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第三章 本物と偽物
6. 心の傷を隠して
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年末年始、彩子は実家へと帰省していた。実家といっても電車で二時間の距離だが、帰省するのはお盆以来だった。
帰省している数日間、洋輔とは少し電話で話したものの当然顔は合わせていない。それは心の修復期間としてちょうどよかったのかもしれない。
家族と過ごす時間はとても心休まるものだった。親に甘えてだらだらとしていたら、手伝えと怒られてしまったが、それすらも居心地のいいものだった。
大学生の弟にお年玉を渡してやれば、「姉ちゃん、ありがとう。大好き」と言われてまんざらでもなかった。七つも年が離れているせいかかわいくてしかたないのだ。
そんなふうにして彩子はしっかりと癒され、いつもの自分に戻ってから、一人暮らしの自宅へと帰ってきた。
年明け最初の出勤日。彩子は恵美と一緒にランチに出かけた。
「彩子は実家に帰省してたんでしょ?」
「うん。まあ、近いからいつでも帰れるんだけどね。恵美は?」
「私も帰省してたよ。もうさ年末年始は飛行機高いんだよ。出費が……」
「実家遠いと帰省も大変だよね。楽しかった?」
「まあ実家だし、普通だよ。でも、地元の友達に会ったのは楽しかったかな。あ、これお土産」
恵美の実家は北海道だ。何をもらってもハズレがないから嬉しい。
「やった! ありがとう。恵美がくれるお土産はいっつもおいしいんだよね。私はいつもと同じやつだけど。はい」
「ありがとう。私は好きだよこれ」
恵美に渡したのは何の変哲もないただのお饅頭だが、恵美はいつも喜んでくれるのだ。
そうして恵美と楽しく会話をしていれば、新たに客が入ってきたようで店員が「いらっしゃいませー」と声をかけている。彩子が何気なくそちらに目を向けてみれば、なんとそこには小谷の姿があった。一緒にいるのはおそらく同僚だろう。女性三人で入ってきた。
まさかこんなところで鉢合わせるとは思わなかった。小谷個人に嫌な感情があるわけではないが、やはり洋輔とのことを考えるとどうしたって負の感情が芽生えてしまう。彩子は頼むから近くに来ないでくれと祈った。これ以上気持ちをかき乱されたくなかった。
しかし、祈りもむなしく店員は彩子たちの斜め前のテーブルに案内してしまった。
彩子はどうにか恵美との会話に集中しようと頑張ったが、時折漏れ聞こえる会話についつい耳を傾けてしまう。
「さやちゃん、そのチャームかわいいね。前はつけてなかったよね?」
「うん。この前もらったの。かわいいでしょ。すっごく気に入ってるの」
そのチャームとやらが気になって、彩子はついそちらへ視線を向けてしまった。小谷が持ち上げたスマホにはかわいらしいお花の飾りがついていた。それのことだろう。
「あ、青木さんから?」
「ううん、これは先輩がくれたのだよ」
あーもう聞きたくない、彩子はそう思うが彩子の耳はその会話を勝手に拾ってしまう。
「先輩ってもしかして松藤さん?」
「うん、そう」
やはり洋輔だ。あのときあの店にいた洋輔が思いだされる。もちろんあのとき買ったものかはわからないし、クリスマスプレゼントではなくて、ほんのささやかな贈り物だったのかもしれない。だが洋輔が恋人以外に贈り物をするということ自体がもう普通ではないのだ。特別だと言っているのと同じだ。どうしたって彼女が本物で、彩子は偽物でしかないのだ。
せっかく時間をかけて修復したというのに、また心に大きな傷ができてしまった。
けれどそれでよかったのかもしれないとも思う。洋輔の優しさに触れ続ければ、いつか自分こそが本物だと思い違いをするときがくるかもしれない。そうなる前に釘を刺されたのだ。心は痛くてしかたないが、洋輔の隣にいるためにはきっと必要なことだ。彼の痛みだってわかってあげられる。
心の傷は見えないように覆い隠してしまえばいい。自分さえ知っていればいいのだ。洋輔が知る必要はない。そうすればきっとこれからも幸せな時間を共有することだってできるはずだ。
取り繕えなかった彩子の表情に恵美は気づいたようだが、何でもないと言って踏み込ませなかった。
彩子は会社に戻るころにはすっかり笑顔の仮面をかぶっていた。
帰省している数日間、洋輔とは少し電話で話したものの当然顔は合わせていない。それは心の修復期間としてちょうどよかったのかもしれない。
家族と過ごす時間はとても心休まるものだった。親に甘えてだらだらとしていたら、手伝えと怒られてしまったが、それすらも居心地のいいものだった。
大学生の弟にお年玉を渡してやれば、「姉ちゃん、ありがとう。大好き」と言われてまんざらでもなかった。七つも年が離れているせいかかわいくてしかたないのだ。
そんなふうにして彩子はしっかりと癒され、いつもの自分に戻ってから、一人暮らしの自宅へと帰ってきた。
年明け最初の出勤日。彩子は恵美と一緒にランチに出かけた。
「彩子は実家に帰省してたんでしょ?」
「うん。まあ、近いからいつでも帰れるんだけどね。恵美は?」
「私も帰省してたよ。もうさ年末年始は飛行機高いんだよ。出費が……」
「実家遠いと帰省も大変だよね。楽しかった?」
「まあ実家だし、普通だよ。でも、地元の友達に会ったのは楽しかったかな。あ、これお土産」
恵美の実家は北海道だ。何をもらってもハズレがないから嬉しい。
「やった! ありがとう。恵美がくれるお土産はいっつもおいしいんだよね。私はいつもと同じやつだけど。はい」
「ありがとう。私は好きだよこれ」
恵美に渡したのは何の変哲もないただのお饅頭だが、恵美はいつも喜んでくれるのだ。
そうして恵美と楽しく会話をしていれば、新たに客が入ってきたようで店員が「いらっしゃいませー」と声をかけている。彩子が何気なくそちらに目を向けてみれば、なんとそこには小谷の姿があった。一緒にいるのはおそらく同僚だろう。女性三人で入ってきた。
まさかこんなところで鉢合わせるとは思わなかった。小谷個人に嫌な感情があるわけではないが、やはり洋輔とのことを考えるとどうしたって負の感情が芽生えてしまう。彩子は頼むから近くに来ないでくれと祈った。これ以上気持ちをかき乱されたくなかった。
しかし、祈りもむなしく店員は彩子たちの斜め前のテーブルに案内してしまった。
彩子はどうにか恵美との会話に集中しようと頑張ったが、時折漏れ聞こえる会話についつい耳を傾けてしまう。
「さやちゃん、そのチャームかわいいね。前はつけてなかったよね?」
「うん。この前もらったの。かわいいでしょ。すっごく気に入ってるの」
そのチャームとやらが気になって、彩子はついそちらへ視線を向けてしまった。小谷が持ち上げたスマホにはかわいらしいお花の飾りがついていた。それのことだろう。
「あ、青木さんから?」
「ううん、これは先輩がくれたのだよ」
あーもう聞きたくない、彩子はそう思うが彩子の耳はその会話を勝手に拾ってしまう。
「先輩ってもしかして松藤さん?」
「うん、そう」
やはり洋輔だ。あのときあの店にいた洋輔が思いだされる。もちろんあのとき買ったものかはわからないし、クリスマスプレゼントではなくて、ほんのささやかな贈り物だったのかもしれない。だが洋輔が恋人以外に贈り物をするということ自体がもう普通ではないのだ。特別だと言っているのと同じだ。どうしたって彼女が本物で、彩子は偽物でしかないのだ。
せっかく時間をかけて修復したというのに、また心に大きな傷ができてしまった。
けれどそれでよかったのかもしれないとも思う。洋輔の優しさに触れ続ければ、いつか自分こそが本物だと思い違いをするときがくるかもしれない。そうなる前に釘を刺されたのだ。心は痛くてしかたないが、洋輔の隣にいるためにはきっと必要なことだ。彼の痛みだってわかってあげられる。
心の傷は見えないように覆い隠してしまえばいい。自分さえ知っていればいいのだ。洋輔が知る必要はない。そうすればきっとこれからも幸せな時間を共有することだってできるはずだ。
取り繕えなかった彩子の表情に恵美は気づいたようだが、何でもないと言って踏み込ませなかった。
彩子は会社に戻るころにはすっかり笑顔の仮面をかぶっていた。
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