ブリアール公爵家の第二夫人

大城いぬこ

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王宮へ

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 ロシェルが口を閉ざしている。なぜだ… 

「…もう肩は痛まないか?」 

「…はい」 

 俺を見ないぞ…流れる景色を見ているぞ… 

「日に…何度も…薬を貼ってくれました」 

 外へ呟くように話すロシェルを見つめていると水色の瞳がゆっくりと動き、視線が合った途端、また外へ向かってしまった。 

「…陛下はお前の演奏を聞きたがる」 

「弾けます…」 

 ふぅ…と息を吐くロシェルに堪らず、対面に座っていたが隣へ動く。当然馬車は揺れ、ふらついたロシェルの肩に腕を回し固定する。 

「ディ…ディオルド様」 

 水色の瞳は驚いたように俺を見ている。 

「王宮は不安か?」 

 ロシェルは顔をふるふると振った。 

「ならばなんだ?話せ」 

 俺に女の考えていることを悟れと言う方が無理なんだ。話さねばわからん。 

「使用人か?腹が立つことを言われたか?」 

 いや…言ったならエコーが俺に報告するだろ。 

「…今朝のことか?確かに見ていた。俺はお前の寝顔を見ていた。仕方ないだろ、先に目が覚めたんだ。口づけをしたかったが起こしてしまうと我慢した。ならば飽きるまで見ていようと見ていただけだ」 

 ロシェルが少し唇を尖らせた。その顔が可愛いと思い、口周りがうずうずする感覚に耐えた。 

「…あんな…近くで?」 

「お前の匂いを嗅いでた。お前の匂いが好きだと言ったろ?俺が驚かせたから怒っているのか?だが変な声を出したお前もかわ」 

 ロシェルは俺の口を手のひらで塞いだ。 

「忘れてください」 

 睨むように見上げる水色に口周りがくすぐったくなる。 

「無理だ…何度も思い出してる」 

 人の口を塞ぐなどしたことがないんだろう。もっと強く押さえなければ意味がないのにな。 

 離れようとする手を掴み唇に押さえつけ、舐めて吸う。 

「ディ…」 

 赤くなった頬を見つめながら指の股に舌を這わせる。 

「ん…」 

 反応があったことに浮かれ執拗に舐める。 

「お…怒りますよ」 

 水色が睨みながら涙目になっている様は俺を興奮させた。 

「いいぞ…おこれ…いかりは受ける覚悟だ」 

「たっ…叩きます」 

「やれ」 

 ロシェルの拳が胸に当たった。その弱さに俺は驚く。 

「…冗談だろ…弱すぎるぞ…はははっ」 

 ロシェルが涙目のまま微笑んだ。美しいと思うほど柔らかく微笑んだ。赤い唇が緩く上がる姿と共にあの香りがわずかだが香った。俺の鼻がかろうじて拾うほどだが確かに香った。馬車という密閉された空間だから拾えた。その証拠に俺の陰茎は完全に勃った。不自然なほど股間は形を変えているだろう。コートを着ていなければロシェルに見られ、変態と思われていたろう。 

「…ロシェル…」 

 なぜ香った?手のひらの性感帯を刺激したのは今日がはじめてではない。

 試したい…この手を口に含んで舐め回し…よせ…これから王宮だぞ…凌辱されたと噂されるロシェルを馬車の中で襲ってみろ…世間の話題はブリアールに染まるぞ… 

 その時、馬車窓の硝子が叩かれたことでロシェルの体が跳ねた。 

「ガガだ」 

 ロシェルが振り返りガガを見ている。 

『戯れはそこまで。見えてきましたよ』 

 ガガの唇を読んだあと、俺は『香ったか?』と伝える。ガガは首を振った。馬車の外には漏れていない。ほんの一瞬香ったんだ。 

『閣下、ここで襲っちゃ駄目っすよ』 

 襲うわけなかろう。時と場所を考えることはできるぞ、阿呆。 

「ディオルド…さ…ま?」 

 振り返ったロシェルの表情が固まった。 

「ガガ様はなんて?」 

 俺はガガを睨んだからな… 

「いや…ガガが阿呆なことを言ったから叱っただけだ。王宮が見えたと言ってる」 

 ほっとしたようなロシェルの銀色の髪に触れる。 

「高そうな髪飾りだな」 

 銀色のなかに俺の色が入り、存在を主張するように飾られている。 

「…使っていない髪飾りが多くて」 

 お前は外に出ないからな。なのに父上はあれもこれもと作らせたか。これから使えばいい。これからも増やせばいい。俺が贈ればいいか。ふむ、誰かになにかを贈ったことがないな…宝石商を呼ぶか。

「金貨二百くらいするか?」 

 平民ならば楽に暮らせる。俺の言葉にロシェルは気まずそうに微笑んだ。 

「…価値がよくわからなくて」 

「お前はこれがたとえ安物だとしても喜びそうだな」 

「はい」 

 俺が贈ったものでもお前は喜んでくれるだろうか…俺の贈ったものは棚に仕舞われたまま使われなかったらと想像すると…落ち込む。 


 ブリアール公爵家の馬車が王宮門を過ぎる前から外は騒がしかった。

 馬車窓から俺の姿とロシェルの銀髪はかろうじて見える。誰が乗っているのかわかり、噂の効果で大騒ぎだ。

 襲われたと言われるロシェルが王宮にいる。なぜだと誰でも考える。 

「先触れは…」 

「してない」 

 ロシェルの下がった眉になぜか胸のなかをくすぐられ、膝に置かれた手を取り握る。 

「追い返されたら庭園を歩く」 

 追い返されることはないだろう。クランバーがわざわざ陛下から離れて頼みに来たんだ。王宮門に謁見の旨を伝えてもすんなり通れたことが証拠だな。 

 陛下に会ったあと、ロシェルと庭園を歩くのもいい。王族庭園ならば人も少ないだろ。 

「会える」 

「はい」 

 馬車は王宮門を通ってからずいぶん走った。

 俺の記憶するところ、王族の私的空間に向かっている。父上はよく来たろうが、俺は学園に入った頃から来ていない。 

「懐かしいな」 

「はじめてこんなに奥まで来ました」 

 ロシェルは馬車窓に視線を向けている。 

「なかなか奥深いよな」 

「はい」 

 ロシェルが入ったことのある場所は王宮夜会の会場までだろう。王宮夜会は第一夫人が参加できるものだ。もうロシェルは参加できない。まぁ、夜会が好きそうでもなかった。別になんとも思ってないか。 

 馬車はゆっくりと進み、停まった。開いた扉の先に王族の私的空間が見える。今は昼も過ぎた時だ。普段陛下はこの時間、ここにはいない。国王執務室のある王宮にいるが、ここに通されたということはクランバーの言う通り、仕事もできない状態なのか? 

「行くか」 

 俺は先に馬車から降り、ロシェルに手を伸ばす。あちらこちらにいる近衛の視線と使用人の視線が注がれているのがわかる。 

 暑いと感じるほどの陽射しのなか、ロシェルが馬車から手を出した。俺はそれを掴み軽く引く。黒と臙脂がふんだんに使われた衣装がロシェルの淡さを逆に際立たせているようだ。 

「ロシェル、綺麗だぞ…胸を張れ」 

 俺が耳に囁けばロシェルは顔を傾け微笑んだ。水色の瞳が垂れて見つめ、俺はつい銀色の頭に口づけをしていた。どこかでなにかが落ちる音が小さく聞こえたが、近衛が動かぬなら危険はないかと無視をする。

 呆然とした表情の近衛たちの横を通り、奥へ進む。 

 ここは陛下の城だ。この隣にはマトリスの城、奥にある城は妃とその王子王女の城が連なる。






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