『沈黙のキング —— 執事が教えた「聞く」という最強の武器』

かおるこ

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【第10話】王が手にした「本当の力」

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体育館を埋め尽くす厳粛な沈黙。天井の高い梁(はり)からは、私立聖華学園の校旗が誇らしげに垂れ下がり、冷え切った冬の空気を震わせている。

卒業式。かつて「カーストの王」として君臨した一条蓮が、壇上へと足を進める。その足音は一歩一歩、磨き上げられた床に重く響き、千人を超える生徒たちの視線を一身に集めていた。

マイクの前に立った蓮は、すぐには口を開かなかった。
視線を巡らせ、一人ひとりの顔を見る。

文芸部の野原紬が、まっすぐに自分を見つめている。
かつての側近、神崎が緊張で肩を強張らせている。
ライバル校から来た九条が、皮肉げながらもどこか期待に満ちた目で待っている。
そして、最後列の影。鉄の表情を崩さない執事、佐藤。

(『坊ちゃま、最後は貴方の「声」を届けるのではありません。貴方が預かった「彼らの声」を、光に当てるのです』)

蓮は深く息を吸った。肺に流れ込む冷たい空気、檀上に置かれた百合の花の濃密な香り。

「……今日、僕はこの壇上で、一条家の後継者としてではなく、皆さんの『声の預かり人』として立ちたい」

蓮の第一声に、会場が微かに波打った。誇示するような大声ではない。しかし、体育館の隅々にまで染み渡る、慈雨(じう)のような静かな響き。

「三年前、僕はここに『王』として入学した。誰も僕に逆らえず、僕もまた、誰の言葉も聴いていなかった。だが、一人の執事の余計なお節介で、僕は『聴く』ことを知った。……そして知ったのは、この学園に溢れていた、無数の孤独だった」

蓮は壇上から、かつて存在したカーストの壁があった場所を指し示した。

「かつて底辺と呼ばれた誰かが、暗い部室で紡いでいた一筋の光の物語。リーダーという重圧に耐えかねて、独りで震えていた誰かの恐怖。自分を認めてほしくて、必死に毒を吐き続けていた誰かの寂しさ。……僕は、そのすべてを聴いた。そして、気づいたんだ。僕たちが作っていたカーストとは、自分たちの弱さを隠すための薄っぺらな鎧に過ぎなかったのだと」

会場のあちこちで、鼻を啜る音が聞こえ始めた。

「僕は、君たちの声を聴くことで、自分がいかに空っぽだったかを知った。……ありがとう。君たちが僕に語ってくれたすべての言葉が、僕を王座から引き摺り下ろし、一人の『人間』にしてくれた」

蓮は深く、深く頭を下げた。
王が頭を下げる。その前代未聞の光景に、教師たちは狼狽えた。だが、生徒たちの反応は違った。湧き上がったのは、割れんばかりの拍手。それは服従の証ではなく、魂が共鳴した瞬間の熱狂だった。

「僕たちは、これからそれぞれの道へ進む。そこにはまた新しい階級があり、理不尽な沈黙があるかもしれない。だが、忘れないでほしい。誰かの声を最後まで聴くこと。それだけで、世界は変えられる。支配ではなく、受容を。沈黙を恐れず、隣に座る勇気を。……それが、僕がこの学園で手にした、唯一にして最強の武器だ」

演説を終えた蓮が壇を下りる。
花道を通る彼に、もはや畏怖の視線はない。代わりに、多くの生徒たちが彼の肩を叩き、握手を求め、笑いかけた。

蓮はもはや、誰かを見下ろす「カーストの頂点」ではない。
あらゆる対話の中心にあり、人々の心を結びつける「センター」になっていた。

校門前、黒塗りのセンチュリーが待っていた。
ドアを開けて待つ佐藤の顔には、相変わらず感情が読めない。

「坊ちゃま。随分と……品格のない、泥臭いスピーチでございましたな」

「……うるさい。お前の特訓のせいだ。おかげで、あんなに大勢の前で恥をかいた」

蓮は車に乗り込もうとして、ふと足を止め、振り返った。
夕陽を背に浴びた校舎。そこで交わされる卒業生たちの喧騒。その一つひとつの「声」が、今の蓮には色鮮やかな音楽のように聞こえていた。

「佐藤」

「はい」

「……今日まで、僕の我儘(わがまま)を最後まで聴いてくれて、ありがとう」

不意の言葉に、佐藤の眼鏡の奥の目が、わずかに、本当にわずかに見開かれた。
彼は深々と、誰よりも優雅な一礼を捧げた。その口角が、ほんの少しだけ、誇らしげに吊り上がったのを、蓮は見逃さなかった。

「……フン。ようやく、一人前ですな」

エンジンが静かに始動する。
沈黙の王は、次なる戦場――多様な声が渦巻く広い世界へと、その静かな耳を開いたまま、走り出した。

(完)

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