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第4章・捨てられし者
◆ 5・兄妹 ◆
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金髪碧眼の美少女が駆け寄ってくる。
白い一枚布を身に纏った子供は両手を広げ、私に抱きついた。
温かい……。
自分の体も小さい。
ティーンにもなっていないのだと分かる丸みを帯びた顔が、彼の青い目に映っている。
「エルロリス、捜したよっ」
兄だ。
少女めいた美しい顔立ちでも、これは男で――双子の兄エルシアだった。
まだ幼く『世界』を知らない頃の私たち。
青く澄んだ世界に、ふわふわの白い大地。
白い風が泡沫を孕んで吹いては消える。
「エルシア、ごめんね。『下』が気になって」
私が答える。
兄は顔を顰め、頬を膨らませた。
「また『下』の事? そんなモノは放っておきなよ。どうしてお前は『アレら』を気にするんだろう」
「彼ら、過ごしにくそうだもの」
「本当に、お前は優しいね」
兄が私の頭を撫でる。
その暖かさに、私はポンと手を打つ。
「ねぇ、エルシア! あなたなら、彼らに『力』を与える事ができるんじゃない?」
「力?」
「私たちのように、意思の力で何でも自在にこなせるように、よ」
兄は困ったように首を振る。
「ダメだよ、エルロリス。『アレら』には過ぎたモノだ」
「……可哀想だもの。『下』は寒いのよ? 彼らはいつもおなかを減らしてるし、震えているわ」
「ソレらは、アレらで解決すべき問題だよ」
「兄さん……」
悲し気に見つめれば、兄は呆れたように溜息をついた。
兄はいつも私の我儘を聞いてくれるのだ。
「しょうがないな……いいよ、でもダメそうだったら……取り上げるからね?」
「エルシア、あぁ大好きな兄さん! ありがとう!」
◆
「エルロリス、見てごらん」
兄が指さす。
ソレは中空に浮かんでいた。
燦々と輝く光の珠だ。
「新しい生き物、『神』が誕生したよ」
「カミ……?」
「うん。彼らが命名したんだ。祈ってるよ。どうやらオレを象ってるみたいだね? 前に降りて『色々』教えてやったから、お礼かな?」
笑う兄に、私も嬉しくなる。
様々な色合いで揺らめく光の球は美しい。
魅了されて、手を伸ばしてみれば兄と同じく暖かい。
自然と頬が緩む。
「凄い。みんなが、兄さんを想ってるのね」
「そうだね。いずれは別物になっていくだろうけど、嬉しいもんだ」
◆
あぁ、どうしよう。
足元には青年のエルシア。
私の見つめる珠は半分が黒く淀んでいる。
珠の大きさもかつての何倍も大きく、私たちの世界を焼きそうな程の熱さとなっていた。
そして、淀みも――穢れた部分はより醜悪さを増し、ボトリボトリと雫を垂らしている。私たちの世界すらも黒く染める程に。
『兄』への『感謝』が『祈り』が光を強め、『嘆き』と『失望』が淀みを深くしている。
私の所為だ。
「兄さん……」
兄はぐったりと倒れている。
それでも安心させようと笑みを浮かべているのが分かる。
「大丈夫だ、お前の優しさが生んだ事なら、オレが何とかしてやるから」
だから笑ってと、兄の手が私の頭に乗った。
◆
「エルシア、みてごらん」
見下ろす兄の視線の先には、闇と対決する人々。
「あの『闇』が負けたら、『獄』に堕とそうか」
少し前に兄が作った空間――獄。
地上より遥か下層に作った暗闇の世界。
珠の淀みに対する解決策としてとったのが、淀みを取り除いて光から分かつ事だった。
兄は珠を二つに分けた珠の片方を、影響し合わない場所へ――獄に落としたのだ。
「獄に? そうすれば平気になる?」
「ううん、『下』の連中は光と闇の狭間のような存在だからね。今後は天にも獄にも力を与えるんじゃないかな。アレらにとっては、どちらも『神』だからね。知らずに両方に力を注いでるようなもんさ」
「また……苦しむのね?」
誰がとは言わずとも兄は理解しているのだろう。
肩を竦めて答える目は平坦な感情を映し出している。
「キリがないよ。でも、救済措置くらいは用意してやろうか? 闇の珠が生み出すモノを『穢』とするならば、救済措置として光の珠の結晶『聖』も用意してやろう。あとは自由に流れるんじゃないかな」
兄は面白くもなさそうに鼻を鳴らし、立ち去る。
私は地上の人々を見ていた。
兄さんは、めんどうに思ってるみたい。
でも……。
地上の人々が『勇者』と呼ぶ存在が、今まさに『穢』を打ち負かす。
まだ『聖』は存在していないのに、だ。今後『穢』は『聖』と向き合い戦っていくだろう。どちらも同じモノで、拮抗は当然だ。
だが彼らが『勇者』と呼ぶ『彼』は、独力で辿り着いた境地だった。
「……あれが、『勇者』……」
◆
いつしか『穢』は男の人格を、『聖』は女の人格を与えられ『魔王』と『聖女』と呼ばれていた。
どちらも入れ物に落とし込んだだけで、他の生物とは違う。穢れを浄化するのが聖なのだから、最後は入れ物から解き放たなければ役割を果たせないのだ。
兄は言う。
「この『聖女』とか呼ばれてるモノは人の姿を模しているだけで、所詮は光の力そのものだ。本来の使い方は『勇者』の能力向上だけじゃない。溶けて初めて本来の力で地上を潤すのさ」
そうして私の目に両手を当てた。
「見ない方がいい、エルロリス」
「でも……」
「カレらの『祈り』は奔放だ。あらゆるモノに人格を与えてしまう。カレらの特殊能力かなって思えてきたよ」
笑いを含んだ声。
それでも優しい兄は塞いだ手を放さない。
「エルロリス、目を閉じていて」
囁くように漏れた声は、微かに湿っていた。
◆
地上に降りてみたのが間違いだったとは思わない。
兄の目を盗んで降りた地上は目新しく、温かく、寒く、怖く、優しかった。
何よりも、一目で分かった。
驚いたように私を見つめる『彼』が何者であるか。
「君は?」
あぁ、『彼』は『勇者』の魂を持ってる。
「熱く、強い……、好きです」
「え?」
「貴方が好きです。手伝わせてください」
気味悪がる彼に、ついて回った。
嫌がる彼の傍に侍り、できる事は何だってした。それらは、ただの自己満足だ。
穢れも多い地上は私にも辛い世界だったけど、魅入られた『勇者』の力になりたかったから耐えた。
己の行動が生んだ結果の――『穢』への責任でもあったのだと思う。
でも、私は間違えた。
聖女は私の所為で誰も選べず、私が加護を施しただけの『勇者』は負ける。
魔王に取り込まれ、肉も残らず吸収されてしまう魂達。
「あぁ……ぁぁ、ぁああ……っっ!!!!」
嘆く私の前に降り立ったのは兄だ。
いつだって清く美しい兄。
「……帰ろう、ロリス。これ以上は、身体に触るよ」
「……兄さん……、どうして、なんで……」
兄は笑った。
「お前の所為じゃないよ、『穢』が大きくなりすぎてるんだ。『聖』が死んでも足りなかったかもしれないな。結局『ニンゲン』の事は『オレたち』には分からないのさ」
でも世界は滅びるかもしれない。
聖女が喰われたのだ。
勇者が喰われたのだ。
どうやって『穢』に立ち向かうというのか――今も、『穢』は、大口を開けている。
私たちさえも食べるつもりだ。
「滅びるのはカレら自身の結末だよ」
兄は見切りをつけている。
私は結局、昔から変わらない。
兄の優しさに付け入り、『おねだり』をするのだ。
「エルシア……地上を、助けて……」
あなたが『ココ』に来た理由も分かっているから、頼んでしまう。
「お前が『上』に戻るなら」
頷く。
兄は地上の敵を消し去った。
◆
「また『下』を見てるのか?」
「見るだけよ……」
「……程々に、な。理の違う生物なんだから」
兄の言い分は分かっている。
それでも見続けた。
かつて愛した勇者の面影を捜してしまった。
「……あぁ、いた」
自然と涙が溢れる。
私に出来る事はなんだろう。
かつては白かった私の羽根も、汚れた灰色になってしまった。
地上に降りて以来、穢れを拾いすぎたのだと分かる。
今の私は、兄の力でココに留められているだけの存在だ。
せめて……償いたい。
◆
目の前に立つ娘は人間のはずだった。
それでも、『こんな所』まで辿り着いてしまった。
「天使、だな」
ここは地表から離れた天との狭間の地――清涼な滝が流れる浮島。
私は翼を染める穢れを洗う為に禊に来ていた。彼女は見た目に似合わぬ鋭い目で私を見ている。
「こんにちは、オリガ・アデレイド」
「……天使は何でも見通すのか?」
「ええ、ごめんなさい。見えてしまった、……あなたが何をしようとしているかも」
オリガは小さく「そうか」と呟く。
「ならば話は早い。お前を今から封じる。全てはサーシャとアーニャの為にだ、悪く思うなよ」
彼女が懐から取り出した物は禍々しい気配を放つ黄金の短刀。
「お願い、聞いてもらえる?」
「言ってみろ」
「エルシアに伝言を……『見捨てないで』と」
人間の娘は頷き、私に近寄ってくる。
穢れた短刀。
私は目を閉じて、両手を広げた。
「……謝らないぞ」
オリガの言葉。
胸に突き立てられる衝撃。
かつて兄が私にしたように、微笑む。
「大丈夫だよ。『勇者』の為なら私は……」
あぁ、でも……エルシア。
……あなたは寂しがるかも……。
◆
崖――天のラッパ。
目覚めた先にあるのは兄の姿。
「 【 ロリス 】 」
兄が私を見ている。
オリガの内側にいる私を――。
ごめんなさい、兄さん……また私の所為で、貴方を苦しめる。
清らかだった兄の憎悪が見えた。
オリガを――『人』を呪ったのだ。
◆
「人間には命ってものがあるんだ、ロリス」
砕けた口調で話すのはオリガだ。
私を体内に封じ続ける女は時折、こうして私に語り掛ける。
「私の『肉』も、もうすぐ死ぬ。だが、お前にはまだまだ生きてもらう」
今年80を越えるオリガは老婆に見えない。それが私を体内に納めているからなのかは分からないが、普通ではない人生を送り続けている。
「今後も生き贄に、お前を封じるんだ。そいつらは私が為した『悪役』の運命を引き継いでいく。お前の兄が見つけた頃にはまた『器』も死んでるだろうがな」
彼女は兄が大嫌いなのだ。
全ての問題をつまびらかにし、勇者と聖女を救おうとした彼女は『情』に負けた。
聖女は己の宿命を受け入れ、ひっそりと『自ら』死んだのだ。
宿命を作った兄を恨んだのも当然だった。
「エルロリス、付き合ってもらうぞ? オレの憎悪が収まるまで、な」
私ごと己を、世界から切り離すのだ。
そうして彼女は私を永遠に封じる気だ。
いいわ、オリガ。
貴方の兄への憎悪が、私を消し去るまで……一緒にいましょう。
私も……貴方たちを見捨てません……絶対に。
白い一枚布を身に纏った子供は両手を広げ、私に抱きついた。
温かい……。
自分の体も小さい。
ティーンにもなっていないのだと分かる丸みを帯びた顔が、彼の青い目に映っている。
「エルロリス、捜したよっ」
兄だ。
少女めいた美しい顔立ちでも、これは男で――双子の兄エルシアだった。
まだ幼く『世界』を知らない頃の私たち。
青く澄んだ世界に、ふわふわの白い大地。
白い風が泡沫を孕んで吹いては消える。
「エルシア、ごめんね。『下』が気になって」
私が答える。
兄は顔を顰め、頬を膨らませた。
「また『下』の事? そんなモノは放っておきなよ。どうしてお前は『アレら』を気にするんだろう」
「彼ら、過ごしにくそうだもの」
「本当に、お前は優しいね」
兄が私の頭を撫でる。
その暖かさに、私はポンと手を打つ。
「ねぇ、エルシア! あなたなら、彼らに『力』を与える事ができるんじゃない?」
「力?」
「私たちのように、意思の力で何でも自在にこなせるように、よ」
兄は困ったように首を振る。
「ダメだよ、エルロリス。『アレら』には過ぎたモノだ」
「……可哀想だもの。『下』は寒いのよ? 彼らはいつもおなかを減らしてるし、震えているわ」
「ソレらは、アレらで解決すべき問題だよ」
「兄さん……」
悲し気に見つめれば、兄は呆れたように溜息をついた。
兄はいつも私の我儘を聞いてくれるのだ。
「しょうがないな……いいよ、でもダメそうだったら……取り上げるからね?」
「エルシア、あぁ大好きな兄さん! ありがとう!」
◆
「エルロリス、見てごらん」
兄が指さす。
ソレは中空に浮かんでいた。
燦々と輝く光の珠だ。
「新しい生き物、『神』が誕生したよ」
「カミ……?」
「うん。彼らが命名したんだ。祈ってるよ。どうやらオレを象ってるみたいだね? 前に降りて『色々』教えてやったから、お礼かな?」
笑う兄に、私も嬉しくなる。
様々な色合いで揺らめく光の球は美しい。
魅了されて、手を伸ばしてみれば兄と同じく暖かい。
自然と頬が緩む。
「凄い。みんなが、兄さんを想ってるのね」
「そうだね。いずれは別物になっていくだろうけど、嬉しいもんだ」
◆
あぁ、どうしよう。
足元には青年のエルシア。
私の見つめる珠は半分が黒く淀んでいる。
珠の大きさもかつての何倍も大きく、私たちの世界を焼きそうな程の熱さとなっていた。
そして、淀みも――穢れた部分はより醜悪さを増し、ボトリボトリと雫を垂らしている。私たちの世界すらも黒く染める程に。
『兄』への『感謝』が『祈り』が光を強め、『嘆き』と『失望』が淀みを深くしている。
私の所為だ。
「兄さん……」
兄はぐったりと倒れている。
それでも安心させようと笑みを浮かべているのが分かる。
「大丈夫だ、お前の優しさが生んだ事なら、オレが何とかしてやるから」
だから笑ってと、兄の手が私の頭に乗った。
◆
「エルシア、みてごらん」
見下ろす兄の視線の先には、闇と対決する人々。
「あの『闇』が負けたら、『獄』に堕とそうか」
少し前に兄が作った空間――獄。
地上より遥か下層に作った暗闇の世界。
珠の淀みに対する解決策としてとったのが、淀みを取り除いて光から分かつ事だった。
兄は珠を二つに分けた珠の片方を、影響し合わない場所へ――獄に落としたのだ。
「獄に? そうすれば平気になる?」
「ううん、『下』の連中は光と闇の狭間のような存在だからね。今後は天にも獄にも力を与えるんじゃないかな。アレらにとっては、どちらも『神』だからね。知らずに両方に力を注いでるようなもんさ」
「また……苦しむのね?」
誰がとは言わずとも兄は理解しているのだろう。
肩を竦めて答える目は平坦な感情を映し出している。
「キリがないよ。でも、救済措置くらいは用意してやろうか? 闇の珠が生み出すモノを『穢』とするならば、救済措置として光の珠の結晶『聖』も用意してやろう。あとは自由に流れるんじゃないかな」
兄は面白くもなさそうに鼻を鳴らし、立ち去る。
私は地上の人々を見ていた。
兄さんは、めんどうに思ってるみたい。
でも……。
地上の人々が『勇者』と呼ぶ存在が、今まさに『穢』を打ち負かす。
まだ『聖』は存在していないのに、だ。今後『穢』は『聖』と向き合い戦っていくだろう。どちらも同じモノで、拮抗は当然だ。
だが彼らが『勇者』と呼ぶ『彼』は、独力で辿り着いた境地だった。
「……あれが、『勇者』……」
◆
いつしか『穢』は男の人格を、『聖』は女の人格を与えられ『魔王』と『聖女』と呼ばれていた。
どちらも入れ物に落とし込んだだけで、他の生物とは違う。穢れを浄化するのが聖なのだから、最後は入れ物から解き放たなければ役割を果たせないのだ。
兄は言う。
「この『聖女』とか呼ばれてるモノは人の姿を模しているだけで、所詮は光の力そのものだ。本来の使い方は『勇者』の能力向上だけじゃない。溶けて初めて本来の力で地上を潤すのさ」
そうして私の目に両手を当てた。
「見ない方がいい、エルロリス」
「でも……」
「カレらの『祈り』は奔放だ。あらゆるモノに人格を与えてしまう。カレらの特殊能力かなって思えてきたよ」
笑いを含んだ声。
それでも優しい兄は塞いだ手を放さない。
「エルロリス、目を閉じていて」
囁くように漏れた声は、微かに湿っていた。
◆
地上に降りてみたのが間違いだったとは思わない。
兄の目を盗んで降りた地上は目新しく、温かく、寒く、怖く、優しかった。
何よりも、一目で分かった。
驚いたように私を見つめる『彼』が何者であるか。
「君は?」
あぁ、『彼』は『勇者』の魂を持ってる。
「熱く、強い……、好きです」
「え?」
「貴方が好きです。手伝わせてください」
気味悪がる彼に、ついて回った。
嫌がる彼の傍に侍り、できる事は何だってした。それらは、ただの自己満足だ。
穢れも多い地上は私にも辛い世界だったけど、魅入られた『勇者』の力になりたかったから耐えた。
己の行動が生んだ結果の――『穢』への責任でもあったのだと思う。
でも、私は間違えた。
聖女は私の所為で誰も選べず、私が加護を施しただけの『勇者』は負ける。
魔王に取り込まれ、肉も残らず吸収されてしまう魂達。
「あぁ……ぁぁ、ぁああ……っっ!!!!」
嘆く私の前に降り立ったのは兄だ。
いつだって清く美しい兄。
「……帰ろう、ロリス。これ以上は、身体に触るよ」
「……兄さん……、どうして、なんで……」
兄は笑った。
「お前の所為じゃないよ、『穢』が大きくなりすぎてるんだ。『聖』が死んでも足りなかったかもしれないな。結局『ニンゲン』の事は『オレたち』には分からないのさ」
でも世界は滅びるかもしれない。
聖女が喰われたのだ。
勇者が喰われたのだ。
どうやって『穢』に立ち向かうというのか――今も、『穢』は、大口を開けている。
私たちさえも食べるつもりだ。
「滅びるのはカレら自身の結末だよ」
兄は見切りをつけている。
私は結局、昔から変わらない。
兄の優しさに付け入り、『おねだり』をするのだ。
「エルシア……地上を、助けて……」
あなたが『ココ』に来た理由も分かっているから、頼んでしまう。
「お前が『上』に戻るなら」
頷く。
兄は地上の敵を消し去った。
◆
「また『下』を見てるのか?」
「見るだけよ……」
「……程々に、な。理の違う生物なんだから」
兄の言い分は分かっている。
それでも見続けた。
かつて愛した勇者の面影を捜してしまった。
「……あぁ、いた」
自然と涙が溢れる。
私に出来る事はなんだろう。
かつては白かった私の羽根も、汚れた灰色になってしまった。
地上に降りて以来、穢れを拾いすぎたのだと分かる。
今の私は、兄の力でココに留められているだけの存在だ。
せめて……償いたい。
◆
目の前に立つ娘は人間のはずだった。
それでも、『こんな所』まで辿り着いてしまった。
「天使、だな」
ここは地表から離れた天との狭間の地――清涼な滝が流れる浮島。
私は翼を染める穢れを洗う為に禊に来ていた。彼女は見た目に似合わぬ鋭い目で私を見ている。
「こんにちは、オリガ・アデレイド」
「……天使は何でも見通すのか?」
「ええ、ごめんなさい。見えてしまった、……あなたが何をしようとしているかも」
オリガは小さく「そうか」と呟く。
「ならば話は早い。お前を今から封じる。全てはサーシャとアーニャの為にだ、悪く思うなよ」
彼女が懐から取り出した物は禍々しい気配を放つ黄金の短刀。
「お願い、聞いてもらえる?」
「言ってみろ」
「エルシアに伝言を……『見捨てないで』と」
人間の娘は頷き、私に近寄ってくる。
穢れた短刀。
私は目を閉じて、両手を広げた。
「……謝らないぞ」
オリガの言葉。
胸に突き立てられる衝撃。
かつて兄が私にしたように、微笑む。
「大丈夫だよ。『勇者』の為なら私は……」
あぁ、でも……エルシア。
……あなたは寂しがるかも……。
◆
崖――天のラッパ。
目覚めた先にあるのは兄の姿。
「 【 ロリス 】 」
兄が私を見ている。
オリガの内側にいる私を――。
ごめんなさい、兄さん……また私の所為で、貴方を苦しめる。
清らかだった兄の憎悪が見えた。
オリガを――『人』を呪ったのだ。
◆
「人間には命ってものがあるんだ、ロリス」
砕けた口調で話すのはオリガだ。
私を体内に封じ続ける女は時折、こうして私に語り掛ける。
「私の『肉』も、もうすぐ死ぬ。だが、お前にはまだまだ生きてもらう」
今年80を越えるオリガは老婆に見えない。それが私を体内に納めているからなのかは分からないが、普通ではない人生を送り続けている。
「今後も生き贄に、お前を封じるんだ。そいつらは私が為した『悪役』の運命を引き継いでいく。お前の兄が見つけた頃にはまた『器』も死んでるだろうがな」
彼女は兄が大嫌いなのだ。
全ての問題をつまびらかにし、勇者と聖女を救おうとした彼女は『情』に負けた。
聖女は己の宿命を受け入れ、ひっそりと『自ら』死んだのだ。
宿命を作った兄を恨んだのも当然だった。
「エルロリス、付き合ってもらうぞ? オレの憎悪が収まるまで、な」
私ごと己を、世界から切り離すのだ。
そうして彼女は私を永遠に封じる気だ。
いいわ、オリガ。
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私も……貴方たちを見捨てません……絶対に。
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