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第19話 紅蓮の誘惑、あるいは嫉妬の嵐
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ジャンクヤードでの激闘と、予期せぬ紅蓮の薔薇の加入という名の嵐が過ぎ去ってから、数日。
スターダスト・レクイエム号は、星々の墓標であるデブリベルトの奥深く、忘れられた小惑星の影に潜んでいた。
船体から漏れる非常灯の光だけが、周囲の瓦礫を幽霊のように照らしている。
格納庫では、鋼鉄の巨人たちの再生作業が続いていた。
俺の汗とオイルが混じり合った、熱と男臭い匂い。
工具が無機質な音を立て、ナノマシンが銀河の蛍のように光を明滅させている。
応急修理されたスターゲイザーと、回収された≪クリムゾン・ローゼスの残骸。
二つの機体は、新たな戦いのための牙を研ぐ静謐な儀式の最中にあった。
俺にとって、唯一心が安らぐ、鉄と油の聖域。
だが、その平穏は、ふわりと舞い込んだ場違いなほど甘美な香りによって破られた。
熟れた薔薇の蜜と、硝煙の残り香。
地獄の業火から咲き誇った、一輪の毒の花。
「ベレット様」
ローズマリーだった。
深紅の戦闘服は完璧に修復され、その豊満でしなやかな肢体を官能的に縁取っている。
歩むたびに揺れる、成熟した果実のような質量。
彼女は俺の前に立ち、忠実な騎士が王に傅くように恭しく頭を垂れた。
「この度のこと。わたくしの命を救い、そして、この身をあなた様の傍らに置くことをお許しくださり、心より感謝申し上げます」
シルクのように滑らかで、耳元で囁かれているかのような響き。
背筋にゾクリとしたものが走る。
コイツは、ただの捕虜じゃねえ。
俺の喉元に突きつけられたナイフだ。
「つきましては、一つ、このローズマリーからのお願いをお聞き届け願えませんでしょうか?」
「なんだあ? あらたまって」
俺はスターゲイザーの装甲を磨く手を止めずに、ぶっきらぼうに答えた。
内心の警戒を悟らせないように。
「まあ、金が絡まねえ、真っ当な頼みなら聞いてやらんこともねえが」
「ふふふ、ご心配なく。むしろ、金策に関わる大切なお願いですわ」
ローズマリーは仮面の下で悪戯っぽく微笑んだ気配を漂わせた。
「わたくしが使用しておりました活動拠点に、回収したい物資がございまして。予備パーツ、予備機体、そして当面の活動資金となる『お宝』が少々」
「アジト、だと?」
俺は眉をひそめた。
「『ブラッディ・ローズ』には手下が大勢いたはずだ。そいつらはどうするつもりだ?」
「彼らとは、もう関わるつもりはございません」
ローズマリーはきっぱりと言い切った。
一歩踏み込み、俺の作業着の上から柔らかな腕をしなやかに絡ませる。
体温と、柔らかすぎる感触が伝わってくる。
「わたくしは、もはや『ブラッディ・ローズ』ではございません。この身も心も、あなた様の忠実なる下僕、ローズマリー。ただそれだけです。ですから、彼らにはきちんと『けじめ』をつけますわ」
過去を断ち切る、氷のような冷徹な決意。
……食えねえ女だ。
だが、『お宝』と『予備パーツ』は魅力的すぎる。
「待ちなさいよ、仮面女!」
格納庫の入り口から鋭い声が飛んできた。
ミューだった。
砲弾のように駆け寄り、燃えるような敵意でローズマリーを睨みつける。
「あなた、ベレットを騙してどこかへ連れ去るつもりじゃないでしょうね!? アジトだなんて、どうせ罠よ! 信用できるもんですか!」
全身から放たれる嫉妬と不信のオーラ。
格納庫の照明が不安定に明滅する。
おいおい、勘弁してくれ。
俺の聖域が修羅場になりやがった。
「あらあら、お黙りなさいな、チビ助さん」
ローズマリーは優雅に振り返り、冷たく言い返す。
俺の腕に絡みついたまま、豊満な胸をさらに強く押し付けた。
完全に、当てつけだ。
「わたくしは、ベレット様に全てを捧げると誓ったのです。あなたのような、ただ守られているだけのお子様に、とやかく言われる筋合いはございませんわ」
二人の間に、見えない激しい火花が散る。
いや、それはもはや火花ではない。
ローズマリーから放たれるのは、絶対零度の氷の棘。
ミューから放たれるのは、全てを焼き尽くす嫉妬の炎。
氷と炎がぶつかり合い、格納庫の空気が、まるで次元の狭間のように歪んだ。
一触即発の空気。
「なっ……! 誰がチビ助ですって!? この、いんけん仮面女!」
「事実を申し上げたまでですわ。それに、感情のままに力を振り回していては、いつかあなたの大切な殿方まで傷つけてしまうかもしれませんことよ?」
ローズマリーの言葉は、ミューの最も触れられたくない心の傷を的確に抉った。
「……っ!!」
ミューは言葉を失い、唇を噛み締める。
ラピスラズリの瞳から涙が零れ落ちそうになる。
その顔を見て、俺の胸がズクリと痛んだ。
「おいおい、お前ら、いい加減にしろ!」
俺は頭痛をこらえるようにこめかみを押さえ、二人を制止した。
「ったく、ギャーギャーやかましい! 発情期の猫か、お前らは!」
深くため息をつき、ローズマリーの腕を少し乱暴に振りほどく。
まずは、この場を収める。
そして、必要なものを手に入れる。
「分かったよ、ローズマリー。物資の回収は許可する。俺も同行してやる。それでいいだろ? あと、ナビィ」
近くで機体の修復作業にあたっていたナビィを呼びつける。
俺の、唯一まともに話が通じる相棒。
「お前も来い。コイツが、何か怪しい動きをしねえか、しっかり監視しておけ。何かあれば、即座に報告だ」
「了解いたしました、マスター。ローズマリーさんの監視任務、及び物資回収のサポート、実行いたします」
ナビィの冷静で含みのある声。
その琥珀色の瞳は値踏みするようにローズマリーを一瞥していた。
頼むぜ、相棒。
お前だけが頼りだ。
「ベレット! 私も行く! 絶対に行くんだから!」
ミューは半ば叫びながら懇願する。
「ダメだ」
俺は即座に拒絶した。
その言葉が、鋭い刃物のように彼女を傷つけると分かっていても。
「お前はまだ力が不安定すぎる。それに、船の留守番も必要だろ? 何かあったらナビィがサブボディでサポートしてくれる。大丈夫だって」
「でも!」
「これは、キャプテン命令だ」
俺は視線を逸らさずに言い放った。
アジトへ連れて行くわけにはいかない。
あそこは、海賊どもの巣窟だ。お前のような純白の存在が踏み込んでいい場所じゃねえ。
「ミュー、ご心配には及びませんわ。わたくしたちはすぐに戻ってまいりますから。ね?」
ローズマリーは勝利を確信したような、挑発的な笑みを浮かべた。
ミューは全ての希望を打ち砕かれた顔をした。
堪えていた涙がついに零れ落ちる。
分かってくれ。ミュー。
俺は心の中で、誰にも聞こえないように呟いた。
今の俺達が生きていくには、金も、戦力も、情報も足りなすぎる。
そのためなら、毒だと分かっていても、この悪魔の手を借りるしかねえんだ。
お前を、守り抜くためにな。
スターダスト・レクイエム号は、星々の墓標であるデブリベルトの奥深く、忘れられた小惑星の影に潜んでいた。
船体から漏れる非常灯の光だけが、周囲の瓦礫を幽霊のように照らしている。
格納庫では、鋼鉄の巨人たちの再生作業が続いていた。
俺の汗とオイルが混じり合った、熱と男臭い匂い。
工具が無機質な音を立て、ナノマシンが銀河の蛍のように光を明滅させている。
応急修理されたスターゲイザーと、回収された≪クリムゾン・ローゼスの残骸。
二つの機体は、新たな戦いのための牙を研ぐ静謐な儀式の最中にあった。
俺にとって、唯一心が安らぐ、鉄と油の聖域。
だが、その平穏は、ふわりと舞い込んだ場違いなほど甘美な香りによって破られた。
熟れた薔薇の蜜と、硝煙の残り香。
地獄の業火から咲き誇った、一輪の毒の花。
「ベレット様」
ローズマリーだった。
深紅の戦闘服は完璧に修復され、その豊満でしなやかな肢体を官能的に縁取っている。
歩むたびに揺れる、成熟した果実のような質量。
彼女は俺の前に立ち、忠実な騎士が王に傅くように恭しく頭を垂れた。
「この度のこと。わたくしの命を救い、そして、この身をあなた様の傍らに置くことをお許しくださり、心より感謝申し上げます」
シルクのように滑らかで、耳元で囁かれているかのような響き。
背筋にゾクリとしたものが走る。
コイツは、ただの捕虜じゃねえ。
俺の喉元に突きつけられたナイフだ。
「つきましては、一つ、このローズマリーからのお願いをお聞き届け願えませんでしょうか?」
「なんだあ? あらたまって」
俺はスターゲイザーの装甲を磨く手を止めずに、ぶっきらぼうに答えた。
内心の警戒を悟らせないように。
「まあ、金が絡まねえ、真っ当な頼みなら聞いてやらんこともねえが」
「ふふふ、ご心配なく。むしろ、金策に関わる大切なお願いですわ」
ローズマリーは仮面の下で悪戯っぽく微笑んだ気配を漂わせた。
「わたくしが使用しておりました活動拠点に、回収したい物資がございまして。予備パーツ、予備機体、そして当面の活動資金となる『お宝』が少々」
「アジト、だと?」
俺は眉をひそめた。
「『ブラッディ・ローズ』には手下が大勢いたはずだ。そいつらはどうするつもりだ?」
「彼らとは、もう関わるつもりはございません」
ローズマリーはきっぱりと言い切った。
一歩踏み込み、俺の作業着の上から柔らかな腕をしなやかに絡ませる。
体温と、柔らかすぎる感触が伝わってくる。
「わたくしは、もはや『ブラッディ・ローズ』ではございません。この身も心も、あなた様の忠実なる下僕、ローズマリー。ただそれだけです。ですから、彼らにはきちんと『けじめ』をつけますわ」
過去を断ち切る、氷のような冷徹な決意。
……食えねえ女だ。
だが、『お宝』と『予備パーツ』は魅力的すぎる。
「待ちなさいよ、仮面女!」
格納庫の入り口から鋭い声が飛んできた。
ミューだった。
砲弾のように駆け寄り、燃えるような敵意でローズマリーを睨みつける。
「あなた、ベレットを騙してどこかへ連れ去るつもりじゃないでしょうね!? アジトだなんて、どうせ罠よ! 信用できるもんですか!」
全身から放たれる嫉妬と不信のオーラ。
格納庫の照明が不安定に明滅する。
おいおい、勘弁してくれ。
俺の聖域が修羅場になりやがった。
「あらあら、お黙りなさいな、チビ助さん」
ローズマリーは優雅に振り返り、冷たく言い返す。
俺の腕に絡みついたまま、豊満な胸をさらに強く押し付けた。
完全に、当てつけだ。
「わたくしは、ベレット様に全てを捧げると誓ったのです。あなたのような、ただ守られているだけのお子様に、とやかく言われる筋合いはございませんわ」
二人の間に、見えない激しい火花が散る。
いや、それはもはや火花ではない。
ローズマリーから放たれるのは、絶対零度の氷の棘。
ミューから放たれるのは、全てを焼き尽くす嫉妬の炎。
氷と炎がぶつかり合い、格納庫の空気が、まるで次元の狭間のように歪んだ。
一触即発の空気。
「なっ……! 誰がチビ助ですって!? この、いんけん仮面女!」
「事実を申し上げたまでですわ。それに、感情のままに力を振り回していては、いつかあなたの大切な殿方まで傷つけてしまうかもしれませんことよ?」
ローズマリーの言葉は、ミューの最も触れられたくない心の傷を的確に抉った。
「……っ!!」
ミューは言葉を失い、唇を噛み締める。
ラピスラズリの瞳から涙が零れ落ちそうになる。
その顔を見て、俺の胸がズクリと痛んだ。
「おいおい、お前ら、いい加減にしろ!」
俺は頭痛をこらえるようにこめかみを押さえ、二人を制止した。
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まずは、この場を収める。
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お前だけが頼りだ。
「ベレット! 私も行く! 絶対に行くんだから!」
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俺は視線を逸らさずに言い放った。
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あそこは、海賊どもの巣窟だ。お前のような純白の存在が踏み込んでいい場所じゃねえ。
「ミュー、ご心配には及びませんわ。わたくしたちはすぐに戻ってまいりますから。ね?」
ローズマリーは勝利を確信したような、挑発的な笑みを浮かべた。
ミューは全ての希望を打ち砕かれた顔をした。
堪えていた涙がついに零れ落ちる。
分かってくれ。ミュー。
俺は心の中で、誰にも聞こえないように呟いた。
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