『ひだまりの屋根の下で 〜世代を超えた家族の物語〜』

かおるこ

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第24話 『同じ一行』

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『同じ一行』

 封筒は、前より厚かった。

 カセットテープのケースの角が、紙越しにごつごつと触れる。その隙間に、折りたたまれたコピー用紙が何枚も入っている。

 少年は封筒を鼻に近づけた。

 インクの匂い。コピー機の、少し焦げたみたいな匂い。紙の乾いた匂い。

「また来たの?」

 ヒナが覗き込む。

「うん」

 少年は笑う。

「今週は豪華」

 テープを取り出す。ラベルには丸い字で、

《第1位~第10位+歌詞つき》

「歌詞つき?」

 ヒナが目を丸くする。

 少年は封筒の中身を全部出す。ホチキスで止められたコピー用紙。ところどころ、インクがかすれている。端が少し曲がっている。

 余白に、母の字。

《ここ好き》

 赤ペンで丸がついている一行。

 少年の喉が、じんわり熱くなる。

「やりすぎだろ」

 口ではそう言う。

「いいじゃん」

 ヒナが笑う。

「お母さん、研究してるじゃん」

 少年はページをめくる。紙がこすれる音が、静かな食堂に響く。

 その夜、またプレイヤーを出した。

 ウィーン、と回るテープの音。少しこもったイントロ。スピーカーの奥で、微かなノイズ。

 少年は歌詞の紙を膝に置く。

 指で一行なぞる。

「……このフレーズ」

 小さく呟く。

 歌が流れる。

 紙の文字と、スピーカーから出る声が重なる。

 電話が鳴る。

 少年は受話器を取る。

「もしもし」

「聞いた?」

 母の声。少し息が弾んでいる。

「今ちょうど」

「歌詞もつけたの」

「見てる」

 少年は笑う。

「コピー代、かかっただろ」

「いいのよ」

 母が即答する。

「家族で楽しんだんだから」

 一拍。

「違法とか言わないでね」

 少年が吹き出す。

「言わねえよ」

「だって」

 母が続ける。

「あなたが『歌詞も大事』って言ったから」

 少年は紙を見つめる。

「覚えてた?」

「覚えてるわよ」

 母の声が少し誇らしげになる。

「やっぱり売れる曲は、歌詞も違うよねーって思って」

 少年は笑いながらも、胸が熱くなる。

「どこが違うと思った?」

「えー」

 母が少し考える。

「言葉がね、簡単なのに、刺さる」

 少年の目が見開く。

「ほら、この一行」

 母が紙をめくる音が電話越しに聞こえる。

「“転んだ数だけ、空が近くなる”って」

 少年の喉が詰まる。

「……そこ、俺も好き」

「やっぱり?」

 母が笑う。

「なんかね、あなたみたいだと思った」

 少年は黙る。

 テープが回る音が、やけに大きく聞こえる。

「転んでばっかりだけど」

 母が続ける。

「ちゃんと空、見てるでしょ」

 少年は目を閉じる。

「母さんさ」

「なに?」

「歌詞、全部読んだの?」

「読んだわよ」

 一拍。

「老眼鏡かけて」

 少年が笑う。

「マジか」

「何度も止めて、巻き戻して」

 母の声が、少し照れくさそうになる。

「カセットって、不便ね」

「だからいいんだよ」

 少年が言う。

「巻き戻せる」

「そうね」

 母が静かに答える。

「でも」

 一拍。

「巻き戻しても、同じにはならないわね」

 少年の胸が、きゅっと鳴る。

「うん」

「あなたも」

 母が続ける。

「前と同じじゃない」

 少年は紙をぎゅっと握る。

「母さんも」

 言葉が自然に出る。

「変わってる」

 電話の向こうで、息を呑む音。

「いいほうに?」

「うん」

 一拍。

「ちゃんと、今の俺を見てる」

 母の声が震える。

「見たいのよ」

 正直な声。

「昔のあなたも大事。でも」

 一拍。

「今のあなたの歌を、一緒に歌いたい」

 少年は笑う。

 目の奥が熱い。

「次のランキング、何位がいい?」

 母が明るく言う。

「一位」

「欲張り」

「だって」

 少年は歌詞の紙をなぞる。

「売れる曲は、理由がある」

「そうね」

 母が言う。

「心に残る言葉がある」

 テープが終わる。

 カチ、と止まる音。

 少年は受話器を握りながら、静かに言う。

「母さん」

「なに?」

「次の面会」

 一拍。

「一緒に歌おう」

 母が笑う。

「老眼鏡持っていくわ」

「歌詞、覚えとけよ」

「努力します」

 二人が同時に笑う。

 コピー用紙のインクの匂い。
 テープの回る音。
 電話越しの、少しだけ遅れる声。

 違法とか、正解とか、そんなことよりも。

 そこにあるのは、

 変わろうとする親と、
 変わろうとする子どもと、
 同じ歌詞を追いかける時間。

 少年は紙を丁寧に折り直し、テープのケースにしまう。

 それはもう、ただの曲じゃない。

 二人の、今の歌だった。

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