「望むところですわ。……これでも徹夜勉強には慣れていますから」

二人は握手を交わした。  

その光景が嬉しくて、愛しくて、私はたまらず横からイザベラさんに飛びついた。

「やったぁ! すごく格好よかったですイザベラさん! 言葉で殴り倒しましたね! 最高です!」 

「きゃっ! あ、マリアさん、近いです……! 抱きつかないでくださいまし!」

イザベラさんは顔を真っ赤にして慌てるが、その表情は嬉しそうだった。  

最強の顧問弁護士(予定)の加入。  

アシュトン・モーターズに、知性の盾が加わった瞬間だった。

                ◇

邪魔者は消えた。  

夜。

ガレージの大扉を閉じ、最後の調整が終わる。

「準備完了だ。……社長、点火スイッチを」

ガンテツ姉さんが油まみれの手でサムズアップする。  

ローズマリーさんは、エンジンに繋がれた魔力供給装置の前に立った。

「アリア、魔力を」 

「はい!」

私は装置に手を触れ、自身の内側から溢れ出す膨大な魔力を注ぎ込む。  

私の魔力が、パイプを通ってエンジンの心臓部へと流れ込むのを感じる。

回路が光り、ピストンが動き出す。

キュルルルル……  

ズドンッ! 

ボボボボボボボボ……ッ!!

排気管から青い炎が吹き出し、エンジンが力強い鼓動を始めた。  

それは、馬のいななきよりも力強く、心臓の鼓動よりも熱い、新しい時代の音だった。  

ご主人様の夢が、私の魔力で動いている。

「動いた……! 動きましたよご主人様!」

私が飛び跳ねる。  

ローズマリーさんは、振動するエンジンに手を触れ、静かに微笑んだ。

「ええ。……これが『産業革命』の産声です」

試作車「モデルA・シルバー」。  

完成した鉄の馬は、翌日の「新車発表会」で、王都の度肝を抜くことになる。  

そして私は、この愛しい人たちと一緒に、どこまでも走り抜けるんだ。
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