ブリアール公爵家の第二夫人

大城いぬこ

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ディオルドとギルバート

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「ロシェル様、気になる者はいませんか?」 

「ええ。丁寧に世話をしてくれるわ。アプソの教育のおかげかしら?」 

「教育と言うほどのことはしていませんが、やはり給金が満足以上の額であることが彼らの意識を高めているのでしょう」 

 平民の使用人といっても乱暴な仕草もなければ探るような蔑むような視線もない。私はそれで満足しているし、彼女らと仲を深めるのはまだ少し先のことのような気もする。ダフネのように年の離れた女性たちではないからかもしれない。 

「三枚ね」 

「わかりました。ダフネ、あなたは?」 

「私は…一枚」 

「おやおや」 

 私は三枚のカードをテーブルに置き、アプソが滑らせたカードを受け取り、ドキドキしながら確かめる。 

 手持ちのカードと同じ絵柄を見つけ嬉しくなった。 

「ふむ…」 

 アプソが眼鏡の奥の瞳を細めて私を見ていた。私は急いで無表情を作る。 

「ロシェル様、今さらお顔を作られても…ダフネは眉も唇も目尻さえ動いていません」 

 私はダフネに視線を向ける。カードを始めたときから同じ微笑みに感心する。 

「すごいわ…ダフネ…私…カードが揃うと嬉しくて」 

 アプソが教えてくれたカード遊びがとても楽しくてやめられない。 

「ロシェル様が賭場に行けば身ぐるみ剥がされますね」 

「賭場では裸になってカードを?」 

「ははっ、違いますよ。ロシェル様のようにどんなカードが来たのか顔に現れてしまう人は賭けに向いていないと言ったのです。ではオープン」 

 アプソの合図でカードをテーブルに並べる。 

「…ロシェル様は一組…ダフネは二組…私は一組と二組なので」 

 ニッコリと笑うアプソに頬が緩んだ。 

「アプソの勝ちね?ふふ、私の負け」 

「負けたロシェル様がなぜ嬉しそうに笑うのか…」 

「おかしい?とても楽しいの」 

 こんな遊びをしたことがなかった。 

「…おかしいなど…微笑ましいと思いますよ」 

 微笑ましい…褒めているのかしら? 

「やっと落ち着いた時間を過ごせるようになりましたね」 

「ええ…」 

 ジェイデン様の死から慌ただしかった。私の心も周りも嵐のように吹き荒れて、沢山のことが起こり変わった。深い悲しみと不安、寂しさを抱えたまま恐怖に襲われ、死を感じた瞬間もあった。 

「アプソの言うとおり…流されてみて…ディオルド様から向けられる想いを素直に感じて…私…ジェイデン様を想いながらディオルド様も想っているの」 

 テーブルに広がるカードを撫でながら呟く。高級な厚い紙には美しい花の絵が描かれている。 

「…私……」 

 ディオルド様と閨を始めてから、頭のすみにある考えが浮かび、今さら悩んでも仕方ないこととわかっていても、ふとまた同じことを考えていた。 

 閨の時、ディオルド様は動き通しだった。あれをジェイデン様ができたのか…激しく腰を振って疲れてしまったのではないか…私があの人を弱らせてしまったのか… 

『私の初めての恋人、愛しいロシェル』 

 それでもジェイデン様は私と繋がりたかった…愛していればお互い裸で抱き合い、局部で繋がるととても気持ちがよくて心には喜びが満ちる。ジェイデン様は閨を望んだ…私を愛しているから…私はあの夜を覚えていたかった… 

「私…私の未来がこんなに幸せだと想像していなかったわ」 

 ジェイデン様を思い浮かべるだけで心が温まり、ディオルド様を考えるだけで胸が跳ねる。 

「ロシェル様が幸せを感じ続けられるよう、旦那様は動いています」 

 アプソの言葉に顔を上げる。眼鏡の奥の瞳は弧を描き、細くなって私を見ていた。 

「ええ…感じているわ」 




 バートラムと別れ、ブリアール公爵家の家紋が彫られた馬車に近づく。

 ガガが頷きと共に扉を開け、俺はその横を通りすぎ体を屈めながら乗り込む。 

「…女を渡す。病歴などない健康体だが、声が気に入らなくてな…そこは焼いた。他は傷もないだろう。好きに使え」 

 座面に座りながら、奥の隅に背をもたせ、長い足を組んでいるビアデットに伝える。 

「…どこの誰と…聞けば…教えて…」 

「聞いてどうする?…裏組織と繋がる罪人だ…気にするな」 

 険しく睨めばビアデットは口を閉じた。ファミナ・アラントは多少組織について知ってはいたろう。馬車が燃やされたと口走ったくらいだ。 

「女に聞いても答えられん。いいか?ビアデット。いくら王家の援助を受けているとはいえ人間で実験をするなど世間体が悪いだろ。それがたとえ奴隷であってもだ」 

「よく…ご存知…で」 

「ビアデット公爵家が秘密主義なわけが理解できた」 

 後ろ暗いことをやりすぎだろ。 

「どこの…誰が…契約を…破ったか…教えてくれるなら…貴殿の頼みを…聞きます…よ」 

 陰気で生意気なやつだ… 

「奴隷制が廃止され、いたぶられた罪人の肉体しか手に入らなくなったろ?傷一つない、裕福な健康体だぞ。小さなことは気にするな」 

「そういう問題ではない…契約…」 

「なにが不能だ」 

「…不能…ほう…匂いは副作用に…」 

「ああ。何度もたぎる」 

「それは…いい…報告です…」 

「記録に残すな。いいな?」 

 こういう研究者は全てを記録に残しているものだ。 

 返事をしないビアデットに苛つくが譲歩する。 

「名を書くな」 

「…はい」 

 馬車はゆっくりと動きだし、王宮の外へ向かっている。 

「…私はまた…おぶられて…帰るのです?」 

「…広い背中に不安はなかろう?」 

 眼鏡の奥の闇色のひとみが細められた。 

「ギギ」 

「…彼が…なるほど…違反者には…死を」 

「…ビアデット、お前を背負っていた男の名はガガだ」 

「…ガガ」 

 ビアデットは姿勢を正し、上体を俺に近づけた。 

「…兄弟」 

「ああ。お前の実験のせいで似ても似つかん風貌になった」 

「私…我が家門のです…が…あれと…兄弟…面白い」 

「双子だ」 

 珍しくビアデットの顔が動いた。瞳を見開き、鼻の穴まで膨らませた。 

「喜んでいるのか?気色の悪いやつだな」 

「とても興味深いことをおっしゃるからです…彼と双子…一体どの薬が面差しまで変えたのか…邸に戻り、彼の記録書を探さねばなりません。おぶらせるならここから邸へ」 

「落ち着け、ビアデット。こんな昼間からおぶらせるか阿呆。ギギという男は剣で刺されても痛みを感じていなかった。なにをしたらああなる?」 

 ビアデットはゆっくりと体勢を戻し、眼鏡の位置を直した。 

「…彼には…麻酔薬の投与を…与えては傷つけ…量を増やしと…繰り返し…人体に与える…影響を…それが無痛症になった…原因と…思われます…彼だけに現れた…症状です」 

「貴様を背負った男とは正反対の…貴様のような体格になっていた。だが筋肉量が少なく見えても、戦闘能力は高い。あの体格では貧弱に見えるが、腕力、脚力は騎士並みといえる」 

「…彼の…父親の…情報を」 

「ああ。戦闘奴隷だ」 

「そうです…戦闘奴隷…その中でも…群を抜く…強さを持つ」 

 ガダードと取り引きしたときに資料も得ていたのか。 

「…血とは…血には…意味があります…体格面でも…面差しは…似ずとも…老いれば…似る…こともあります…ですが…性格は環境に…影響を…受けやすい」 

「奴隷制が廃止され、解放したのか?」 

「…ええ…しかし…薬の影響…で…働けぬ…者は…責任を持って…世話を…ですが…出ていく者には当面…生活できるほどの金を」 

 解放されたとて、学もつてもない元奴隷の行き着く先などたかが知れている。 

「奴隷制の廃止…我が家が…一番…嘆いた」 

 奴隷とは人ではない。ビアデット公爵家の人体実験が世に知られようとも、相手が奴隷ならば非人道的であれ誰も責めはしないか。 

「ギギには手を出すな。奴は俺の邸に侵入した。こちらでどうにかする」 

「…承知しました」 

「今頃…女は貴様の邸に向かっている…無紋の高級な馬車を見つけたら貴様は乗車し邸へ入れ…ビアデット…研究結果の報告は要らんが女の状態は報告しろ」 

「…酒を飲まず…麻薬に…手を出して…いない…管理された…肉体を研究に…使えるとは…有難いですが…貴殿は…直接…手を下す…と」 

 ビアデットはまるで渡す女が誰なのかわかっているように話した。 

「人体実験は楽しいものではないだろう?痛みと苦しみ、終わらぬ恐怖にいっそ殺してくれと懇願する。そして死ぬ」 

「貴重な肉体…最後は内臓…まで…解剖し検分します…遺体は…灰に」 

「ああ…汚物にでも混ぜろ」 

 ファミナ・アラントを殺すことなど指先一つで叶う。事故死などどこで起きても珍しくはない。

 だが、そう簡単に死なせてはならない。優しい死を与えてはならない。 

「ウェインは…」 

「なにも知らん」 

 俺の言葉にビアデットの表情は変わらず、ただ頷いた。








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