水精姫の選択

六道イオリ/剣崎月

文字の大きさ
19 / 25

19

しおりを挟む
「ヴォルフラム。天族がどこにいるかわかりますか」
「わからないな」
 天族が厄介なのは移動能力に長けていることが挙げられる。
 大きな白い翼で空を自由に飛ぶ。雨は苦手なため、雨が降っている地域には現れないと言われている。ジークベルトたちは現れない地域ではなく、現れる地域を捜す必要があった。
 捜さずに待っていても遭遇することはできる。彼らの目的が人間の殲滅である以上、魔人を倒す必要があるのだから、動かなくても最後はこの首都にやってきて王城を狙う。
「それでは、天族を保護していたフリアエとは何種でどこに生息しているのでしょうか」
 ジークベルトの問いにヴォルフラムは間髪を入れずはっきりと答えた。
「汽水魚人種でネウス川の下流に生息している」
 ネウス川流域はグリューネヴェラー公爵の領地にあり、ヴォルフラムは若いころからその近辺の開発を精力的に行っていた。
 魔人としての能力と同等ともいえるほどの統治能力を発揮していた。
「ヴォルフラム」
「はい。なんでしょうか? ジークベルト王」
「あなたに作戦を立ててもらいますよヴォルフラム。私がもっとも強い天族を殺せるように作戦を立てなさい。あなたなら出来るでしょう」

◇◇◇◇◇

 黒い瞳のツァクマキエルは、臆病風に吹かれ生まれ育ったネウス川下流へと戻ってきた。育ててくれたフリアエの顔をみたら、合流すると告げての一時離脱。
 物事を深く考える紫の瞳のセマクィエルは、そのままフリアエの傍に残ってもいいと言ってきたが、ツァクマキエルと同じくらい短慮な青い瞳のサラヒエルは、ぜったいに戻って来るよう命じるかのごとく言った。
 赤い瞳のカダキエルも含めて四人は同じようにフリアエに育てられた。誕生には二年から五十年ほどの差はあるが、人間の感覚とは違い僅かでしかない。
 青い瞳のサラヒエルは四人のなかでもっとも力が強い。
 性格は攻撃的で短慮。彼が人間を滅ぼそうと言いだしたことが始まりでもあった。
 紫の瞳のセマクィエルは青い瞳のサラヒエルとは反対に性格は冷静沈着で能力が四人のなかではもっとも弱かった。彼はサラヒエルの意見に懐疑的であったが、他の二人も同意したので同行することにした。

 ネウス川下流に戻ってきたツァクマキエルは、嗅いだことはないが危険だとわかる匂いに気付いた。
 周囲も静か過ぎた。
 彼らが居た頃はもっと動物たちが騒がしく、楽しげに暮らしていた。
「フリアエ?」
 川いるはずのフリアエの名を呼ぶが現れる気配がない。
「どこかに行ったのか」
 四人が出て行くといった際、フリアエは「おまえたちが戻って来た時には、もういないだろう」と言っていたことを思い出した。
 汽水にしか住めないフリアエがどこかへ行くことは容易ではないから「脅しだろう」とカダキエルは言ったのだが、それは脅しではなかったのだとツァクマキエルは感じた。
「フリア……エ」
 危険を告げている嗅いだことのない匂い。その元へ吸い寄せられるようにしてツァクマキエルは歩いた。
 川から少し離れた木に吊されたフリアエ。痛めつけられた体は、生きているのか死んでいるのかもわからない。
「三人に知らせ……」
 知らせに行こうとしたツァクマキエルに、なにかを語ろうとしているかのようにフリアエの腕と唇が動く。
「フリアエ」
 生きている!
 周囲の警戒をすっかりと忘れてフリアエに近付き、あと少しで手が届くところでフリアエが縦に引き裂かれ内側から人間が現れた。
「お帰り、ツァクマキエル」
「魔人」
 肩から翼まで貫かれ、そのままの勢いで引き摺られツァクマキエルは川底に縫い付けられた。
「自己紹介がまだだったな。俺の名前はヴォルフラムだ。グリューネヴェラー・ヴォルフラム」
 突き刺された箇所に激痛が走るが、早く逃げなければ危険だと顔を水面から上げたツァクマキエルの耳元でヴォルフラムが”そう”囁いた。

◇◇◇◇◇

 聞きたいことを聞きだし、命乞いをするツァクマキエルを殺し、用意しておいた穴にフリアエと共に放り込む。
 穴はあと三つあり、墓碑代わりに脇に植樹まで施されていた。
「ヴォルフラム」
 山盛りにした土を崩して穴を埋めていたヴォルフラムに声をかけたジークベルトの手には、天族ではない異形が捕らえられていた。
「こちら側から恐怖に戦いた表情で逃げてきたのを捕まえました。名はオルフというそうです」
 人間に近い顔と上半身を持ち、馬によく似た下半身を持つ半身馬族。ジークベルトの半分ほどしかない大きさのオルフは、年を経ると人間よりも体が大きくなる半身馬族のなかでは、かなり年若いことがわかる。
「名乗ったのか?」
「もちろん。私は異形の名前など聞きはしません」
 顔を腫らしているオルフは、握られている手の色が変色しているが口答えをせず、痛みをも訴えない。
「二本脚の半身馬属か。クラントルからの宣戦布告か?」
「ち、違う! 長はそんなことは望んでない」
「そうか、そうか。じゃあ、お前はたまたまここにやって来て、俺たちと遭遇したってわけか。運が悪いねえ」
「……」
「もう帰るのかな? オルフ」
 頷いたオルフを前にしてヴォルフラムはジークベルトの腕を引き無言で”離せ”と言う。ジークベルトが手を離すと、人間では追いつくのが難しいといわれる脚力でこの場から遠ざかろうとオルフは駆け出した―― つもりであったが”転んだ”
 地べたに崩れたオルフの目前に、自分の脚とは思えないが、自分の脚があった。現実を拒否しつつ脚に手を伸ばすと、右足が切り落とされていた。
 手の感触が間違っているのだと何度も触るが脚はない。
 目の前の切り落とされた脚からも、自分からも出血はなく痛みもほとんどない。逆さまに自分をのぞき込むヴォルフラムの笑顔を前にして、頭がすべてを拒否したいと痛み出す。
 だが痛みもヴォルフラムの声を遮ることはできない。

「ヴォルフラムに会った証拠を残してやったよ。この切り口でクラントルも信用するさ。お前が天族の意思に賛同するのを止めたってことを」

 オルフは立ち上がり―― 急いでこの場から遠ざからなくては ―― 切り落とされた脚を残して去っていった。
 ヴォルフラムは脚を拾って穴へと放り投げる。
「ヴォルフラム」
「なんでしょう? ジークベルト王」
「私はあなたがネウス川の河口付近に水門を作ったこと、ネウス川上流に水害防止用の堰を築いたこと、どちらも高く評価していますよ」
「ありがとうございます」
「知ってたんだな」
「まあな」
「生かしておいたのか」
「生かしておいたわけじゃない」
「じゃあなんだ?」
「敵に仕立て上げた。あいつらの自尊心ってやつをくすぐってやったら、軽く飛び立った」
「……」
「戦ってみたくなかった? 滅びし天族、空を支配していた断罪の一族と。バジリウスたちが戦った相手」
「ああ、戦ってみたかった。だから感謝しているよ、ヴォルフラム」
「お前なら喜んでくれると思っていたよ、ジークベルト」
 ヴォルフラムはツァクマキエルから聞き出すことができた重要な部分を伝え歩き出した。
「少し旅に出てくる。残りの天族は仲良く殺せよ」
「旅って、目的もない旅ですか?」
「さっき脚を切り落としたオルフが無事に半身馬族の里に帰ることができるかどうか心配だから見届けてやろうとおもってね」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】ジュリアはバツイチ人生を謳歌する

ariya
恋愛
エレン王国の名門貴族・アグリア伯爵家に嫁いだジュリア・アグリア(旧姓ベルティー)。 夫のアベル・アグリア伯爵は、騎士として王妃の護衛任務に没頭し、結婚翌日からほぼ別居状態。 社交界のパーティーでは妻のエスコートを代理人に任せ、父の葬儀にも顔を出さず、事務的な会話と手紙のやり取りだけの日々が続く。 ジュリアは8年間の冷遇に耐え抜いたが、ある朝の食事中、静かに切り出す。 「私たち、離婚しましょう」 アベルは絶句するが、ジュリアは淡々と不満を告げる。 どれも自分のしでかしたことにアベルは頭を抱える。 彼女はすでに離婚届と慰謝料の用意を済ませ、夫の仕事に理解を示さなかった「有責妻」として後腐れなく別れるつもりだった。 アベルは内心で反発しつつも、ジュリアの決意の固さに渋々サイン。 こうしてジュリア・アグリアは、伯爵夫人としての全てを置き去りにし、バツイチ人生を開始する。

【完結】優しいあなたに、さようなら。二人目の婚約者は、私を殺そうとしている冷血公爵様でした

ゆきのひ
恋愛
伯爵令嬢であるディアの婚約者は、整った容姿と優しい性格で評判だった。だが、いつからか彼は、婚約者であるディアを差し置き、最近知り合った男爵令嬢を優先するようになっていく。 彼と男爵令嬢の一線を越えた振る舞いに耐え切れなくなったディアは、婚約破棄を申し出る。 そして婚約破棄が成った後、新たな婚約者として紹介されたのは、魔物を残酷に狩ることで知られる冷血公爵。その名に恐れをなして何人もの令嬢が婚約を断ったと聞いたディアだが、ある理由からその婚約を承諾する。 しかし、公爵にもディアにも秘密があった。 その秘密のせいで、ディアは命の危機を感じることになったのだ……。 ※本作は「小説家になろう」さん、カクヨムさんにも投稿しています ※表紙画像はAIで作成したものです

旦那様、離婚してくださいませ!

ましろ
恋愛
ローズが結婚して3年目の結婚記念日、旦那様が事故に遭い5年間の記憶を失ってしまったらしい。 まぁ、大変ですわね。でも利き手が無事でよかったわ!こちらにサインを。 離婚届?なぜ?!大慌てする旦那様。 今更何をいっているのかしら。そうね、記憶がないんだったわ。 夫婦関係は冷めきっていた。3歳年上のキリアンは婚約時代から無口で冷たかったが、結婚したら変わるはずと期待した。しかし、初夜に言われたのは「お前を抱くのは無理だ」の一言。理由を聞いても黙って部屋を出ていってしまった。 それでもいつかは打ち解けられると期待し、様々な努力をし続けたがまったく実を結ばなかった。 お義母様には跡継ぎはまだか、石女かと嫌味を言われ、社交会でも旦那様に冷たくされる可哀想な妻と面白可笑しく噂され蔑まれる日々。なぜ私はこんな扱いを受けなくてはいけないの?耐えに耐えて3年。やっと白い結婚が成立して離婚できる!と喜んでいたのに…… なんでもいいから旦那様、離婚してくださいませ!

どうぞお好きに

音無砂月
ファンタジー
公爵家に生まれたスカーレット・ミレイユ。 王命で第二王子であるセルフと婚約することになったけれど彼が商家の娘であるシャーベットを囲っているのはとても有名な話だった。そのせいか、なかなか婚約話が進まず、あまり野心のない公爵家にまで縁談話が来てしまった。

【完結】ずっと、ずっとあなたを愛していました 〜後悔も、懺悔も今更いりません〜

高瀬船
恋愛
リスティアナ・メイブルムには二歳年上の婚約者が居る。 婚約者は、国の王太子で穏やかで優しく、婚約は王命ではあったが仲睦まじく関係を築けていた。 それなのに、突然ある日婚約者である王太子からは土下座をされ、婚約を解消して欲しいと願われる。 何故、そんな事に。 優しく微笑むその笑顔を向ける先は確かに自分に向けられていたのに。 婚約者として確かに大切にされていたのに何故こうなってしまったのか。 リスティアナの思いとは裏腹に、ある時期からリスティアナに悪い噂が立ち始める。 悪い噂が立つ事など何もしていないのにも関わらず、リスティアナは次第に学園で、夜会で、孤立していく。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます

綾月百花   
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

処理中です...