ブリアール公爵家の第二夫人

大城いぬこ

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二人の想い




 ロシェルが浴室にいる間、部屋に石鹸の香りが漂よってくる。 

「大旦那様」 

「ああ」 

 エコーの差し出す薬湯を含み、丸薬も飲む。だが、咳込み吐き出してしまった。 

「ジェイデン様!」 

 咳が治まらず、手で口を覆う。届かないと思うがロシェルに聞かれたくない。 痛む胸を抑え、体を丸める。エコーが背中を擦るが効果はない。 

「…はぁ…」 

 呼吸が落ち着き、手のひらを見ると前回よりも多い血が着いていた。 

「心臓…肺まで…エコー…着替えを」 

 ついでに窓も開けさせ、わずかでも血の匂いを残したくなく部屋の空気を入れ替える。風呂上がりのロシェルを冷やさないため、暖炉の薪を増やすよう指示を出す。 

「私の体はもう終わりに近づいている」 

 エコーの差し出す夜着を着込み、深く呼吸を繰り返す。窓から庭の緑の匂いが入る。その中に土の匂いも感じ、雨が降ると察した。 

「短い、エコー…短すぎる…私は…もっと強引に」 

 ロシェルを見つけたあと、なにを思われようと婚約者がいようと無理矢理にでもブリアールに、私のそばに置けばよかった。 どうせ死んでしまうなら醜聞など気にせずに行動していれば……そんなことをしてはロシェルに嫌われてしまうか。あの頃のロシェルにはまだ明るい未来が待っていたのだから。 

「ロシェルは私を好いているように見えるか?」 

 エコーの頷きに長く息を吐く。 

 どん底まで落ちたロシェルに手を差し伸べた、それがあって私は慕われているのなら? 考えてもどうしようもないことを…私はこんな思考を持っていなかった。老いてしまったからだろうか?女性相手に思い悩み、もどかしさを持つなど、この年で経験するとは。 

「大旦那様」 

 エコーの声に顔を上げると浴室の扉が開いた。

 ロシェルが頭にタオルを巻いて出てくる姿を見つめる。水色の瞳が私にあり、赤い唇は微笑んだ。 

 熱くなる胸に、無意識に手が上がりロシェルに伸ばしていた。 

 ロシェルはレナとダフネをおいて私に向かって駆け寄る。裸にガウンを着ただけの姿で駆けたせいではだけ、美しい鎖骨が見えた。 

「ジェイデン様」 

 私が見つけた、うつむいた憂いのあるロシェルはもういない。今は水色の瞳に熱があり、垂れて喜びを含み私を見る。 

 寝台に座る私の前に立ったロシェルは落ちかけたタオルのことなど気にしていないように私の前に跪いた。 

「ロシェル…隣に」 

 座ればいいと言おうとしたが、ロシェルは私の膝に頭を乗せた。 ロシェルの頬が膝に触れ、タオルは床に落ちた。まだ濡れている銀色の髪が光る。 

「ロシェル」 

「ジェイデン様、好きです」 

「急にどうしたんだい?」 

 私たちの会話が聞こえていたとは思えない。 

「ジェイデン様の瞳が悲しそうでした。私は慰める言葉を知りません。だから…私はジェイデン様のそばにいると伝えたくて」 

 私が濡れた頭を撫でると水色の瞳が現れ、向けられる。 

「ジェイデン様が想いを伝えてくれる度、私は嬉しくて心が温かくなります。なにかありました?」 

「おいで」 

 ロシェルは膝を伸ばし、私の胸に飛び込んだ。 

 私は腕の中にきた愛しい存在を抱きしめる。私の老いた両腕で抱きしめる。 

「私のほうが君を好きだよ」 

「ふふ」 

 気づけばエコーやレナたちが部屋から消えていた。 

「あの口づけも好きです」 

「くく…そうか」 

「してください」 

 ロシェルは腕を緩めて私から離れた。現れた顔は赤く染まり欲を見せているようだった。 

 私は誘われるままに濡れている銀色の頭を掴み、口を合わせていた。勢いのまま動いたせいで互いの歯が当たったが、そのまま舌を突き入れる。 先ほど飲んだ薬湯の味がロシェルに伝わるだろう。 

 ああ…石鹸の匂いに甘美な香りが加わり、この年でも下半身が反応しそうになっている。 私は元々、女性と楽しむことに興味が薄かった。それなのにこの年でこうなるとは。

 誰かを想う…特別な誰かを愛するとこうなってしまうのだな、アスクレピア。数十年の時を経て、君の心情が理解できるとは。 

「あ…ジェイデンさ…ま」 

 私はロシェルの唇から離れ、甘さの香る首筋を舌で這い、私たちの隙間から手を差し入れ柔らかい胸を掴む。 

 はだけたせいで露わになった胸に触れる。吸い付くような肌と弾力のある膨らみを揉みしだく。飾りだけだった頂が存在を主張を始めたことにも喜びを感じ、止められない。 

「あ…ジェイデン様…どうして」 

 ロシェルの言葉で高鳴る鼓動に気づき、自身を止める。触れている胸から伝わるロシェルの鼓動は私同様、早鐘のように鳴っている。 

「どうして…胸に」 

 触れるのか?と聞きたいか。 

「君の全てに触れたいんだよ」 

「これが閨ですか?」 

「君の素肌に触れること…は…閨だね」 

 真剣なロシェルに対して誤魔化した言い方をしてしまうのは許してほしい。私は君と繋がることができない。それが悔しくてならない。私にこんな欲があることに驚きを覚えるし、寂しくなる。 

「痛かったかい?」 

 私は無我夢中で胸を揉んでしまった。 ロシェルは首を振り微笑んだ。 



 ジェイデン様と手を繋いでいると安心する。 

 臙脂色の瞳はいつでも優しさと余裕を持って私を見つめていたのに、浴室から出て寝台に座るジェイデン様の瞳には悲しみがあった。弱々しく上げられた手に、思わず駆けてしまった。 

 私は感情のままにジェイデン様に想いを伝えた。

 常に私のそばで優しさを与え、気遣い触れるジェイデン様を失いたくなくて、失ったらと想像するだけで恐怖を感じる。 

 ジェイデン様がもう眠りたいとガウン姿の私を抱きしめ、寝台に横たわった。 渇ききらない髪を気にしていたけど、臙脂色の瞳は閉ざされ、穏やかな呼吸を始めた。

 私より先に眠るジェイデン様が珍しくて小さな蝋燭が照らす顔を見つめている。 

 ジェイデン様は薬湯を飲んでいた。それに咳も…レナとダフネには聞こえなかったかもしれないけど私には届いた。 

 薬湯は毎晩飲むものだったけれど、咳き込むところは見たことがなかった。心配と不安が私を動かしたのかもしれない。 

 私はもうブリアールの名を持っているからアラント家に戻ることはないと思うけど、私はここから離れたくない。ジェイデン様のそばから離れたくない。こうして誰かと眠ることが当たり前になってる。もう出会う前には戻れない。 

 仰向けに眠るジェイデン様の頬に口づけをして肩に額を合わせ目蓋を落とす。 

「ここが好きです…ジェイデン様…ジェイデン様の隣でジェイデン様とお話して…こうして眠る…幸せです」




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