痴漢を捕まえたら女の子だったので、好きに触らせてみた結果、私が百合にハマった話。

木立 花音

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第二章「雨の日の記憶」

【今でも、雨の日になると思い出す(2)】

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 私はこれっぽっちも完璧じゃない。確かに学校の成績は悪いほうじゃないけど、数学は苦手だし、運動もあまり得意じゃない。性格だって、奈緒が言うほど明るくなんてない。自分より成績優秀で、社交的な姉に対して劣等感を覚えてばかりだし。でも、奈緒がそう思ってくれているなら、否定しないでおこう。私が卑屈に振る舞えば彼女は幻滅してしまうかもしれないから。彼女のイメージする「一ノ瀬詩」を守りたかった。

「雨……止まないね」
「うん。雷もまだ鳴ってる」

 私たちの間に流れる空気が徐々に和らいでいく。雨はまだ降り続いていたけれど、部屋の中は、紅茶の湯気と静かな空気に包まれていた。

「詩の匂いがして、ちょっとドキドキする」

 奈緒がティーシャツの裾を持ち上げて、匂いを嗅ぐ仕草をする。恥ずかしいやら胸の奥がくすぐったいやらで、妙なざわめきを感じた。

「ねえ、詩……クッキー、ちょうだい?」

 奈緒が甘えるように言うので、クッキーをつまんで彼女の口元に運んだ。彼女はぱくりと私の指まで一緒に咥える。

「わっ、ごめん」
「匂いを堪能するのは許すけど、指まで食べちゃダメだよ」
「いや、食べるわけないでしょ? 私ってそんなイメージ?」

 顔を真っ赤にして弁解する彼女の仕草が可愛くて、私は思わず吹き出してしまう。

「人は無意識のうちに、匂いで相手との相性を判断するものなんだって。首筋や耳の裏から、異性を惹き付けるフェロモンが出てるらしいよ。聞いたことない?」
「そうなの?」
「確かめてみる?」

 からかい半分に耳を差し出して、それからすぐ身を引いたけど、なぜか奈緒が食い下がってきた。

「確かめたい」
「へ? いや……冗談だって。そんなのでわかるわけないじゃん。第一、臭いかもしれないし」
「臭くてもいいよ」
「よくないよ!」

 からかっていたつもりが思わぬ反撃を食らって、私が恥ずかしさで俯いてしまう。

 それから、二人で他愛もない話をしたり、本を読んだりしながら過ごした。奈緒と過ごす時間は、いつもあっという間に過ぎていく。この時間が、大好きでとても大切だと、改めて思った。
 窓から見える空が、ほのかに明るくなっていた。雨は、どうやら止んだらしい。

「雨、止んだみたいだね。そろそろ帰れるかな?」

 私の声に、奈緒が窓の外をちらりと見る。

「うん、じゃあ、着替えるね。制服、乾いたかな?」

 奈緒は立ち上がると、ハンガーから制服を外して渇き具合を確かめる。彼女が何気なくティーシャツの裾を持ち上げたとき、白い肌と黒いレースのブラがチラリと覗き、私は慌てて目を逸らす。レースの繊細な縁取りが、彼女の控えめな雰囲気に不思議なほど映えて、胸がドキンと跳ねた。

「う、うん、大丈夫だと思うよ!」

 無様なほどに声が裏返った。なんでこんなに動揺しているの? 奈緒と交際はしているけれど、まだキスをしたことはない。それどころか、手を繋いだことすらも。それなのに、彼女の下着姿を見たくらいで動揺して……私は奈緒のこと、本当はどう思っているんだろう?
 奈緒がスウェットを脱ぐ。スカートに足を通していく姿を直視できなくて、窓の外に視線を流した。雨上がりの空に、薄い雲が流れていくのが見えた。

「詩?」
「あ、いや! なんでもない」
「どうしたの? なんか変だよ」

 奈緒が私の顔を覗き込む。その距離の近さに、また胸が高鳴った。

「……ねえ、詩。私たちって……付き合ってるんだよね?」

 突然質問をされて、私は言葉を失った。彼女は今なんて言ったのだろう? え……? と思わず聞き返す。

「やっぱり、付き合ってなかったんだ」
「え? ちょっと待って。どういうこと?」
「実はさ……前から気になっていたんだ。詩って私のことどう思っているのかなって……」
「待ってよ、全然話が見えないんだけど……!」

 抗議を言い終わらないうちに、強く抱きしめられる。彼女の腕の力、汗とシャンプーの混ざった匂い、肩に触れる髪の柔らかさに頭が真っ白になる。あまりに唐突な彼女の行動に、私はただ困惑していた。

「ねえ、奈緒。……どうしたの、急に?」

 笑ってごまかそうとしたけど、 奈緒の目は真剣で、さっきの黒いレースのイメージがチラついて、胸が変にざわついた。

「私、詩のこと好きだよ。友だちとしてじゃなくて……もっと、特別な気持ちで。詩とこうやって一緒にいると、本当に幸せで、でもそれだけじゃ足りないの……」

 私も好きだよ、と言いたいのに、言葉は喉元で急停止する。
 告白をしたのは奈緒からだったけれど、今は私も奈緒に惹かれている。奈緒は可愛くて優しくて、いつも私を包んでくれる。奈緒のこと、他の友だちよりもずっと大切だと思っているのは確かなんだけれど……それだけじゃダメなの?
 奈緒のこと、大好きだよ。毎日一緒に笑って、漫画の話をして、この関係がいつまでも続けばいい。でも、奈緒の「好き」が、私の「好き」と違っている気がして――。
 今の関係が、ずっと続けばいい。けれど、続くための条件が、「友人」と「恋人」では違うのだと改めて意識させられた。
「恋人」は、「友人」よりも重くて難しいのだ。

「詩のこと傷つけたくないから、溢れないように、ミスしないようにいつも気をつけてる。でも本当は、話したい。伝えたい。キスしたい。でも、詩からは何もしてくれない。……私、詩にとってなんなの?」

 奈緒の目に涙が浮かぶ。
 何度か、キスを迫られたことがあったが、そのたびに拒絶してきた。人目につく場所だったから。そういう気分じゃなかったからと理由を付けていたが、本当は自分の気持ちがわかっていなかった。
 恋愛って、付き合うってこれでいいのかなって。キスを意識するとドキドキするけれど、それが恋からくるものなのかわかっていなかった。

「私、奈緒のこと、好きだよ」

 けれど、それは中身のない言葉だった。私が拒絶したことで、奈緒を深く傷つけてしまっていたことを痛切に理解していた。これ以上彼女を傷つけたくない。どう答えるのが正解なのかわからない。頭の中は葛藤でいっぱいだった。

「じゃあ、なんで手も繋いでくれないの? なんで私と一緒にいるとき、いつもそんな顔するの?」

 私は今どんな顔をしているのだろう。困った顔を、しているのだろうな。
 奈緒の顔が近付いてくる。彼女の瞳は揺れていて、まるで何かを必死に抑えているようだった。汗で湿った前髪が額に張り付き、唇がわずかに震えている。

「誰にも触らせないで。私にだけ許して」
「奈緒、待っ――」

 奈緒の唇によって、言葉は遮られた。柔らかくて、ほのかに紅茶の甘さがあった。キスだと気付いたら、身体が熱くなって息苦しくなっていく。
 奈緒の手が私の胸に触れて、心臓の音が耳に響いた。これは奈緒のもの? それとも私の?
 一瞬ののち、奈緒が慌てたみたいに顔を離した。瞳を大きく見開いた。

「ご、ごめん! 私、急に……っ!」

 涙に滲んだ声と、真っ赤になった奈緒の顔は、今まで見たことがないものだ。

 心臓が口から飛び出しそうなくらいに暴れていて、思考が整理できない。黒いレースの残像、奈緒の告白、唇の温もり――それらが胸中で渦を巻いていて、わけがわからない。
 奈緒と一緒にいるためには、「恋人」でなくてはならない。それは、お互いが唯一無二の存在でなければ維持できない関係だ。特別な親密さや情熱がそこにあって、時として排他的なコミットメントが重要になるもの。義務感より、楽しさや自発的な繋がりが優先される友人のように自由度はない。
 私には、それだけの覚悟がなかった。
 だから、奈緒を不安にさせた。
「ごめん」と頭を下げて部屋を出ていく彼女を、引き留めることはできなかった。

【奈緒。あのとき、間違いなく私は奈緒に恋をしていたよ。でも、それを上手く伝えられなかったから、君はいなくなってしまったんだよね? あのとき引き留められていたらとか、私からキスをしてあげたら良かっただなんて、いまだに後悔しているんだ。笑えるでしょ? ……むしろ、笑ってほしい】

 送るあてのないメッセージが、また一つ下書きに増えた。

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