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学院編 7 学院祭、当日

217 悪役令嬢はヒロインの目的を知る

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「こんなところへ連れてきて、どういうつもりよ」
アイリーンは鬼のような形相でエミリーを睨む。エミリーが選んだ転移先は、誰もいない魔法科練習場だった。講堂からはかなりの距離がある。
「あそこにいたら、王太子をもっと『魅了』の魔法で騙すから」
「騙す?ハッ、何言ってんのよ。王太子殿下はマリナに騙されてるのよ。私が正しい道に戻してあげてるの。感謝されても、咎められる筋合いはないわ」
常に上から目線でエミリーに高圧的な態度を取る。どちらが悪役令嬢だか分からない。
「……何が正しいかは、王太子本人が決めること。あんたが決めることじゃない」
「あら、ヒロインは正義でしょ。あんたたちは『悪役』令嬢なんだから、悪に決まってる。そんな女に誑かされている王太子殿下を、私が更生させて差し上げるの」
――何も、悪いことなんてしてないのに!
「……誑かしてない。何年もかけて関係を築き、信頼しあってきたの。それに、マリナは王妃になるのに相応しい教育を受けて頑張ってきた。あんたは何かした?『魅了』魔法を覚える以外に」
「私は『王妃』になんてならないもの。ゆくゆくはセドリック王から譲位されて女王になるのよ。宰相も騎士団長も魔導師団長も一新されて、皆私に傅くのよ。私が法、私が正義になるの」
――女王!?ハーレムエンドか?
「女王になるために、王太子殿下は外せないコマなわけ。あんたたちは役割通り、おとなしく処刑されなさいよ」
「……嫌だ」
――あんたの歪んだ欲望のために、人生を諦めたくない!
「そう。でもいいわ。あんた達がいくらあがいても、どうせ私が勝つんだから。私を抑え込んだつもりでも、物語は私を助けるように動いていくのよ」
誰もいないのをいいことに、アイリーンは思い切り高笑いをした。
「一人ずつ絶望の淵に落としていくのもいいわね。……もちろんあんたもね、エミリー」
口の端を上げて笑い、流し目でエミリーを捉えた。

   ◆◆◆

「セドリック様が……好き」
しばらく黙っていたマリナがついに口を開いた。涙の理由を考えて、自分の中で腑に落ちたのだ。ジュリアはさらにいい笑顔になって姉を見た。
「いつでも隣にいられると思っていたの。……少し、強引で思い込みが激しくて、困ったところもある方だけれど、でも」
「でも?」
「私のことを本気で考えて、心からの言葉をくださるの。……私は王太子妃候補の立場に甘んじていたのだわ。いつまでもセドリック様が私に心を向けてくださると、バッドエンドなんて来ないと、高をくくっていたのね」
「心変わりされるとは思わなかった?シナリオ通りなら捨てられるんだよ?」
「架空の話のような気がしていたの。子供の頃から仲良くしてきて、確実にシナリオとは違うでしょう?」
「幸せになれるって期待してた?」
「ええ、そうよ。この世界が乙女ゲームの『とわばら』なんかでなくて、よく似た別世界の可能性もあるって、考えるくらいにはね」
マリナは自嘲した。
「セドリック様の気持ちを心のどこかで疑って、攻略対象者だからって話半分に聞いていた。彼の手を取るのを躊躇って、何度も傷つけて……。無条件で彼の気持ちを信じると決めた時には手遅れだなんて。とんだ間抜けね、私」
「手遅れなんかじゃないよ、マリナ!」
姉の手をぎゅっと握り、ジュリアは力強く言った。
「マリナさ、ちゃんと殿下に好きだって言ってないでしょ?殿下も不安だから、アイリーンなんかに騙されるんだよ。不安がなかったら、もっと強い気持ちがあったら、『魅了』だって跳ね飛ばせるよ」
瞳は真剣に輝いている。ジュリアがアレックスにかけられた『魅了』の魔法を解けたのは、偶然効果が切れて解ける頃だったのか、それとも意志の力だったのか。少なくともジュリアは意志の力、愛の勝利だと思っているようだ。
「諦めたら終わりだよ。……マリナ、まだ試合は終わっていないよ」

   ◆◆◆

王立学院の応接室で、ルーファスは父を待っていた。父・エルノー伯爵は学院祭一日目に、アスタシフォン特使、所謂来賓として訪れた。王立学院に留学しているリオネル王子、ルーファス、ノアの三名の活躍を見て歓喜していた。
「やあ、待たせて悪かったね」
「別に、たいして待っていません」
「はは……ルーは相変わらずだね。そんな様子じゃ、殿下にも愛想をつかされるよ?」
「放っといてください!」
頬を紅潮させて、ルーファスはぷいっと横を向いた。
「……それで?何の用ですか?」
「帰国のことだよ。あと一週間もすれば、殿下とお前とノアはアスタシフォンに戻る。だが、その前に調べておきたいことがあるんだ」
「父上が直々にお調べになった方が早いのでは?学生は滅多なことでは学院から出られないのはご存知でしょう?」
「そうだね。外で調べられることならね」
「……と、言うと。調べたいのは、学院の中、なのですね」
「学院祭の間に接触を試みたが、どうも難しくてね」
カタン。
伯爵はテーブルの上に小瓶を置いた。
「薬瓶ですね」
「見てごらん。先日から我が国で出回っている薬だ。解毒薬として売られている」
「販売元は……『ビルクール海運』?確か、ハーリオン侯爵が経営している会社ですね」
「瓶に書かれた謳い文句の通り、ユーデピオレの成分は解毒作用があるとされているが、王都の診療所では効果に疑問の声が上がっている」
ルーファスは目を眇めた。
「つまり、偽物を掴まされている、と」
「王太子殿下が飲まされた毒の入手経路然り、ユーデピオレ解毒薬然り、何やらビルクール海運が関与していると見ているのだが、港の会社組織には船に詳しい人物はいても、薬に詳しい人物はいないようだ。王都から直接指示を受けているのではないか」
「ハーリオン侯爵令嬢には何度か会っていますが、それほど薬学の知識はなさそうでした。植物について全くと言っていいほど知らない娘もいましたし。……ただ、一人気になるのは」
「誰だ?」
「はい。この瓶に書いてある名前、『ハロルド・ハーリオン』。彼は確かに植物に詳しいようです。黒幕は彼かもしれません。父上が接触しようとしたのは、彼なのでしょう?」
「ああ。ノアからも報告を受けたが、ハロルドは実家と頻繁にやりとりしている風でもなく、ビルクールと連絡を取っている様子もない。帰国するまでに、奴の尻尾を掴めるか?」
「……やってみます」
「頼んだぞ」
深く頷いた息子に目を細め、エルノー伯爵は応接室を後にした。
残されたルーファスは、肘掛椅子に大の字になり、はーっと大きく息を吐いた。
「簡単に言うよな……」
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