銀河をカケル逃避行 ~5億の借金持ち宇宙海賊、うっかり禁忌を破り愛で詰む~

山本条太郎

文字の大きさ
22 / 67

第20話 仮面の淑女の「待ち人」、漆黒の密室にて

しおりを挟む
ローズマリーが手配した船は、ありきたりの脱出艇などではなかった。

ジャンクヤードの混沌とした風景の中にあって、明らかに異質なオーラを放つ、流線型の漆黒の高速艇。 

闇に潜む捕食者のような船が、スターダスト・レクイエム号に並ぶように停泊した。 

連絡艇が星屑の船の格納庫へ静かに潜り込む。

「おいおい、こんなモン、どこで手に入れやがったんだよ」 

「ふふ、それは淑女の秘密ですわ」

ローズマリーは優雅に俺の視線を受け流し、真紅のブーツを鳴らして乗り込んだ。

俺たちは、連絡艇に乗船し、闇を切り裂くように発艦した。

そして、その後、星屑の船と並行して航行する漆黒の高速艇へと、宇宙の闇に吞み込まれるかのように、着艦していった。


          ◇

高速艇のラウンジ。 

技術の粋と計算され尽くした快適性が調和した空間。 足音を吸い込む深紅の絨毯、間接照明に照らされた抽象絵画。 

シトラス系のアロマが香り、宇宙的なアンビエント・ミュージックが流れる。

俺はこの過剰な快適空間に居心地の悪さを感じながら、深くソファに身を預けていた。 

隣には忠実な騎士のように寄り添うローズマリー。 

対角には、完璧なポーカーフェイスで航行データを分析するナビィ。

三人の間の重い沈黙を、ローズマリーの甘く濃厚な色香が侵食し始めた。

「ベレット様」

彼女はミューがいないのをいいことに、猫のようにしなやかに体勢を変え、俺の腕に自身の腕を絡ませた。

「お気分はいかがですか?」

囁くように言い、豊満な身体をこれみよがしに押し付ける。 

柔らかな熱と弾力が、じわりと伝わってくる。

「おい、鬱陶しい、ひっつくんじゃねえ」

俺は辟易しながらも、その感触から完全に逃れることはできなかった。

「ふふふ。良いではありませんか。あのやかましいチビ助さんはいないのですから」 

「そういう問題じゃねえ」 

「くすくす。ささやかな船旅を楽しみましょう」

ローズマリーは悠然と微笑み、立ち上がった。

バーカウンターへ向かう優雅な足取り。深紅のタイトな戦闘服が、肢体の曲線を強調する。 

ヒップラインの動きが、俺の視線を離さない。

彼女はキャビネットから、繊細なグラスと、古代の工芸品のようなボトルを取り出した。

「ワインでもいかが? 最高級のものですわよ」 

「ああ、もらうぜ」

俺はこの状況に抗うことを諦めた。 

グラスに注がれる、血のように濃いルビー色のワイン。 

芳醇な香りがアロマと混ざり合う。

ふと、ボトルに目が引き寄せられた。

「おい、このワイン……」

ボトルに刻まれたエッチングを二度見した。

「ええ、1000年銀河ミレニアムギャラクシーワインですわ」 

「おい! 何で、そんなシロモノがこんなとこにあるんだ!?」

1000年銀河ミレニアムギャラクシーワイン。 

ごく限られた富豪や王族しか飲めない、1000年熟成の代物。 

ボトル一本で中型宇宙船が買える。

「ふふふお口に合いませんでしたか? ではエリクサーシャンパンはいかが? こちらはもう少し甘美な味わいですわよ」

「お前、どうなってやがるんだ!? ったくよ」

俺はこめかみを抑え、溜息をついた。 

自分の活動資金が、目の前の女の酒代にも満たない現実に、海賊としての矜持が傷つく。

「まあまあ、ゆっくりと飲みましょう。時間はあるのですから」

ローズマリーは再び俺の隣に座り、身体を絡ませた。

彼女の体温が、俺の警戒心をゆっくりと溶かしていく。

グラスの中でワインが妖しく輝く。

しばし、言葉を交わすこともなく、ただ、グラスを傾けながら、ワインの複雑で奥深い味わいを、少しずつ、そして丁寧に舌の上で転がし続けた。

グラスの中で、深紅のワインが琥珀色のラウンジの光を反射し、妖しい輝きを放っている。
 
俺はふと、隣の女の横顔を見つめた。

「なんであん時、ジャンクヤードのあのバーに居やがったんだ?」 

「たまには、バーで飲みたくなる時もあるでしょう?」

彼女は指でグラスの縁をなぞりながら、吐息混じりに言った。

「こんな上物の酒を持ってるくせにか? 男でも漁ってたのかよ?」

俺は海賊らしい軽薄さで挑発した。

すると、ローズマリーは突然、体を重ねてきた。

彼女は、しなやかな指先を、伸ばし、俺の胸板をつねった。

「いてえな! 何しやがる!」 
「わたくしは、その日暮らしをするような下賤な尻軽女ではなくってよ! ベレット様はわたくしをなんだとお思いになっていらっしゃるのかしら!?」

声には怒りではなく、傷つけられたことへの切なさがあった。

「泣く子も黙る、女海賊ブラッディ・ローズだろ」 

「偏見ですわね」

深いため息が、俺の首筋にかかる。

「偏見もクソも、事実だろうが。それに、戦いの手癖もひどかったしよ」 

「仕事とプライベートを混同しないでくださいませ。わたくしはどこぞの愚かな女海賊のエルフとは違います。訂正してくださいまし」 

「フン、女海賊なんて、どうせろくなもんいやがらねえからな」

過去を回想し、忌々しげに漏らす。

「その風評はエルフの女海賊のせいですわ! わたくしのせいではありませんことよ」 

「似たようなもんだろ」 

「違います! わたくしは、ただの淑女ですわよ」

彼女は抗議するように、柔らかい体を俺の腕に強く絡ませた。

「じゃあ、お前みたいな上玉な淑女が、あんな場末のバーにいやがるんだよ?」

俺は剃刀色の瞳で仮面の淑女を射抜いた。 

彼女は目を逸らし、祈るように両手を胸元に当てた。 

そして、透明感のある声でつぶやいた。

「あのバーにいたのは、待ち人に、会える気がしたからですわ」 

「待ち人って?」

ローズマリーは遠い空間を見つめた。

仮面の奥に、過去を映し出しているようだった。

「わたくしがまだ何も知らない幼い少女だった頃から、ずっと焦がれ続け、そしてかけがえのない、大切な人……」

声は夢見るように遠く、切ない。 

二人の間に沈黙が流れる。

「……邪魔したようで、悪かったな」

俺は居心地の悪さを感じ、頭をかいた。 

ローズマリーは俺の肩にそっと全ての重みを預け、濡れたような顔で見上げた。

「ふふふ、本当に、悪いお人ですこと」

仮面の淑女は、ただ婉然と微笑んだ。 

その笑みは、俺の心に新たな棘を植え付けるかのようだった。

「ナビィ。ローズマリーのアジトまでの航路、問題ねえか?」

俺は甘美で危険な空気を振り払うように問いかけた。

「航路、再計算完了。特に問題ありません」

ナビィの冷静な声が、ラウンジの熱を一瞬冷ます。

「到着予定時刻まで、お二人はどうぞごゆっくりお過ごしください」

ナビィはその一部始終を、対角のシートから完璧なポーカーフェイスの下で、複雑な光を宿らせながら静かに観察していた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~

ハムえっぐ
ファンタジー
かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。 王国の第一王女ローゼマリーは、5歳の誕生日の夜、幸せな時間のさなかに王宮を襲撃され、目の前で両親である国王夫妻を「漆黒の剣を持つ謎の黒髪の女」に殺害される。母が最後の力で放った転移魔法と「魔女ディルを頼れ」という遺言によりローゼマリーは辛くも死地を脱した。 15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。 国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。 これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。  

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

ブラック国家を制裁する方法は、性癖全開のハーレムを作ることでした。

タカハシヨウ
ファンタジー
ヴァン・スナキアはたった一人で世界を圧倒できる強さを誇り、母国ウィルクトリアを守る使命を背負っていた。 しかし国民たちはヴァンの威を借りて他国から財産を搾取し、その金でろくに働かずに暮らしている害悪ばかり。さらにはその歪んだ体制を維持するためにヴァンの魔力を受け継ぐ後継を求め、ヴァンに一夫多妻制まで用意する始末。 ヴァンは国を叩き直すため、あえてヴァンとは子どもを作れない異種族とばかり八人と結婚した。もし後継が生まれなければウィルクトリアは世界中から報復を受けて滅亡するだろう。生き残りたければ心を入れ替えてまともな国になるしかない。 激しく抵抗する国民を圧倒的な力でギャフンと言わせながら、ヴァンは愛する妻たちと甘々イチャイチャ暮らしていく。

【完結】スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜

かの
ファンタジー
 世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。  スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。  偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。  スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!  冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!

ギャルい女神と超絶チート同盟〜女神に贔屓されまくった結果、主人公クラスなチート持ち達の同盟リーダーとなってしまったんだが〜

平明神
ファンタジー
 ユーゴ・タカトー。  それは、女神の「推し」になった男。  見た目ギャルな女神ユーラウリアの色仕掛けに負け、何度も異世界を救ってきた彼に新たに下った女神のお願いは、転生や転移した者達を探すこと。  彼が出会っていく者たちは、アニメやラノベの主人公を張れるほど強くて魅力的。だけど、みんなチート的な能力や武器を持つ濃いキャラで、なかなか一筋縄ではいかない者ばかり。  彼らと仲間になって同盟を組んだユーゴは、やがて彼らと共に様々な異世界を巻き込む大きな事件に関わっていく。  その過程で、彼はリーダーシップを発揮し、新たな力を開花させていくのだった!  女神から貰ったバラエティー豊かなチート能力とチートアイテムを駆使するユーゴは、どこへ行ってもみんなの度肝を抜きまくる!  さらに、彼にはもともと特殊な能力があるようで……?  英雄、聖女、魔王、人魚、侍、巫女、お嬢様、変身ヒーロー、巨大ロボット、歌姫、メイド、追放、ざまあ───  なんでもありの異世界アベンジャーズ!  女神の使徒と異世界チートな英雄たちとの絆が紡ぐ、運命の物語、ここに開幕! ※不定期更新。 ※感想やお気に入り登録をして頂けますと、作者のモチベーションがあがり、エタることなくもっと面白い話が作れます。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

落ちこぼれの貴族、現地の人達を味方に付けて頑張ります!

ユーリ
ファンタジー
気がつくと、見知らぬ部屋のベッドの上で、状況が理解できず混乱していた僕は、鏡の前に立って、あることを思い出した。 ここはリュカとして生きてきた異世界で、僕は“落ちこぼれ貴族の息子”だった。しかも最悪なことに、さっき行われた絶対失敗出来ない召喚の儀で、僕だけが失敗した。 そのせいで、貴族としての評価は確実に地に落ちる。けれど、両親は超が付くほど過保護だから、家から追い出される心配は……たぶん無い。 問題は一つ。 兄様との関係が、どうしようもなく悪い。 僕は両親に甘やかされ、勉強もサボり放題。その積み重ねのせいで、兄様との距離は遠く、話しかけるだけで気まずい空気に。 このまま兄様が家督を継いだら、屋敷から追い出されるかもしれない! 追い出されないように兄様との関係を改善し、いざ追い出されても生きていけるように勉強して強くなる!……のはずが、勉強をサボっていたせいで、一般常識すら分からないところからのスタートだった。 それでも、兄様との距離を縮めようと努力しているのに、なかなか縮まらない! むしろ避けられてる気さえする!! それでもめげずに、今日も兄様との関係修復、頑張ります! 5/9から小説になろうでも掲載中

クラス転移したら種族が変化してたけどとりあえず生きる

アルカス
ファンタジー
16歳になったばかりの高校2年の主人公。 でも、主人公は昔から体が弱くなかなか学校に通えなかった。 でも学校には、行っても俺に声をかけてくれる親友はいた。 その日も体の調子が良くなり、親友と久しぶりの学校に行きHRが終わり先生が出ていったとき、クラスが眩しい光に包まれた。 そして僕は一人、違う場所に飛ばされいた。

処理中です...