痴漢を捕まえたら女の子だったので、好きに触らせてみた結果、私が百合にハマった話。

木立 花音

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第四章「試練と崩壊と」

【告発】

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 机の上に置かれた一枚の匿名の手紙。そこに黒いインクで書かれた文字が、私の人生を切り裂こうとしていた。

「一ノ瀬先生、今回の件について、説明していただけますか?」

 校長の声は穏やかだが、反面、視線は鋭い刃のように冷ややかだ。下手な言い逃れなど許さないぞと、こちらの出方を窺う厳しさがあった。
 ――養護教諭と女子高生の不適切な関係。
 匿名の手紙に書かれていたのは、簡潔に言えばそういう内容だ。
 りのの震える手、総武線の電車で感じた彼女の温もり、アパートのソファで交わした秘密の触れ合い――これまでの日々が、こんな無機質な紙一枚で白日の下に晒されてしまうなんて。
 校長室に呼び出されたのは、二学期の始業式を翌日に控えた日の昼だった。
 学校内に人が少ないタイミングを選んでくれたのは、もしかしたら校長なりの配慮かもしれないが、いずれにしても危機的状況なのは変わらない。
 スカートの裾を握っている手が、布地に食い込む。
 どうする?
 どう答えるべき?
 心音は、檻の中で暴れる獣のようだ。
 りのの笑顔が、奈緒の泣き顔が、頭の中でぐるぐると交錯する。あのとき奈緒の手を握っていれば、彼女は今も生きていたかもしれない。そう考えたからこそりのを救いたいと思った。でも、彼女の指が私の腕をなぞる感触、夜のアパートで彼女の吐息が私の首筋に触れた瞬間――それは、本当に保護だったのか。私は、りのに対して特別な感情を持っていなかったか。
 私なりの矜持はあった。だが、不適切な関係だと言われたら否定できない。

「人違いではないのですか?」

 絞り出した声は、空虚に響いた。

「心当たりはないと?」
「はい」

 頼む。間違いであってくれ。りのの名前が出てきませんようにと神に祈った。

「そうですか。できれば私もそう思いたかった。……ですが、証拠はきちんと上がっているんですよ」

 校長は、書類の下から一枚の写真を出して机の上に置く。写真に目を落とし、呼吸が止まった。
 そこに映っていたのは、公園で抱き合っている私とりのの姿だ。
 間違いない。りのが泣きながら私を呼びだしたあの夜のものだ。周辺に人がいないのを確認してからりのを抱き寄せたのだが、まさか写真に撮られていたなんて。実に迂闊だった。
 それにしても、と写真を凝視した。
 遠くから撮った写真らしく、私とりのの姿は小さくしか写っていない。りのの顔は比較的はっきりと写っているが、私は背中と横顔の一部しか写っていない。この写真だけでよく私に辿り着いたものだ。写真を撮影したあとで、私を尾行して身元を確認したのだろうか? なんのためにそこまで?
 もちろん知っている人であれば、かろうじて私だとわかりそうではあるが。
 あれ?
 そこで気が付いた。そうか、そういうことなのか?

「それは、一ノ瀬先生で間違いないですよね? それとも、他人の空似ですか?」

 他人の空似ですかと校長は言ったが、そう思っていないことは表情でわかった。

「いいえ、私です」

 写真を見下ろしながら答える。校長が深いため息を吐く。

「では、ここに映っているのは、文京女子学園二年の赤嶺りのさんであることも、間違いないですね?」
「間違いありません」
「彼女の〝親からも〟、当校にクレームが入っているのですよ。そちらの学校の養護教諭が、私の娘をたぶらかしていると。いえね、たとえ当校勤務の教師であっても、私はプライベートに立ち入るつもりはありません。恋愛は自由であるべきだとも思っています。ですが、立場上良くないことはあるでしょう? 教師が生徒と不適切な関係を持つことは、教育者としての立場や信頼を損なうだけでなく、場合によっては刑法や児童福祉法に抵触する可能性だってある。ましてや、他校の生徒など」
「いえ、不適切な関係はありません。私はただ、彼女を守りたかっただけです。これは、保護的な関係なのです」
「守りたかった、と?」

 校長が訝しげに私を睨んだ。

「彼女は、精神的に非常に不安定な状況に置かれているんです。私は、養護教諭として赤嶺さんを守りたかった。それだけなんです」
「だとしても、抱き会う必要はないのでは?」
「……それは、そうですが」

 赤嶺家の家庭環境について、洗いざらい話してしまおうかと一瞬思うが、赤嶺真由美が娘を虐待している証拠をつかめていない以上、下手なことは言えない。相手はPTA会長だ。出方を間違うと、こちらがより不利になるだけだ。
 校長が、壁に貼ってある「生徒指導要項」のポスターに目を向けた。

「わかりました。一ノ瀬先生にもいろいろな事情があるのでしょう。……ですが、どういった理由がそこにあったとしても、教師は生徒を守り教育する立場です。軽率な行動は絶対に避けるべきです。もし、赤嶺さんの周辺で懸念されるような事情があるのなら、まずは信頼できる機関に頼るべきでしょう? たとえば、スクールカウンセラーや児童相談所など」
「はい。仰る通りです。ですが……」

 その児童相談所が動いてくれないからですよ、と言いたかったがお口にチャックだ。証拠がなければただの言いがかりだ。

「ですが、何かね?」
「申し訳ございません。なんでもないです。とにかく、今はもう彼女とは会っていません。それだけは神に誓って言えます」

 校長は困った顔で腕を組んだ。

「当校としては、この件を公にしたくはありません。先方も、それを望んでいます。ですが、このままはいわかりました、と終わりにもできません」

 そこで、と校長が一拍置いた。

「一ノ瀬先生には、ほとぼりが冷めるまで職務から外れてもらうことを検討しています」

 校長の言葉が私の未来を引き裂いた。それは、学校としてやむを得ない処置だった。
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