痴漢を捕まえたら女の子だったので、好きに触らせてみた結果、私が百合にハマった話。

木立 花音

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最終章「幸せは長続きしないようにできている」

【しばらくの間お別れだね】

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 児童相談所の調査によって、赤嶺真由美による虐待の様子が明らかになった。
 出された結論は、軽度の虐待。軽度の虐待とは、児童の生や健康に重大な危険を及ぼさない、かつ継続的ではない虐待を指す。(とは言っても、やや重めと判断されたのは確かだ)
 殴る、叩くといった軽い体罰。言葉による心理的虐待(大声で叱る。軽度の侮辱など)。ネグレイト――一時的な食事や監督の不足、があったらしい。むしろ、殴る蹴るといった暴力のみならず、煙草の火を押し付けることで、背中など複数個所に火傷を負わせていた父親のほうが悪質だったのは言うまでもない。
 母親は罪を自覚しており、改善の意思も見られるため、育児指導やカウンセリングを通じて反省を促し、娘の安全が確保でき次第、家庭復帰を目指すことになった。
 虐待の背景に、母親のストレスや精神的な問題(育児不安、抑うつ)があった可能性は高く、精神科医による支援も並行して行われるようだ。
 期間は数週間から数ヶ月、あるいはもっと長期に渡る可能性があるため、その間りのは、母親の実家に預けられることになった。

「いつ、こっちを離れることになったの?」

 私の問いに、りのは「今月末ですね」と答える。

「引っ越し先はどこ?」
「母の実家なので、山形です」
「山形かあ……。ずいぶんと遠いのね。じゃあ、しばらく会えなくなるね」
「はい」

 りのの口調は淡々としていた。
 すでに心の整理が付いたのか。それとも、寂しさを紛らわすためにあえてそうしているのか。後者であるならば、私がかける言葉は決まっている。

「でも、大丈夫だよ。たとえ会えなくなったとしても、私はいつでもりのの味方だから。困ったときはいつだって私に相談してね」
「……はい。ありがとうございます。でも、お気持ちだけ受け取っておきます。これから移り住む場所に、母はいません。友人もいません。もちろん、詩さんだって。それでも、その場所で私は独りで生きていかなくてはならないのです」

 りのは朗らかに笑う。

「誰だってそうですよね。いずれ、みんな独りで生きていかなくてはならなくなる」

 だから、とりのが私の目を見つめた。

「詩さんとはしばらく連絡を取りません。これが形無しの誓いにならないよう、詩さんの連絡先をいったん削除します。そうしないと、弱い私はすぐ詩さんに会いたくなってしまうから。だから、詩さんも私のことは待たなくていいですよ」

 中途半端に繋がっていると、かえって苦しくなってしまうこともある。

「そっちのほうがいいかもね。わかったよ」

 前者であるならば――。
 私はりののことを忘れようと思う。
 自分を好きになってくれた人を、私はずっと引きずっていて。彼女は自分の恋に破れて傷付いて、家のことで心のバランスを保てなくなって、自暴自棄になった結果、私の身体に触れてしまった。思えば、さまざまな思惑が絡み合って生まれた出会いであったな。彼女の、空白になっていた大切な人のポジションに、代わりに私が居座った。時は流れていく。ここでの決別が、いずれ彼女の気持ちを変えていき、同じポジションにまた別の誰かが居座ったなら。もしそれが、私みたいなめんどくさい女じゃなくて、もっとりのに相応しい――たとえば異性であったなら。彼女は異性愛もできる人だから、私を選ばなくてよいならそっちのほうが幸せになれるはずなんだ。時は流れていく。私に、運命を変える術はない。すべてを漫然とした時の流れにゆだねて、一年か、二年か、あるいはもっと月日が流れたそのあとで、それでもりのが私を求めてくれるのだとしたら、そのときは彼女を力いっぱい抱きしめてあげよう。
 先日のことだ。りのと公園を散歩していたとき、泣いている女の子を見かけた。風船が木に引っかかってしまったらしい。
「取ってきてあげるね」とりのはその子に声をかけ、スカートを履いているのも気にせずに、木に登って風船を取ってあげた。
「良かったね」と子どもの頭を何度も撫でる彼女を見ながら、子どもが好きなんだなと思った。
 結婚をして子どもを産むのが、女の幸せだと説くつもりは毛頭ない。
 恋愛は、「どちらが幸せにしてくれるか」ではなく、「誰と人生を歩みたいか」の選択なのだから。
 けれど同時に、それは私では叶えてあげられない幸せだ。
 私はりののことが好きだ。好きだからこそ、目の前にある幸せに安易に飛びつかず、悩んで考えて、後悔しない選択をしてほしい。もう引き返せない場所にいる私と、あなたとでは違うのだから。
 だから、こちらから連絡をすることはもうないだろう。

「これでしばらくの間お別れだね」

 りのは山形の学校に転校になるらしい。友だち付き合いがうまくない彼女だから少しだけ心配だけれども、案外と上手にやっていけるだろうとも思う。

「だから、それまでの間、目いっぱい甘えさせてください!」
「しょうがないな。次会えるときまでの分、私の愛をたっぷり貯金しておきな」

 りのが私に抱きついて、小さな身体を私は受け止めた。

「詩さん、私……」
「ん?」
「……あ、いえ! なんでもありません!」

 彼女は何かを言いかけてやめたが、無理に聞き出そうとはしなかった。いつの日か、りのが伝えたいと思うときがきたら、それは自ずと言葉になって溢れるはずだから。だから、それまで静かに待とうと思う。

   *

 私が山形に引っ越す日までの一週間。毎日のように詩さんのアパートに通い詰めた。まるで通い妻みたいだな、と自嘲してしまう。

 詩さんのアパートのキッチンでじゃがいもの皮を剥く。皮剥きはあまり得意ではない。手が震え、包丁が滑りそうになると、詩さんが後ろからそっと手を添えてくれる。「ほら、こうやってゆっくり」彼女の指が私の手に重なる。温もりが伝わってきて、頬が熱くなる。完成した肉じゃがは少ししょっぱかったけれど、詩さんは「おいしい」と言ってくれた。食卓で膝が触れ合って、夕陽が彼女の髪を金色に染める。この瞬間、私の心は「満たされている」と感じる。

 リビングのソファで、詩さんの膝に頭を乗せて本を読む。彼女が私の髪を撫でると、シャンプーの香りがふわり。「りのの髪、柔らかいね」 詩さんの囁きが耳元でしてこそばゆい。彼女の手首を取って、シャツの袖口に唇を寄せる。「これくらいなら、いいでしょ?」いたずらっぽく笑むと、詩さんが私の頬にそっと口付けた。心がふわっと軽くなる。  

 エプロンを腰に巻き、玉ねぎを炒める。汗で額に張り付いた髪を、詩さんがそっと耳にかけてくれた。「りの、料理上手になったね」と照れくさそうに笑う。詩さんの喜ぶ顔が見たくて頑張っているうちに、実際料理の腕が上がったと思う。今日のメニューはカレーライスだ。食事を終え、二人でソファに寄り添って座る。詩さんの肩に頭を預けている瞬間が好き。こうやっているとき、幸せを感じるの。

 スプーンでプリンをすくい、詩さんの口元に運ぶ。「はい、あーん」詩さんが笑いながら食べるたび、心に別れの予感がチクリと刺さる。食後、窓辺で二人並んで夜空を見る。私の手が詩さんの指に触れ、絡み合う。窓の外の地面に伸びた二人の影が重なって、街灯の光とも重なった。  


「りの、今日泊まってく?」

 詩さんが私の髪を弄りながら言う。私は少し考えてから答えた。

「ううん、今日は帰る」

 本当はもっと一緒にいたい。でも、あまり長くいると、明日が来ることを寂しく感じてしまう。「そっか」と寂し気に呟く詩さんを見て心が痛むけれど、私はまたねと言ってアパートを出た。
 夜道を、一人で歩きながら考える。この幸せはあと幾日も続かない。でもそれでいい、これは、私が巣立ちを迎えるための助走期間なのだから。
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