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長く伸びた、二人の影法師(恋愛・ラブコメ)

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「クーデレ」というお題で書いた、マーケティングSSです。
「咲夜。人の寿命が見える私と、来年までに死ぬ彼の話。」の、サイドストーリーとなっています。



「お前って、クーデレだよな」
「死んでください」
「いきなり断罪!?」

 隣を歩く彼女をじっと睨み、俺は憤りの声をあげた。開始一秒、俺を断罪してみせた彼女の名前は加護咲夜(かごさくや)。
 公立青ヶ島高校に通う一年生。
 身長は百五十五センチ。
 体重四十七キロ。(彼女の親友、明日香から聞いた)
 趣味は、恋愛小説を読むことと、綺麗な色の便箋集め。俺と同じく文芸部に所属している後輩だ。
 どちらかというと、おとなしめの性格なので本人はあまり自覚が無いようだが、これが案外モテる。同じクラスのサカグチが、「なあ、今泉。お前の彼女結構可愛くね?」なんて俺の気も知らずに告げてきたことからも明々白々だ。「いや、アイツ俺の彼女なんかじゃねーから。ただの部活の後輩」という物悲しい言い訳をしたのはつい先日の話。トホホ。

「まあ、でも。案外私もくーデレかもしれませんけどね」
「え、そうなの?」
 心臓がドキンと音を立てて大袈裟に跳ねた。
「はい」

 彼女のスペックにやたら詳しいことからお察しのように、俺、今泉京は、コイツの事がちょっと、いやかなり気になっている。だが、コイツはアホみたいに鈍感なので、遠回しにアプローチを繰り返しているのだが、一向になびいてくれないんだよねトホホ。
 今、俺たちは、部活を終えた足で帰途についたところだ。日が西に傾いた空は茜色。街角は帰宅を急ぐサラリーマンや学生でごった返している。まあ、描写が面倒なのでこのくらいでいいだろう。

「家では結構食うデレしていますよ。先輩、甘いもの好きですか?」
「もちろん。甘い展開は大好きだ」
「そうですか……。え? お菓子の話ですよ?」
「ああ、分かってる。甘い展開もお菓子も大好きだ」
「……バカなんですか? まあ、いいや。私、ポテチとかよりチョコレートの方が好きなんです。特にホワイトチョコかな」
「俺のホワイトチョコ」
「死んでください」
「まだ、何も言ってない」
「甘い物を食べると、ストレス解消にいいんですよね。エンドルフィンと、セロトニンという物質がでて、リラックス状態になるんだそうです。甘い物を食べて、ゆったりと気持ちを落ち着けながら、ダレーっとしてます」
「へ、へえ。何を考えながら、デレーっとしているの?」
「んー。だいたい先輩のことかな」
「あ、痛っ」

 不意打ち発言に驚き、躓いて転びそうになってしまう。大丈夫ですか? と咲夜が声を掛けてきたので、「平気、平気」と誤魔化しておいた。動揺を悟られるわけにはいかない。
 俺のことを考えてデレーっとしているだと?
 待て、一旦ここは冷静になるべきだ。
 コイツはクーデレどころか、その実態は「クール」の上に「ツン」なのだ。そんな上手い話なんてあるはずがない。下手に恨みつらみを買ったら、夜道を歩いている時背後からナイフで刺される勢いで油断ならない。(流石に、言い過ぎか)
 ここはひとつ、慎重に会話を運ぶ必要がある。

「へ、へえ。お、俺のどんな姿を想像しているの?」
「いつもニコニコしているところですかね」
「なるほど、ニコニコ」
(ヘラヘラしてるって言ったら、怒るでしょうし)
「なんか言った?」
「いいえ」
「そっか。でも、笑ってる方がやっぱりいいよな」
「そうですね。(バカっぽくて)なんかいいです」
「いまなんて?」
「いいえ?」
「ん、まあ、そうだな。たまには俺の前でデレーっとしてくれてもいいんだぞ。その、なんていうかそういう一面を見せてくれるのも嬉しい」
「嫌ですよ」
「え、なんで!?」
「だって、ダラしなく見えるじゃないですか」
「いや、そんなことはないと思うけど」
「ありますよ。そんな油断しきった顔。先輩には見せられません。とてもじゃないけど恥ずかしいです……」

 恥ずかしい?
 いや、そんな恥ずかしいというか油断しきった顔、むしろ見たいです。是非見せてくださいお願いします。
 どんなおねだり顔なんだろう……。不味いな、妄想が捗る。
 それにしても、これは完全に脈ありって奴なのか?
 行くなら今しかないのか?

「な、なあ咲夜!」

 俺は彼女の両肩をガシっと掴んで、体をこっちに向けさせた。

「は、はい」

 目を丸くして、俺の顔を見上げてくる彼女。ほんのりと朱が差した頬。半開きになった唇。こちらを向いた時に翻った制服のスカートから、色白なふくらはぎが覗いて見えた。

「お──」
「あぶねーぞ気を付けろ!」

 その時、俺の背後を猛スピードで車が駆け抜けていく。運転手の怒声と激しいクラクションの音が重なって聞こえる。

「うわあ、すいません!」

 どうやら、ちょいとばかり車道側に寄り過ぎていたようだ。
「危ないじゃないですか」と言いながら彼女が俺の腕を引っ張ると、思いの外力が強くてよろめいてしまう。そのまま体勢を崩すと、咲夜が俺を抱きとめる格好になった。

「ご、ごめん」
「あ、いえ」

 驚いたように彼女が絡めていた腕を解放し、へたれな俺も即座に離れてしまう。くそもったいない。でも、柔らかかったな、咲夜の体。

「どちらにせよ、ダラダラしている所なんて恥ずかしくて見せられないですよ」
「そうだよな。ダラダラ……え、ダラダラ?」
「食うデレって、食べては寝てを繰り返し、自堕落な生活をすることでしょう? 内緒ですよ? こんな性癖、部活のメンバーに知られたら笑われちゃいます」
「あ、ああ。そっか、そうだね。わかった、俺と咲夜と、二人だけの秘密」

 なんだ、案の定、咲夜の天然炸裂か。だよな、そんな上手い話があるわけないよな。気を取り直して、約束、といいながら小指を絡めると、はい、と頷き彼女は破顔した。「日が落ちてきましたし、早く帰りましょう」

「そうだな」

 ぱっと背を向け先行して歩き始めたブレザーの背中。色白な頬は、夕陽が照り返したせいか、ちょっとだけオレンジ色に染まって見えた。
 一度だけ彼女がこちらを振り向いた。艶やかな唇が歌うように何か旋律をきざむ。

「いま、なんて?」
「いいえ、なんでもありません」

 二人の姿が、長い影法師になって反対車線側の歩道まで伸びていた。
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