ブリアール公爵家の第二夫人

大城いぬこ

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懐中時計

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 離邸の扉を開けて階段を駆け上がっていると邪魔をする奴が前方に立っていた。 

「退け…アプソ」 

「おかえりなさいませ、旦那様」 

「…ああ…ロシェルが待っているから退け」 

 俺とロシェルが王宮から戻るとアプソとダフネの姿があった。

 ロシェルは二人に駆け寄り嬉しそうに抱きついていた。涙を流し、アプソの顔に驚き嘆いた。大した顔でもないし失明したわけでもないのに嘆いた。アプソは情けない声で一生残る傷だと呟き、またロシェルを泣かせた。大袈裟に巻いた包帯が無様ぶざまだ。 

「ロシェル様を守れず…申し訳ありませんでした」 

「お前に期待はしていない。エコーでさえ抑えられた」 

「…私たちが離れている間に…随分ロシェル様とお近づきに」 

「ああ。密着している。真横にいると約束もした」 

 俺はゆっくりと階段を上がりながら話す。アプソはその隣を歩き始めた。 

「…よかったですね」 

「ああ」 

「ロシェル様は私の助言に耳を傾けてくれたのですね」 

「助言?」 

「状況に流されてみては…と…旦那様の突然の変わりように困惑されていましたから…私としては後悔のないようにと思いも込めて」 

 俺から礼でも欲しいか?アプソ。お前の助言がなくてもそばにいるのだから、ロシェルは結局俺を見るしかない。 

「…あの賊の男は馬車の下に油を撒くと言いました」 

「…そうか」 

 そのやり口は聞いたことがある。近年襲われた貴族の当主がそのせいで火傷を負ったな。 

「ですがその男の従属する賊の規模はあの半数にも及びません」 

「…ふ…賊の集合か」 

「そうかと。寄せ集めではない動きをしていました。私は貴族の身なりをしていましたが目もくれず投げ飛ばされました」 

 賊の数を見れば貴族の男も拐えた。身代金が増えるモノに目もくれなかったか。 

「拐われるなら共に…と思っておりましたが…気づけば泥だらけの地面の上」 

「バクスター・トールボットが動いた」 

 俺の言葉にアプソが息をのんだ。 

「バロン・シモンズの賭場の借金の帳消し…それが対価だ」 

「トールボット公爵は」 

「知らんかもしれんな」 

 父親を恐れているバクスターは賭場の借金を話していない。トールボットは息子の賭け好きを知ってはいるだろうが、借金の額まで知らんだろう。 

「だが、問い詰める証拠があるかと言えばない」 

 破られた借用書を見せても、言い逃れるだろう。スモークの見た、足を引きずる男の捜索が必須だな。 

「ふん…敵は逃げんし…俺は忘れん…時間がかかろうとも許さん。アプソ、陛下は不眠に陥った…隈は化粧だったがますます窶れていた」 

「陛下は強いお方です。立ち直れずとも生きていきます」 

 陛下はロシェルの悲しみが癒えていくのが気に入らないように見えたがな。ロシェルは半年だが、陛下は四十年以上の付き合いだ…壊れんといいが… 

「私は明日にでもトールボットにいる犬に会いに」 

「その姿でか?」 

「目の下の傷を覆うのは面倒ですが、傷が落ち着くまで致し方ないと…ですね…この姿は記憶に残ります…手紙にします」 

 アプソの姿は異様だ。顔は包帯が巻きにくい。軽傷なのに重傷に見せる。 

 アプソと話している間に近づいた部屋の扉が開きロシェルが顔を覗かせた。俺の姿を見て微笑んでから首を傾げた。俺は走っていくと言ったからな。遅いと焦れて扉を開けたのか。 

「すまん。途中まで走ったがアプソに邪魔をされた」 

「危険なことは…」 

 俺はロシェルの肩を抱き、部屋に入りアプソの目の前で扉を閉める。

 風呂は終えた匂いに銀髪に口付ける。 

「歩いたんだ…かなり…だから俺は臭う…湯は残っているだろ?」 

「はい」 

 ロシェルの匂いを肺一杯に吸い込む。そのなかから血の匂いを見つけ、月の物がまだ終わっていないことを知る。 

 月の物が終わり次第、ロシェルを抱きたい。だがあの匂いの解明を先に済ませた方がいいと俺の勘が言っている。決して、怖じ気づいたわけじゃない。 


 俺が浴室から出ると寝台に座っていたロシェルが顔を上げた。髪を拭いながら近づけば手には失くしたと言っていたものを握っていた。 

「…よかったな」 

「はい…ダフネが」 

「荷馬車に積まなかった…運が良かったな」 

「はい」 

 嬉しそうに微笑み、懐中時計を撫でるロシェルが、隣に座れと言うように寝台を叩いた。 

 俺は頭にタオルを乗せたまま寝台に腰かける。 

「なにかわかりましたか?」 

「…バロン・シモンズ、バクスター・トールボット、ファミナ・アラント」 

「…証拠が…?」 

「いや…推測だ…」 

 賊を雇った証拠はないが、借金の帳消しの理由を問われれば言い淀むだろう。ファミナ・アラントの関与など俺の鼻が嗅ぎ分けたが、とぼけられたらそれまでだ。 

 三人を罪に問えるか?問えない。せいぜい困らせるくらいだ。 

「ディオルド様」 

 ロシェルの指先が俺の眉間に触れた。 

「怒っています?」 

 力んでいたか。 

「…シモンズに侵入までしたが確たるものは得られなかった」 

 ロシェルの指先が眉間を撫でる。心地よさに目蓋を閉じる。 

「…黒幕を捕らえようと…無理をしないでください」 

 ロシェルの小さな声に撫でていた手を掴み目蓋を開ける。心配そうな水色の瞳が見上げていた。 

「…シモンズに侵入なんて…」 

「公爵のすることとは思えんだろ?」 

「ディオルド様…危ないことはしないでください…強いと理解していても…怖い」 

「そんなに心配したのか?」 

「はい」 

 ロシェルは俺の手を握り返した。俺は口周りがもぞもぞする感覚に体を力ませ耐える。 

「…わかった…危険なことはガガに任せる」 

 俺の言葉に少しだがロシェルは困った顔をした。ガガも少しだけ心配なようだ。 

「ガガは強いぞ」 

「はい。とても体が厚くて大きいです」 

 ロシェルは手を握ったまま俺の体に身を寄せ預けた。 

「あ…ふ…」 

「…ね…寝ていろと…言ったろ?連日動き通しだった…きゅ…休息をとらねばな」 

「…は…い」 

 ロシェルは俺を試しているのか?俺の理性を…ああ…試せ…お前は俺を何度でも試していい……浴室で吐き出したからな…理性は保てる。 

 ロシェルの寝息が聞こえる。ロシェルの手の力が抜けていくが俺は離せなかった。少しでも動けば起きてしまいそうでゆっくりと呼吸する。 

「寝かせますか?」 

「!…っく…この…エコー…クソ…いたか…」 

「…ずっといました」 

「…これからは気を遣え…俺たちは夫婦だぞ…閨まで見続ける気か…?雰囲気を察しろ」 

 部屋のすみにいたエコーが足音も立てず近づく。わずかな灯りが見せるエコーの顔には真剣さがあった。 

「ロシェル様の月の物はあと二日で終わるでしょう」 

「…女体に詳しいな…エコー…女体に特化した医学書と快楽の入り口という本の二巻があるはずだ…手に入れろ…他にもあるなら」 

「…今夜のような危険な真似はお止めください」 

「お前まで心配したのか?」 

「ロシェル様が気にしておりました。窓辺にいたのも旦那様を心配してのことです」 

 父上を想っていたのだろうと思っていた。なんてことだ…また勃起したぞ… 

「…旦那様」 

「仕方ないだろ…お前のせいだ」 

 俺を興奮させることを今言うな。 

「ファミナ・アラント、私が殺してきます」 

 物騒な言葉にエコーの地味な顔を見つめる。 

「…今は駄目だ…」 

 ファミナ・アラントは内心、嬉々としてロシェルが襲われたとを吹聴しているだろう。そんな時に死んでみろ。疑いはブリアールに向くだろ。 

「自殺に見せかけることは容易です」 

「怒り心頭だな、エコー」 

 俺はロシェルを抱き上げ、寝台に寝かせる。銀色の髪の絡まりをほぐしながら見つめる。

 この幼さが残る寝顔に再び苦悶の表情が現れないよう動かねばならない。 

「…懸念は…暗殺者を送られることだ…賊はもう使わないだろ」 

 当分長く移動はしない。首都の街中で襲うことも無理な話だ。 

「エコー…気を張れ…怪しいと感じた者が近づいたときはロシェルに張り付いていろ」 

 ロシェル、俺はお前の真横にいると言ったが、実際それは無理だ。俺には仕事があり邸を離れることもある。 

「本邸から人も入る…頼むぞ」 

「はい」 

「さあ…出ていけ…」 

 俺はロシェルの隣に横たわり、擦り付けたい陰茎を押し付けるだけにしておく。 

「浴室で」 

「…消えろ」 

「…汚したハンカチは床ではなくごみ箱にお願いします」




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