ブリアール公爵家の第二夫人

大城いぬこ

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侵入者

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 そんなに細くては明かりの意味がないと愚痴りたくなる夜に、敵はそれを利用しての決戦かと思い、エコーは観戦していた。 

 ディオルドの言った通り、敵は精鋭少数。侵入口から離邸に迷わず来たと報告を受け、敵はブリアール公爵邸の構造を把握済みということだと考えながら、金属音に耳を傾けているエコーは暗闇のなか目を凝らす。

 幸運にも敵の数は四名だった。ディオルドはロシェルの匂いを理解している四人ならば信頼できると、状況の報告不要と寝室に閉じ籠り、睦みあっている。エコーとガガから月の明かりが少ない夜に敵襲があるだろう、我慢したほうがいいと進言されても、ロシェルから誘われては断れないと真面目な顔で応え、戯れ始めて数時間が経っていた。 

 離邸の扉は全て施錠してあるといえ、窓を割られては厄介だと、ガガ、スモーク、ダート、ゼノの四人は敵を離邸の庭へ誘導しつつ戦っている。 

「ぐう!!」 

 打ち合う金属音のなかに誰かの声が響いた。わずかな月明かりが大金槌で腕を弾かれた敵の声だとエコーに教えた。片腕は使い物にならなくなったはずの敵はそれでも怖じけず、ガガに向かう。 

 スモークはエコーからずいぶん離れた場所で食い止めていた。ガガの近くは巻き添えをくらうと理解して、敵をそこまで誘導した。 

 ダートの相手はこの暗闇のなか短剣を放つ者だった。エコーは毒でも塗ってあるか、多分塗ってあるだろうと考え、防具は身に付けていても隙間を狙われれば厄介と、先に敵を倒した誰かに加勢に行くよう指示を出すかと思考しながら辺りを見回す。 

 ゼノの相手は特殊な武器を使っていた。鞭のようなものに刃が巻きつけられ、触れれば容赦なく皮膚を裂いていく。だが、ゼノはブリアール騎士のなかで一番小柄な体格、それでも団長まで任せられるほど実力を持つ。エコーは俊敏なゼノなら鞭を避けながら攻撃可能と予測した。 

 庭の開けた場所で戦うガガは、倒れた敵にすかさず大斧を振るい、首と胴を離した。胴を寸断しなかったことは、後でディオルドに褒められるだろうと頬を緩ませ、他の戦いなど気にする風でもなく、観戦しているエコーに体を向けた。 

「エコ~」 

 エコーは近づくガガを見下ろしながら寝室から聞こえる寝台の軋む音に耳を傾けていた。ロシェルの声が途切れても鳴り止まぬ音に、ディオルドへの諫言を決め、背にしていた壁から離れる。 

「ガガ」 

「あれが精鋭だぁ?冗談だろ」 

「あなたの相手が弱いのでは?ゼノとダートは武器が厄介です」 

 エコーは近づくガガを見下ろしたあと、視線をぐるりと一周させた瞬間、テラスの手すりに違和感を覚え、咄嗟に剣を放った。エコーの突然の攻撃にガガは武器を振りながら駆け寄った。 

「刺した?」 

 緊張感のない声がその手の甲からした。 

「刺さっています」 

 エコーは律儀に答え、腰に装着している剣帯から新たな剣を抜く。 

「よく見つけたなぁ…呼吸も止めてたのに」 

 ふざけたような声音で男がゆっくりと姿を現した。痛みなど感じていないように剣の刺さった腕だけで体を持ち上げた。その瞬間、エコーは剣を放った。 

「おっと」 

 男は再び、エコーの前から消えた。下に落ちたと思わせるほど勢いよく消えたにも関わらず、ガガの視線はテラスの真下にあることに、エコーは男の居場所を理解した。男はテラスの床の下に張り付いている。 

「どっちにしようかな~どっちを売ろうかな~」 

 男は場違いなことを口にした。 

「よし、お前に決めた…ガガ」 

 異様な侵入者はガガの名を呼んだ。 

 エコーは侵入者は四名と思っていたが、一人だけ巧みに気配を消し、慎重に近づいていたことに軽く息を吐き、靴音を小さく五回鳴らした。 

 テラスの真下にいるガガは天井に張り付く男を見上げていた。近くもないが離れてもいない場所で戦う仲間たちの戦況を考えることも忘れ、ガガの意識は目の前の男に集中している。 

「ガガぁ」 

 テラスの床下に張り付いていた男はひらりと落ちた。手の甲に剣が刺さったまま気にするでもなくガガを見てにやにやしている。 

 ガガはその男の体格がビアデットに似ていると思いながら、異様な雰囲気を持つ敵に瞳を細めた。

 ガガはこれまで数多の敵と対峙してきた。辺境の蛮族は邪な信仰以外、屈強で強い者が全てを決めるという考えを持つ集まりだった。単純で純粋だったといえる敵だったが、今、目の前にいる男から気色の悪さを感じていた。 

「どっちにしようかな~どっちを売ろうかな~」 

 膝を曲げ、低い体制のまま左右に体を揺らす男は、ガガが数分前に殺した男同様、姿を隠すつもりがないようにマントも羽織らず、顔を晒している。けているせいか、顔の窪みが多くの影を作り、異様に見える様相の男に、ガガはなにかを感じていた。 

「ガガぁ、奴隷のガガぁ…ずいぶんいい思いをしてんじゃねぇかぁ」 

 ガガは左腕を低い位置で思いきり振った。ブゥンと空気を震わせる勢いに風が起き芝が揺れたが、男は跳ね上がり避けた。間髪いれずに右手を振ったガガの大斧が男の頭に向かうが、男は空中で体勢を変えて避けた。 

「武器がでかいと動作が遅くなるぅ~」 

 男は大金槌と大斧を避けてすぐさま地に足をつきガガへ向かって踏み出した。その両手には今夜の月のような形の武器が握られている。ガガは金槌と斧から手を放し、男の攻撃を受けるため、交差する腕でそのまま防御の体勢になる。 

「バカやろうぉ…腕失くなっちゃうよぉ~」 

 ガガは迫り来る刃を受けるため、交差していた腕をずらして調整する。男の湾曲した刃がガガの腕を捉えた瞬間、高い金属音が辺りに響き、離した金槌と斧が落ちる音と重なった。 

「腕の中に防具を仕込むなんてなぁ~へなちょこ~」 

 男の言う通り、ガガは前腕に鉄の防具を嵌めていた。 

「ガガぁ~…男っぷりが上がったねぇ~…いい男だなぁ~」 

 ガガは男が話している間に頭を振り、頭突きをかまそうとしたが、男はガガの胴を蹴り後ろへ飛んだ。 

「どっちを売ろうかな…か…久しぶりに聞いたけど、ガダードはそんなふざけた言い回しじゃなかった」 

「奴の肩を持つとはなぁ…選ばれなかった方は楽な生き方したってことだぁ~」 

「ギギ」 

 ガガはずいぶんと面差しが変わってしまった弟の名を呼んだ。 

「ガガぁ~」 

 ガガがギギと呼ぶこの男は、両手を軽く振り、三日月形の武器を放った。くるくる回りながら向かう刃を避けたガガは、避けたはずの刃に背中を裂かれた。 

「くっ…」 

「死んじゃえぇ」 

 男はそう呟き、再びガガに向かって飛びだした。男の両手には同じ形の武器がある。今度は下から突き上げるように武器を振ったが、ガガは両足に力を込め、その場で飛び上がりながら足を振り、男の肩を蹴りテラスの床を掴み宙に浮いた。 

「ちっ」 

 ギギと呼ばれた男は舌打ちするだけで武器は放たず、ガガを見上げる。 

「蹴りが弱いねぇ~ガガ、金貨を百やる。女を渡せ」 

「断るよ」 

「百五十」 

「無理」 

「二百」 

「俺は金貨五万を動かせる」 

「んなわけあるかぁ…戦奴のくせによぉ~」 

「公爵閣下の言葉を信じる」 

「けっ…貴族なんぞに懐柔されちゃあ…死んだほうがマシってもんだぁ」 

 男は三日月形の武器を指で挟み、ガガに向けて放った。ガガはテラスの床を掴み浮いている状態で、手を放せば男の待つ地面という状況だった。逃げ場はテラスに上がることだっだが、それは選択肢になく、手を放し落ちながら向かってくるその二つの刃をつまんで即座に男に向かって投げ返した。だが、三日月形の刃は男に当たらず地面に刺さった。 

「…難しいのよぉ」 

「手に剣が刺さったままだ、ギギ」 

「ん?あ…ほんとだ…忘れてた」 

 ギギはそう答えるだけで短剣を抜こうとしなかった。 

「なぁガガぁ~…誰かぁ…拉致ったぁ…?」 

 ガガはギギの問いにただ首を傾げた。それを見たギギはここに来てはじめて殺気を放った。 

「どっちなんだよぉ~」 

 その殺気に連動するように、上階の寝室の窓が開けられた音がガガに届いた。 

「閣下!大好きっ」 

 呼吸を止めたガガは、突然香った未知なる匂いに鼻を膨らませ、動揺するギギに向かい、地面に落ちていた湾曲する武器を拾いながら突進した。 

「…ほぇ~…なん」 

 ギギがガガの狙いを理解したのは自身の両手首を刃に貫かれた後だった。




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