ブリアール公爵家の第二夫人

大城いぬこ

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「日時を指定されれば…赴いた…会わないなど…私は…言っていない…ブリアール公爵が…奇抜なことを…する人だと…理解して…いたが…これは問題になる…ウェイン…が頭を…下げたから…騎士隊に…報告しない…が…私の眼鏡は…どこなんだ」 

「貴様が人体実験のようなことをするからだ。で?薬は?」 

 ガガは懐から小瓶を出し、俺に向かって投げた。手のひらに収まるほどの小さな瓶の中には丸薬が入っている。 

「用法は」 

「毎日…服用する必要が…ある…効果は五日ほど…あとに……私は…勧めない…ふは!……公爵の年齢では…不能に…なる…って!閣下!どうするんっすか!?童貞のまま不能って!俺…俺…」 

 ガガは顔を歪めて泣き真似を始めた。 

「ビアデットが笑ったのか?貴様が笑ったのか?」 

 俺は早漏であって童貞ではないし、勃たなかったら女用の避妊薬の安全性をとことん調べ上げ、なんなら新しく作らせる。 

「……ビアデット公爵っす」 

 奴が笑うか?お前だろう、阿呆め。 

「スモーク、痛むか?」 

 俺はガガから氷で顔を冷やすスモークに視線を移す。古傷の多い顔が腫れている。 

「…まだこのふざけた報告続けていたんですね」 

「上手いだろ?」 

 ガガは得意気に胸を張った。 

「俺、ビアって人知らないです」 

「もう!スモーク!ビアデット公爵!マジでイライラする話し方なんだよ。ネチネチネチネチ…俺が背負っている間、文句ばっか!痩せてて長身で顔色悪くて見ればすぐにわかるぞ」 

 ガガは拳でスモークの頭をぐりぐりしている。 

「痛いって…やめろ……団長…なんなんです?あの匂い」 

「スモーク、エコーにやられるなんて…戦場を離れて弱くなっちゃったな」 

 ガガはスモークを馬鹿にするように笑った。 

「…あの匂いにあそこはおっ勃つし、頭は逆上せたようにふわふわするし」 

 エコーも吸ったろうが想定していたから動けた。スモークの混乱は理解できる。 

「…ロシェルが放った」 

「は?」 

 スモークは怪訝な顔をした。 

「興奮すると放つ。媚薬香ではない。ロシェルの汗…が放つ」 

 膣液のことは言わなくていいだろ。 

「…それは…団長…大問題っすよ」 

 受け入れてくれたか、スモーク。単純な奴だ。 

「ああ」 

 俺がこれからロシェルを抱く度にあの匂いを放つことは、いつか問題を起こすかもしれん。だから伯は男の使用人の数を極端に少なくしたんだ。 

「興奮って…俺が相手でも」 

「スモーク…そんなことを考えるな…考えるだけでも許さん」 

 俺が険しく睨みながら言えばスモークは口を閉ざした。 

「ロシェルは俺だけに反応する」 

 これから先、俺だけだ。 

「閣下、ですが…スモークの言っていることも正しい…大問題…外でロシェル様が興奮したら?」 

 外でロシェルが興奮するだと…俺が触れればあり得るのか…頬が緩むぞ。 

「話したほうがいいのでは?」 

「え…ロシェル様は知らないんですか?」 

 迷っている。話したとてロシェルに制御できるものでもないなら意味がないような気がする。 

「…てか…団長はロシェル様を娶って半年くらい経ちますよね…なんで今さらこんな話をガガとしてるんすか」 

 スモーク、お前にしては鋭いな。 

「…そこは複雑でな…スモーク…悩みたくないなら考えるな」 

「っすね、面倒そうだし…はい」 

 スモークの頭が弱いところは長所だな。 

「あの匂いの発生条件は性的興奮だ…俺がロシェルの手や耳を舐めなきゃ…」 

「手?舐めたの?快楽の入り口…試したの?」 

 ガガから視線をそらす。 

「快楽の入り口?なんっすか?それ」 

「いかがわしい本。挿し絵つき…すっごいの」 

 ガガの言葉にスモークが下品に口笛を吹いた。騎士とはだいたい、ほぼ下品な連中だ。 

「ガガ、スモーク、とりあえず離邸の内部の警護は二人に任せる。ダートは外だ」 

「え!?」 

「えー!?二人だけ!?閣下!休みなしじゃないっすか!」 

「当面だ…褒美は考えている」 

 俺の言葉にガガとスモークは視線を合わせた。 

「…金貨かな?スモーク」 

「枚数によるっすよ」 

「金貨でも高級娼館でも高級娼婦でも…考えておけ」 

 二人は手のひらを高く上げて叩き合った。 

「俺、高級娼婦呼ぶ」 

「ガガ、俺も」 

「スタンに伝えておく。好みを書いておけ」 

 高級娼婦を呼ぶには信用と金貨がいる。宿舎に呼べば仲間内で羨望の的だ。 

「離邸の出入口の強化…そこから始めるか」 

 俺は小瓶の蓋を開け、匂いを嗅ぐ。数多の草の匂いだけで怪しいものは拾わなかった。一粒取り出し、口に含み水で流し込む。 

「五日か」 

「長いっすね」 

「ああ。ビアデットに資金を渡さねばな」 



 ぼんやりする視界に臙脂が見えてももう驚かない。 

「…寝たな…悪夢も見ずに…もう昼だぞ」 

「…ふふ…ディオルド様…冗談…」 

 ディオルド様は私の額に口づけ、外へ視線を向けた。私はそれを追って窓を見る。朝陽とは違う日差しが見えて本当だと信じた。

「…王宮…」 

「ゆっくり行けばいい…ロシェル…体は辛くないか?」 

 隣で寝転び、肘をたてて私を見ているディオルド様に体を傾ける。 

「…はい」 

 昨夜のことは確かに起こったこと、夢じゃない。意識すると左胸が変な感じがする。下着も穿いていない。夜着ではなくガウンを着ている。 

「…ディオルド様が着せてくれたのですか?」 

「ああ。体も拭った」 

 小さく口の端を上げて笑うこの顔が好き。険しい顔が柔らかくなる。 

「ありがとうございます」 

「ああ」 

 明るい日差しがディオルド様の顔をよく見せてくれた。私は臙脂の下にある隈に触れる。 

「…なかなか消えませんね…痣まで…」 

 寝ていない証拠だわ。それでもこうして私が目覚めたとき隣にいる。それはディオルド様の想いからだと感じて嬉しい。 

「…凄みが増すだろ?」 

「確かに…ふふ…痛いですか?」 

 夜はよくわからなかったけど、赤くなっている。 

「痛そうに見えるがそれほどだ。白粉で隠せる」 

「閨は難しいのですね」 

 準備とか理性とか…ディオルド様に触れられて執拗に胸や秘所を舐められて、下腹がうずいてもどかしくて、自分の体がおかしくて変な声がたくさん出てしまった。 

「教本を持ってこさせる。勉強したいと言ったろ?簡単なやつだ」 

「はい。ありがとうございます」 

「領地で買った本も運ばせる」 

「はい」 

「ロシェル、俺にとって閨は義務だった。女の素肌に触れたのはお前が初めてと言っても過言ではない。すごく美しかった。準備を終えたらお前がもう嫌だと殴るまで触れていたい」 

「私も…ディオルド様の体に触れたいです」 

 ガウンから覗く胸が筋肉なのか硬く盛り上がり、よく見ると傷跡もある。 

「いいぞ」 

 ディオルド様の胸をつんと押すと思ったよりも硬かった。 

「…硬いです…傷は…古いものですね」 

「ああ」 

 指を滑らせ、頂に触れる。 

「私のここ…じんじんしています」 

「お…俺のせいだ…」 

「舐めて」 

 ディオルド様のを舐めていいのか聞こうと思ったとき、口を塞がれた。 

「ロシェル…我慢と言ったろ?」 

「れも…」

 口を抑えられて話せないわ。 

「舐めては駄目だ。準備が終わったら…す…好きにしていい」 

 私が頷くとディオルド様はゆっくりと手を放した。 

「すまん…苦しかったか?」 

「いいえ…ディオルド様」 

「ん?」 

 ディオルド様の指先が何度も私の髪を撫でる。 

「抱きしめてほしいです」 

「…ああ」 

 ディオルド様に引き寄せられ、硬い胸に頬がくっつく。

 ジェイデン様と違う体、違う匂い、巻きつく腕のたくましさと伝わるぎこちなさに、今は慣れて安堵を覚える。

 ジェイデン様に抱かれたらきっと嬉しい。同じように安堵もする。でも泣いてしまう。記憶のなかのジェイデン様が甦る度、悲しくなってしまうけれど、いつか、いつの日か、この悲しみが消えるのかしら?そんな未来は想像できない。





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