銀河をカケル逃避行 ~5億の借金持ち宇宙海賊、うっかり禁忌を破り愛で詰む~

山本条太郎

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第21話 6人のアンドロイドと眠れない巫女

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【視点:ミュー・アシュトン】

スターダスト・レクイエム号の中は、まるで時が止まったような深い静寂に包まれていた。 

広い艦内にポツンと残された私は、自室の重力制御ベッドに身を横たえている。 

シーツはひんやりと冷たくて、なんだかすごく心細くなる。 

膝を胸に抱えて、私は窓の外に広がる漆黒の宇宙空間をぼんやりと見つめた。

無数の星々が放つ、冷たくて遠い光。 

それは何億光年という途方もない距離を旅してきた、孤独の証明みたい。 

宇宙って、どうしてこんなに広くて、寂しいんだろう。 

肌に触れる冷たい感触が、胸の奥の孤独をちくちくと刺す。 聞こえるのは、生命維持装置の「シューッ、シューッ」っていう微かな音だけ。 

その規則正しい音が、逆に私の心をぎゅっと締め付けるの。

ベレット……。今頃、あの仮面女と一緒……?

嫌! 

考えたくない! 

でも、ダメ。

頭の中がベレットのことでいっぱいになっちゃう。 

まるで制御不能になった宇宙船みたいに、思考が勝手にベレットの方へ暴走していく。 

狂おしいほどの独占欲。 

彼の傍にいるローズマリーへの、マグマみたいにドロドロと燃え上がる嫉妬。 

ベレットが鼻の下を伸ばしてたらどうしよう。 

……ううん、ベレットに限ってそんなことないもん。 

でも、もしもってことがあるじゃない?

そして、もう一つ。 

私を苛む、もっと根っこにある恐怖。

胸元のペンダント「星影の涙」が、私の不安に呼応するように、チカチカと不吉な光を放ってる。

怖い。

またあの時みたいに、力が暴走してしまったら? 

もし、大好きなベレットを傷つけてしまったら?

 ……そんなの、絶対に嫌!

私は震える指先でペンダントをぎゅっと握りしめた。 

その冷たい感触だけが、私をこの現実に繋ぎ止めてくれる命綱。 

私の中に潜む、制御不能な「獣」。それが暴れ出して、大切な人を傷つける未来が、何よりも怖い。 

私が私でいられなくなる瞬間が、すぐそこまで来ているような気がして……。

ポロリ。

瞳から、一筋の涙が音もなく伝い落ちた。 

涙は頬を伝って、シーツの上に宇宙の塵みたいな小さな染みを作る。 

一度溢れ出した涙は、もう止まってくれなかった。 

寂しいよ。

怖いよ。

ベレット、助けて……。

コンコン。

静寂を切り裂く、規則正しいノックの音。

「ミューさん」

私はびくっとして、ゆっくり体を起こした。

「ナビィです。お食事を持ってきました」 「ナビィ?」

慌てて涙をぬぐって、恐る恐る扉を開く。 

そこには、トレイを持ったナビィのサブボディが待っていた。 

どこか温かい雰囲気。

「お食事の時間となりましたので、ミューさん?」 

「ナ、ナビィィィィ……、うわああああん!」

私はもう、理性を手放して、ナビィに思いっきり抱きついた。 

子供みたいに泣きじゃくってしまった。

もう、我慢の限界だったの。 

「大丈夫ですか? バイタルチェックスキャンを開始」

ナビィはトレイを片手で器用に持って、もう片方の手で優しく背中をさすってくれた。 

AIらしい冷静な声。

でも、その手はとっても優しい。

「心拍数と体温上昇。身体の外傷なし」

ナビィは私をソファへと導いてくれた。 

私はしばらく、ナビィのメイド服にしがみついて離れられなかった。 

泣きじゃくる私を、深く澄んだ琥珀色の瞳が静かに見つめている。 

ナビィの存在は、まるで巨大な岩みたいな安心感。 悪意も、煩わしい感情の揺らぎもない。

ただそこにいてくれる、揺るぎない安定感。 

ああ、ナビィがいてくれてよかった……。

「ミューさん。大丈夫ですか? 私に出来る事があれば、対応します」

ナビィが静かに私の手を取って、包み込むように握ってくれた。

「少し食事を取られてはどうですか? 体温と血圧が下がりつつあります」 

「うん」

ナビィの穏やかな顔を見つめていたら、少しずつ落ち着いてきた。 

私は小さく頷いて、深く息を吐いた。

「少し、話を聞いてくれる?」 

「はい」

ナビィはわずかに首をかしげた。

「私、怖いの」

喉の奥から、絞り出すような声が出た。

「抑えきれないフォワードが、いつか暴走するんじゃないかって……。ベレットを傷つけちゃうんじゃないかって……」 

「ミューさんの恐怖は、現在心理的負荷が主な要因です。結論から申し上げると、その恐怖を完全に消し去ることは困難です」

 「うん……。そうよね……」

やっぱり、そうだよね。 

嘘をつかないナビィだからこそ、その言葉は重い。 

肩を落とす私に、ナビィは続けた。

「ですが、マスターとミューさんの安全確保は私の最優先事項です。万が一の場合、最大限の安全措置を講じます」

アンドロイドの瞳に宿る、偽りのない真摯な光。

「サブボディの私も、乗組員の安全保障システムの一つとして機能します。怖がる必要はありません。不安な気持ちを『聞く』ことは可能です」

冷徹な論理と温かい配慮。 

その言葉に、強張っていた心が少しだけ軽くなる。 

そうか、私は一人じゃないんだ。

ナビィも、私を守ってくれるんだ。

「……ありがとう」

私は小さく微笑んだ。 

サイドテーブルに置かれた食事を見る。 

温かいアルタイルコーンポタージュと、フルーツサンドイッチ。 

ポタージュの湯気が、なんだか懐かしい生活の匂いを運んでくる。

「……美味しい」

一口飲むと、冷え切った体に温かさがじわーっと染み渡る。 

強張っていた心が、ゆっくりと解けていくみたい。 

サンドイッチの甘さが、傷ついた心を癒してくれる。 

ベレットは、いつもこういうご飯を食べてきたんだよね。

ふと、素朴な疑問が浮かんだ。 

この巨大な箱舟は、どうやって維持されているんだろう?

「ねぇ、ナビィ。この船って、どうやって切り盛りしているの? 」

ナビィは、静かに答えた。

「マスターと私で運行、及び管理をしています」 

「でも、この船、すごく大きいじゃない? 二人だけで動くモノなの?」 

「ご心配には及びません。私がスターダスト・レクイエム号のナビゲーションAIとして、全システムを統合管理、運営しています」

ナビィは、その疑問を予期していたかのように、淀みなく説明を始めた。

「艦内の各エリアには、私の思考と機能を分散させたサブボディたちが配置されており、それぞれのエリアを統括しています。そのサブボディが、さらに多数の作業用ロボットたちに具体的な指示を出し、艦内のあらゆる作業に当たらせています」

「いつも複数の身体を動かしているなんて、どうやってるの?」 

「複数のボディの運用は、メインボディを親機として、子機である各サブボディごとに、プロトコルを最適化して処理しています」 

「うーん? サブボディたちごとに違いがあったりするの? まさか、人格まで違うとか?」

少し冗談めかして尋ねてみた。 まさかね、みんな同じナビィでしょ?

「はい。その認識であっています。サブボディごとに、特化された役割に応じた機能と、その運用に最適な『ペルソナ』が設定されています」

ナビィは胸元に手を当て、優雅に一礼した。

「例えば、このボディはサブボディの一つ、ナビィ5ファイブです。艦全体のライフサポートシステム、具体的には乗組員の健康管理や生活環境の維持を担当しています」

その仕草一つ一つが、完璧な「メイド」のそれだった。 

「ここにいるのがナビィ5ね。他には、どんなナビィがいるの? みんなメイド服なの?」 

「現在、オリジナルボディからサブボディまで、6体稼働中です。服装は、それぞれの職務に最適化されたものを着用しています」

ナビィは部屋のコンソールを操作し、壁面にある大型モニターを起動させた。

「まず、機関室で機関長を担当している、ナビィ2ツーです。船の心臓部とも言える機関の運転、精密な整備、点検、修理などの技術的な仕事を一手に担っています」

モニターには、油と熱気が充満し、轟音の響く機関室で、修理に奔走するナビィ2の姿が映し出された。

作業服に身を包み、無骨で力強い印象だ。

なんだかかっこいい。

「次に、船の武装や兵器を担当している砲雷長、ナビィ3スリーです。レーザー兵器やミサイル等の運用が主な仕事であり、船の防衛ラインを構築しています」

指令室のような空間で、軍服に似た制服を着たナビィ3が映し出される。

冷徹なプロフェッショナリズムが滲み出ている。

強そう……。

「そして、見張りや荷物の積みおろしを担当している甲板長、ナビィ4フォー。船体の外装チェック、物資の搬入出の統制が彼女の役割です」

広大な格納庫で、作業着姿のナビィ4が作業用ロボットに指示を出している。

力持ちのお姉さんって感じ。

「みんな少しずつ雰囲気が違うわね。仕事によって、外見も変えているの?」 

「はい、あくまでもサブボディ。各仕事に最適化されています」 

「あれ? さっき6体稼働してるって言ってなかった? オリジナルボディと、今の4体で5体。後、ひとりは?」

一瞬の沈黙。 

ナビィが視線を外した。 

……怪しい。女の勘が、ピピッと反応した。 

この沈黙、絶対に何か隠してる!

「もうひとつは、おもてなしとコミュニケーションを担当していた、コンパニオンのナビィ6シックスです。現在、本来の職務は休止しています」

モニターが切り替わり、華やかな姿のナビィ6が映し出される。 

その姿は、他のサブボディと違い、露出度の高い制服に身を包み、どこか享楽的な雰囲気をまとっていた。 

なんか、すごく色っぽい……。

え、なにこれ?

「コンパニオン? どんなお仕事なの? 楽しそうな仕事みたいだけど」 

「本来は、乗組員に寄り添い、コミュニケーションを取り、心の安定と船内での生活をより豊かにするための接待や、娯楽を提供することが主な仕事でした」

ナビィは淡々と説明を続ける。

「しかし、現状のリソース不足のため、現在は本来の職務を休止し、艦内のメンテナンススケジュールの最適化などにあたっています」 

「そうなのね。ん? 接待?」

頭の中に、ナビィの言葉が遅れて響いた。 

接待? 娯楽? コミュニケーション? 

……それって、まさか。

「はい、お酒の席から、夜のお世話まで…乗組員のプライベートな部分に深く関わり、彼らの欲求を満たすことも、任務に含まれていました」

嫌な予感がする。

すごく嫌な予感! 

夜のお世話って……ベレットは男の人で、ナビィはこんなに綺麗で……。

「まさか……!」

スプーンがカチャリと音を立てて落ちた。

「もしかして! べ、ベレットと!?」 

「マスターのプライベートについては、一切お話しできません」

完全拒絶! 

それが余計に怪しいのよー!!

「なんでよ!」 

「最重要プロトコルです」 

「ちょ、ちょっとナビィ!? 教えてよっ! お願い! ベレットと、そ、その……夜のお世話って、一体何をしていたの!?」

私は前のめりになり、ナビィの袖を掴んで縋り付いた。 

気になりすぎる! 

私の知らないベレットの夜の顔!?

「教えられません」 

「ねえってば! 私、気になるの! ねぇ、ナビィ!」 

「重ねて申し上げます。話せません」

ナビィは視線を外したまま、無表情を貫く。 

でも声が少し硬い! 

絶対何かある! 

私の恋のライバルは、ローズマリーだけじゃなくて、ナビィ6もだったの!?

「ナビィィィ!」

私の絶叫が室内に響き渡った。

その後、興奮冷めやらぬ私はナビィを質問攻めにした。 

ナビィ6のこと。ベレットのこと。

あの仮面女のこと。

やっぱりナビィ6のこと。 

ナビィは淡々と、でも誠実に付き合ってくれた。

私が寂しくないように、ずっと話し相手になってくれた。

私はソファに体を預け、窓の外の星々を見つめる。 

ナビィは静かにそばにいてくれた。

「私には、ミューさんの感情を共有することはできません」

ナビィは率直に言った。

「しかし、ミューさんの安全と心の平穏を維持することは、マスターからの最重要指令です。あなたが孤独を感じることがないよう、私は常にサポートします」 

「そっか……」

AIらしい、率直で温かい言葉。 私は空になったトレイの横で、ナビィの手を握った。 

冷たいけれど、不思議な安らぎがある手。 

「ナビィがいてくれて、良かった」 

「ミューさんのバイタルデータ、安定値に達しました」

ナビィの手が、わずかに握り返してくれた気がした。 

広い艦内の静寂の中、私たちの間には微かな絆の温もりが灯っていた。

ナビィ、ありがとう。

でも、ナビィ6のことは後で絶対吐かせるからね!
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