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学院編 4 歓迎会は波乱の予兆

112 悪役令嬢は首つりをしようとする

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マシューともつれあったエミリーは、ステージから消えた後、二か所に転移して彼を振り切り、自分の部屋に戻って来た。
「はあ……疲れたぁ……」
転移魔法の連続発動が身体に堪え、ベッドに顔から倒れた。物音に気づいたリリーが寝室のドアを開けた。
「エミリーお嬢様、お早いお戻りですね」
「うん……」
「午後の授業はよろしいんですか?」
「歓迎会だから、別に……」
そうでしたわね、と侍女は受けあう。
「マリナお嬢様は司会、アリッサお嬢様はピアノを弾かれるとか」
「うん。……見てないけど」
「お二人なら心配ございませんものね」
「うん……ちょっと寝る」
「かしこまりました。お休みになる前に、制服を脱いでくださいますか」

   ◆◆◆

勢いのままにレイモンドを置いて逃げてきたアリッサは、講堂から外に出て学院内の庭園に出た。
「……ここ、どこ?」
見たことがあるようなないような。特別に珍しい花もなく、見たところ普通の花壇しかない。木立にも特徴がなく、建物は少しだけ遠くに見える。多分校舎棟なのだが、アリッサにはこの場所が分からなかった。
「歩いていれば、寮に着くかしら?」
マリナにも黙って出てきてしまったのだ。迷っても助けが来るとは思えない。
ましてや、レイモンドが来るはずがない。

アリッサは狭い歩幅でとぼとぼと歩きながら、ピアノを弾いた瞬間に発動した魔法について考えていた。一音鳴らすのがきっと、魔法発動の引き金なのだ。
――ピアノが変だったわ。レイ様は信じてくれなかったけれど。
自分には鍵盤が見えなかった。白い一つの物体に見えていたが、うまく説明できなかったばかりに、レイモンドには弾けないのかと言われてしまった。
「レイ様に、嫌われちゃった」
口に出すと、ぶわっと涙が溢れてくる。
幼い頃に図書館で出会ってから、お互いに信頼できる関係になったと思っていたのに、レイモンドはアリッサを信じてくれなかったのだ。自分は彼の全てを信じているし、何よりこの上なく大好きなのに。裏切られた気持ちになって、胸が苦しくなっていく。
「私は知らなかったんだもの……魔法をかけてあるなんて」
泣きじゃくり黄色いドレスに涙がぽたぽたと落ちていった。ハンカチを持って来なかったのが残念でならない。首に巻かれているドレスと共布のスカーフを外し、ハンカチの代わりに目に当てた。滑らかな生地はあまり涙を吸い取ってはくれない。クシャクシャになっているのも問題だった。
アリッサはスカーフを広げて四角く畳もうとした。結び目が固くて解けず、頭を通して肩から外した。
が。
「あっ!」
黄色いスカーフは風に吹かれて舞い上がり、近くの木の枝に引っかかった。

   ◆◆◆

歓迎会が終わるや否や、レイモンドはセドリックに行先を告げて講堂を出た。厳密には行先は決まっていなかった。とにかく、出ていって戻らないアリッサを探さなければ。
小走りに廊下を進むと、先に出ていった生徒達が歩いている。
「アリッサ……黄色いドレスの彼女を見なかったか?」
片っ端から聞いていくが、アリッサが出ていってから生徒達が講堂を出るまでにいくらか時間が空いている。生徒達は口々に「見ていない」と言う。
――足で探すしかないか。
渡り廊下から外に出て庭園を走った。広く見渡せるところまで来ると、木立の向こうに黄色い影が動いたような気がした。
「アリッサ!?」
普段は庭を走るなんてしたことはなかったが、レイモンドの足は自然と駆け足になっていた。低木の並ぶ場所の向こう側に回り込んだ。

「……!」
見間違いではなかった。黄色い人影は彼の婚約者のアリッサだった。
彼女が跳ねる度に、ドレスがふわふわと揺れている。
「何をしている!」
アリッサは木の枝にスカーフを吊るし、必死に跳ねてそれを掴もうとしている。
「許さない!」
「きゃっ」
レイモンドは大股でアリッサに近寄ると、背中側から長い腕で抱きすくめた。
「レイ様……」
「あれしきのことで死を選ぶなど……俺が許さない」
――し……死?レイ様は私が死ぬと思ってるの?
スカーフを外して露わになった首に、雫が落ちるのを感じた。耳には微かに嗚咽が聞こえる。
「泣いて……る?」
身を捩って彼の方を向こうとするが、固く抱きしめられて動けない。
「振り向くな」
腕に力が込められた。
「俺を見ないでくれ。……泣き顔を見られたくない」
アリッサは渾身の力で振り返り、彼の腕の中で向きを変えた。見上げれば、緑色の瞳からはらはらと涙を零すレイモンドの顔があった。
「見るな」
「泣かないで……」
両掌で彼の頬を包んだ。
「私は死んだりしません。……あなたが願う限り、私は」
「……お願いだ。俺を見捨てないでくれ」
――見捨てる?レイ様が私を見捨てても、私が見捨てるなんてこと……。
「レイ様は、期待を裏切った私がお嫌いでしょう?だから、私、距離を」
置いて、と続けようとしたが、ステージに上がるために濃いめに紅をさした唇は、涙に頬を濡らしたレイモンドの唇で塞がれる。
「んん……んっ」
「俺が君を信じなかったから、もう俺を嫌いになったのか。……死のうとしたのか?」
唇が触れあう距離で囁かれた。
自信家で堂々としているレイモンドが、縋るような瞳でアリッサを見ていた。
「嫌いになんか、なれないです」
「そうか。……俺は君が好きだ」
「ピアノで、弾き始めを失敗しても?」
先程の悪夢がよみがえる。
「ああ。必死に練習する姿も、終わって礼をしたところも、全部だ」
「人前で話すのが得意ではありませんし、ダンスは上手に踊れませんわ」
「知っている。幸い、俺は人前で話すのが得意だし、ダンスもリードできる」
「私、合格点に行かないんですよ?」
「そうだろうな」
「それなら、どうして……私、全然完璧な令嬢じゃないんですよ?」
「分かっているさ。何年一緒にいると思ってるんだ」
「完璧じゃないんですよ?いいんですか?」
はあ、とレイモンドが溜息をついた。
「いいに決まっている。俺がいいと言ったんだ、うじうじ悩むな。俺はありのままの君が好きだ。努力する君を見るのは楽しい」
「レイ様に追いつくために必死なんです」
アリッサの肩が細かく震えているのを感じ、レイモンドは腕を緩めた。
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