殺意の二重奏

木立 花音

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第三章「捜査の突破口」

【男女の関係】

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 捜査本部となっている千葉中央署の会議室に、越智が戻ってきた。彼の報告を聞き、涼花は肩を落とした。
 元々、期待は薄かった。絵画教室での噂は証拠に乏しく、千沙が否定すればそれで終わる話だった。
「ここ数ヶ月、入沢蓮音と会ったことは?」「目撃情報があるのですが、思い違いではないですか?」越智が千沙に投げたのは、以前と同じ質問だ。だが、彼女は「知らない」「そんな事実はない」と頑なに否定した。
 別の角度から攻めるしかないか、と思案している涼花に、越智が口を開いた。
「その足で、入沢龍人にも話を聞いてきたんですが、こっちは当たりでした」
「本当? じゃあ、蓮音が亡くなった日、あの現場に千沙もいたってこと?」
「その通りです。涼花さんの読み通りでした」 
 涼花は、千沙と密会していたのが龍人で、絵画教室の関係者がそれを蓮音と誤認した可能性を考えていた。まさにその通りだったわけだ。
 越智の聞き込みで、蓮音の遺体が発見された日の午前九時頃、マンションの近くで一組の男女が目撃されていたことがわかっていた。状況から見て、男はほぼ間違いなく龍人だったが、女については「若そうな女性」という情報しか得られてなかった。その女性が誰かはさておき、龍人は嘘をついていたことになる。
 そこで越智が「二十歳くらいの若い女性と一緒にいたところを目撃されていますが、心当たりは?」と問い詰めたところ、龍人は千沙と一緒だったことを自白したのだ。 
「千沙がその日、現場にいた理由は?」
「千沙さんに部屋の合鍵を預けていたそうです。マスターキーは弟に渡してあったので、彼女を呼ばないと部屋に入れなかったみたいですね」
「なるほどねぇ。ということは、やっぱり?」
「ええ。二人は男女の関係でした」
「でした? 過去形なのね?」
「ええ。今はもう、そういう関係ではないそうです」 
 聞けば、龍人が千歳と別居する前から、二人は特別な関係にあったらしい。部屋の合鍵を持っていたのは千沙だけだったので、龍人は部屋に入るため彼女を呼び出した。そこで蓮音の遺体を発見し、救急に連絡する必要が生じたため千沙をこっそり帰らせたという。
「一緒にいたのがバレたら、千歳に浮気が知られるから?」
「その通りです」 
 合鍵を千歳ではなく千沙に預けていた時点で、闇が深い。涼花は苦笑した。姉妹双方に手を出すとは。龍人の悪癖は、今もなお治っていないようだ。
「この話、千沙からも裏は取れた?」
「取れました。そのあとに電話で確認したら、あっさり認めましたよ。ただ、『極力口外しないでほしい』と釘を刺されましたけどね」
「まあ、事件と無関係ならね」
 事件に直接関係がなければ、痴情のもつれのような私事は漏らさないのが鉄則だ。捜査員は市民から疎まれるのが常だが、信頼関係を維持できなくては、重要な情報を多数引き出すことはできないのだから。
 越智が千沙から聞き出した証言をメモしながら、涼花は「おや?」と声を上げた。
「事件の日、千沙が蓮音のスマホに電話をかけたって本当?」
「そう聞いてきましたけど?」
「でも、蓮音のスマホに千沙からの着信履歴はなかったはずよ」
「あれ?」越智が首を傾げた。「そういえば、そうだ」
「龍人が千沙との関係を隠すために履歴を消したのかも」
 そう推理したものの、涼花は腑に落ちなかった。千歳は龍人の浮気をある程度黙認していた節があるが、相手が実の妹となればどうか。隠したい心理が働くのは理解できる。
「越智くん。ここ、もう一度千沙に聞いておいてくれる?」
「わかりました」
 二人が男女の関係だったなら、ドライヤーから見つかった髪の毛は千沙のものと考えられる。盗聴器を仕掛けたのも、グラスを洗ったのも千沙か? だが、なぜ? 龍人の犯行を隠すため?
 考えをさまざま巡らせてみるが、どれもしっくりこない。結局、証拠が足りないのだ。毒を誰がどうやって仕込んだのか特定できなければ、捜査は進まない。  
「『なぜ龍人と何度も会っていたことを隠したのか』と訊いたら、『言う必要がないと思った』と千沙さんは答えました。蓮音の死とは無関係だから余計なことだと」
「無関係、ねえ」
 毒をいつ、誰が、どうやって仕込んだのか。それが解明されない限り、千沙も龍人も容疑者にはならない。
「結局、証拠が足りないよね」
 千沙の事件当日のアリバイは盤石だった。映画はチケットしか証拠はないものの、友人と食事をしていたことは裏が取れている。
「そうですね。ですが、まだ落胆するのは早いですぜ涼花さん。この僕が、涼花さんに依頼されたことしか調べていないとでも思っていたのですか?」
「というと?」
 越智はホワイトボードの前に立ち、説明をしながら文字を書き始める。
「入沢祥吾が文学賞で大賞を取って、作家としてデビューを果たしたのが二十七年前のことでした。この一年後に、とある女流作家が同じ出版社からデビューをしています。入沢祥吾と同じ千葉県銚子市の出身なので、何やら匂うと思って出版社のほうに聞いてみたわけです。……そうしたら、衝撃の事実が出てきましてね」
「衝撃の事実?」
 ええ、と越智は自信たっぷりに頷いた。
「その女流作家さん。もう亡くなっていると言うんですよね」
「亡くなっている? ……待って。まさかとは思うけど」
「そう、そのまさかですよ。その女流作家は、戸部千歳の母親でした。もちろん、作家としての活動はペンネームで行っていたのですが、本名を出版社から聞き出せたので間違いないです。しかも、それだけじゃありません」
「それだけじゃない?」
「ええ」
 越智はホワイトボードに『愛憎の旋律』と書き込んだ。それは入沢祥吾の四作目で、初めて五十万部を超えたるヒットとなった作品だ。
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