私を見つけた嘘つきの騎士

宇井

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49 遭遇

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「まあ、きょろきょろして、田舎者丸出し」
「この程度で呆けてしまうなんて」

 クスクスと笑う声は、私に向けられたものだとわかった。一息ついてまた広間を見渡してからだ。
 ぽっかり口でも開けていたかと我にかえったけれど、そうではなかった。
 声の主は若い女性二人。きっと私の存在が気に入らないという、招待状を隠したことに関わる人なのだろう。
 ひとりは妙になまめかしい深い青色のドレスで、髪には生花を差している。
 もうひとりは幼く見える容姿で控えめながら可愛らしいドレスを着ている。どちらの方もお綺麗だ。
 エスコート役の若い男性もひとりいるけれど、間をあけて後ろに退いてつまらなそうにしている。とてもこの場を楽しんでいる雰囲気には見えない。
 ジェド様は同僚の方に出会い少し連れ出されることになり、この時の私はたったひとりだった。

「女性の近衛は今年参加しないと噂で聞いたけれど」
「玉の輿を狙って、そっちに奔走して忙しいと聞きました。ドレスの採寸にもこなかったとか」
「最近、分をわきまえない人が多いのよ。護衛だけをしていればいいものを」

 私に話しかけているわけではなく、チラリとこちらを流し見てはくすりと笑う。
 この人たちにはめられたのか、そう思うとどうしても顔が険しくなる。玉の輿というのは、明らかにファーガス様とのことを指しているのだろう。
 言いたいことがあるのなら、はっきり言えばお互いすっきりするのに、どうして彼女たちはそうしないのだろう……

「あら、聞こえてるみたい」
「でも、何も言い返せないし、図星のようですよ」

 いや、聞こえるようにそっちが言ってるでしょ。
 売られている喧嘩をかうべきか悩んでしまう。腕力では彼女たちに勝つだろうけれど、口ではその自信がないし、ここはそう言った場でもない。
 うーん……
 考えこんでいると、誰かが私の頬をつつき、彼女たちも慌てて口を閉じそっぽを向いた。

「……ジェド様」
「難しい顔しないの。待たせてごめんね」

 さっきの声はジェド様には届いていなかったのだろう。私を見下ろし笑っている。私もその方がいい。
 よし、この場は避難しよう。

「ジェド様、あちらへ行きませんか」

 私は楽団のある方を指さし、この場からジェド様を引き離そうと体の向きをかえる。
 けれど何を思ったのか、ジェド様は女性たちのエスコート役である、男性のうちのひとりをじっと見つめたまま。
 そして、私の背中に置いていた手にそっと力を込めた。私の気持ちをよそに、敢えてそちらの方へと押し出すのだ。
 どうしてっ。
 彼女たちの方へは行きたくないのに、ジェド様は体をよじる私の小さな抵抗を無視してしまう。
 一歩一歩近づくたびに、彼女たちもそれを予想していなかったのか、表情が強張っていくように見える。

「君とは城外のサロンで一度お目にかかった気がするんだが……」

 ジェド様は女性ではなく後ろの男性に向かって声をかえる。自分が話しかけられたことに驚いたのか、その人は合わせてて居住まいを正す。
 ジェド様は男性の名前を思い出せないのか、顎に指をやり考えこむ仕草をしている。
 
「ええっと……サロンと言うと『Fの部屋』ですね。私はカラムです。カラム・クランマ」
「ああ、そうだ。クランマ家の方でしたね。私、研究所に所属しております、ジェドと申します。こちらはパトリシア」

 紹介され慌てて頭を軽く下げる。

「私は君のお父上とも交流があるんですよ。お会いするのはサロンではなく二階のクラブの方ですが」

 ジェド様の言葉に、カラム様の態度が明らかに動揺する。

「……クラブの方ですかっ。それは思い出せないはずです。ここでお会いできるとは、とても光栄です」

 慌てて前に出てジェド様に握手を求める。その様子を見ていた女性のひとりが、カラム様の腕をつつく。一度二度と払われてもめげないで。

「ねえ……一体、何なの?……誰よ?」

 小声だが丸聞こえだ。どうしても私をエスコートするジェド様の存在が何者であるかを知りたい好奇心には勝てないらしい。それでもずっと私を睨んでいるのだから怖い。
 この様子から察するに、ふたりの女性のうちでも青いドレスの女性の方が強いことがわかる。

「聞いててわからなかったか? ジェド様は『F』の会員の方だよ。気軽に入ることができるサロンとは格が違って、クラブは会員制で知識人でなければ入会できない。とくに『F』に関しては知識の流出を防ぐために王族の庇護もある特別な店なんだ」

 さっきまで退屈そうにしていたはずのカラム様が饒舌になり、忌々しそうに彼女が掴んでいる袖から引き剥がす。

「いや、それほど、たいしたものじゃありません。最近では女性でもサロンにいらっしゃる方がおおいのですよ。あなたも機会があればいらっしゃるといい」

 余裕の笑みを浮かべるジェド様は、カラム様ではなく女性ふたりに話しかけた。その紳士的な笑みに、ふたりが一瞬顔を赤らめるのがわかった。
 
「そんなすごい人が、どうしてこんな……」

 青いドレスの彼女が私を見て、最後の言葉を唇を噛んで飲んだ。どうしてこんな女と知り合いなのか、そう言いたかったのだろうけれど堪えたようだ。

「それよりジェド様、噂ですが、近々新たな構想で新聞を発行するとか?」
「いや、それはコール兄弟が勝手に動いていることで、クラブとは別の活動でしょう」
「コール兄弟! 私も会いたいと常々思っているんです」
「では機会があればカラムさんに紹介しましょう。しかし申し訳ない。大切な連れを退屈させる訳にはいかないので、それについては後日お話しましょう」
「そうですね。男の話は女性にとってつまらないものですから。それにしても、お連れのパトリシア様は大変美しい方ですね。この会場で一番の華かもしれません」
「そうでしょう。彼女を狙う男は多いので、こうしてエスコートさせていただく権利を私がもらうのは大変でした。何しろ誇り高きバラですので」
「ああっ、なるほど。近衛の方ですか?」
「ええ、そうです」

 カラム様に顔を向けられ頷く。

「それは素晴らしい。強く気高いバラ騎士は、噂通りに美しいですね。毎年近衛の女性は注目を浴びると専らですが、それは本当のようです」

 美しい……?
 カラム様の言うことが上手く頭に入ってこない。
 美しいなんて、今夜に限っては私にも許される言葉らしいけれど……やっぱり慣れない。

「パトリシア。毎年この夜会に出席するバラ騎士は秘かに注目されているんだ。いつも肌を隠し禁欲的な隊服に身を包む女性が、今夜はまさに花開く。君はずっとこの会場で男性の目を惹きつけているんだよ」
「……本当、ですか……」

 言われてみると、化粧のせいかドレスのせいか、いつもより男性の視線を集めている気がする。
 ほほうっという感嘆の声は、ジェド様ではなく私に向けられたもの……? まさかね……

「カラムさん、あなたのお連れの方もご紹介いただけますか」

 ジェド様は女性二人に微笑む。

「ああ、こちらは幼なじみのカミラと友人のセシリアです。ふたりはここで侍女をしていまして、私はこういった集まりは苦手なんですが、今夜は無理にと頼まれまして。父親を通されてしまうと断ることができないからたちが悪い」
「もうっ、余計な事は言わなくていいわよ」
「本当のことじゃないか。カミラは王城に結婚相手を探すために働きにきているんですよ。身の程もわきまえずに上を狙いすぎて成果もなく、エスコートしてくれる男性も見つけられず、私が駆り出されたわけです」
「余計なことは言わないでっ」

 彼女はしきりに私を気にして視線をよこす。

「カミラとセシリアですね。お名前はよく覚えておきます」

 ジェド様は二人と握手をする。

「恥ずかしがることはありまん。侍女職として王城へやってくるのは大部分がそのためでしょう。伴侶をさがすために、花嫁修業のためにと来ていることは誰もが周知していることです」

 ふたりが顔を見合わせ黙り込む。
 
「家柄はよろしいんですから、心配なさらなくとも、きっといい相手が見つかるでしょう」
「ジェド様、それが見つからないから焦っているのですよ。さっきも騎士になればよかったと愚痴られて、お前のような根性なしがそもそも入隊できるわけないと説教していたところです」

 カラム様が大きく笑うと、青いドレスの女性は我慢ならないとこの場を去ってしまう。その後ろ姿を追いかけるようにして、もうひとりの女性がいなくなってしまった。

「あの……カラム様、彼女たちを追い掛けなくてよろしいのでしょうか?」

 さすがに私の方が心配になってしまいカラム様に話しかけてしまう。

「いいんですよ、いつものことですから。ここへ来てから仕事の不満ばかり聞かされていたので、飽き飽きしていたんです」

 幼馴染みの気安さのせいか、カラム様はまったく気にしていなかった。

「しかし、嫌々とはいえ来てよかったです。たまには顔を出してみるものですよね。こうして偶然とはいえおふたりにお会いできたのですから」

 カラム様はジェド様と私を交互に見る。

「私も社交の場にでるのは久しぶりです。それに、パトリシアをこうしてひと目に晒すのも嫌でした」
「なるほど、わかります。しかし、握手くらいなら私も許されるでしょうか」

 ジェド様は満足そうに微笑み、私は男性の差し出された手と軽く握手する。そして軽く持ち上げられ指先にキスされ、おおっと心の中でのけ反る。

「では私たちはこれで。サロンでお会いすることがあれば声をかけてください。パトリシア、行こうか」

 ジェド様に腕をさしだされ、そこに手を添える。私も軽く会釈し、その場を離れることになった。
 その間は後ろばかりが気になって、今頃になって心臓がバクバクと激しく動き出した。
 しばらく歩くと、ジェド様はウェイターからグラスを受け取り、私に差し出した。

「すごく乾いた顔してる」
「それは、あんな場所に乗り込むなんて思ってもみなくて」
「でも、一泡くらいはふかせただろう? まあほとんど彼のお陰だったけれど」

 やはりジェド様は彼女たちの話を聞いていて、わざと話しかけることにしたのだ。
 受け取ったグラスには気泡がプツプツと生まれては消えていく。
 外はあんなに寒かったのに、室内は驚くほど熱く、その冷えたエールはとても喉に美味しかった。

「ジェド様は、サロンやクラブに出入りしているんですか?」
「ああ、たまにね。研究所の人間は小難しいことが好きで、私も紹介で入っている。彼の言っていた『F』とは違うけどね。あそこはダメだ。格が高すぎて性に合わず一度きりしか行っていない」
「じゃあ、さっきのお話は……」
「うん、適当に合わせただけ。クランマ? カラム? 誰だよって感じ。彼とは初対面だ」
「つまり、嘘?」
「簡単に言うとそうだね。でも新聞の話は本当だし、コール兄弟は友人だし、今は彼らの本の編纂を手伝ってる」
「でもよくあれほど堂々としていられましたね」
「堂々と偉そうにしているからバレないんだよ。こういう場ではセレブになりきってハッタリかますことが大切なんだ」

 愉快そうなジェド様に、呆れを通り越して感嘆してしまう。

「元々彼女たちの様子を探るのが目的だったし。それで言ったら、さっきのは大成功ってところだったね。何もしなくても、彼が彼女たちをやっつけてくれた」
「でも、大丈夫でしょうか。幼馴染みなのに気まずくなってしまって」
「あのタイプの女性は何事もなかったかのようにまた彼をこき使うだろう。でも少しは大人しくなってもらわないと困るけどね」
「ええ……そうですね」

 また面倒なちょっかいを掛けられては敵わない。

「大丈夫さ、パトリシア。この王城では正義を持った常識人の方が多いんだ。そうでない人間は淘汰される。とういうか、私がそうする」

 まったく悪びれないジェド様につい私も笑ってしまった。
 そしてその後もジェド様のおかげで戸惑わずに済んだことが多かった。
 チャリティーのための箱をもった主催側の方がいらしても、ジェド様はスマートに用意していたお札をそこに入れて対応していたらした。
 会場の熱気にやられていると、そっとテラスに連れ出され、飲み物を取りに行ってくれた。
 最初は好印象とはいかなかったけれど、少しマイナスから始まった分、ジェド様への好感度は上がっていた。
 だけど、綺麗過ぎて完璧すぎて物足りない。そう思ってしまう私は間違っているのかもしれない。


「パトリシア、そろそろ踊らない?」

 会場にはちらほらと踊りだす人が現れた。
 その様子を見ていると、私の思っていたきっちとした踊りではなく、男女が手を取り合い、音楽に身を任せて軽く体を揺らすような感じだった。

「踊りが主役じゃないんだ。誰に見せる訳じゃなく、社交としての踊りがあるだけだよ」
「だけど……」
「さあ、行こう。もう人が増えているし、それほど目立たなくてすむさ」

 腰の引けている私を問答無用でフロアへと連れ出すジェド様。そうなるといつまでもウダウダとしている私の方がみっともなく、途中から渋々ついていった。
 だけど周りは踊り出している人の方が多く、こういった場所も最初で最後だと思って、リードされるがままに向かいあい手を取った。
 ふたりで踊ったのはフロアの隅の方だった。だけどそれがジェド様の魅力というか、どうしても人の注目を集めてしまったようで、女性に次々とダンスを申し込まれていた。
 そして私まで三度もパートナーを変えて踊ることになったのだ。
 無事ジェド様の元へ戻ることになったのは、かなり時間が経ってからだった。

「どう? 楽しかっただろう?」
「ええ、まさかこんなに踊るはめになるなんて」

 いつもと違う体の使いかたをしたせいか、息がなかなか整わない。

「パトリシア、君をはめた連中、あれ以上は会場にいないようだ」
「本当ですか?」
「ああ、しっかり目を光らせていたけど、網にかかる子はいなかった。相手は案外少数で小物だったね」
 
 どうやって無駄に高い鼻をへし折ってやろうかと考えていたけど無駄になった、そう告白するジェド様の横顔は本当に楽しそうで言葉が出なかった。
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