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「イトフィルカ。この頃よく会うな」
懐かしい気配を感じたクラントルは、その気配が動かないことを確認してから風のように駆けてイトフィルカと再会した。
「そうだな、クラントル」
両者とも最後に姿を見た時から変わっていない。
イトフィルカが片腕を失って以来の再会。彼らにとって百年も経たずに顔を合わせることは、人間でいえば毎日会っているような感覚とおなじである。
イトフィルカがパルヴィを連れて移転したさきは半身馬族の里。クラントルはその里の長。
人の脚では近寄ることすら困難で、異形でも体が弱いものは歩くことが叶わず、並外れた脚力を持った彼らだけが住める切り裂かれたような谷と峰が続く場所。
この峰の先には水晶の谷があり”反対側”の高い山の合間を駆けてヴォルフラムとイトフィルカは戦い、水晶の谷が終焉の地となった。
傷ついた彼女を迎えにやってきたのがクラントル。傷を癒すには自分の里ではなく、マスバの樹が必要だろうと、彼はそのままイトフィルカをベステーリの中心へと連れて行った。
「この娘を受け取ってくれ。私の足ではこの娘を抱えて里を歩くことはできない」
イトフィルカは片腕に抱きかえていたパルヴィを半身馬族の長であるクラントルに渡す。
クラントルは下半身が四脚で、上半身は人間に近い。馬の胴体に人間の体が生えている形になるので非常に大柄でもある。
人間の腕にパルヴィを受け取ったクラントルは驚く。
「どうしてお前の力がここに?」
抱き上げている腕にイトフィルカの力を強く感じたのだ。
「説明するために連れてきた。ただしくは誘拐してきたのだがな」
イトフィルカはクラントルの馬の部分の背中に横乗りする。
「どこから?」
「魔人の城からだ。安心しろ、ヴォルフラムには話を通している」
魔人が住む城から連れ出すのは困難だが、少し離れた場所へと移動させてくれとイトフィルカは頼んだ。
ヴォルフラムからの答えはなかったが、翌日希望通りパルヴィは城から遠ざかっていった。移動が止まったことを確認して移転をする。その移転先がイズベルガの邸のホラントの部屋。
突如現れたイトフィルカに驚くホラントなど眼中にないイトフィルカは、床に寝かされているパルヴィに手を伸ばす。
時を同じくしてイズベルガ邸の正面玄関からヴォルフラムが突撃し、建物を壊しながらイトフィルカがいる部屋へとやってきてホラントを貫き無言で立ち去った。
言葉は一切なく、写ったものすべてが青ざめて死に至るだろう瞳と目があっただけ。それが答えだろうとイトフィルカはパルヴィを抱え転移した。
「ならばいいが……だがあの男は信用ならんだろう」
「信用してはいないが、あの男はいま自分が仕掛けた天族との遊びに忙しい」
「やはりそうか」
クラントルは里へともどり、袋に藁をつめさせ気を失っているパルヴィを寝かせ、気付いたら連れて来るよう”オルフ”に言いつけてイトフィルカと現状を話合った。
「お前もうすうす感づいてはいただろう、クラントル。天族たちの行動は誰かに唆されたものであると」
「フリアエは好戦的ではないからな……あの平和なフリアエが育てても結局は天族の特性が勝ったのだ、仕方ないとしか言えないな。ところでヴェーラとの条約はどうなる」
イトフィルカもクラントルも、争いを好まないフリアエの手で育てられたのなら、争いを好まず生きてゆくのではないかと密かに思い、フリアエの願いを聞き入れたのだが、好戦的な彼らを僅かな言葉で動かす術を「好戦的な彼」は知っていた。
自分が言われたい言葉を天族たちに言うだけで、彼らの底に眠っていた本性を呼び起こせる。
「白紙になった。新王に直接会ったが、ヴォルフラムほど酷くはないがバジリウスを彷彿とさせる」
「拷問の果てに惨殺されて滅びることは避けられそうだが、殲滅させられる恐れはあるということか」
バジリウスは天族の長スカルティエルが滅ぼされた頃の魔人で二人もよく覚えていた。歴代五指に数えられる強さと、氷のような容姿と口元に浮かぶやや歪な微笑み。数々の魔人を見てきた二人に深い印象を残した魔人の王。
「殲滅は避けられそうだ」
「どうして?」
「王妃が身重だ」
「どんな関係がある? 王妃が心優しくて心労をかけまいとでもするのか? バジリウスに似た男が」
「す べてがバジリウスと同じでもない。王妃は身籠もっているので戦えないのが不服で、王に詰め寄っていた。ヴォルフラムの話によればバジリウスに似た王、ジー クベルトは王妃一人を深く愛しており、大体の我が儘は聞き入れてしまうのだそうだ。出産が済む前には天族を殺してしまうが、無事に元気な子を産んだら褒美 として次の獲物を用意すると誓っていた」
「それは長きにわたる殲滅の序章ではないのか? イトフィルカ」
「王妃は雑魚に興味はない。上位種を一匹狩れば満足するそうだ。王妃はヴォルフラムの娘だが殺すことに関して欲深くはない」
「ヴォルフラムの娘か……あの男も若いと思っていたが、人間としてはもう孫まで見る年か」
「そうだな。私のかけた呪いで実際は若いままだが。王妃の機嫌がよくなれば新たな停戦条件の交渉もできるだろう。手土産に一人か二人ほど上位種を送ってやってもいい。なんなら私が行ってもよいが」
「イトフィルカ以外にベステーリの皇帝は務まらない。どうしてもというのなら私が行く。そのヴォルフラムの娘、殺しても構わんのだろう」
「それは構わんだろうな。新王はどうかは解らぬが父親はヴォルフラムだ。異形に負けた娘の死を嘆くような男ではない。むしろ嘲笑うであろうよ」
◇◇◇◇◇
再び目を覚ましたパルヴィは、まだ頭痛は残っているが先ほどよりは楽になり起きあがることができた。
藁がつめられた目の粗い麻袋の上におかれていたことにやっと気づくこともできた。
立ち上がろうとするが、自力ではうまく立てず、ざらつく石壁に体重を預けるようにして立ち上がる。
壁の一箇所がぽっかりと穴が空いている。部屋にはドアがないのでそこが出入り口なのだと気付き、足を引きずってそこへと向かった。
重い体で摺り歩く足音に気付いたオルフが入り口前に立つ。パルヴィは目の前にいるのが「なんなのか?」分からなかった。
「……!」
驚きでバランスを崩し尻もちをつく。
下半身が馬のようなオルフを前にして、驚きと恐怖が襲いかかり叫び声を出すこともできない。その姿を見てオルフは足を踏みならす。
石畳を硬い蹄が打ち威圧する音がパルヴィを責め立てる。
「ついて来い」
オルフはそう言い部屋から出ていった。
◇◇◇◇◇
「お前が連れてきた、あの人間の娘はなんだ?」
「私の失われた半身だ。切り落とされたとき半身にある呪いをかけたのだが……その際、先に落下し息絶えていたアマーダの体を取り込んでしまい、そのまま人間に乗り移った」
「どんな呪いだ?」
「ヴォルフラムを殺害するための呪いだ」
永遠に若いままの呪いの他にもう一つ、イトフィルカはヴォルフラムに呪いをかけていた。
「殺害できるのか?」
それは簡単にヴォルフラムを殺害することができる呪い。
「あの娘の意思と、もう一つ。それがここに来た理由だ」
「水晶の谷か」
「連れて行ってくれ、クラントル」
懐かしい気配を感じたクラントルは、その気配が動かないことを確認してから風のように駆けてイトフィルカと再会した。
「そうだな、クラントル」
両者とも最後に姿を見た時から変わっていない。
イトフィルカが片腕を失って以来の再会。彼らにとって百年も経たずに顔を合わせることは、人間でいえば毎日会っているような感覚とおなじである。
イトフィルカがパルヴィを連れて移転したさきは半身馬族の里。クラントルはその里の長。
人の脚では近寄ることすら困難で、異形でも体が弱いものは歩くことが叶わず、並外れた脚力を持った彼らだけが住める切り裂かれたような谷と峰が続く場所。
この峰の先には水晶の谷があり”反対側”の高い山の合間を駆けてヴォルフラムとイトフィルカは戦い、水晶の谷が終焉の地となった。
傷ついた彼女を迎えにやってきたのがクラントル。傷を癒すには自分の里ではなく、マスバの樹が必要だろうと、彼はそのままイトフィルカをベステーリの中心へと連れて行った。
「この娘を受け取ってくれ。私の足ではこの娘を抱えて里を歩くことはできない」
イトフィルカは片腕に抱きかえていたパルヴィを半身馬族の長であるクラントルに渡す。
クラントルは下半身が四脚で、上半身は人間に近い。馬の胴体に人間の体が生えている形になるので非常に大柄でもある。
人間の腕にパルヴィを受け取ったクラントルは驚く。
「どうしてお前の力がここに?」
抱き上げている腕にイトフィルカの力を強く感じたのだ。
「説明するために連れてきた。ただしくは誘拐してきたのだがな」
イトフィルカはクラントルの馬の部分の背中に横乗りする。
「どこから?」
「魔人の城からだ。安心しろ、ヴォルフラムには話を通している」
魔人が住む城から連れ出すのは困難だが、少し離れた場所へと移動させてくれとイトフィルカは頼んだ。
ヴォルフラムからの答えはなかったが、翌日希望通りパルヴィは城から遠ざかっていった。移動が止まったことを確認して移転をする。その移転先がイズベルガの邸のホラントの部屋。
突如現れたイトフィルカに驚くホラントなど眼中にないイトフィルカは、床に寝かされているパルヴィに手を伸ばす。
時を同じくしてイズベルガ邸の正面玄関からヴォルフラムが突撃し、建物を壊しながらイトフィルカがいる部屋へとやってきてホラントを貫き無言で立ち去った。
言葉は一切なく、写ったものすべてが青ざめて死に至るだろう瞳と目があっただけ。それが答えだろうとイトフィルカはパルヴィを抱え転移した。
「ならばいいが……だがあの男は信用ならんだろう」
「信用してはいないが、あの男はいま自分が仕掛けた天族との遊びに忙しい」
「やはりそうか」
クラントルは里へともどり、袋に藁をつめさせ気を失っているパルヴィを寝かせ、気付いたら連れて来るよう”オルフ”に言いつけてイトフィルカと現状を話合った。
「お前もうすうす感づいてはいただろう、クラントル。天族たちの行動は誰かに唆されたものであると」
「フリアエは好戦的ではないからな……あの平和なフリアエが育てても結局は天族の特性が勝ったのだ、仕方ないとしか言えないな。ところでヴェーラとの条約はどうなる」
イトフィルカもクラントルも、争いを好まないフリアエの手で育てられたのなら、争いを好まず生きてゆくのではないかと密かに思い、フリアエの願いを聞き入れたのだが、好戦的な彼らを僅かな言葉で動かす術を「好戦的な彼」は知っていた。
自分が言われたい言葉を天族たちに言うだけで、彼らの底に眠っていた本性を呼び起こせる。
「白紙になった。新王に直接会ったが、ヴォルフラムほど酷くはないがバジリウスを彷彿とさせる」
「拷問の果てに惨殺されて滅びることは避けられそうだが、殲滅させられる恐れはあるということか」
バジリウスは天族の長スカルティエルが滅ぼされた頃の魔人で二人もよく覚えていた。歴代五指に数えられる強さと、氷のような容姿と口元に浮かぶやや歪な微笑み。数々の魔人を見てきた二人に深い印象を残した魔人の王。
「殲滅は避けられそうだ」
「どうして?」
「王妃が身重だ」
「どんな関係がある? 王妃が心優しくて心労をかけまいとでもするのか? バジリウスに似た男が」
「す べてがバジリウスと同じでもない。王妃は身籠もっているので戦えないのが不服で、王に詰め寄っていた。ヴォルフラムの話によればバジリウスに似た王、ジー クベルトは王妃一人を深く愛しており、大体の我が儘は聞き入れてしまうのだそうだ。出産が済む前には天族を殺してしまうが、無事に元気な子を産んだら褒美 として次の獲物を用意すると誓っていた」
「それは長きにわたる殲滅の序章ではないのか? イトフィルカ」
「王妃は雑魚に興味はない。上位種を一匹狩れば満足するそうだ。王妃はヴォルフラムの娘だが殺すことに関して欲深くはない」
「ヴォルフラムの娘か……あの男も若いと思っていたが、人間としてはもう孫まで見る年か」
「そうだな。私のかけた呪いで実際は若いままだが。王妃の機嫌がよくなれば新たな停戦条件の交渉もできるだろう。手土産に一人か二人ほど上位種を送ってやってもいい。なんなら私が行ってもよいが」
「イトフィルカ以外にベステーリの皇帝は務まらない。どうしてもというのなら私が行く。そのヴォルフラムの娘、殺しても構わんのだろう」
「それは構わんだろうな。新王はどうかは解らぬが父親はヴォルフラムだ。異形に負けた娘の死を嘆くような男ではない。むしろ嘲笑うであろうよ」
◇◇◇◇◇
再び目を覚ましたパルヴィは、まだ頭痛は残っているが先ほどよりは楽になり起きあがることができた。
藁がつめられた目の粗い麻袋の上におかれていたことにやっと気づくこともできた。
立ち上がろうとするが、自力ではうまく立てず、ざらつく石壁に体重を預けるようにして立ち上がる。
壁の一箇所がぽっかりと穴が空いている。部屋にはドアがないのでそこが出入り口なのだと気付き、足を引きずってそこへと向かった。
重い体で摺り歩く足音に気付いたオルフが入り口前に立つ。パルヴィは目の前にいるのが「なんなのか?」分からなかった。
「……!」
驚きでバランスを崩し尻もちをつく。
下半身が馬のようなオルフを前にして、驚きと恐怖が襲いかかり叫び声を出すこともできない。その姿を見てオルフは足を踏みならす。
石畳を硬い蹄が打ち威圧する音がパルヴィを責め立てる。
「ついて来い」
オルフはそう言い部屋から出ていった。
◇◇◇◇◇
「お前が連れてきた、あの人間の娘はなんだ?」
「私の失われた半身だ。切り落とされたとき半身にある呪いをかけたのだが……その際、先に落下し息絶えていたアマーダの体を取り込んでしまい、そのまま人間に乗り移った」
「どんな呪いだ?」
「ヴォルフラムを殺害するための呪いだ」
永遠に若いままの呪いの他にもう一つ、イトフィルカはヴォルフラムに呪いをかけていた。
「殺害できるのか?」
それは簡単にヴォルフラムを殺害することができる呪い。
「あの娘の意思と、もう一つ。それがここに来た理由だ」
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