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第79話 地獄の狩りの始まり。コンドル艦隊、スペクトラム宙域へ進路を取れ
【視点:コンドル王国軍スタイラス大佐】
「……何度見ても、信じられんな」
俺は、額にじっとりと滲んだ冷や汗を拭うことも忘れ、乾いた声で呟いた。
無精髭の生えた顎が、自分でも嫌になるくらい微かに震えている。
コンドル王国軍、第760宇宙艦隊旗艦『イルムシャ』のブリッジ。
青白いコンソールの光が、無数のオペレーターたちの緊張で歪んだ顔を照らしている。
だが、俺の視線は、ブリッジの中央に鎮座する半球状の巨大なメインモニターから動かせなかった。
深宇宙の漆黒の闇を背景に、そいつは流星のように不規則な軌道を描いていた。
我が軍の最新鋭戦闘機ファスター部隊を、まるで子供の玩具のようにあしらい、次々と撃ち落としていく『白銀の機体』。
幾重にもオーバーレイ表示されたその残像は、あまりにも速く、あまりにも正確で……常識的な物理法則を嘲笑っているかのようだった。
「大佐! 映像解析、及びデータ照合の結果が出ました!」
オペレーター席の一角から、チーフ・アナリストのカデット少尉が声を絞り出した。
張り詰めた糸のように、その声は恐怖で震えている。
「……言ってみろ、カデット」
俺は司令席の背もたれに深く体を沈め、努めて重々しい声を装った。
部下の前で、指揮官が怯えるわけにはいかない。
カデット少尉は立ち上がり、手元のパッドから膨大な量のデータをメインモニターへと転送した。
「ファスターが遭遇したあの白銀の機体。その運動性能、エネルギー出力パターンは……先日、我が国の戦略物資輸送艦隊を襲撃し、輸送船三隻を跡形もなく溶解させ、『積み荷』を強奪したとされる所属不明機体の残存エネルギーデータと、極めて高い類似性を示しております! その数値、理論上の誤差範囲を除き……90.7パーセント!」
ブリッジの空気が凍りつき、小さなどよめきが走った。
「90.7……だと?」
俺は初めてモニターから視線を外し、カデットの青白い顔を見据えた。
輸送艦隊の被害は甚大だった。戦略物資である『積み荷』の喪失もさることながら、問題はあの圧倒的な破壊力だ。
当時の報告では、敵機影はたった一機。
その一機が、重装甲輸送艦三隻を瞬時に溶解させ、護衛艦隊を完全に無力化した。
既存の兵器体系では絶対に不可能な芸当だ。
背後には、俺が過去数十年にわたり銀河を転戦して手に入れた勲章の数々が飾られている。
だが、眼前の未知の脅威の前では、そんな栄光もただのガラクタに思えた。
「カデット。続けてみろ。その『白銀の機体』の正体について、他に何か判明したことはあるか?」
「はっ。それが……」
カデットは唾を飲み込み、絶望的な報告を口にした。
「我が軍のデータベース、惑星企業連合の公開データ、反体制派の非合法データ……全てを照合しましたが、該当するものは一切存在しません! あの機体の装甲、フレーム強度、推進系の反応速度は、現在のコンドル王国の技術レベルを最低でも三世代は飛び越えています! 特にあの機動……既存の慣性制御技術では不可能な、重力制御を用いている可能性が極めて高いかと……!」
カデットは最後に、震える声で結論付けた。
「あの機体は、我々が認識している銀河の軍事バランスの『外』に存在します」
重い沈黙が降り注ぐ。
だが、俺の胸の奥で、恐怖とは別の、黒く濁った感情が鎌首をもたげた。
功名心だ。
……あの化物機体が『積み荷』を奪った犯人なら。
こいつを仕留めれば、俺の出世は確実だ。
俺は低い声で沈黙を破った。
「輸送艦隊を壊滅させ、『積み荷』を奪った戦闘能力はありそうだな。……よし、回線を開け!」
俺は司令席のコンソールを力強く叩いた。
「最優先秘匿回線! 相手は、アルベルト・フォン・コンドル王子殿下だ!」
ブリッジの空気が、先ほどとは違う種類の「恐怖」で満たされる。
通信の相手は、コンドル王国の狂える若き狼。
機嫌を損ねれば、文字通り首が飛ぶ相手だ。
数秒の電子音の後、メインモニターの半分が、漆黒の背景に黄金の装飾が施された、豪奢にして陰鬱な玉座の間へと切り替わった。
『……何用だ、スタイラス大佐』
玉座には、長身の若き王子、アルベルトが退屈そうに頬杖をついていた。
傍らには、漆黒の衣装を纏った側近ゼノが影のように控えている。
王子の美しい碧眼は焦点が定まっておらず、世界への興味を失ったかのような倦怠感を滲ませていた。
『私の大切な時間を邪魔するとは、余程の報告なのだろうな。くだらない内容であれば、貴様の艦隊ごと恒星に突っ込ませるぞ』
蜂蜜のように甘く、しかし奥底に氷のような冷酷さと狂気を潜ませた声。
俺はゴクリと唾を飲み込み、司令席から立ち上がった。
「はっ! 王子殿下! 重要な報告であります!」
俺は背筋を伸ばし、最大の敬意と少しの恐怖を声に滲ませて報告を開始した。
「殿下の御命令に従い、コスモノイド解放戦線に対し陽動作戦を展開! 現在、奴らの主力部隊が潜む『スペクトラム宙域』に威力偵察を仕掛け、秘密基地を発見いたしました!」
『……ふん。反乱分子など、いつでも潰せる塵芥だ。そのような報告のために私を呼び出したのか? やはり貴様は無能だな』
アルベルトの唇の端が微かに吊り上がる。
殺意のサインだ。
俺は慌てて声を張り上げた。
「そ、その威力偵察において! 例の所属不明の高性能スペースロボットを発見いたしました! 解析班の分析により、この機体こそ、先の輸送艦隊を襲撃し、『積み荷』を強奪した反逆者のものである可能性が極めて濃厚であると判明いたしました!」
『積み荷を奪った機体』。
そのフレーズが出た瞬間、玉座の間の空気が一変した。
アルベルト王子のぼんやりとしていた碧眼がカッと見開かれ、瞳孔が肉食獣のように収縮する。
頬杖をついていた右手が、肘掛けをミシリと音を立てて掴んだ。
その顔に、今まで見たこともない、恍惚とした狂的な笑みがゆっくりと広がっていく。
『フッ……フフフ……、フハハハハハッ!!』
甲高い、背筋を凍らせるような狂気の哄笑が響き渡る。
それは俺の鼓膜を突き破り、ブリッジ全体を恐怖の渦に巻き込んだ。
『ようやく見つけたか、スタイラス! でかしたぞ! 実に良い知らせだ!』
王子の声は歓喜に打ち震えていた。
『反逆者どもめ! この私から『積み荷』を奪い、あまつさえ私の領域を嗅ぎ回るとは! 身の程を知らぬ愚かな虫けらどもよ!』
アルベルトが玉座から音もなく立ち上がる。
もはや人間とは思えぬ禍々しいオーラが放たれ、モニター越しに俺の肌を刺した。
『スタイラス! 貴様に命令を下す!』
絶対的な支配者の響き。
俺は硬直したまま返事を待った。
『いいか、奴らを決して殺すな。だが、徹底的に痛めつけろ。嬲り、辱め、恐怖を与え続けろ。そして奴らの心を絶望で染め上げながら、ゆっくりと私の元まで追い立てるのだ!』
アルベルトは優雅な手つきで指差した。
『このコンドル王立研究所に! この最高の『舞台』こそが、奴らに相応しい処刑場となるのだからな!』
サディスティックな喜びに満ちた、醜悪な命令。
王子の目には、血に飢えた狂気が炎のように燃え盛っていた。
『ゼノ! 我が愛機、エンペラー・オブ・コンドルの準備は万端であろうな!』
『はっ。いつでも出撃可能です』
王室親衛隊長ゼノの感情のない声が響く。
『よろしい! さあ、始めようではないか! この私に逆らう愚かな虫けらどもを、地獄の底へと誘う粛清の宴を!』
通信が一方的に切断され、ブリッジに静寂が戻った。
俺は震える足で司令席に座り込んだ。
全身が冷や汗で濡れている。
「……大佐」
カデット少尉が心配そうに声をかけてくる。
「……聞いただろう、カデット」
俺は乾いた声で答えた。
「我々は、王子殿下の『舞台』を整えるための……ただの道化だ」
俺はゆっくりと顔を上げ、メインモニターの黒い宙域を見つめた。
そこにわずかに残る、白銀の残像。
あの化物機体と、狂気の王子。
その間で踊らされる俺たち。
「……全艦隊に告ぐ! 進路、スペクトラム宙域!」
俺はマイクを握り締め、ブリッジ中に響き渡る声で怒鳴った。
恐怖を、狂気を、自らの声で上書きするために。
「王子殿下の御命令だ! 奴らを殺すな。だが、徹底的に痛めつけろ! この第760艦隊の威信にかけて、奴らを一匹たりとも逃がすな!」
俺の絶望の号令のもと、コンドル王国軍・第760宇宙艦隊は、狂王の手駒として血に飢えた獲物を追い立てるべく、深い宇宙の闇へと巨体を進ませた。
「……何度見ても、信じられんな」
俺は、額にじっとりと滲んだ冷や汗を拭うことも忘れ、乾いた声で呟いた。
無精髭の生えた顎が、自分でも嫌になるくらい微かに震えている。
コンドル王国軍、第760宇宙艦隊旗艦『イルムシャ』のブリッジ。
青白いコンソールの光が、無数のオペレーターたちの緊張で歪んだ顔を照らしている。
だが、俺の視線は、ブリッジの中央に鎮座する半球状の巨大なメインモニターから動かせなかった。
深宇宙の漆黒の闇を背景に、そいつは流星のように不規則な軌道を描いていた。
我が軍の最新鋭戦闘機ファスター部隊を、まるで子供の玩具のようにあしらい、次々と撃ち落としていく『白銀の機体』。
幾重にもオーバーレイ表示されたその残像は、あまりにも速く、あまりにも正確で……常識的な物理法則を嘲笑っているかのようだった。
「大佐! 映像解析、及びデータ照合の結果が出ました!」
オペレーター席の一角から、チーフ・アナリストのカデット少尉が声を絞り出した。
張り詰めた糸のように、その声は恐怖で震えている。
「……言ってみろ、カデット」
俺は司令席の背もたれに深く体を沈め、努めて重々しい声を装った。
部下の前で、指揮官が怯えるわけにはいかない。
カデット少尉は立ち上がり、手元のパッドから膨大な量のデータをメインモニターへと転送した。
「ファスターが遭遇したあの白銀の機体。その運動性能、エネルギー出力パターンは……先日、我が国の戦略物資輸送艦隊を襲撃し、輸送船三隻を跡形もなく溶解させ、『積み荷』を強奪したとされる所属不明機体の残存エネルギーデータと、極めて高い類似性を示しております! その数値、理論上の誤差範囲を除き……90.7パーセント!」
ブリッジの空気が凍りつき、小さなどよめきが走った。
「90.7……だと?」
俺は初めてモニターから視線を外し、カデットの青白い顔を見据えた。
輸送艦隊の被害は甚大だった。戦略物資である『積み荷』の喪失もさることながら、問題はあの圧倒的な破壊力だ。
当時の報告では、敵機影はたった一機。
その一機が、重装甲輸送艦三隻を瞬時に溶解させ、護衛艦隊を完全に無力化した。
既存の兵器体系では絶対に不可能な芸当だ。
背後には、俺が過去数十年にわたり銀河を転戦して手に入れた勲章の数々が飾られている。
だが、眼前の未知の脅威の前では、そんな栄光もただのガラクタに思えた。
「カデット。続けてみろ。その『白銀の機体』の正体について、他に何か判明したことはあるか?」
「はっ。それが……」
カデットは唾を飲み込み、絶望的な報告を口にした。
「我が軍のデータベース、惑星企業連合の公開データ、反体制派の非合法データ……全てを照合しましたが、該当するものは一切存在しません! あの機体の装甲、フレーム強度、推進系の反応速度は、現在のコンドル王国の技術レベルを最低でも三世代は飛び越えています! 特にあの機動……既存の慣性制御技術では不可能な、重力制御を用いている可能性が極めて高いかと……!」
カデットは最後に、震える声で結論付けた。
「あの機体は、我々が認識している銀河の軍事バランスの『外』に存在します」
重い沈黙が降り注ぐ。
だが、俺の胸の奥で、恐怖とは別の、黒く濁った感情が鎌首をもたげた。
功名心だ。
……あの化物機体が『積み荷』を奪った犯人なら。
こいつを仕留めれば、俺の出世は確実だ。
俺は低い声で沈黙を破った。
「輸送艦隊を壊滅させ、『積み荷』を奪った戦闘能力はありそうだな。……よし、回線を開け!」
俺は司令席のコンソールを力強く叩いた。
「最優先秘匿回線! 相手は、アルベルト・フォン・コンドル王子殿下だ!」
ブリッジの空気が、先ほどとは違う種類の「恐怖」で満たされる。
通信の相手は、コンドル王国の狂える若き狼。
機嫌を損ねれば、文字通り首が飛ぶ相手だ。
数秒の電子音の後、メインモニターの半分が、漆黒の背景に黄金の装飾が施された、豪奢にして陰鬱な玉座の間へと切り替わった。
『……何用だ、スタイラス大佐』
玉座には、長身の若き王子、アルベルトが退屈そうに頬杖をついていた。
傍らには、漆黒の衣装を纏った側近ゼノが影のように控えている。
王子の美しい碧眼は焦点が定まっておらず、世界への興味を失ったかのような倦怠感を滲ませていた。
『私の大切な時間を邪魔するとは、余程の報告なのだろうな。くだらない内容であれば、貴様の艦隊ごと恒星に突っ込ませるぞ』
蜂蜜のように甘く、しかし奥底に氷のような冷酷さと狂気を潜ませた声。
俺はゴクリと唾を飲み込み、司令席から立ち上がった。
「はっ! 王子殿下! 重要な報告であります!」
俺は背筋を伸ばし、最大の敬意と少しの恐怖を声に滲ませて報告を開始した。
「殿下の御命令に従い、コスモノイド解放戦線に対し陽動作戦を展開! 現在、奴らの主力部隊が潜む『スペクトラム宙域』に威力偵察を仕掛け、秘密基地を発見いたしました!」
『……ふん。反乱分子など、いつでも潰せる塵芥だ。そのような報告のために私を呼び出したのか? やはり貴様は無能だな』
アルベルトの唇の端が微かに吊り上がる。
殺意のサインだ。
俺は慌てて声を張り上げた。
「そ、その威力偵察において! 例の所属不明の高性能スペースロボットを発見いたしました! 解析班の分析により、この機体こそ、先の輸送艦隊を襲撃し、『積み荷』を強奪した反逆者のものである可能性が極めて濃厚であると判明いたしました!」
『積み荷を奪った機体』。
そのフレーズが出た瞬間、玉座の間の空気が一変した。
アルベルト王子のぼんやりとしていた碧眼がカッと見開かれ、瞳孔が肉食獣のように収縮する。
頬杖をついていた右手が、肘掛けをミシリと音を立てて掴んだ。
その顔に、今まで見たこともない、恍惚とした狂的な笑みがゆっくりと広がっていく。
『フッ……フフフ……、フハハハハハッ!!』
甲高い、背筋を凍らせるような狂気の哄笑が響き渡る。
それは俺の鼓膜を突き破り、ブリッジ全体を恐怖の渦に巻き込んだ。
『ようやく見つけたか、スタイラス! でかしたぞ! 実に良い知らせだ!』
王子の声は歓喜に打ち震えていた。
『反逆者どもめ! この私から『積み荷』を奪い、あまつさえ私の領域を嗅ぎ回るとは! 身の程を知らぬ愚かな虫けらどもよ!』
アルベルトが玉座から音もなく立ち上がる。
もはや人間とは思えぬ禍々しいオーラが放たれ、モニター越しに俺の肌を刺した。
『スタイラス! 貴様に命令を下す!』
絶対的な支配者の響き。
俺は硬直したまま返事を待った。
『いいか、奴らを決して殺すな。だが、徹底的に痛めつけろ。嬲り、辱め、恐怖を与え続けろ。そして奴らの心を絶望で染め上げながら、ゆっくりと私の元まで追い立てるのだ!』
アルベルトは優雅な手つきで指差した。
『このコンドル王立研究所に! この最高の『舞台』こそが、奴らに相応しい処刑場となるのだからな!』
サディスティックな喜びに満ちた、醜悪な命令。
王子の目には、血に飢えた狂気が炎のように燃え盛っていた。
『ゼノ! 我が愛機、エンペラー・オブ・コンドルの準備は万端であろうな!』
『はっ。いつでも出撃可能です』
王室親衛隊長ゼノの感情のない声が響く。
『よろしい! さあ、始めようではないか! この私に逆らう愚かな虫けらどもを、地獄の底へと誘う粛清の宴を!』
通信が一方的に切断され、ブリッジに静寂が戻った。
俺は震える足で司令席に座り込んだ。
全身が冷や汗で濡れている。
「……大佐」
カデット少尉が心配そうに声をかけてくる。
「……聞いただろう、カデット」
俺は乾いた声で答えた。
「我々は、王子殿下の『舞台』を整えるための……ただの道化だ」
俺はゆっくりと顔を上げ、メインモニターの黒い宙域を見つめた。
そこにわずかに残る、白銀の残像。
あの化物機体と、狂気の王子。
その間で踊らされる俺たち。
「……全艦隊に告ぐ! 進路、スペクトラム宙域!」
俺はマイクを握り締め、ブリッジ中に響き渡る声で怒鳴った。
恐怖を、狂気を、自らの声で上書きするために。
「王子殿下の御命令だ! 奴らを殺すな。だが、徹底的に痛めつけろ! この第760艦隊の威信にかけて、奴らを一匹たりとも逃がすな!」
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