ブリアール公爵家の第二夫人

大城いぬこ

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ブリアール公爵家夜会3

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「ベルザイオ王国に栄華を」 

 ビアデットの言葉に場が静まる。バートラムも声を出せないでいた。こいつはロシェルを見ながら発したように見えたが、ビアデットの視線はロシェルの後ろをちらと見た。 

「ははは!ギルバート!君が冗談を言うなんてね!今夜は来てよかった、ははは!王族以外にその言葉を捧げるなんて不敬罪だ、ははっ!彼らがこの場にいなくてよかったねぇ」 

 冗談?バートラム、お前はこの男の冗談を聞いたことがあるのか?俺はないぞ。 降嫁したカサンドラにではないな…陛下に気づいたか。バートラムでさえまだ気づいていない。 

「…ブリアール公爵、ロシェル夫人……私の第二夫人テリア」 

 ビアデットはか細い声で夫人を紹介した。 

「テリア夫人、ロシェルです。お初にお目にかかります」 

「ロシェル夫人、テリア・ビアデットです。とても美しい会場ですわ」 

 ビアデットと違い、気味悪く愛想を振りまく夫人の頬は興奮しているのか赤みが強い。 

「…よく来たな」 

 俺が呟けば闇色の瞳が眼鏡の奥から見つめ、意味ありげにロシェルに移った。 

「貴殿が…奇想天外な動きをしたのだ…見極めようと思った」 

 奇想天外?なに言っている…ロシェルを娶ったことを言っているか。 

「意味がわからんな。ビアデット、今夜は客が多い」 

 貴様はこういう場が苦手だろ。 

「…ダンス…を申し込みたい」 

 闇色の視線はロシェルにある。 

「だって!ライラ!ははっ!光栄じゃないか!ライラ!踊ってあげなさい」 

 バートラムは陽気な冗談でこの場を終わらせようとしているらしい。 

「…コモンドール公爵…私はロシェル夫人を誘った」 

「ははっ、そうなの?ええ…そうなの?」 

 バートラムは無邪気な子供のように首を傾げながらビアデットに近づいた。 

「ねぇ…コモンドールの夜会は無視でブリアールには参加…?なんでだろうなぁ…ギルバート…僕が嫌い?ん?」 

 バートラムはビアデットに顔を近づけ囁いた。その顔は笑っているが声が笑っていない。 

「…ブリアール公爵が…新たに妻を娶ること…おかしいと思う…違いますか?」 

 バートラムに臆することなくビアデットが応えた。 

「僕はディオルドの親友だよ?この男の行動がおかしいなんて思ったこともないよ。こいつはやっと運命に出会ったのさ。ね、ディオルド?」 

 バートラムはビアデットから俺に顔を向ける。鼻息がかかるほど近くて不快だ。 

「…ブリアール公爵は運命などというロマンは持ち合わせていない…と思いますが」 

 眼鏡の奥の瞳が俺を見つめる。 

「…はぁ…ギルバート…ディオルドはロマンチックな男さ。この強面の下には甘える獅子が隠れている…のさ」 

 甘える獅子…意味がわからん。 

「ロシェル夫人」 

 ビアデットはロシェルに直談判するように体を向け、無言で見下ろしている。 

「もちろん、お受けしますわ」 

 公爵相手だ、そう言うしかない。ビアデット…断れないとわかって申し出たか。 

「断ったっていいさ、ロシェル夫人。ギルバート、ロシェル夫人を片手で浮かせられないだろう?君は細腕だもん。無理無理」 

「私は…足を踏まない。私が踏まれても文句は言わない」 

 ビアデットはロシェルを見つめながら伝えた。 

「はい」 

 ビアデット…なにを考えている?この男はトールボットと繋がりがあるわけではない、ならばロシェルに対して悪意はないが…解せん。俺を探っているか?医師家門の頂点がなぜだ。 

「ビアデット、俺のあとだ。わかったな?」 

「承知しました」 

「ええ!?ディオルド、断りなよぉ」 

「黙れ、バートラム。客が集まり始めた。散れ」 

 俺の言葉にビアデットは失礼と呟き、会場へ進んだ。

 バートラムも夫人とカサンドラと共に向かった。俺はスタンに頷き、客の足止めを解除する。色とりどりに着飾った夫婦が入り口から向かってくる。 

「…断ってもいいぞ」 

 俺の言葉に水色の瞳が見上げた。 

「直接誘われましたし…ビアデット公爵家はブリアール公爵家と縁が薄いです」 

「…そうだな」 

 両家が結婚した過去はない。事業も重なることがなく関係は薄い、が相手は公爵家に加えて多くの医師を抱えている家だ。 

「それにディオルド様が浮かせてくれますでしょう?疲れませんし……ジェイデン様と踊れます」 

 父上と踊ることを想像したのか上向くロシェルの頬に赤みが増した。

 あれだけ年の離れた男を本気で想うか?この娘は俺も騙そうとしているのか?これが演技なら大したものだ。 

「それにビアデット領は母の生家、セントクレア伯爵領と隣り合っています。ビアデット公爵と話したことはありませんけれど……ふふ…薄い繋がりは感じています」 

「そうか。トールボットの到着はわからん。出迎えは当分ない、行くぞ」 

「はい」 

 体を傾け会場に足を進めると何十組という夫婦らの足音が後ろに続く。第二夫人の夜会だからか女の高い声が耳に届く。きつい臭いも入り込む。 

 コモンドールの夜会では結い上げていた銀髪が歩く度に淡く輝き流れる。その動きに嗅覚を集中させる。 

「…ミモザか」 

 俺の呟きに水色の瞳が見上げる。 

「…お嫌いでしたか?」 

 ロシェルは困ったような顔をした。そんな顔をさせるつもりはなかった。 

「いや…嫌いじゃない」 

 緩く上がった口角を見て、今さら紅を着けているんだなと思った。離邸で過ごしている間は化粧など施していなかった。 

「ジェイデン様が良いものだとおっしゃっていました。高価な香油で……」 

 だからか。上品で存在を主張しない匂いだ。 

「父上に強請ればなんでも手に入る」 

 俺の言葉にロシェルは小さく、はいと言った。 

「ビアデットのあれはカマをかけたんだろう?そうだろう?アプソ」 

「ですが、マークスさんを一瞬ですが見ていましたよ……コモンドール公爵もカ…サンディさんも気づいていませんでしたが…ビアデット公爵は謎の多い人物です…私の仲間はビアデットで下級使用人、一家に近い場所へ移動したくともなかなか…信頼のおけるものしか身近に置かない…ふむ…秘密主義ですね」 

 ビアデット公爵家は必要な家門だが昔から目立つことを厭い、権力を持っていても威勢よく振る舞うことをしない。大人しい…代々そんな家門だったが、なにを考えているかよくわからん当主が多い。 

「あの家は害はないし研究熱心で警戒に値しない…私が気にしない家だったのになぁ」 

「ロシェル様、微笑みを向けて無難に頷いていれば大丈夫です」 

 アプソがロシェルの後頭部に向かって囁いた。 

「はい」 

 俺は手を振り、始めろと合図を送る。会場に流れていた緩やかな音楽がゆっくりと曲調を変えた。楽団は音を強め、ダンスの曲を奏で始める。 

「踊るか」 

「はい」 

 俺達が場に進めばバートラム夫婦や侯爵家夫婦らもならい場を埋める。 

 第二夫人の夜会には自由さがある。決して踊らなければならないこともないし、夫人と離れ、知り合いと歓談して帰る者もいる。 この夜会で放つ言葉に責任はなく、だいたい冗談で終える。そんな気安さが足を運びやすくさせる一つだが、主催家が踊ることは慣例だ。 


「体の力を抜いていい。手は添えるだけだ」 

 コモンドールの夜会では浮いた体に不安を感じたのか強張っていた。 

「はい。よろしくお」 

 俺はロシェルの言葉を止めるように腰に手を回し引き寄せ密着させる。上体を屈めて銀髪に近づき白い耳に口を寄せる。ミモザの香りが鼻をくすぐった。 

「他人行儀な態度はよせ」 

 バートラムをはじめ、ビアデットもカサンドラも唇を読める。 

「も…はい」 

 この娘を俺に慣れさせておけばよかった。陛下とのほうが親しく話しているぞ。 責めたように聞こえただろうか…声が弱々しい。 

「俺を…父上だと思え」 

 顔を離し、腕に力を込めて浮かせる。 

 水色の瞳がじっくりと俺を見ている。




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