バレンタイン・デイ(ズ)

木立 花音

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第一章:楠恭子の日記(サイドA)

【幕間:久しぶり、追憶の日々。20歳のあたし】

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 大学の講義が終りアパートに帰ると、郵便受けには高校の同期会の開催を知らせる往復ハガキが投函されていた。つくば市に移り住んでからの住所を知っている人間は数少ないので、もしかしてと裏面を確認してみると、幹事の中には案の定、上田律の名前があった。
 幼い頃からずっとあたしを支えてくれた最大の理解者にして親友。律は現在、故郷である宇都宮で警察官をしている。思えば随分長い間、連絡を取り合ってない。

 ──そうか、同期会か。

 どうしようかな、と悩みながらハガキの記載内容に目を通していくと、友人の筆跡で一言メッセージが添えられていた。

『晃も参加するみたいだから、絶対に来るように。By上田律』

 彼の名前は私の心に一石を投じる。僅かに生じた動揺は、波紋となって心中に広がっていった。

 福浦晃君。宇都宮市にある私立照葉学園に通っていたころ、入学式の日に一目惚れをして、そのまま三年間片想いに終わった同級生。いや――それは結果論であって、正確には少し違うだろうか。あたしは散々悩んだ末、彼に想いを伝えたし、その後も紆余曲折あったものの、二人は間違いなく両想いになった。
 今でも忘れることはない。瞼を閉じれば、直ぐにでも彼の声が、笑顔が思いだせる。それでもあたし達は、結局交際を始めることなく現在に至る。

「ふう……」

 重い溜め息がひとつ出る。
 アパートの鍵を開けようとファーパーカーのポケットに手を入れたとき、ポケットの中でスマホが軽快な音を奏でてブルブルと震えた。玄関の扉を開けながらスマホを取り出すと、画面には『菊地悠里きくちゆうり』の名前が表示されている。メッセージは、丁寧な言葉で一文。

『お久しぶりです。同期会の連絡、届いてるでしょうか? 私は参加しようと思うのですが、恭子はどうしますか?』

 親友だというのに、敬語混じりの文章。控えめで、礼節をわきまえてる悠里らしいやと苦笑い。目を瞑ると、明るい色に染めた髪の毛を弄りながら、恥ずかしそうに俯く彼女の姿が今でも瞼の裏に浮かぶよう。

『前の連絡から一ヶ月も経ってないのに、お久しぶりです、はおかしい』

 即座に返信してやった。「もっと心開いて」とは流石に言わないでおく。
 菊地悠里は、中学二年の時虐めに遭っていて、あたしが救いの手を差し伸べた女の子だ。そこから自然に親しくなり、こうして、今現在も友人としての関係が続いている。彼女は重度の聴覚障害を抱えており、耳が殆ど聞こえない。だから連絡手段として電話は使えず、このようにもっぱらチャットアプリになる。

『ごめん、気をつける。それで、恭子はどうしますか?』

 また敬語、と苦笑いしながら返信を打つ。

『同期会のハガキ、今日届いたばかり。参加についてはゴメン。後でまた連絡する』

 アパートの中に入って手荷物を絨毯の上に置き、部屋の窓を開放したところで、再びスマホが震えた。

『あー、恭子。FacebookもTwitterもやってないんだっけ?』
『やってないよ。精々Lineくらいなもん』

 この遣り取りでなんとなく予測はついた。きっと、Facebookか何かで同時進行的に同期会の招待が回っていたのだろうと。

『やりなよ恭子。案外と便利だよ! 結構みんなと繋がれるし』

 文芸部に所属していたくらい、文章を書くのが得意だった悠里らしいな、と笑みが零れた。
 でも、SNSの関連にはあまり興味が無くて、全く手を出していない。始めたところで悠里や律のように、まめにチェックすることもないだろうと思う。あまり親しくない地元のクラスメイトと繋がりたい、とも感じないしむしろ抵抗がある。
 なんて。言い訳を並べ逃げるところが、如何にも自分らしいなと感じてしまう。

『悠里は出るんだね? 阿久津君も来るの?』

 阿久津君というのは、悠里の元カレ。元、とは言っても喧嘩別れしたのではなくて、卒業と遠距離になることを理由に、一旦交際を解消して距離を置いただけのこと。なので、切っ掛けさえあれば直ぐ元サヤに収まるような気がしてる。

『もちろん、来るよ……。だからこそ、出ようと思ったんだしね。そうそう、福浦君も出るって聞いたよ。だから絶対、恭子も来なよ』

 晃君の名前が出てきたことで、返信に詰まる。咄嗟に「行かない」と言って逃げてしまいたくなる。そんなあたしの心を見透かしているからこそ、悠里は釘を刺してきたにちがいない。
 悠里は言葉少ななぶん、人の感情の機微を読み取る力に長けている。

『福浦君と会ってないんでしょ? もう、二年も』

 追い討ちを掛けてくる悠里のメッセージ。思いのほか、ぐいぐい来るな。二年も、なのか、二年しか、なのかは分からない。
 どっちにしても、あたしの心は先ほどから困惑したままだ。いまいち乗り気になれていない。かといって、態々わざわざ連絡をくれた悠里や律の気持ちを無下にするのもどうかと思う。なので、「予定確認して、また返事する」と無難な答えを返すに留めた。

 ──恭子ならきっと、大丈夫だから!

 連絡を取り終えスマホを手放した瞬間、懐かしい声がびっくりするほど鮮やかに聞こえた。
 もちろんこれは空耳だ。それに彼とは、もう二年も会っていない。
 それでも瞼を閉じると、眩しいほどに明るい彼の笑顔と、歯を見せて笑う癖が蘇る。むしろその残照の眩しさに、眩暈を覚えるほどだ。晃君は優柔不断なところもあったけど、誰にでも全力でぶつかってくる、裏表のない人だった。
 あたしと彼は、元々つりあわなかったのかもしれない。
 わかっていたこと。けれど──。
 同時に自分が忘れられていないことも、痛いほどに分かる。

 好きだった。本当に、大好きだった。
 大切な人だった。誰よりも、特別な存在だった。

 晃君は今も野球を続けているのだろうか。それともそんな余裕がないくらい、商社の仕事で駆けずり回っているのだろうか。
 律や悠里が言う通り、同期会に参加すれば必ず彼に会えるだろう。
 会いたい。
 会って、昔のように話をして、笑い合いたい。
 遠巻きに背中を見てるだけで、一日に一言会話を交わすだけで光り輝いていたあの頃。

 大学に通い始めてからも、何度か彼とは連絡を取り合った。
 けど、気持ちを伝え合った二年前から、あたしは晃君に一度も『好き』とは伝えなかったし、それは彼も同様だった。Lineによるやり取りも。電話で話す内容も。それらの全ては当たり障りのない近況報告に留まり、二人の交流はそのまま自然消滅して無くなってしまう。
 それからもう、一年と半年近くも連絡を交わしていない。
 もちろん、声すら聞いてない。
 会いたい……と思う反面、今更どのつら下げて会いに行けばいいのか、何の話をすればいいのか、皆目見当がつかなかった。

 ──だからやっぱり、会うのが怖い。

 あたしは同期会のハガキをデスクの抽斗ひきだしに仕舞いこむと、代わりに玲から送られた手紙を引っ張りだした。懐かしい記憶に思いを馳せながら、もう一度目を通していく。
 晃君と何の進展もなく、未だにうじうじ思い悩んでいるあたしの姿を見たら、玲は笑うだろうか? それとも、不甲斐無いと怒るだろうか?

「あたし、どうすれば良い?」

 返ってくるはずのない問い掛けを、思い出の中の親友に囁いた。

 結局あたしは、三日間ハガキをアパートに滞留させたっぷりと悩み続けた後、出席に丸を付けてポストに投函した。
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