銀河をカケル逃避行 ~5億の借金持ち宇宙海賊、うっかり禁忌を破り愛で詰む~

山本条太郎

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第3話 群がる牙と孤高の銀翼

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亜空間航行ワープドライブ。 

星々の光が虹色の残像となり、後方へ流れていく。 

現実と非現実の狭間を彷徨うような、非情なまでの静寂。 

轟音も振動もなく、ただ無限の虚無だけがそこにはあった。

俺たちの乗るスターダスト・レクイエム号は、その深淵を進む孤独な小舟だ。 

ブリッジの巨大スクリーンには、途方もない速度で流れ去る宇宙の断片。 

規則的な計器のビープ音だけが、ここが現実だと告げている。

俺はキャプテンシートに深く身を沈め、指先で冷たいチップを弄んでいた。 

ガルムから受け取った前金、1億クレジット。

その無機質な数字が、荒んだ心に奇妙な安堵を与える。 

「へへっ、やっぱ金はいいぜ……へへへ」

虚空に向かって呟く声は、乾いていた。 

喉が渇く。 

目の眩むような数字に、魂が焦がれる。 

ああ、コイツがあれば、あれもこれも……。

「マスター、予定航路より大きく逸脱しています。コンドル星系への最短ルートはこちらになりますが」

隣のナビゲーターシートで、ナビィが静かに指摘した。 

彼女の完璧な横顔は、古代の彫像のように感情の色を見せない。

もう少し、愛嬌良くしてくれねえかな。

サブボディのナビィシックスみたいに。

「いーんだよ、これで」

俺はチップを弄ぶのをやめ、気だるげに答えた。

「少し寄り道するだけだ。コンドルに着く前にな」

「ガルム総司令官からの任務は、緊急を要するはずですが」

「ああ? この後のことを考えたら、準備が必要だろうが」

俺は苛立ちを隠さずに言い返す。 

せっかくの気分だったのによ。

コイツは優秀だが、たまに融通が利かねえ。

「惑星コラルで仕入れた物資なんざ、粗悪品もいいとこだ。それに、このオンボロ船とガタがきてるスターゲイザーで、あのコンドルの厳重な警戒網を突破できるかよ。準備は、入念すぎるくらいがちょうどいい」

俺はチップを強く握りしめた。 

この金は、俺たちの命綱だ。

無駄にはできねえ。

そして何より、あの古狸ガルムの用意した「舞台」だ。 

丸腰で飛び込めば、骨の髄までしゃぶられて終わりだろうよ。

「了解いたしました。航路を再設定します。小惑星帯『デブリ・ベルト』内に隠匿された偽装基地、『アステロイド・グラウンド』へ向かいますか?」

「アステロイド・グラウンドねえ」

口元に、自嘲とも懐かしさともつかない笑みが浮かぶ。

犯罪者とクズどもの掃き溜め。

だが、今の俺にはそこがお似合いだ。

「ああ、そこでいい。懐かしい名前だぜ。昔、何度か厄介になったことがある」

スターダスト・レクイエム号は最短ルートから大きく逸れ、歪んだ星々の光の中を、まるで運命から逃れるかのように、デブリ・ベルトへと船首を向けた。

                   ◇

デブリ・ベルト。

かつての文明の残骸が漂う宇宙の墓場。 

その奥深くに隠された「アステロイド・グラウンド」へ、俺たちは滑り込むように着陸した。 

ゴウン、と重厚な金属音が響き、船体が静止する。

ここは表向き、寂れた補給基地だ。 

だがその裏の顔は、星々の法から弾かれた者たちが跋扈する無法地帯グレーゾーン。 

武器商人、情報屋、賞金稼ぎ……そして俺のようなクズ海賊が集まる場所だ。

「さてと、まずは補給だな」

俺はキャプテンシートから立ち上がり、大きく伸びをした。

「ナビィ、燃料と食料、それからスターゲイザーの弾薬を、可能な限り上等なやつ買い込んどけ。

金はコラルで換金したチップから出す。足が付かねえように、匿名で巧妙にやれよ」

「了解いたしました。闇市場のネットワークにアクセスし、実行します。マスターは?」

「俺はスターゲイザーの様子を見てくる。コンドルじゃ何が起こるか分からねえからな。コイツが、俺たちの最後の切り札だ」

俺はブリッジを後にし、薄暗い格納庫へと向かった。

格納庫の中央。 

薄暗い非常灯に照らされ、白銀の巨体が佇んでいる。 

スターゲイザー。 

数年前、辺境の惑星ダミスの遺跡で、ナビィと共に発見した謎のスペースロボットだ。 

見た目は傷だらけの骨董品だが、その中身は現代科学を遥かに超えた、古代文明の遺産オーパーツ。 

そして何より、俺とナビィがリンクして初めて真価を発揮する、気難しい相棒だ。

「相変わらず、気難しい野郎だぜ、お前は」

冷たく研ぎ澄まされた白銀の装甲に、そっと掌を触れる。 

ヒヤリとした感触。

オイルと金属の無機質な匂い。 

掌の下で、エネルギーコアに疼く『フォワード』が、生き物の心臓のように微かに鼓動している。

……俺もお前も、時代遅れの遺物ってか? 

だがな、まだ錆びついちゃいねえよな?

『マスター、スターゲイザーのエネルギー充填、及びシステム自己診断セルフチェックを開始します』

艦内スピーカーからナビィの声。 

整備用のサブボディたちが動き出す。

「頼むぜ、ナビィ。コイツの機嫌を損ねねえよう、優しく扱ってやってくれ」

「承知しております。スターゲイザーは、非常にデリケートな機体ですから」

俺は工具を手に取り、剥がれた装甲の補修やオイルアップを始めた。 

汗が額から流れ落ちる。 

無心で手を動かすこの時間だけが、俺の頭を空っぽにしてくれる。

整備の手を動かしながら、ふと問いかける。

「なあ、ナビィ。こいつをもっと強化してえんだが、他に何か覚えてねえか? 遺跡で一緒に眠ってたんだろう」

「私のメモリーには、起動以前の記録は断片的にしか存在しません。ただ……」

ナビィは少し間を置いた。

「このスターゲイザーが、極めて重要な『使命』を帯びていることだけは、深層OSレベルで理解しています」

「使命、ねえ。ケッ、そんな大層なもん、この俺には関係ねえがな」

自嘲気味に笑った、その瞬間。

――警告! 警告! 未確認機、急速接近! 複数! 武装反応、多数確認!――

けたたましい警報音アラートが格納庫に響き渡る。

「チッ! やっぱり来やがったか! ハイエナどもめ、俺の金を嗅ぎつけやがったな!?」

せっかくの浮かれた気分が台無しだ。 

ちょっと金を使っただけで、これだ。 

ハエみたいに湧いてきやがる。

俺は悪態をつきながら、スターゲイザーのコクピットへと獣のように飛び乗った。

「ナビィ! 戦闘準備だ! ハイエナのクソどもを、残らず掃除してやる!」

「了解! スターゲイザー、システムオンライン! 全武装、使用可能!」

白銀の巨神が、蒼い光を放ちながら覚醒する。 

エアロックが開き、俺は躊躇なくスラスターを臨界まで加速させた。

「行くぞッ!」

光の奔流となり、漆黒の宇宙そらへ駆け出す。 待ち構えていたのは、醜悪な改造を施された数機のスペースロボット。

『ヒャハハハ! やっと見つけたぜぇ、オンボロ船! さっさとその腹ん中のモン、全部吐き出しやがれ! 金も、積み荷も、その別嬪のアンドロイドもな!』

下品で粘つく声が通信機から響く。 

本当に、どいつもこいつもワンパターンだ。 

金の臭いを嗅ぎつけた蝿が。

俺の金も、相棒も、指一本触れさせるかよ。

「へっ、寝言は寝て言えや、三下のクソどもが」

俺は冷たく、挑発的に言い放った。

「俺様の船をオンボロだと? いい度胸じゃねえか。テメェらこそ、クソスクラップになって宇宙そらの塵となるか、金目のモン全部置いて消えるか、選びな!」

『な、なんだとォ!? やっちまえ! あのオンボロ船ごと蜂の巣にしてやれ!』

海賊たちが一斉に牙を剥く。 

無数のレーザーとミサイルが殺到する。 

うっとおしいこと、この上ない。

「ナビィ! 全方位モニタリング! 回避パターン、最適化!」

『了解! 右30度、上昇角15度へ回避! 後方よりミサイル、チャフ散布!』

ナビィの完璧なナビゲーションと、俺の野生の操縦。

スターゲイザーは白銀の獣のように、死の弾雨の中を舞う。 

その動きは俊敏で、滑らかだ。

Gが内臓を押しつぶす。

……だが、これだ。この感覚だ!

「舐めるなよ、クソ雑魚どもが!」

蒼い閃光が、敵機のコクピットを正確に貫く。 

ドォン! 鈍い爆発音と共に、残骸が散る。

『なっ!? こ、こいつ! 動きが読めねぇ!?』

動揺する海賊たち。 

当たり前だ。

俺とお前らじゃ、背負ってるもん借金のケタが違うんだよ。

「まだまだ、こんなもんじゃねえぜ! 見せてやるよ、俺とコイツの力をな!」

俺は咆哮し、背部の長大なレーザーサーベルを抜いた。 

星をも断ち切る、古代の刃。

プラズマの奔流が闇を照らす。

「さあ、ショータイムだぜえええっ!!」

スラスター全開。 

俺は光の粒子を撒き散らしながら、敵陣へ突っ込む。

一閃。 シュンッ! 空気を切り裂く音。 ザシュッ! 装甲が断ち切られる音。

一瞬の間に敵機は分断され、次々と爆散していく。 

白銀の流星が駆け抜けた後には、鉄屑しか残らない。

『ひ、ひぃぃッ! ば、化け物だ! 悪魔だ! 逃げろぉぉッ!』

海賊たちは蜘蛛の子を散らすように逃げ去った。

「ふん、ゴキブリみてえにしぶといだけかよ」

俺は荒い息をつきながら、サーベルを納めた。 

指先に残る、微かな興奮の震え。

『マスター、敵性存在、全て撃退。機体損傷軽微。しかしエネルギー消費が想定以上です』

「分かってるよ。たく、余計なエネルギーを使わせやがって。金の無駄だぜ」

悪態をつきながらも、俺はどこか満足していた。 

うっとおしい連中を蹴散らすのは、いつだって最高の気晴らしだ。

だが、今の戦闘でいくら分のエネルギーが消えた? 

弾薬代は? 

……考えたくもねえ。

俺はスターゲイザーを静かに着艦させる。

「やれやれ。どうしてこうもクソどもに絡まれなきゃならねえんだ。俺は、ただ金が欲しいだけだってのによお」

答えの出ない疑問を、星屑の散らばる宇宙へと投げかける。 

補給を済ませた俺たちは、再びコンドルへの航路へと、その古びた船を進めるのだった。
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