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硬い足音を響かせてやってきたオルフが、不機嫌さを押し隠した声で告げた。
「クラントルさま、人間の娘を連れてきました」
石畳に肩を押しつけるようかなかたちでオルフに従ったパルヴィは、四脚のクラントルに驚き、唯一人間の世界で知り合ったイトフィルカに安堵を覚える。
「二人だけで話をさせてくれ、クラントル」
「わかった。席を外す、行くぞオルフ」
ドアのない入り口の枠に掴まり身を恐怖から固めるパルヴィの脇を通り抜けて、クラントルはオルフとともに立ち去った。
イトフィルカは立ち上がりパルヴィに手を差し伸べる。自分たち人間と見た目が変わらない五本で爪のある柔らかそうなてのひら。
触れていいものなのかと悩みながらパルヴィはイトフィルカの表情をうかがう。
「どうしてここにいるのか? これから私がなにをしようとしているのか? 説明する。さあ手に掴まれ」
おずおずとパルヴィはイトフィルカの手に手を乗せた。
二人を残して別の部屋へと移動したオルフは、言いたかったことを若さに任せて口にした。
「天族と共に人間に立ち向かわないのですか」
オルフはイトフィルカがやってきたと聞いた際、長のクラントルに天族に協力すようイトフィルカが説得にきたと考え、高揚した気分になった。だがイトフィルカはクラントルを説得することはなく、天族と人間の争いに背を向けて関係のないことをしている。
異形たちの国ベステーリの女帝の取る態度ではないとオルフは憤った。
「オルフ、おまえは天族とともに人間と戦いたいのか?」
オルフの憤りをクラントルは感じ取っていた。
半身馬族の長である彼は、種族の若者がどのように考えるのかを理解している
「はい! 彼らの意見は正しいと思います! なぜクラントルさまは彼らと共に戦おうとしないのですか?」
「正しいか……私の意見は変わらない。天族に協力するつもりはない。だがおまえは協力したいと考えている。だから出ていけ。好きにするがいい」
「クラントルさま」
「おまえは私がなにを言っても聞き入れない。そういう時期なのだろう。痛い目に遭ってこいとは言わないが、おまえ個人の責任で天族の考えに協力するのは制限しない」
―― 天族に協力するということは、魔人に近付くということだ……生きては帰ってこられまい。もしも生きて帰ってきたとしたら……
オルフの代わりにイトフィルカとパルヴィの世話を申しつけられたのは、フォルスという青年。彼はオルフほど人間にたいする嫌悪感はなく、パルヴィの瞳の色の時間変化に驚き気さくに話しかけ、人間にも食べやすい食事を用意もした。
「クラントルさま。オルフが出ていったようです」
「そうか」
「よろしいのですか?」
彼も若い頃はオルフと同じように人間に敵愾心を燃やし、里の外へと出てクラントルに助けられた苦い経験がある。その経験からパルヴィを敵とは見なさなかった。
「天族を呼び寄せでもしたら困るからな。お前は個人として人間に敗北しただけだが、今回は違う。国に戦いを要求している……フォルス」
「はい」
「この里の次の長はお前だ、フォルス」
「クラントルさま、突然なにを」
「我々は緩やかな滅びに向かっている」
「あの……」
「イトフィルカから聞いた。聞かなくてもわかっていたことだが、はっきりと解ったよ」
「なにを……ですか」
「天族たちがイトフィルカに言った言葉を聞いた」
「あの者たちはイトフィルカさまになんと言ったのですか?」
―― サラヒエルは言った「人間相手に負けることはない。我らが負けたのは異形が敵に回ったためだ。協力しないのであらば、敵に回るというのなら殺す」とな ――
「……」
単純な思い込みであることをフォルスは解っている。
「天族たちは異形さえ敵にならなければ、人間に勝てると信じている。オルフも同じだ」
「……」
”オルフも同じだ”
百年ほど前であれば、自分の名前も連なっていたことをフォルスはわかっている。
彼もまた昔、そのように考え間違ったのだ。
「お前のように一人で出歩いて魔人を倒してゆき最後に魔人の王を倒そうとするのと、魔人の王に戦いの申し込むのは違う。なにより、百年前ならばまだ勝ち目はあった。だがいまは無理だ」
「我々の数は減って、人間は増えましたからね」
数の上では異形は以前から負けていた。数が烏合の衆であるならば恐れるには足りないが、彼らには指揮官が存在した。
「そうだ。人間が増えただけではない、指揮官となる魔人たちがいる。スカルティエルを殺害したのはイトフィルカだが、他の天族を殺害したのは人間たちだ」
クラントルたちはスカルティエル以外の天族たちが人間に滅ぼされるのを見ていた。彼らは手出しはしなかった。
道徳を論じるのではない。
手を貸さなかったことは滅びの手助けではあっただろうが、直接手を下したのは人間たち。事実だけを語るとき、彼らの目の前に広がった光景に勝者を知った。
彼ら異形は人間が天族を滅ぼしきれなければ手助けしてやろうと、あの時まで見下していた。
空を舞うこともできず、硬い蹄を持ち険呑なる峰を一夜で越えることもできず、望む場所に瞬時に移転することもできない、数十年しか生きられない人間たちだけの力で天族を滅ぼせるなど身の程を知れと嗤っていた。
その考えが間違いであることを、彼らは瞬く間に知った。
人間は早く死ぬゆえに、結果を早く求める。異形たちには想像もできない早さで天族は滅んだ。
十年にも満たない歳月。
「クラントルさまが私に語ってくれたことを、オルフに語れば」
「信じはしない。望む答えを得たものは、真実になど見向きもしないのだ」
「クラントルさま」
見渡す限りの空を白い翼で埋め尽くした天族たち。クラントルの記憶には鮮やかに、羽ばたく音もまだはっきりと覚えている。
「あの数を持ってしても八年で滅びた。たった四人の天族でどこまでのことが出来るというのだ。まして敵にはバジリウスよりも凶悪なヴォルフラムがいるというのに」
「クラントルさま、人間の娘を連れてきました」
石畳に肩を押しつけるようかなかたちでオルフに従ったパルヴィは、四脚のクラントルに驚き、唯一人間の世界で知り合ったイトフィルカに安堵を覚える。
「二人だけで話をさせてくれ、クラントル」
「わかった。席を外す、行くぞオルフ」
ドアのない入り口の枠に掴まり身を恐怖から固めるパルヴィの脇を通り抜けて、クラントルはオルフとともに立ち去った。
イトフィルカは立ち上がりパルヴィに手を差し伸べる。自分たち人間と見た目が変わらない五本で爪のある柔らかそうなてのひら。
触れていいものなのかと悩みながらパルヴィはイトフィルカの表情をうかがう。
「どうしてここにいるのか? これから私がなにをしようとしているのか? 説明する。さあ手に掴まれ」
おずおずとパルヴィはイトフィルカの手に手を乗せた。
二人を残して別の部屋へと移動したオルフは、言いたかったことを若さに任せて口にした。
「天族と共に人間に立ち向かわないのですか」
オルフはイトフィルカがやってきたと聞いた際、長のクラントルに天族に協力すようイトフィルカが説得にきたと考え、高揚した気分になった。だがイトフィルカはクラントルを説得することはなく、天族と人間の争いに背を向けて関係のないことをしている。
異形たちの国ベステーリの女帝の取る態度ではないとオルフは憤った。
「オルフ、おまえは天族とともに人間と戦いたいのか?」
オルフの憤りをクラントルは感じ取っていた。
半身馬族の長である彼は、種族の若者がどのように考えるのかを理解している
「はい! 彼らの意見は正しいと思います! なぜクラントルさまは彼らと共に戦おうとしないのですか?」
「正しいか……私の意見は変わらない。天族に協力するつもりはない。だがおまえは協力したいと考えている。だから出ていけ。好きにするがいい」
「クラントルさま」
「おまえは私がなにを言っても聞き入れない。そういう時期なのだろう。痛い目に遭ってこいとは言わないが、おまえ個人の責任で天族の考えに協力するのは制限しない」
―― 天族に協力するということは、魔人に近付くということだ……生きては帰ってこられまい。もしも生きて帰ってきたとしたら……
オルフの代わりにイトフィルカとパルヴィの世話を申しつけられたのは、フォルスという青年。彼はオルフほど人間にたいする嫌悪感はなく、パルヴィの瞳の色の時間変化に驚き気さくに話しかけ、人間にも食べやすい食事を用意もした。
「クラントルさま。オルフが出ていったようです」
「そうか」
「よろしいのですか?」
彼も若い頃はオルフと同じように人間に敵愾心を燃やし、里の外へと出てクラントルに助けられた苦い経験がある。その経験からパルヴィを敵とは見なさなかった。
「天族を呼び寄せでもしたら困るからな。お前は個人として人間に敗北しただけだが、今回は違う。国に戦いを要求している……フォルス」
「はい」
「この里の次の長はお前だ、フォルス」
「クラントルさま、突然なにを」
「我々は緩やかな滅びに向かっている」
「あの……」
「イトフィルカから聞いた。聞かなくてもわかっていたことだが、はっきりと解ったよ」
「なにを……ですか」
「天族たちがイトフィルカに言った言葉を聞いた」
「あの者たちはイトフィルカさまになんと言ったのですか?」
―― サラヒエルは言った「人間相手に負けることはない。我らが負けたのは異形が敵に回ったためだ。協力しないのであらば、敵に回るというのなら殺す」とな ――
「……」
単純な思い込みであることをフォルスは解っている。
「天族たちは異形さえ敵にならなければ、人間に勝てると信じている。オルフも同じだ」
「……」
”オルフも同じだ”
百年ほど前であれば、自分の名前も連なっていたことをフォルスはわかっている。
彼もまた昔、そのように考え間違ったのだ。
「お前のように一人で出歩いて魔人を倒してゆき最後に魔人の王を倒そうとするのと、魔人の王に戦いの申し込むのは違う。なにより、百年前ならばまだ勝ち目はあった。だがいまは無理だ」
「我々の数は減って、人間は増えましたからね」
数の上では異形は以前から負けていた。数が烏合の衆であるならば恐れるには足りないが、彼らには指揮官が存在した。
「そうだ。人間が増えただけではない、指揮官となる魔人たちがいる。スカルティエルを殺害したのはイトフィルカだが、他の天族を殺害したのは人間たちだ」
クラントルたちはスカルティエル以外の天族たちが人間に滅ぼされるのを見ていた。彼らは手出しはしなかった。
道徳を論じるのではない。
手を貸さなかったことは滅びの手助けではあっただろうが、直接手を下したのは人間たち。事実だけを語るとき、彼らの目の前に広がった光景に勝者を知った。
彼ら異形は人間が天族を滅ぼしきれなければ手助けしてやろうと、あの時まで見下していた。
空を舞うこともできず、硬い蹄を持ち険呑なる峰を一夜で越えることもできず、望む場所に瞬時に移転することもできない、数十年しか生きられない人間たちだけの力で天族を滅ぼせるなど身の程を知れと嗤っていた。
その考えが間違いであることを、彼らは瞬く間に知った。
人間は早く死ぬゆえに、結果を早く求める。異形たちには想像もできない早さで天族は滅んだ。
十年にも満たない歳月。
「クラントルさまが私に語ってくれたことを、オルフに語れば」
「信じはしない。望む答えを得たものは、真実になど見向きもしないのだ」
「クラントルさま」
見渡す限りの空を白い翼で埋め尽くした天族たち。クラントルの記憶には鮮やかに、羽ばたく音もまだはっきりと覚えている。
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