妹に婚約者を取られるなんてよくある話

龍の御寮さん

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キーラの逆転 2

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 殿下と呼ばれた男は、アラン達の苦々しい顔に一切頓着せずさっさと部屋に入ってくるとソファーに座る。
 バルトサールは追い出すこともできずため息をついたのだった。

 キーラは突然現れたバルトサール達よりも身分が上の、しかも端正な顔立ちをした「殿下」にくぎ付けになった。 
「やあ、話を聞くところによると君は家を失ったの?」
 心配そうに、そして優しそうな声色で声をかけられたキーラはそれまでの威勢の良い態度から一転しておびえたような表情を浮かべて殿下に縋った。
「そうなのです。信じていたお兄さまにひどい目に遭って……この方々も信じてくれないんです」
 キーラは再び涙を落してハンカチで押さえる。
「嘘をつくな、いい加減しろ。殿下、この者の戯れに耳を傾ける必要はありませんよ」
 バルトサールとアランは険しい顔でキーラを見る。
「でも可哀そうじゃないか」
 キーラは涙を浮かべてうんうんとうなづく。
「私で良ければ助けになれると思うんだけど?」
「殿下! おやめください!」
 殿下の言葉を聞いたバルトサールは顔を青ざめさせた。

「助けてください。お願いします」
 バルトサールをしり目に、キーラはその言葉に飛びつき頭を下げた。
 一生懸命哀れな自分を装っているが、その口元がやったというように歪むのを必死でおさえているのがアランにも分かった。
 殿下にもわからないはずはないというのに、相変わらずキーラに向けるまなざしは優しい。
「私は独り身なんだけど、いい加減身を固めろとうるさくてね。でもなかなか私のことを理解してくれる人に出会えなくて。君はどうかな」
「それって!」
 キーラの顔は気色に染まる。
「ああ、私の伴侶になってくれると嬉しいんだけど」
 これ以上ないという僥倖に喜びを隠せないまま輝かんばかりの笑顔を浮かべてキーラは立ち上がると殿下と呼ばれた男のそばにすり寄った。
「お受けします! お願いします!」
 それを聞いたバルトサールとアランが慌てたように遮る。

「おい、お前はさっさと国に帰れ!」
 バルトサールがキーラの腕を掴もうとするが、キーラはそれを振り払った。
「やめておけ! お前など殿下の御希望に沿えるわけはない。自分の身がかわいければ殿下に近づくな!」
 バルトサールはキーラのために真摯に説得をしたのだが、キーラはバルトサールが邪魔をしているとしかとらえなかった。
「私があなた方より身分が高くなるのが嫌なだけでしょう。私がこの方と結婚すれば覚えてなさいよ」
 キーラはニヤニヤを笑って、慌てふためく二人を見た。殿下と呼ばれるという事は王族の一人に違いない。
 キーラの頭の中には、自分が王族となりみんなにかしずかれている姿が浮かんでいた。
 そして今自分に偉そうにした目の前の二人とノエルを跪かせることができるのだ。
 湧き上がる興奮にキーラが浸っていた時、殿下がもう一度確認をする。
「ただ私の伴侶になるには少し努力が必要だし我慢もしなければならない。そして一度伴侶になれば離縁はできないのだがどうかな?」
「もちろんです。王族にお迎えいただくのですから努力いたします。どのようなことがあっても我慢いたしますわ」
 努力というのは、話によく聞くお妃教育というもので、きっと王族としてのマナーや勉強などさせられるのだろとキーラは思った。自分だって貴族令嬢なのだ。少し頑張れば大丈夫だと考えたキーラは自信満々でそう答えた。

「伴侶になれば私の秘密を打ち明けることになるし、王族の秘密を知れば後戻りはできない。君がもし別れたいと願えば死を賜ることも覚悟しないといけないよ」
 殿下がそういうのにキーラは頷いた。
「はい。生涯殿下をお支えすることを誓います!」
 キーラは両手を握り締めて潤んだ目で殿下を見つめる。
「おい、本当にやめておけ。この殿下がこれまで独り身であることを考えろ」
 バルトサールは眉間にしわを寄せてキーラを思いとどまらせようとしたが、キーラは聞く耳を持たなかった。
「あなたに関係ないわ。殿下、もしあなたに愛人がいても他に想う方がいても構いません。どうかわたしをおそばにおいてください」
「じゃあ最後にもう一つ確認。私の屋敷は少し特殊なつくりになっているのと、少し変わった閨ごとの作法があるのだけれど構わない?」
「ね、ねや……? あの、いったいどのような?」
 キーラを顔を赤くした。
「それは婚姻してからしか話せない。少しでも不安に思うならやめておいた方がいい」
 殿下はキーラに選択権を与えてくれた。

 キーラにすればこれが平民から抜け出せる最後のチャンス。しかも王族。
 このむかつく二人も、気に入らない兄も自分より身分が下になるという王族との結婚はキーラの優越感を刺激する。
 王族であるから屋敷が特別なつくりになっているのは理解できる。
 閨ごとというのも、必ず子を産むことが義務付けられたり、子が出来なければ愛人を作るとかそういう事なのだろう。
 王族と結婚という冠を勝ち取るためなら、多少の事なら我慢してみせると思った。
 王族がなぜわざわざろくに知りもしない、騒ぎをおこす平民などを伴侶に迎えようとするのかキーラは考えることもなかった。

 どうしても王族と結婚したいキーラは頷いた。
「はい、お願いいたします。あなたのためなら何でも受け入れします」
 キーラはアラン達が止めるのを無視して王族の伴侶になる道を選んだ。
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