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第4話「見られたくない」
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第4話「見られたくない」
朝から、落ち着かない。
カーテンを開けても、光がやけに白くて冷たい。
部屋の空気は重く、昨夜の味噌汁の匂いがうっすら残っている。
「よし……やるか」
自分に言い聞かせるように呟く。
森に「片付いたら呼べ」と言われた。
呼ぶ気なんて、ないくせに。
それでも、掃除機を引っ張り出す。
コードが絡まる。
「くそ……」
イライラする。
スイッチを入れると、古いモーター音が唸る。
ぶおおお、という低い振動が足元から伝わる。
床の埃を吸い込むたび、透明なケースに灰色が溜まる。
「こんなにあったのか」
独り言が、機械音に紛れる。
だが、十分もしないうちに、手が止まる。
壁際の古い家具が目に入る。
傷だらけの棚。
色褪せた座布団。
森の家の白い壁を思い出す。
光を反射する床。
孫の笑い声。
掃除機の音が、急に虚しく聞こえる。
スイッチを切る。
静寂。
「なんで、あいつに見せなきゃならない」
思わず声が荒くなる。
誰もいないのに。
森は、ただ来たいと言っただけだ。
それなのに。
胸の奥がざらざらする。
怒りか。
いや、違う。
劣等感か。
それも、違う気がする。
もっと、湿った何かだ。
「団地だぞ?」
口に出す。
六畳。
低い天井。
薄い壁。
森は、広いリビングでコーヒーを出してくれた。
ここでは、どうだ。
インスタントだ。
古いマグカップだ。
「……だからなんだよ」
自分に問いかける。
昔は、そんなことで比べなかった。
二人とも、同じ弁当を食べ、
同じような部屋に住んでいた。
今は違う。
違いを意識しているのは、自分だ。
机の上のチラシを手に取る。
ぐしゃ、と丸める。
すぐにゴミ箱へ投げる。
外れる。
床に落ちる。
「はあ……」
ため息が、重い。
スマホが震える。
テーブルの上で、ぶるっと小さな音。
画面を見る。
森。
メッセージ。
「いつ空いてる?」
短い。
軽い。
その軽さが、胸を締め付ける。
指が止まる。
既読。
青い文字。
森は、こちらの生活を知らない。
この部屋の匂いも、空気も。
知らないままで、いい。
「返信しろよ」
自分に言う。
「適当に日付言えばいいだろ」
だが、指は動かない。
“今は無理”
また、それを言うのか。
小さな嘘が、また積もる。
「別に、避けてるわけじゃない」
言い訳が頭に浮かぶ。
“忙しい”
“体調が”
“予定が”
どれも、嘘だ。
暇だ。
時間は余っている。
問題は、部屋じゃない。
自分だ。
森の前に立ったときの、自分の顔。
あのリビングで感じたざらつき。
それを思い出したくない。
「見られたくない」
ぽつりと漏れる。
生活を。
老いを。
何も増えなかった十年を。
スマホを伏せる。
通知は消えない。
胸の奥で、じわじわと熱が広がる。
怒りか。
悔しさか。
森に対してではない。
自分に、だ。
「なんでこんなに気にしてるんだよ」
声がかすれる。
団地の窓から、隣の部屋のテレビ音が漏れてくる。
昼のワイドショー。
笑い声。
こちらは、静かだ。
掃除機のコードを巻き取る。
カチ、カチ、と音がする。
片付けは中途半端。
床はまだざらついている。
「もういい」
投げるように言う。
ソファに腰を下ろす。
きしむ。
古い匂いが、ふわりと立ち上る。
森の家の、あの新しい木の匂い。
比べるな、と頭では分かっている。
だが、胸が勝手に測る。
広さ。
明るさ。
にぎやかさ。
スマホを手に取る。
森のメッセージが、まだそこにある。
「いつ空いてる?」
短い、無邪気な問い。
「……知らねえよ」
小さく吐き捨てる。
既読のまま、画面を閉じる。
返さない。
今は。
既読スルー。
それだけのことなのに、胸が少し痛む。
小さな亀裂が、広がっていく気がする。
窓の外で、風がカーテンを揺らす。
部屋の空気は、まだ重い。
掃除は終わっていない。
友情も、まだ壊れていない。
だが、何かが歪み始めている。
その原因が、自分だと分かっているのに。
「見られたくない」
もう一度、呟く。
その言葉が、静かな部屋に、長く残った。
朝から、落ち着かない。
カーテンを開けても、光がやけに白くて冷たい。
部屋の空気は重く、昨夜の味噌汁の匂いがうっすら残っている。
「よし……やるか」
自分に言い聞かせるように呟く。
森に「片付いたら呼べ」と言われた。
呼ぶ気なんて、ないくせに。
それでも、掃除機を引っ張り出す。
コードが絡まる。
「くそ……」
イライラする。
スイッチを入れると、古いモーター音が唸る。
ぶおおお、という低い振動が足元から伝わる。
床の埃を吸い込むたび、透明なケースに灰色が溜まる。
「こんなにあったのか」
独り言が、機械音に紛れる。
だが、十分もしないうちに、手が止まる。
壁際の古い家具が目に入る。
傷だらけの棚。
色褪せた座布団。
森の家の白い壁を思い出す。
光を反射する床。
孫の笑い声。
掃除機の音が、急に虚しく聞こえる。
スイッチを切る。
静寂。
「なんで、あいつに見せなきゃならない」
思わず声が荒くなる。
誰もいないのに。
森は、ただ来たいと言っただけだ。
それなのに。
胸の奥がざらざらする。
怒りか。
いや、違う。
劣等感か。
それも、違う気がする。
もっと、湿った何かだ。
「団地だぞ?」
口に出す。
六畳。
低い天井。
薄い壁。
森は、広いリビングでコーヒーを出してくれた。
ここでは、どうだ。
インスタントだ。
古いマグカップだ。
「……だからなんだよ」
自分に問いかける。
昔は、そんなことで比べなかった。
二人とも、同じ弁当を食べ、
同じような部屋に住んでいた。
今は違う。
違いを意識しているのは、自分だ。
机の上のチラシを手に取る。
ぐしゃ、と丸める。
すぐにゴミ箱へ投げる。
外れる。
床に落ちる。
「はあ……」
ため息が、重い。
スマホが震える。
テーブルの上で、ぶるっと小さな音。
画面を見る。
森。
メッセージ。
「いつ空いてる?」
短い。
軽い。
その軽さが、胸を締め付ける。
指が止まる。
既読。
青い文字。
森は、こちらの生活を知らない。
この部屋の匂いも、空気も。
知らないままで、いい。
「返信しろよ」
自分に言う。
「適当に日付言えばいいだろ」
だが、指は動かない。
“今は無理”
また、それを言うのか。
小さな嘘が、また積もる。
「別に、避けてるわけじゃない」
言い訳が頭に浮かぶ。
“忙しい”
“体調が”
“予定が”
どれも、嘘だ。
暇だ。
時間は余っている。
問題は、部屋じゃない。
自分だ。
森の前に立ったときの、自分の顔。
あのリビングで感じたざらつき。
それを思い出したくない。
「見られたくない」
ぽつりと漏れる。
生活を。
老いを。
何も増えなかった十年を。
スマホを伏せる。
通知は消えない。
胸の奥で、じわじわと熱が広がる。
怒りか。
悔しさか。
森に対してではない。
自分に、だ。
「なんでこんなに気にしてるんだよ」
声がかすれる。
団地の窓から、隣の部屋のテレビ音が漏れてくる。
昼のワイドショー。
笑い声。
こちらは、静かだ。
掃除機のコードを巻き取る。
カチ、カチ、と音がする。
片付けは中途半端。
床はまだざらついている。
「もういい」
投げるように言う。
ソファに腰を下ろす。
きしむ。
古い匂いが、ふわりと立ち上る。
森の家の、あの新しい木の匂い。
比べるな、と頭では分かっている。
だが、胸が勝手に測る。
広さ。
明るさ。
にぎやかさ。
スマホを手に取る。
森のメッセージが、まだそこにある。
「いつ空いてる?」
短い、無邪気な問い。
「……知らねえよ」
小さく吐き捨てる。
既読のまま、画面を閉じる。
返さない。
今は。
既読スルー。
それだけのことなのに、胸が少し痛む。
小さな亀裂が、広がっていく気がする。
窓の外で、風がカーテンを揺らす。
部屋の空気は、まだ重い。
掃除は終わっていない。
友情も、まだ壊れていない。
だが、何かが歪み始めている。
その原因が、自分だと分かっているのに。
「見られたくない」
もう一度、呟く。
その言葉が、静かな部屋に、長く残った。
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