『沈黙のキング —— 執事が教えた「聞く」という最強の武器』

かおるこ

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【第4話】取り巻きたちの反乱

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放課後の生徒会室。西日が重厚なカーテンの隙間から差し込み、宙を舞う埃を黄金色に照らしていた。いつもなら蓮を囲んで阿諛追従(あゆついしょう)を競い合うはずの側近たちが、今日は妙に刺々しい沈黙を纏っている。

中でも、副会長の**神崎 拓海(かんざき たくみ)**の苛立ちは限界に近いようだった。彼は高価なラミーの万年筆を、机の上で執拗にノックし続けている。

「……蓮、さっきの件だけどさ」

神崎が、いつも使う「蓮様」という敬称をあえて捨てて口を開いた。部屋の温度が数度下がったような錯覚を覚える。

「一年の特待生が校則違反をした件だ。あんなの、即刻退学勧告で良かっただろ。なのに、お前は何時間もあいつの話を聞いて……結局、厳重注意で済ませた。最近のお前、どうかしてるよ。カーストの頂点がそんなに甘くて、示しがつくと思ってるのか?」

蓮は、豪華な革張りの椅子に深く腰掛けたまま、神崎の言葉を静かに受け止めた。
背後の影には、彫像のように直立する佐藤が控えている。蓮の耳に、佐藤の冷徹な声が、記憶の再生のように響いた。

(『坊ちゃま、次は「感情のラベリング」でございます。相手が言葉にできず、腹の底で腐らせているドロドロとした感情に、名前をつけて差し上げるのです』)

蓮はゆっくりと視線を上げ、神崎の充血した目を見つめた。神崎の指先は微かに震え、額には薄っすらと脂汗が浮かんでいる。

「神崎。君は、僕がその一年生を許したことに怒っているんじゃない」

「……何だと?」

「君は、僕が変わっていくことで、自分の足元が崩れるのを恐れているんだね。僕という絶対的な力に寄り添うことで維持してきた、君自身の特権階級(ステータス)が、僕の『対話』によって価値を失うことを、ひどく**不安に感じている**んだ」

『不安』。
その言葉が投げかけられた瞬間、神崎の表情が劇的に崩れた。図星を突かれた人間の、無防備で醜い拒絶。

「ふ、不安? 俺が? 笑わせるな! 俺はただ、この学校の秩序を……!」

「いや、秩序じゃない。君が感じているのは、**焦燥感**だ。僕が『誰の話でも聞く』ようになれば、君という特別なフィルターを通さなくても、誰でも僕に近づけるようになる。君の『特別感』が消えてしまうことが、怖くてたまらないんだね」

蓮の声は、冷たい氷水を背筋に流し込むような静謐さを湛えていた。
神崎は万年筆を握りしめたまま、言葉を失った。部屋にいた他の側近たちも、息を呑んで固まっている。彼らが隠していた「蓮が変わることへの恐怖」を、蓮自身が正確に言語化し、目の前に突きつけたからだ。

「……君は、僕に以前のような独裁者であってほしいんだ。そうすれば、君も僕の影として、他者を踏みつけられるから。自分の居場所を守るために、僕に『暴君』であることを強要している。……違うかな?」

「それは……っ……」

神崎の喉が、ヒッと鳴った。
蓮が使ったのは暴力ではない。だが、相手の心に「ラベリング」という名の烙印を押す行為は、拳で殴るよりも遥かに深く、魂の最深部を抉り出した。神崎は、自分が抱いていた薄汚い独占欲と依存心を直視させられ、膝から崩れ落ちた。

「……ああ、そうだ。そうだよ。俺は、お前の特別でいたかったんだ。お前が誰の話でも聞くようになれば、俺はただの、その他大勢に成り下がる……」

神崎の目から、大粒の涙が溢れ、高級な絨毯に染みを作った。
屈辱、後悔、そして白日の下に晒されたことによる奇妙な解放感。
蓮は椅子から立ち上がり、床に伏せる神崎の肩に、そっと手を置いた。

「神崎。君のその**焦燥感**も、今は僕が聞いておこう」

その瞬間、神崎の身体から力が抜けた。
それは敗北のポーズではなかった。すべてを理解され、魂に名前をつけられた者だけが抱く、深い「心酔」の形だった。

「……蓮様。……一生、ついていきます」

かつての利害関係による結びつきではない。もっと根源的で、逃れようのない服従。
佐藤が背後で、音を立てずに拍手した。

「お見事でございました、坊ちゃま。相手の感情に名前をつけることは、相手を支配下に置くことと同義。暴言を吐く者も、裏切りを企てる者も、その根底にあるのは『理解されたい』という飢えでございます」

「……佐藤。こいつら、こんなに脆かったんだな」

蓮は、夕闇が迫る窓の外を見つめた。
力でねじ伏せていた頃よりも、ずっと重い責任が自分の両肩にかかっているのを感じる。
カーストの頂点は、もはやただの椅子ではなかった。それは、あらゆる人間の「名付けようのない感情」を受け止める、静かな墓標であり、聖域になりつつあった。

「さて、坊ちゃま。次は第5話……私の過去について、少しお話しせねばなりませんな」

佐藤の言葉に、蓮は初めて、執事の冷徹な仮面の裏にある「何か」に興味を抱いた。

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