銀河をカケル逃避行 ~5億の借金持ち宇宙海賊、うっかり禁忌を破り愛で詰む~

山本条太郎

文字の大きさ
59 / 67

第54話 目覚めた令嬢、仮面の淑女の震え

しおりを挟む
スターダスト・レクイエム号の医務室。 

そこは、鉄と油の匂いが染みついたこの薄汚れた船の中で唯一、清潔で無機質な空間だ。 

鼻をつく消毒液の匂い。 

その静寂の中心、白いシーツの上に横たわる少女は、まるで壊れかけた硝子細工のように儚く、青白かった。

ひとつで砕けてしまいそうなその姿を見ていると、自分の手がひどく汚れた、無骨な凶器のように思えてくる。

ナビィが、感情のない精密機械のような動きで処置を続けている。 

迷いなく点滴のルートを確保し、各種センサーを少女の細い腕に装着していく。 

その琥珀色の瞳は、少女の顔色ではなく、モニターに表示されるデジタルの数値だけを冷徹に分析していた。 

相変わらず、いい仕事をしやがる。

俺とローズマリーは、部屋の隅で息を潜めていた。 

重苦しい沈黙が、鉛のようにのしかかる。

「……」

ローズマリーは、祈るように指を組んだまま、微動だにしない。 

仮面の下の表情は見えないが、その張り詰めた空気だけで、コイツがどれだけ動揺しているかが痛いほど伝わってくる。 

「バイタル、安定しました」

ナビィの声が、静寂を切り裂いた。

「軽い低栄養状態と衰弱が見られますが、生命を脅かす危険な状態ではありません。処置は成功です」 

「そうか……」

とりあえず、最悪の事態は免れたってわけだ。 

俺の船で死なれたら、寝覚めが悪いなんてもんじゃないからな。

「意識の回復には、もう少し時間がかかると思われます。おそらく数時間から半日。安静が必要です」

ナビィの報告を聞き、俺たちは長い待ち時間に入った。

          ◇

数時間が過ぎた。 

俺は窓の外、漆黒の宇宙に瞬く星々を背にして立っていた。 

煙草を吸いたい衝動に駆られるが、ここは医務室だ。

我慢するしかねえ。 

イライラを紛らわせるように、ポケットの中のコインを指で弾く。

ふと、ベッドの方から衣擦れの音がした。 

見ると、少女の長い睫毛が微かに震えている。

「……ぅ……」

ゆっくりと開かれる、深い湖のようなサファイアブルーの瞳。 

その瞳は、焦点が定まらず、恐怖と混乱に激しく揺れていた。

「……こ、こは……?」 

「……! 気がついたか。大丈夫か?」

俺は反射的にベッドの傍らに駆け寄った。 

できる限り声を低く抑え、優しく問いかける。 

つもりだったんだが……。

「……ひっ……!」

少女は俺の顔を見た瞬間、怯えた小動物のように身を縮こまらせた。 

「……あ、なたは……だれ……?」 

「俺はベレット・クレイ。しがない運び屋だ」

俺は努めて口角を上げ、ニヤリと笑ってみせた。 

安心させようとしたが、少女は逆に恐怖で震え上がり、シーツを頭まで被りそうになった。 

……チッ。

俺の人相が悪いのは生まれつきだ。

悪かったな。

俺は自分の不器用さに舌打ちしたくなるのを堪え、言葉を継ぐ。

「あんたの船が、この危険宙域で遭難しているのを偶然見つけて助けたんだ。ここは俺の船の医務室だ。安心しろ、もう大丈夫だ」 

「……」

少女は俺から視線を外し、助けを求めるように周囲を見渡した。

そして、俺の隣に立つローズマリーの姿を認めると、その強張った表情がほんの少しだけ和らいだ。 

やっぱり、野郎より女の方が安心するか。

……面白くねえが、今はそれでいい。

俺はバツが悪そうに顎を擦り、本題を切り出した。

「目が覚めたところで悪いんだが、救助規則のために名前を確認させてくれ。あんた、名前は?」

少女の青い瞳が一瞬、深い後悔に揺らめく。 

そして、震える唇を開いた。

「……わ、私は……ララティーナ……。ララティーナ・ルビントン……」

その名が告げられた瞬間、俺の背筋に冷たい電流が走った。

「ルビントン……!? やっぱり、あんたがあの惑星企業連合の……!?」

ララティーナは、怯えながらも静かに頷いた。

「ええ。私は……ルビントン家の……人間です……」

1億クレジットの賞金首(捜索対象)が、今、俺の目の前にいる。 

これで金は手に入る。

借金も返せる。

だが、俺の「危険感知アラート」は、かつてないほどけたたましく鳴り響いていた。

「どうして、お前みてえなお嬢様がこんな危険な宙域にいたんだ!? それに、あの船の損傷はどう見てもただの事故じゃねえ! 一体、何があったんだ!?」

俺の問い詰め口調に、ララティーナは再び瞳を潤ませた。

「わ、私は……お姉様を探しに、家を飛び出して……。でも、途中で怖い人たち……宇宙海賊に襲われて……」 

「宇宙海賊だと……?」

俺は即座に考えを巡らせた。 

ルビントン家の船クラスを狙える海賊なんざ、そうはいねえ。 

それこそネームド級。

それに、あの船の傷跡。

あれは単なる「略奪」のための攻撃じゃなかった。 

急所を的確に狙い、簡単には沈めず、「まき餌」をつくるための傷跡だ。 

まさにプロの仕事だ。

「それで、その姉さんの名前は、何て言うんだ?」

俺は一歩踏み込み、彼女の瞳を射抜いた。 

ララティーナは、ローズマリーの仮面を見つめながら、絞り出すようにその名を告げた。

「ルーナ。私の、たった一人のお姉様。……ルーナ・ルビントン」

「……!」

時が止まった気がした。 

ルーナ・ルビントン。 

惑星企業連合の若き幹部にして、冷徹な「アヴァロンの魔女」。 

銀河の裏社会を牛耳る女帝。

「姉貴が……ルーナだと……?」

俺は言葉を失った。 

そして、隣で息を呑む気配がした。 

見ると、ローズマリーの身体が、痛々しいほどに震えていた。 

仮面越しでも分かる。

1億クレジット……。

安すぎるぜ、この代償は。

俺は天井を仰ぎ、吐き出せない紫煙の代わりに、重い溜息を吐き出した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~

ハムえっぐ
ファンタジー
かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。 王国の第一王女ローゼマリーは、5歳の誕生日の夜、幸せな時間のさなかに王宮を襲撃され、目の前で両親である国王夫妻を「漆黒の剣を持つ謎の黒髪の女」に殺害される。母が最後の力で放った転移魔法と「魔女ディルを頼れ」という遺言によりローゼマリーは辛くも死地を脱した。 15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。 国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。 これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。  

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

ブラック国家を制裁する方法は、性癖全開のハーレムを作ることでした。

タカハシヨウ
ファンタジー
ヴァン・スナキアはたった一人で世界を圧倒できる強さを誇り、母国ウィルクトリアを守る使命を背負っていた。 しかし国民たちはヴァンの威を借りて他国から財産を搾取し、その金でろくに働かずに暮らしている害悪ばかり。さらにはその歪んだ体制を維持するためにヴァンの魔力を受け継ぐ後継を求め、ヴァンに一夫多妻制まで用意する始末。 ヴァンは国を叩き直すため、あえてヴァンとは子どもを作れない異種族とばかり八人と結婚した。もし後継が生まれなければウィルクトリアは世界中から報復を受けて滅亡するだろう。生き残りたければ心を入れ替えてまともな国になるしかない。 激しく抵抗する国民を圧倒的な力でギャフンと言わせながら、ヴァンは愛する妻たちと甘々イチャイチャ暮らしていく。

【完結】スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜

かの
ファンタジー
 世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。  スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。  偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。  スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!  冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!

ギャルい女神と超絶チート同盟〜女神に贔屓されまくった結果、主人公クラスなチート持ち達の同盟リーダーとなってしまったんだが〜

平明神
ファンタジー
 ユーゴ・タカトー。  それは、女神の「推し」になった男。  見た目ギャルな女神ユーラウリアの色仕掛けに負け、何度も異世界を救ってきた彼に新たに下った女神のお願いは、転生や転移した者達を探すこと。  彼が出会っていく者たちは、アニメやラノベの主人公を張れるほど強くて魅力的。だけど、みんなチート的な能力や武器を持つ濃いキャラで、なかなか一筋縄ではいかない者ばかり。  彼らと仲間になって同盟を組んだユーゴは、やがて彼らと共に様々な異世界を巻き込む大きな事件に関わっていく。  その過程で、彼はリーダーシップを発揮し、新たな力を開花させていくのだった!  女神から貰ったバラエティー豊かなチート能力とチートアイテムを駆使するユーゴは、どこへ行ってもみんなの度肝を抜きまくる!  さらに、彼にはもともと特殊な能力があるようで……?  英雄、聖女、魔王、人魚、侍、巫女、お嬢様、変身ヒーロー、巨大ロボット、歌姫、メイド、追放、ざまあ───  なんでもありの異世界アベンジャーズ!  女神の使徒と異世界チートな英雄たちとの絆が紡ぐ、運命の物語、ここに開幕! ※不定期更新。 ※感想やお気に入り登録をして頂けますと、作者のモチベーションがあがり、エタることなくもっと面白い話が作れます。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

落ちこぼれの貴族、現地の人達を味方に付けて頑張ります!

ユーリ
ファンタジー
気がつくと、見知らぬ部屋のベッドの上で、状況が理解できず混乱していた僕は、鏡の前に立って、あることを思い出した。 ここはリュカとして生きてきた異世界で、僕は“落ちこぼれ貴族の息子”だった。しかも最悪なことに、さっき行われた絶対失敗出来ない召喚の儀で、僕だけが失敗した。 そのせいで、貴族としての評価は確実に地に落ちる。けれど、両親は超が付くほど過保護だから、家から追い出される心配は……たぶん無い。 問題は一つ。 兄様との関係が、どうしようもなく悪い。 僕は両親に甘やかされ、勉強もサボり放題。その積み重ねのせいで、兄様との距離は遠く、話しかけるだけで気まずい空気に。 このまま兄様が家督を継いだら、屋敷から追い出されるかもしれない! 追い出されないように兄様との関係を改善し、いざ追い出されても生きていけるように勉強して強くなる!……のはずが、勉強をサボっていたせいで、一般常識すら分からないところからのスタートだった。 それでも、兄様との距離を縮めようと努力しているのに、なかなか縮まらない! むしろ避けられてる気さえする!! それでもめげずに、今日も兄様との関係修復、頑張ります! 5/9から小説になろうでも掲載中

クラス転移したら種族が変化してたけどとりあえず生きる

アルカス
ファンタジー
16歳になったばかりの高校2年の主人公。 でも、主人公は昔から体が弱くなかなか学校に通えなかった。 でも学校には、行っても俺に声をかけてくれる親友はいた。 その日も体の調子が良くなり、親友と久しぶりの学校に行きHRが終わり先生が出ていったとき、クラスが眩しい光に包まれた。 そして僕は一人、違う場所に飛ばされいた。

処理中です...