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学院編 1 魔力測定で危機一髪
02 悪役令嬢は人だかりに驚く
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ハーリオン侯爵家令嬢四姉妹の部屋は、入学に当たり寮の二人部屋を繋げて改装したもので、実家と同じように四つのベッドが並んでいる。連れて来ることができる使用人の数は、侯爵家ならば二人である。これは一学年あたりの人数なので、例えば三年と一年に在籍する兄弟の場合は二人×二人で四人の使用人を連れて来てもよいが、四つ子は同じ学年のため、たった二人の使用人が彼女達の世話をしなければならない。従って、人選は難航を極めた。
「お嬢様方、そろそろお出になりませんと」
厳しい人選を勝ち抜いたのは、侯爵家きってのハイスペック侍女のリリーである。もう一人はリリーの夫のロイドで、二人は敷地内の使用人用宿舎で暮らしており、朝に四姉妹の部屋へ出勤してくる。
「エミリーちゃん、いつまで隠れているつもりなの?」
「行きたくない……」
「初日から登校拒否か?入学式くらい出なきゃだめじゃん」
ミニスカートの下にジュリアから借りた黒いオーバーニーソックスを履いているものの、脚の線は丸出しである。身体の線が見えないだぼっとした服を好むエミリーには、羞恥に耐えがたいものがあった。
「三人で囲んで見えないようにしてあげるから。ほら、行こう!」
ジュリアにぐいぐい腕を引っ張られ、エミリーは寮の部屋を出た。四人の背中に向かって、リリーが「行ってらっしゃいませ」とお辞儀をした。
◆◆◆
女子寮から出ると、既に在校生と新入生で人だかりができていた。
「何なのかしら?」
「部活の勧誘でもやってるんじゃない?」
「学院にも部活があるのかなあ?」
「ゲームにはなかった」
「行ってみましょう」
外階段へ一歩踏み出すと、人垣が一気に左右に割れた。
「ええっ?」
「リアルモーセ……」
長く伸びた列の向こうから、数名の生徒が歩いてくる。
深緑色のブレザーを着たセドリックを中心に、レイモンド、茶色いブレザーに四姉妹と同じ赤いネクタイのアレックス、黒いブレザーのキースである。四人を見守る、というか単なる野次馬の集団は、彼らがハーリオン家の四姉妹を迎えに来たのをひたすら羨んでいた。
「入学おめでとう」
セドリックが真っ先に声をかけた。海の色の瞳は、真っ直ぐマリナへ向いている。
「ありがとうございます、セドリック殿下。一年ぶりですね」
「正確には一年と九か月と二十六日ぶりだよ」
――そこまでカウントする?
マリナは弾ける笑顔を向ける王太子にドン引きした。
「おめでとう、アリッサ。会いたかったよ」
「私もお会いしたかったです!レイ様!」
隣ではレイモンドが蕩けるような笑みを浮かべてアリッサを抱き寄せている。周囲から悲鳴のような歓声が漏れる。「レイモンド様が笑った!」「鉄面皮のレイモンド様が満面の笑みを」「雪が降るんじゃないか」とひそひそと話している。
「おはよー、アレックス」
「あ、うん、おはよう。ってか、何だよその恰好……」
アレックスはジュリアの脚に目が釘付けだ。
「え?カッコよくない?」
「お前さ、女だっていう自覚ないだろ」
「脚は見えてないでしょーが。ほらソックス履いてるし」
厳密に言うと、ショートパンツとオーバーニーソックスの間には隙間があり、ジュリアの白い腿が見えている。アレックスは俯いて目を逸らした。
頭を抱えるアレックスの隣で、キースが彫像のように固まっていた。目の前にはミニスカートのエミリーが、「何か一言しゃべったら殺す」とでも言わんばかりの形相でこちらを睨んでいたからだ。
「あ、あの……」
「何も言うな。言ったら……」
エミリーの手に紫色の魔法球が浮かび上がる。
「言いません。言いませんから、何も。ほら、皆さんと一緒に行きましょう、講堂へ」
先に歩き出していたマリナ達の後を追って、エミリーは渋々講堂へ向かった。
◆◆◆
後に残された野次馬の群れは、思い思いに感想を述べた。
「ご覧になりまして?ハーリオン家の皆様の……」
「何ですの?あの短いスカートは!」
「黒いソックスでしたけれど、脚が見えていましたわね」
「私は、あれはあれで可愛らしく思いましたけど」
「まあ、あなたあれを許せますの?」
「アレックス様はジュリア様の脚に釘付けでしたわね」
「年頃の男子ですもの。仕方がありませんわ」
「キース様も動揺されていらっしゃいましたし」
「キース様と言えば、エミリー様とはどうなんですの?」
「王太子殿下のパーティーでダンスパートナーを務めるくらいですもの、ハーリオン侯爵家とエンウィ伯爵家も公認の関係では?」
「これはという男性は皆、ハーリオン侯爵家の四つ子が攫っていきますのね。まったく腹立たしいこと」
「私の婚約者も四人に見とれていましたわ。悔しいぃぃぃ!」
「大丈夫ですわ皆様。私達にもまだ機会はございます」
「どのような?」
「ハーリオン家の四姉妹が、スキャンダルを起こせばどうなりますの?」
「それは……婚約破棄かしら?」
「長い学園生活は始まったばかり。これからいろいろなことがありますわね」
「あの方々が、婚約者に愛想をつかされることもあるのではなくて?」
「私達は見ていることしかできませんわよ」
「そうかしら?」
「少しだけ、お手伝いして差し上げたらよろしいのですわ。噂を多少膨らませたところで、誰も咎めませんものね」
「その通りです。うふふ……」
ゲームに出てこない名も知れぬ令嬢達は、それはそれは楽しげに笑いあった。
「お嬢様方、そろそろお出になりませんと」
厳しい人選を勝ち抜いたのは、侯爵家きってのハイスペック侍女のリリーである。もう一人はリリーの夫のロイドで、二人は敷地内の使用人用宿舎で暮らしており、朝に四姉妹の部屋へ出勤してくる。
「エミリーちゃん、いつまで隠れているつもりなの?」
「行きたくない……」
「初日から登校拒否か?入学式くらい出なきゃだめじゃん」
ミニスカートの下にジュリアから借りた黒いオーバーニーソックスを履いているものの、脚の線は丸出しである。身体の線が見えないだぼっとした服を好むエミリーには、羞恥に耐えがたいものがあった。
「三人で囲んで見えないようにしてあげるから。ほら、行こう!」
ジュリアにぐいぐい腕を引っ張られ、エミリーは寮の部屋を出た。四人の背中に向かって、リリーが「行ってらっしゃいませ」とお辞儀をした。
◆◆◆
女子寮から出ると、既に在校生と新入生で人だかりができていた。
「何なのかしら?」
「部活の勧誘でもやってるんじゃない?」
「学院にも部活があるのかなあ?」
「ゲームにはなかった」
「行ってみましょう」
外階段へ一歩踏み出すと、人垣が一気に左右に割れた。
「ええっ?」
「リアルモーセ……」
長く伸びた列の向こうから、数名の生徒が歩いてくる。
深緑色のブレザーを着たセドリックを中心に、レイモンド、茶色いブレザーに四姉妹と同じ赤いネクタイのアレックス、黒いブレザーのキースである。四人を見守る、というか単なる野次馬の集団は、彼らがハーリオン家の四姉妹を迎えに来たのをひたすら羨んでいた。
「入学おめでとう」
セドリックが真っ先に声をかけた。海の色の瞳は、真っ直ぐマリナへ向いている。
「ありがとうございます、セドリック殿下。一年ぶりですね」
「正確には一年と九か月と二十六日ぶりだよ」
――そこまでカウントする?
マリナは弾ける笑顔を向ける王太子にドン引きした。
「おめでとう、アリッサ。会いたかったよ」
「私もお会いしたかったです!レイ様!」
隣ではレイモンドが蕩けるような笑みを浮かべてアリッサを抱き寄せている。周囲から悲鳴のような歓声が漏れる。「レイモンド様が笑った!」「鉄面皮のレイモンド様が満面の笑みを」「雪が降るんじゃないか」とひそひそと話している。
「おはよー、アレックス」
「あ、うん、おはよう。ってか、何だよその恰好……」
アレックスはジュリアの脚に目が釘付けだ。
「え?カッコよくない?」
「お前さ、女だっていう自覚ないだろ」
「脚は見えてないでしょーが。ほらソックス履いてるし」
厳密に言うと、ショートパンツとオーバーニーソックスの間には隙間があり、ジュリアの白い腿が見えている。アレックスは俯いて目を逸らした。
頭を抱えるアレックスの隣で、キースが彫像のように固まっていた。目の前にはミニスカートのエミリーが、「何か一言しゃべったら殺す」とでも言わんばかりの形相でこちらを睨んでいたからだ。
「あ、あの……」
「何も言うな。言ったら……」
エミリーの手に紫色の魔法球が浮かび上がる。
「言いません。言いませんから、何も。ほら、皆さんと一緒に行きましょう、講堂へ」
先に歩き出していたマリナ達の後を追って、エミリーは渋々講堂へ向かった。
◆◆◆
後に残された野次馬の群れは、思い思いに感想を述べた。
「ご覧になりまして?ハーリオン家の皆様の……」
「何ですの?あの短いスカートは!」
「黒いソックスでしたけれど、脚が見えていましたわね」
「私は、あれはあれで可愛らしく思いましたけど」
「まあ、あなたあれを許せますの?」
「アレックス様はジュリア様の脚に釘付けでしたわね」
「年頃の男子ですもの。仕方がありませんわ」
「キース様も動揺されていらっしゃいましたし」
「キース様と言えば、エミリー様とはどうなんですの?」
「王太子殿下のパーティーでダンスパートナーを務めるくらいですもの、ハーリオン侯爵家とエンウィ伯爵家も公認の関係では?」
「これはという男性は皆、ハーリオン侯爵家の四つ子が攫っていきますのね。まったく腹立たしいこと」
「私の婚約者も四人に見とれていましたわ。悔しいぃぃぃ!」
「大丈夫ですわ皆様。私達にもまだ機会はございます」
「どのような?」
「ハーリオン家の四姉妹が、スキャンダルを起こせばどうなりますの?」
「それは……婚約破棄かしら?」
「長い学園生活は始まったばかり。これからいろいろなことがありますわね」
「あの方々が、婚約者に愛想をつかされることもあるのではなくて?」
「私達は見ていることしかできませんわよ」
「そうかしら?」
「少しだけ、お手伝いして差し上げたらよろしいのですわ。噂を多少膨らませたところで、誰も咎めませんものね」
「その通りです。うふふ……」
ゲームに出てこない名も知れぬ令嬢達は、それはそれは楽しげに笑いあった。
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