ツンデレ貴公子は守備範囲外なので悪役令嬢に押し付けたい

青杜六九

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乙女ゲーム以前

ありがた迷惑 -side C-

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「クラウディオ、これが何だか分かるな?」
僕を書斎に呼び出した父上は、机の上に大量の封筒を置いた。
白い、縁に透かし模様がある封筒だ。同じ筆跡で、どれもエレナ宛てだ。
「……」
「知っているのだな?」
「……はい」
「デラガルサ伯爵から相談を受けた。エレナが変な男に目をつけられて、毎日大量の手紙を送りつけられていると。相手の男は使者を伯爵家で待たせ、手紙の返事を受け取るまで居座るそうだ。恐ろしいと思わないか?」
青い瞳が鋭く光った。
――父上は、全てご存知だ。
何を言っても取り繕えない。叱られるのだ。
「……父上。正直にお話しします」
「そうか。では、包み隠さず話してくれ」

僕は父上にありのままを話した。
初対面で絶叫されてから、エレナの前では緊張してうまく振る舞えないこと、つい酷いことを言ってしまい毎回後悔していることを。
「ううむ……では、手紙は?」
手紙を書いたら、他人だと思われたのを幸い、クラウディオではない人間として彼女に思いを伝えようとしたが、気味悪がられて拒否された。彼女の気持ちを聞きだそうとしたのだと、僕は半分泣きながら父上に訴えた。
「……うむ」
父上は黙り込んでしまった。
「不器用なのだな、お前は。他のことは何でも簡単にできてしまうのに」
「……すみません。手紙はもう二度と書きません。伯爵様にお伝えください」
礼をして出て行こうとした僕を、父上が呼び止めた。
「これはまたとない機会だぞ、クラウディオ」
「何ですか?」
「変質者に付きまとわれているエレナを守るという大義名分ができた。彼女が出かける時にはお前が必ずついていくことにしよう。いいな?」
「ええっ……父上、僕の話を聞いていたでしょう?僕はエレナの前ではうまく話せないんですよ?また彼女を傷つけてしまったら……」
何度も泣き顔を見た。エレナを泣かせたくない。
「不安なら極力話すな。そのうち、慣れたら少しずつ会話を増やせばいい」
「父上……」
若い頃からモテ男だった父上は、女性へのアプローチに苦労したことがない。相手を褒めるのもお手の物だ。社交の場ですぐ傍で見ていて、到底真似できないと思った。
「ビビアナも一緒に連れて行け。お前の力になってくれるだろう」

   ◆◆◆

父上にはああ言われたけれど、エレナを誘う気にはなれない。
拒絶されたら立ち直れない。
僕は悶々としながらビビアナから借りた小説を読んでいた。

初々しい少女が主人公で、恋人は少し年上の騎士だ。秘密の庭と名付けた小高い丘の花畑で、二人は将来を約束し、初めてのキスをする。もどかしいような、触れるだけのキスを。

キスか……。
僕は初めてのキスになるけれど、エレナは初めてではないんだよなあ……。
複雑な気持ちだ。
絶対、他の男と比べられて、『クラウディオはキスが下手くそ』などと陰口を叩かれる。
この間、パーティーで噂話をしていた年上の令嬢達が、誰がキスが上手か話していた。そんなに何人もとキスするものなのか?彼女達に騙されている男が可哀想だ。
エレナはそんなことしないといいな。

……噂はしないとしても。
僕を嫌っているのだから、キスなんてありえない。
絶叫して逃げ出すに決まっている。きっとあの日の悪夢の再来だ。

バン!ガン!
勢いよく開いたドアが壁にぶつかって跳ね返った。
「お兄様!特訓よ!」
白くて長い布を持ったビビアナが飛び込んできた。
「いきなり何……え、やめてよ、何するんだよ」
椅子に座っていた僕の背後に回り、ビビアナは僕の目を覆うように布を巻いて後ろで結んだ。
「目を閉じても歩けるように訓練するわよ!」
「何の冗談?いろいろなものにぶつかって壊したらどうするんだよ」
「エレナ様を見ると緊張するんでしょう?だったら、見なくていいようにするの。目を閉じて生活できるようになれば、お兄様も普通の恋する男子になれるはずよ」
ビビアナの発想にはいつも驚かされる。確かに、目を瞑っていれば、エレナの視線にドキドキしないかもしれない。
「必要な時以外は目を……って、無理だよ。ぶつかってしまうよ」
「ほら、立って。歩いてみて」

ビビアナに猛特訓され、僕は何度も何度も壁に激突した。ベッドの支柱にぶつかり、テーブルの脚にひっかかって転んだ。
「……この練習、何か役に立つの?」
打ち身が全身にある気がする。
「だから、目を開けなくても歩けるように……」
「ビビアナ、痛いよ……」
「黙れ」
げし。
蹲った僕の背中に何かが……うん、見なくても分かる。妹の足だ。ヒールがある靴で蹴られた。
「この程度で痛いとかほざくな」
「ヒィイ」
ビビアナ、我が妹とは思えない怖さじゃないか。
「分かる?お兄様。エレナ様はもっと痛いのよ?」
そう言いながら、ビビアナは僕の足を払った。

   ◆◆◆

その後も、毎日ビビアナの特訓を受けた。
目を閉じて後ろ向きに歩く練習を続けて、廊下の端から端まで壁にぶつからずに歩けた時は、達成感でいっぱいになった。調子に乗って後ろ向きに歩いていたら、廊下に飾ってあった父上お気に入りの像を落として壊してしまい、特訓は中止になった。

「ふぅ……他の方法を探すべきね」
ビビアナは腕組みして僕を見つめた。
「目を閉じて歩く練習は終わりかい?」
「ええ。次は、そうね……その道の上級者に教わりましょうか」

ビビアナは恐るべき行動力で、とある知り合いに手紙を書いた。明日僕を連れてお邪魔したいと。
「誰に手紙を書いたの?」
「ファブリシオ様よ」
「ビビアナ、あいつと仲がいいの?やめておけ、あれは女と見れば口説く浮気男だぞ」
「だからいいのよ」
いい?あんなのがか?
「ファブリシオ様は、女性と話す時に緊張しないでしょう?上手に相手の気持ちを聞きだして手玉に取……コホン、優しく接することができる方よ。お兄様に必要な技を持っているわ」
「……僕があいつに教わるのか?」
「他に誰がいるの?」
「思い当たらないけど、抵抗感が……」
ダン!
ビビアナの靴のかかとが僕の足にめり込む。
「とにかくやってみなさいよ。お兄様に足りないのは勇気だわ」

   ◆◆◆

妹同伴で現れた僕を見て、ファブリシオは眉を寄せた。
「ビビアナ、君が僕に会いに来てくれるとばかり思っていたのに、どうしてクラウディオが一緒なのかな?」
「お手紙には兄も一緒にと書きましたわ」
「そう?ごめんね、君から手紙をもらって嬉しくなっちゃって、手が震えて読めなかったよ」
何だ?
どういう意味だ?
ファブリシオは手が震える老人なのか?
ビビアナは平然として、手の甲にファブリシオのキスを受けた。
「まあ、他の方のお手紙を読むのが忙しくて、私からの手紙は読み飛ばしたのでしょう?」
「言ってくれるね。君のそういう毒舌なところも可愛いよ」
「ふふ。今日は、ファブリシオ様にお願いがあって参りましたの」
笑顔でかわしたビビアナは、隣に立つ僕の背中を押した。
「私の兄、クラウディオに、あなたの技をお教えいただきたいのです」
「技?」
「……あ、ああ。君の……その、話術を」
「話術?普通に話せているじゃないか、な?クラウディオ」
僕への指導を断り、やんわりと早く帰れと言いたいようだ。ビビアナを残してくれればそれでいいとばかりに、笑顔でバンバンと肩を叩く。
「僕はどうも、会話がうまくできないんだ。君は、ご婦人方とも上手に話せているだろう?」
「あー、……込み入った話なら、僕の部屋で聞こうか?」

「つまり、あれか。君は宝石の瞳と夕焼け空の髪を持つ可愛い婚約者の前では、緊張して素の自分が出せない、と」
「そうなんだ。話せば思ってもない言葉が出てしまうし、うまく態度にも出せない。でも、もうすぐ祖母の誕生会があって、その場で正式に婚約が発表されるんだ」
「進退窮まったってところか。いっそ、正式発表をなしにすればいい」
「え……」
「君が普通に接することができるまで、冷却期間を置くんだよ。互いに愛人を連れ込む冷え切った仮面夫婦みたいになれば、好きすぎて緊張するなんてこともないし」
「仮面婚約者ってことですのね?」
「だって、そうだろう?両家の親の手前、婚約している必要があるんだから。どうしても同行しなければならない時だけ誘えばいいよ。そのうち、君も他の女の子に目が向くだろう。もちろん、彼女もね」

ファブリシオの提案は意外だった。
確かに、彼が持つ技術を僕が全く習得できなかったのは理由の一つではあるが……。
うまく話せない奴は諦めろということか?

   ◆◆◆

おばあ様の誕生会の日が来てしまった。
待望ではなく、まさに来て「しまった」という感じだ。僕には不安しかなかった。

伯爵家に馬車で迎えに行く。エレナはまだ支度をしているところだった。
手持無沙汰で廊下の骨董品を眺めていると、向こうから小走りで近づいてくる足音がした。
「エレナ」
ドアに手をかけた彼女に声をかけると、エレナはこちらを向いた。
ドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキ……。
急に心臓が暴れ出した。
「……」
言葉が口から出ない。いや、出ない方がいい。
無言でエスコートの手を差し出した。エレナは僕の手と顔を何度か交互に見て、
「クラウディオ様。わざわざお迎えにきてくださって、ありがとうございます」
と礼をした。
どうしよう。何か言わなくては。
今日の君も最高に素敵だ。淡い色のドレスは特に似合うけれど、花のように可憐だよ。
ダメだ、ダメだダメだ。
言ってはいけない。言ったらまた彼女を泣かせてしまう。
でも、迎えに来たことを告げてもいいのか?
また余計なことを口走るくらいなら、何も言わない方が……。
混乱して彼女から顔を背け、そのまま廊下の向こうを見た。
「行くぞ」
目を合わせたら終わりだ。後ろ向きに手を差し出すと、柔らかい感触がして、次の瞬間腕を強く引かれた。
「ぅわっ」
こ、転ぶっ!
後ろ向きに転んだら頭を打ってしまうと思い、咄嗟に身体を反転して体勢を立て直そうとしたが……無理だった。

僕はあろうことか、エレナを押しつぶしてしまっていた。
綺麗に整えた髪も乱れ、ドレスも皺になっている。
何よりも……。
唇の端に感じたあの感触は、多分……。エレナの唇?
ドクン、ドクン、ドクン、ドクン……。
全身が心臓になったようだった。エレナが何か言っているのに声が聞こえにくい。
「……あ、ああ」
生返事をしてしまった。口の動きを見れば何を言っているのか分かるような気がして、彼女を直視した。
――失敗だ。余計に心臓がうるさい。

「クラウディオ様、あの……先ほどのことですが」
うぉおおお。そ、それを言わないで欲しかったのに。
「さ、先ほ……ああ、キ、……キス、のことか」
エレナは猛烈に嫌だったに違いない。僕のことを嫌っているし、事故とはいえ不本意な形で唇を奪われたのだから。
そうだ、あれは単なる事故なんだ。恋人同士がするキスとは違うんだ。
「フン。あんなのは数にも入らないだろう?」
だから、君の記憶から消し去ってくれ。頼む。
「したくてしたわけじゃない。……お前はあれを、キスの数に入れるのか?」
あれ?
いや、何か違う。どう言ったらいいんだ?
僕は君を困らせようとしてキスしたんじゃなくて、ええと……。
気にしなくていいから?お互い事故だからと忘れようと言おうと思ったのに。
こんな時、ファブリシオなら何て言うんだろう?
……。
……思い浮かばない。
ああ、やっぱり僕はダメな奴だ。
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