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第24話 紅蓮と銀の協奏曲(コンチェルト)、フィナーレは「大惨事」
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【視点:ミュー・アシュトン】
スターダスト・レクイエム号の格納庫。
その中央に鎮座する、血と情熱を宿す鋼鉄の淑女。
クリムゾン・ローゼス。
狭く機能的なコクピットは、今、氷のような沈黙に支配されていた。
互いの肌が触れ合う距離。
ローズマリーから放たれる熟れた薔薇と硝煙の匂いが、私の神経を逆撫でする。
なによ、この匂い。
大人の余裕ってやつ?
ムカつく……!
「ミュー、よろしいですか?」
ローズマリーは白い手袋で操縦桿を握り、冷ややかに告げた。
絹のように滑らかで、鋭い硝子の棘を隠した声。
「この任務、いくら単純な物資輸送とはいえ、ここは無法地帯。くれぐれも、わたくしの足を引っ張るような愚かな真似はなさいませんように」
「なっ……! し、失礼ね! 誰が足を引っ張るですって!?」
私はカッと頬を赤らめて言い返す。
「あなたこそ! ベレットに色目ばっかり使ってないで、ちゃんと前を見て操縦しなさいよ、この仮面女!」
威勢よく言い返したけれど、本当は心細くて押し潰されそう。
ベレットがいない。
その事実が、私を不安の海へと漂わせる。
大丈夫かな、私……。ちゃんと、できるかな……。
また足手まといになったらどうしよう……。
そんな弱気な自分を振り払うように、私は唇を噛み締めた。
ローズマリーは、そんな私を仮面の奥から静かに観察していた。
やがて、彼女はふっと息を吐き、努めて穏やかな声で呟いた。
「まあ、よろしいでしょう。ナビィさんもサポートしてくださいますし。ミュー、あなたは周囲の警戒と危険予測をお願いできますかしら? わたくしは操縦に集中いたしますわ」
「え……? あ、ええ……! わ、分かったわ!」
役割を与えられたことで、心に一本の芯が通る。
私は力強く頷いた。
そうだ、私にしかできないことがあるはず。
フォワードの力は、伊達じゃないんだから!
『了解いたしました、ローズマリーさん、ミューさん。スターダスト・レクイエム号より、広域索敵及び、通信サポート、万全です。ご武運を』
ナビィの声が、静謐なコックピットに、力強く響き渡る。
――ガシュン、シュウウウ……
重厚な機械音を立てながら、クリムゾン・ローゼスを包み込む格納庫の分厚いハッチが、ゆっくりとスライドしていく。
真紅の機体は、その重厚な格納庫の扉を抜け、次の段階であるエアロックへと静かに進入する。
周囲の壁面には、無数の警告灯とステータスランプが点滅していた。
『最終チェックアウト、シーケンス・グリーン。全システム、レディ・トゥ・ゴー』
ナビィの声が、耳に届く。
そのシグナルを受けるまでのほんの数秒間、私にとっては永遠にも感じられる濃密な時間が、緊張を極限まで高めていた。
そして、ついにその時が来た。
凄まじい油圧音と共に、エアロックの巨大なハッチが内側から開き、その向こうには、全てを飲み込むかのような漆黒の宇宙空間が無限に広がっていた。
◇
クリムゾン・ローゼスは音もなく発進した。 漆黒の宇宙空間。
無数の星屑と危険なデブリの群れ。
ローズマリーの操縦は、驚くほど滑らかで、常識外れのスピードだった。
くっ、悔しいけど……すごい。
私の視界には全方位センサーの映像がオーバーレイされている。
私はフォワードで感じ取った空間の「歪み」と、予測データを重ね合わせる。
頭の中に、光のラインが走る感覚。
「ローズマリー! アステロイド・クラスC、左舷前方! 予測線からコンマゼロゼロ一秒早く、右へ!」
「承知しましたわ、ミュー!」
ローズマリーは私の指示通りに機体を滑らせる。
わずか数センチの隙間を縫う、芸術的な機動。
Gが身体にのしかかる。
でも、二人の息は次第に合っていった。
……あ、通じた。
私の指示、信じてくれてる……?
幾多のデブリを紙一重で回避しながら、クリムゾン・ローゼスは、小惑星帯を瞬く間に突破した。
やがて、メインスクリーンに目的地の座標がロックされる。
それは、物資の受け取りポイント。
そこには、何十年もの宇宙の垢に塗れたような、古びた超大型輸送船が、錆びついた巨大な鯨の骸のように、不気味な沈黙の中で待機していた。
『おう、クリムゾン・ローゼスだな?ちいと、遅かったじゃねぇか…』
スピーカーから響くのは、酒と油で焼けたような、だみ声。
輸送船の船長の声には、隠しきれない苛立ちと、この危険な宙域への警戒心が滲んでいた。
「こちら、クリムゾン・ローゼス。遅れましたこと、お許しあそばせ。約束の『ブツ』、いただきに上がりましたわ」
ローズマリーは、冷静に、どこか相手を値踏みするような、余裕のある声で応じた。
輸送船の後部ハッチが、ギィィ…という鈍い音を立てて開かれ、中から、無骨なコンテナが、ゆっくりと宇宙空間へと放出された。
「回収完了いたしました。航路確認。目的地は、ライト小惑星群の、第3貿易港、コスモコロニー「セレスティア」ですわね」
ローズマリーが、ナビゲーションシステムをセットし、スラスターを吹かそうとした、その瞬間。
背筋に、冷たい氷柱を差し込まれたような感覚が走った。
「……! ローズマリー……!」
私は悲鳴に近い声を上げた。
「何か……来る……! 数が、すごく多い……! それに……、すごく、嫌な……汚い感じがする……!」
フォワードが、迫りくる明確な悪意と危険を察知した。
それは、視覚や聴覚を超えた、魂の感覚。
腐臭を放つ、粘つくような悪意が、私の精神に、まるで油汚れのようにまとわりついてくる。
肌が、総毛立つのが分かった。
怖い、怖い、怖い!
次の瞬間、空間が歪み、多数の機影が現れた。
醜悪な改造を施された海賊船。
ハイエナの群れ。
『ヒャッハァァァ!見つけたぜぇ!『ブラッディ・ローズ』!いや、今は、ただの『手負いの薔薇』かァ!?』
リーダー格と思われるドクロのペイントが施された機体から、通信機を通して、下品で、粘つくような笑い声が響き渡る。
『あんたが、あの『白銀の流星』とかいう、賞金稼ぎに、コテンパンにやられたって噂を聞いてな!こりゃあ、千載一遇のチャンスだと思って、馳せ参じたってわけよ!』
『さあ、大人しく、そのコンテナと、お前の美しい機体、そして、お前のその色っぽい首を、俺たちに差し出しな!そうすりゃあ、少しは、楽しませてやってもいいぜぇ?ヒャハハハ!』
その数は、目視できるだけでも、一個中隊、いや、一個艦隊規模に匹敵する。
絶望的な戦力差。
「あらあら。可愛い俗物様ですこと」
ローズマリーの声が低くなった。
怒ってる?
ううん、楽しんでる!?
『ローズマリーさん! ミューさん! マスターに救援を要請しますか!?』
ナビィの緊迫した声。
ベレットを呼ぶ?
そうすれば助かるかもしれない。
でも……。
「いいえ!」
私は震える声できっぱりと答えた。
怖い。
膝が笑ってる。
でも、やらなきゃ!
「必要ないわ! これは……! これは、私たちの仕事よ! ベレットに、頼ってばかりじゃいられない!」
「ふふふ。その通りですわ、ナビィさん」
ローズマリーも笑った。
その笑みが、私の背中を押す。
「ベレット様に、これ以上、ご心配をおかけするわけにはいきませんもの。それに、ふふふ。これは、わたくしたち二人の力を示す、絶好の『舞台』ですわねぇ」
仮面女の声には、絶望的な状況を楽しむかのような、倒錯的な響きがあった。
「ミュー! 行きますわよ! わたくしに合わせて!」
「……! ええ! 分かったわ、ローズマリー!」
二人のフォワードが共鳴する。
ローズマリーの燃えるような意志と、私の鋭敏な感覚が混ざり合う。
これは……力が溢れてくる!
混じり合ったフォワードは、美しいオーラとなって機体を包み込んだ。
コックピット内の計器類が一斉に紅く輝き、機体のアクチュエーターが、唸りを上げる。
――紅蓮と銀、試練の協奏曲、開幕。
ローズマリーは悪魔的な技術で機体を舞わせる。
二丁のビームピストルが火を噴き、次々と敵を貫く。
ビームが装甲を溶融させ、内部の構造体を焼き切る、甲高い炸裂音が響き渡る。
ドゴォン!ドゴォン!
爆炎が、闇夜に紅い花を咲かせる。
破片が飛び散り、後続の機体をかすめる。
私は必死に意識を集中させた。
敵の軌道、死角からの奇襲、パイロットの心理。
全てを読み解き、光の連鎖としてローズマリーへ送る。
「右上方! 3機! ミサイルを撃ちながら降下してくる!」
「承知!」
「左後方! デブリの影に回り込んでる!」
「お見通しですわ!」
背中を預け合い、完璧な連携を見せる私たち。
いがみ合っていたはずなのに、今は誰よりも頼もしい。
「さあさあ、わたくしたちの『協力』の成果、とくとご賞味くださいまし」
ローズマリーが加速する。 ミサイルの弾幕を紙一重で抜け、敵の懐へ飛び込む。
「ミュー! もう少しですわ! 頑張ってくださいまし!」
「……うん! わかってるわ! ローズマリー! 敵、右舷に集中! 回避は無理よ!」
「ふふふ。お可愛いこと!」
ローズマリーは私の警告を信じ、あえて弾幕の中へ突っ込んだ。
そして、フォワードが示した一瞬の「穴」を潜り抜ける。
ドォォォン!!
爆炎の閃光が、ハイエナたちの視界を奪った、その時。
クリムゾン・ローゼスの二丁のビームピストルが、火を噴いた。
紅蓮の閃光が、混乱した海賊の艦隊を撃ち抜いていく。
『ちくしょう!レーダーでとらえきれねえ!なんだ、あの化け物は!?』
『くそっ、当たらねえ!こっちは新型のミサイルだぞ!』
『てめえら何してやがる!敵は、たった一機だぞ!』
次々と、海賊船が、内部から爆発し、廃墟の宙域に、醜い残骸を撒き散らしていく。
「さあ、フィナーレと行きますわよ!」
「うん!」
私は、目を閉じ、自らのフォワードのすべてを、祈りへと変えた。
胸元の「星影の涙」のペンダントが、白銀の光を放ち、ローズマリーのフォワードと共鳴する。
自滅した敵の爆炎を背に、私たちは反撃に転じた。
私の祈りが、敵の防御フィールドの「コア」の位置と「遅延」を暴く。
グワァァン!
超高速で移動するクリムゾン・ローゼスが装甲を掠め、機体の右肩に内蔵されていた高出力レーザーサーベルを、予知された「遅延」の瞬間、コアの真上へと、正確に、深く突き立てた。
防御フィールドの発生源であるコアが、その強烈な熱とエネルギーによって、内部から崩壊を始める。
「これにて、ごめんあそばせ。俗物様!」
ローズマリーは、機体を急反転させ、神速で離脱。
直後、海賊船は、内部で発生した制御不能のエネルギーの奔流によって、巨大な火球と化し、轟音と共に、宙域に紅い終焉の光を放った。
宇宙海賊たちは、予想だにしなかった、圧倒的な反撃に、完全に度肝を抜かれていた。
彼らの通信チャンネルには、ただ恐怖と混乱の叫び声だけが満ちていた。
『ば、馬鹿な!?たった一機に、俺たちの艦隊が、こうも簡単に…!?』
『は、話が違うじゃねぇか!あの女、本当に手負いなのかよ!?』
『ひぃぃぃっ!逃げろぉぉぉっ!あの紅い悪魔から、逃げるんだァァァ!』
ハイエナたちは恐怖に駆られ、蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。
「ふぅ。どうやら、お掃除は終わったようですわね」
「ええ! やったわ! 私たち!」
私たちは満面の笑顔を浮かべた。
私の力が、誰かを守るために役立った。
その事実が、心を温かい喜びで満たしていた。
私、ベレットの役に立てた……!
「ふふふ、なかなかやるではありませんか、ミュー」
「なっ……! と、当然よ! あなたこそ、意外と頼りになるじゃない!」
◇
その後、クリムゾン・ローゼスは、回収した希望のコンテナを、無事にライト小惑星群の第三貿易港、コスモコロニー「セレスティア」へと届けた。
そこで待っていたのは、病と飢えで痩せこけた、希望を失いかけた多くの人々。
彼らの顔には深い疲労と絶望の色が刻まれ、その瞳には生気があまり感じられなかった。
でも、コロニー「セレスティア」の人々は、私たちを救世主のように迎えてくれた。
「ありがとう…!本当に、ありがとう…!」
「本当に、来てくれたのね!」
「あなたたちのおかげで、子供たちが、助かります…!」
私は、一人の幼い少女から、お礼にと、拙い手つきで作られた、星屑の砂を詰めた小さなガラス瓶を渡された。
少女の目は純粋な輝きで、その笑顔は心を強く揺さぶった。
「お姉ちゃん、ありがとう!これ、あげる!」
そのあまりにも純粋な笑顔と、手のひらに伝わるガラスの冷たさと温かさに、私の胸は、今まで感じたことのない、熱い感情で満たされた。
それは、誰かを守ることの喜び、そして自分の存在が誰かの希望となることの感動だった。
自分の力が、人を傷つけるためだけのものではない。
こうして、誰かの笑顔を守ることもできるのだ、と。
私……この力を持っていて、よかったのかもしれない。
初めて、星詠の巫女として生まれた自らの宿命を、心から肯定できた気がした。
「良かったですわね、ミュー」
ローズマリーが優しく見守ってくれている。
任務完了。
私たちは確かな達成感を胸に帰還した。
◇
激戦の興奮と安堵が入り混じる中、スターダスト・レクイエム号へと帰還した私は、ブリッジで待っていたベレットの元へと、一直線に駆け寄った。
「ベレットーッ! 聞いた!? 私たち、やったのよ! たくさんの海賊をやっつけて! ちゃんと、お仕事、やり遂げたんだから! ね! 褒めて! 褒めてよぉ!」
私は喜びのあまり、ベレットの胸に飛びついた。
彼の匂い、温もり。
安心感が全身を包む。
ああ、やっぱりここが一番落ち着く。
「お、おお、そうか、ミュー。そりゃあ、大したもんだ。よくやったな。偉い、偉い」
ベレットが優しく頭を撫でてくれる。
ゴツゴツした手のひらの感触。
嬉しい。
すごく嬉しい。
銀河で一番幸せ!
でも……。
「うっ……!?」
急に、視界が歪んだ。
常識外れの機動、激しいG、フォワードの酷使。
アドレナリンが切れて、限界を超えていた身体が、今さら悲鳴を上げた。
胃の腑から、熱いものがせり上がってくる。
ま、待って!
今じゃない!
今は感動のシーンなのに!
「おぇ……ぇぇぇぇぇ……」
「なっ……!? ……お、おい、ミュー!?」
あ、あああ……! ベレットのシャツが……!
「ご、ごめんなさ……い、ベレット……。き、きもちわるく……て……、うぅ……ぐすっ……」
涙が止まらない。
せっかくカッコいいところを見せたかったのに……。
最後になんでこうなるのよぉ……!
「あらあら、ミューったら。激しい戦いの後ですものね。まだまだ、お子様ですわねぇ。ふふふっ」
後ろでローズマリーが笑ってる!
悔しい!
言い返したい!
でも気持ち悪い……。
「おぇぇぇぇぇ……」
「おい! やめろ! ミュー!」
ごめんね、ベレット。
でも、私、頑張ったんだよ……。
本当に、頑張ったんだからぁ……。
スターダスト・レクイエム号の格納庫。
その中央に鎮座する、血と情熱を宿す鋼鉄の淑女。
クリムゾン・ローゼス。
狭く機能的なコクピットは、今、氷のような沈黙に支配されていた。
互いの肌が触れ合う距離。
ローズマリーから放たれる熟れた薔薇と硝煙の匂いが、私の神経を逆撫でする。
なによ、この匂い。
大人の余裕ってやつ?
ムカつく……!
「ミュー、よろしいですか?」
ローズマリーは白い手袋で操縦桿を握り、冷ややかに告げた。
絹のように滑らかで、鋭い硝子の棘を隠した声。
「この任務、いくら単純な物資輸送とはいえ、ここは無法地帯。くれぐれも、わたくしの足を引っ張るような愚かな真似はなさいませんように」
「なっ……! し、失礼ね! 誰が足を引っ張るですって!?」
私はカッと頬を赤らめて言い返す。
「あなたこそ! ベレットに色目ばっかり使ってないで、ちゃんと前を見て操縦しなさいよ、この仮面女!」
威勢よく言い返したけれど、本当は心細くて押し潰されそう。
ベレットがいない。
その事実が、私を不安の海へと漂わせる。
大丈夫かな、私……。ちゃんと、できるかな……。
また足手まといになったらどうしよう……。
そんな弱気な自分を振り払うように、私は唇を噛み締めた。
ローズマリーは、そんな私を仮面の奥から静かに観察していた。
やがて、彼女はふっと息を吐き、努めて穏やかな声で呟いた。
「まあ、よろしいでしょう。ナビィさんもサポートしてくださいますし。ミュー、あなたは周囲の警戒と危険予測をお願いできますかしら? わたくしは操縦に集中いたしますわ」
「え……? あ、ええ……! わ、分かったわ!」
役割を与えられたことで、心に一本の芯が通る。
私は力強く頷いた。
そうだ、私にしかできないことがあるはず。
フォワードの力は、伊達じゃないんだから!
『了解いたしました、ローズマリーさん、ミューさん。スターダスト・レクイエム号より、広域索敵及び、通信サポート、万全です。ご武運を』
ナビィの声が、静謐なコックピットに、力強く響き渡る。
――ガシュン、シュウウウ……
重厚な機械音を立てながら、クリムゾン・ローゼスを包み込む格納庫の分厚いハッチが、ゆっくりとスライドしていく。
真紅の機体は、その重厚な格納庫の扉を抜け、次の段階であるエアロックへと静かに進入する。
周囲の壁面には、無数の警告灯とステータスランプが点滅していた。
『最終チェックアウト、シーケンス・グリーン。全システム、レディ・トゥ・ゴー』
ナビィの声が、耳に届く。
そのシグナルを受けるまでのほんの数秒間、私にとっては永遠にも感じられる濃密な時間が、緊張を極限まで高めていた。
そして、ついにその時が来た。
凄まじい油圧音と共に、エアロックの巨大なハッチが内側から開き、その向こうには、全てを飲み込むかのような漆黒の宇宙空間が無限に広がっていた。
◇
クリムゾン・ローゼスは音もなく発進した。 漆黒の宇宙空間。
無数の星屑と危険なデブリの群れ。
ローズマリーの操縦は、驚くほど滑らかで、常識外れのスピードだった。
くっ、悔しいけど……すごい。
私の視界には全方位センサーの映像がオーバーレイされている。
私はフォワードで感じ取った空間の「歪み」と、予測データを重ね合わせる。
頭の中に、光のラインが走る感覚。
「ローズマリー! アステロイド・クラスC、左舷前方! 予測線からコンマゼロゼロ一秒早く、右へ!」
「承知しましたわ、ミュー!」
ローズマリーは私の指示通りに機体を滑らせる。
わずか数センチの隙間を縫う、芸術的な機動。
Gが身体にのしかかる。
でも、二人の息は次第に合っていった。
……あ、通じた。
私の指示、信じてくれてる……?
幾多のデブリを紙一重で回避しながら、クリムゾン・ローゼスは、小惑星帯を瞬く間に突破した。
やがて、メインスクリーンに目的地の座標がロックされる。
それは、物資の受け取りポイント。
そこには、何十年もの宇宙の垢に塗れたような、古びた超大型輸送船が、錆びついた巨大な鯨の骸のように、不気味な沈黙の中で待機していた。
『おう、クリムゾン・ローゼスだな?ちいと、遅かったじゃねぇか…』
スピーカーから響くのは、酒と油で焼けたような、だみ声。
輸送船の船長の声には、隠しきれない苛立ちと、この危険な宙域への警戒心が滲んでいた。
「こちら、クリムゾン・ローゼス。遅れましたこと、お許しあそばせ。約束の『ブツ』、いただきに上がりましたわ」
ローズマリーは、冷静に、どこか相手を値踏みするような、余裕のある声で応じた。
輸送船の後部ハッチが、ギィィ…という鈍い音を立てて開かれ、中から、無骨なコンテナが、ゆっくりと宇宙空間へと放出された。
「回収完了いたしました。航路確認。目的地は、ライト小惑星群の、第3貿易港、コスモコロニー「セレスティア」ですわね」
ローズマリーが、ナビゲーションシステムをセットし、スラスターを吹かそうとした、その瞬間。
背筋に、冷たい氷柱を差し込まれたような感覚が走った。
「……! ローズマリー……!」
私は悲鳴に近い声を上げた。
「何か……来る……! 数が、すごく多い……! それに……、すごく、嫌な……汚い感じがする……!」
フォワードが、迫りくる明確な悪意と危険を察知した。
それは、視覚や聴覚を超えた、魂の感覚。
腐臭を放つ、粘つくような悪意が、私の精神に、まるで油汚れのようにまとわりついてくる。
肌が、総毛立つのが分かった。
怖い、怖い、怖い!
次の瞬間、空間が歪み、多数の機影が現れた。
醜悪な改造を施された海賊船。
ハイエナの群れ。
『ヒャッハァァァ!見つけたぜぇ!『ブラッディ・ローズ』!いや、今は、ただの『手負いの薔薇』かァ!?』
リーダー格と思われるドクロのペイントが施された機体から、通信機を通して、下品で、粘つくような笑い声が響き渡る。
『あんたが、あの『白銀の流星』とかいう、賞金稼ぎに、コテンパンにやられたって噂を聞いてな!こりゃあ、千載一遇のチャンスだと思って、馳せ参じたってわけよ!』
『さあ、大人しく、そのコンテナと、お前の美しい機体、そして、お前のその色っぽい首を、俺たちに差し出しな!そうすりゃあ、少しは、楽しませてやってもいいぜぇ?ヒャハハハ!』
その数は、目視できるだけでも、一個中隊、いや、一個艦隊規模に匹敵する。
絶望的な戦力差。
「あらあら。可愛い俗物様ですこと」
ローズマリーの声が低くなった。
怒ってる?
ううん、楽しんでる!?
『ローズマリーさん! ミューさん! マスターに救援を要請しますか!?』
ナビィの緊迫した声。
ベレットを呼ぶ?
そうすれば助かるかもしれない。
でも……。
「いいえ!」
私は震える声できっぱりと答えた。
怖い。
膝が笑ってる。
でも、やらなきゃ!
「必要ないわ! これは……! これは、私たちの仕事よ! ベレットに、頼ってばかりじゃいられない!」
「ふふふ。その通りですわ、ナビィさん」
ローズマリーも笑った。
その笑みが、私の背中を押す。
「ベレット様に、これ以上、ご心配をおかけするわけにはいきませんもの。それに、ふふふ。これは、わたくしたち二人の力を示す、絶好の『舞台』ですわねぇ」
仮面女の声には、絶望的な状況を楽しむかのような、倒錯的な響きがあった。
「ミュー! 行きますわよ! わたくしに合わせて!」
「……! ええ! 分かったわ、ローズマリー!」
二人のフォワードが共鳴する。
ローズマリーの燃えるような意志と、私の鋭敏な感覚が混ざり合う。
これは……力が溢れてくる!
混じり合ったフォワードは、美しいオーラとなって機体を包み込んだ。
コックピット内の計器類が一斉に紅く輝き、機体のアクチュエーターが、唸りを上げる。
――紅蓮と銀、試練の協奏曲、開幕。
ローズマリーは悪魔的な技術で機体を舞わせる。
二丁のビームピストルが火を噴き、次々と敵を貫く。
ビームが装甲を溶融させ、内部の構造体を焼き切る、甲高い炸裂音が響き渡る。
ドゴォン!ドゴォン!
爆炎が、闇夜に紅い花を咲かせる。
破片が飛び散り、後続の機体をかすめる。
私は必死に意識を集中させた。
敵の軌道、死角からの奇襲、パイロットの心理。
全てを読み解き、光の連鎖としてローズマリーへ送る。
「右上方! 3機! ミサイルを撃ちながら降下してくる!」
「承知!」
「左後方! デブリの影に回り込んでる!」
「お見通しですわ!」
背中を預け合い、完璧な連携を見せる私たち。
いがみ合っていたはずなのに、今は誰よりも頼もしい。
「さあさあ、わたくしたちの『協力』の成果、とくとご賞味くださいまし」
ローズマリーが加速する。 ミサイルの弾幕を紙一重で抜け、敵の懐へ飛び込む。
「ミュー! もう少しですわ! 頑張ってくださいまし!」
「……うん! わかってるわ! ローズマリー! 敵、右舷に集中! 回避は無理よ!」
「ふふふ。お可愛いこと!」
ローズマリーは私の警告を信じ、あえて弾幕の中へ突っ込んだ。
そして、フォワードが示した一瞬の「穴」を潜り抜ける。
ドォォォン!!
爆炎の閃光が、ハイエナたちの視界を奪った、その時。
クリムゾン・ローゼスの二丁のビームピストルが、火を噴いた。
紅蓮の閃光が、混乱した海賊の艦隊を撃ち抜いていく。
『ちくしょう!レーダーでとらえきれねえ!なんだ、あの化け物は!?』
『くそっ、当たらねえ!こっちは新型のミサイルだぞ!』
『てめえら何してやがる!敵は、たった一機だぞ!』
次々と、海賊船が、内部から爆発し、廃墟の宙域に、醜い残骸を撒き散らしていく。
「さあ、フィナーレと行きますわよ!」
「うん!」
私は、目を閉じ、自らのフォワードのすべてを、祈りへと変えた。
胸元の「星影の涙」のペンダントが、白銀の光を放ち、ローズマリーのフォワードと共鳴する。
自滅した敵の爆炎を背に、私たちは反撃に転じた。
私の祈りが、敵の防御フィールドの「コア」の位置と「遅延」を暴く。
グワァァン!
超高速で移動するクリムゾン・ローゼスが装甲を掠め、機体の右肩に内蔵されていた高出力レーザーサーベルを、予知された「遅延」の瞬間、コアの真上へと、正確に、深く突き立てた。
防御フィールドの発生源であるコアが、その強烈な熱とエネルギーによって、内部から崩壊を始める。
「これにて、ごめんあそばせ。俗物様!」
ローズマリーは、機体を急反転させ、神速で離脱。
直後、海賊船は、内部で発生した制御不能のエネルギーの奔流によって、巨大な火球と化し、轟音と共に、宙域に紅い終焉の光を放った。
宇宙海賊たちは、予想だにしなかった、圧倒的な反撃に、完全に度肝を抜かれていた。
彼らの通信チャンネルには、ただ恐怖と混乱の叫び声だけが満ちていた。
『ば、馬鹿な!?たった一機に、俺たちの艦隊が、こうも簡単に…!?』
『は、話が違うじゃねぇか!あの女、本当に手負いなのかよ!?』
『ひぃぃぃっ!逃げろぉぉぉっ!あの紅い悪魔から、逃げるんだァァァ!』
ハイエナたちは恐怖に駆られ、蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。
「ふぅ。どうやら、お掃除は終わったようですわね」
「ええ! やったわ! 私たち!」
私たちは満面の笑顔を浮かべた。
私の力が、誰かを守るために役立った。
その事実が、心を温かい喜びで満たしていた。
私、ベレットの役に立てた……!
「ふふふ、なかなかやるではありませんか、ミュー」
「なっ……! と、当然よ! あなたこそ、意外と頼りになるじゃない!」
◇
その後、クリムゾン・ローゼスは、回収した希望のコンテナを、無事にライト小惑星群の第三貿易港、コスモコロニー「セレスティア」へと届けた。
そこで待っていたのは、病と飢えで痩せこけた、希望を失いかけた多くの人々。
彼らの顔には深い疲労と絶望の色が刻まれ、その瞳には生気があまり感じられなかった。
でも、コロニー「セレスティア」の人々は、私たちを救世主のように迎えてくれた。
「ありがとう…!本当に、ありがとう…!」
「本当に、来てくれたのね!」
「あなたたちのおかげで、子供たちが、助かります…!」
私は、一人の幼い少女から、お礼にと、拙い手つきで作られた、星屑の砂を詰めた小さなガラス瓶を渡された。
少女の目は純粋な輝きで、その笑顔は心を強く揺さぶった。
「お姉ちゃん、ありがとう!これ、あげる!」
そのあまりにも純粋な笑顔と、手のひらに伝わるガラスの冷たさと温かさに、私の胸は、今まで感じたことのない、熱い感情で満たされた。
それは、誰かを守ることの喜び、そして自分の存在が誰かの希望となることの感動だった。
自分の力が、人を傷つけるためだけのものではない。
こうして、誰かの笑顔を守ることもできるのだ、と。
私……この力を持っていて、よかったのかもしれない。
初めて、星詠の巫女として生まれた自らの宿命を、心から肯定できた気がした。
「良かったですわね、ミュー」
ローズマリーが優しく見守ってくれている。
任務完了。
私たちは確かな達成感を胸に帰還した。
◇
激戦の興奮と安堵が入り混じる中、スターダスト・レクイエム号へと帰還した私は、ブリッジで待っていたベレットの元へと、一直線に駆け寄った。
「ベレットーッ! 聞いた!? 私たち、やったのよ! たくさんの海賊をやっつけて! ちゃんと、お仕事、やり遂げたんだから! ね! 褒めて! 褒めてよぉ!」
私は喜びのあまり、ベレットの胸に飛びついた。
彼の匂い、温もり。
安心感が全身を包む。
ああ、やっぱりここが一番落ち着く。
「お、おお、そうか、ミュー。そりゃあ、大したもんだ。よくやったな。偉い、偉い」
ベレットが優しく頭を撫でてくれる。
ゴツゴツした手のひらの感触。
嬉しい。
すごく嬉しい。
銀河で一番幸せ!
でも……。
「うっ……!?」
急に、視界が歪んだ。
常識外れの機動、激しいG、フォワードの酷使。
アドレナリンが切れて、限界を超えていた身体が、今さら悲鳴を上げた。
胃の腑から、熱いものがせり上がってくる。
ま、待って!
今じゃない!
今は感動のシーンなのに!
「おぇ……ぇぇぇぇぇ……」
「なっ……!? ……お、おい、ミュー!?」
あ、あああ……! ベレットのシャツが……!
「ご、ごめんなさ……い、ベレット……。き、きもちわるく……て……、うぅ……ぐすっ……」
涙が止まらない。
せっかくカッコいいところを見せたかったのに……。
最後になんでこうなるのよぉ……!
「あらあら、ミューったら。激しい戦いの後ですものね。まだまだ、お子様ですわねぇ。ふふふっ」
後ろでローズマリーが笑ってる!
悔しい!
言い返したい!
でも気持ち悪い……。
「おぇぇぇぇぇ……」
「おい! やめろ! ミュー!」
ごめんね、ベレット。
でも、私、頑張ったんだよ……。
本当に、頑張ったんだからぁ……。
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